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第76話 栗林家の日常
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「ふむ、なかなか難しいものだな……」
「うまく教えられなくて申し訳ない……」
「兄君が悪いわけではないさ。直ぐにできるようになるなんて甘い考えを持っているつもりはないし、時間をかけてでも出来るようになってみせるよ」
模擬戦が終わり栗林さんに身体強化の魔法を教えてみるが、結局1時間ほど経った今でも彼女は身体強化を使えることはなかった。僕が最初に懸念していた通り、彼女は体内の魔力を扱うという感覚がうまくつかめなかったので基本の魔力操作から始めて見たのだが、魔力が見えない僕ではそれすらもうまく教えることが出来ずにいたのだ。
「ひとまず休憩を挟もうか。魔力を結構使ったんじゃない?」
「……そうだな。時間をかけると頭では理解しているつもりなのだがな……」
1時間もの間ロクな休憩もとらずに魔力操作の練習をしていた栗林さんを気遣って休憩を入れることを推奨する。魔法を使うほどではないが全身に魔力を巡らせるにも多少の魔力を消費してしまうので、彼女の魔力がそろそろ限界であると判断したのだ。
栗林さんは休息を受け入れてくれたが、言葉とは裏腹にその様子は何か焦っているように見える。僕から身体強化の魔法を学びたいということは今よりも強くなりたいということになるだろうが、すぐにでも強くならなければいけない理由があるのかもしれない。しかし僕の読みが当たっていたとしても彼女の都合を考えずにこちらから事情を聴くわけにもいかないので、先ほどの彼女の態度には触れないでおくことにする。
「兄君。休憩ついでに昼食でもどうかな?」
「確かに時間的にもちょうどいいね。近くに何かお店があるかな?」
「何を言っているんだ。我が家の食卓にご招待するという意味だよ」
お昼時ということもあり栗林さんの休憩ついでに昼食をとるという案はとても良いものに思え賛成をする。しかし僕たちふたりの間には認識の齟齬があり、僕は外食をすると判断していたのだが彼女は食卓に招待するという意味であったようだ。
「……流石に迷惑じゃないかな?」
「そんなことないさ。むしろ兄君だけ外に放り出すわけにはいかないだろう?」
「それもそうか。それじゃあご相伴にあずからせていただきます」
僕としては別にコンビニやスーパーなどで食べ物を買ってくるだけでも良かったのだが、栗林さんの説得を聞き入れ折れることにする。正直に言うとおうちの人に迷惑をかけたくはなかったのだが、断り続けるのも失礼に値するだろうと考え直し覚悟を決める。この覚悟というのはおうちの人にお世話になるという覚悟である。……僕のような小心者は人様にお世話になるのに気合を入れなければならないのだ。
栗林さんから手渡されたタオルで汗を拭きとり、母屋と道場をつなげる廊下を進んでいく。先ほどまで道場にいたので失念していたが今いるのは名家のような屋敷であることを思い出し、先ほど決めた覚悟は早くも揺らぐのであった。
立派な屋敷に住んでいる人たちの昼食は料亭で出てくるような豪勢な食事を想像していたが、実際に目の前にあるのは一般家庭でも見かけるような普通の和食であった。少し変わった点があるとすればテーブルの中央におにぎりが山盛りになっている大皿があることだろう。
「遠慮せずにどんどん食べてね」
「あ、はい。いただきます」
栗林さんの母親と思わしき人に勧められ、ひとまず自分の目の前に置かれている鮭の切り身と玉子焼きには手を付けず大皿に載っているおにぎりを一つ手に取り口に運ぶ。程よく塩が効いた米の中に梅干しが具として入っているスタンダードなおにぎりであり普通に美味しい。……料亭で出てくるような料理を想像していた自分が恥ずかしくなり、ぶん殴りたい気持ちでいっぱいになる。
「……想像と違ったかな?」
「まぁ……うん。なんか申し訳ない」
「ふふふ。そのような反応をしてしまっても仕方ないさ」
どうやらお祝い事の時以外は普通の食事をしているらしく、こと昼食においては道場の門下生の分のおにぎりも準備しているようで大体はこのメニューらしい。確かにそれならば目の前の山盛りになっているおにぎりにも納得がいくが、問題は本日は門下生が居ないようなのでこのおにぎりを食べきれるのかどうかである。
「全く母上は……。今日は道場が休みと言われていたのだからこんなに量はいらないでしょうに」
「そうだったんだけど美郷ちゃんがお友達を、それも男の子を連れてくるとは思っていなくて……つい張り切っちゃったわ」
「私達だけでは流石にこの量は食べきれませんよ……」
「シゲさん達もいるから大丈夫よ。それに年頃の男の子ならこれくらい食べられるはずよ。……そうよね?」
「……ぜ、善処します」
栗林さんと彼女の母親との会話を聞きながら黙々と食事をしていたのだが、油断をしていたところに突如栗林さんの母親から話を振られてしまう。正直に言って目の前の食事を全て食べるのは不可能だとは思うが、きっぱりと否定することが出来ずに魔法の言葉でお茶を濁すことにした。
「兄君……無理なものは無理と言わないといけないぞ」
「あら?この子は美郷ちゃんのお兄さんということは……私の息子ってことになるのかしら?私、男の子が欲しかったのよね~」
「あ~もう!優人、優人さん。お母さんはあまり変な事を言わないで!」
天然なのかマイペースな母親に押されっぱなしの栗林さんがついに怒りをあらわにする。しかしその怒りはいつも学園で見せている王子様の彼女ではなく、年相応の女子らしく可愛らしい姿であり一瞬驚きで思考が固まってしまう。
「あらあら、怒られちゃったわ。優人さんもごめんなさいね。この子は普段はこんな感じだからよろしくお願いね」
「あ、はい」
栗林さんの母親からカミングアウトされてしまったが、家族の前にいる栗林さんは年相応の女子らしい口調をしているようだ。突然衝撃の事実をばらされてしまった彼女を横目で確認をすると、先ほどの怒りもしくは恥ずかしさで頬を赤く染めており、その姿は可愛らしい女子そのものであった。
「うまく教えられなくて申し訳ない……」
「兄君が悪いわけではないさ。直ぐにできるようになるなんて甘い考えを持っているつもりはないし、時間をかけてでも出来るようになってみせるよ」
模擬戦が終わり栗林さんに身体強化の魔法を教えてみるが、結局1時間ほど経った今でも彼女は身体強化を使えることはなかった。僕が最初に懸念していた通り、彼女は体内の魔力を扱うという感覚がうまくつかめなかったので基本の魔力操作から始めて見たのだが、魔力が見えない僕ではそれすらもうまく教えることが出来ずにいたのだ。
「ひとまず休憩を挟もうか。魔力を結構使ったんじゃない?」
「……そうだな。時間をかけると頭では理解しているつもりなのだがな……」
1時間もの間ロクな休憩もとらずに魔力操作の練習をしていた栗林さんを気遣って休憩を入れることを推奨する。魔法を使うほどではないが全身に魔力を巡らせるにも多少の魔力を消費してしまうので、彼女の魔力がそろそろ限界であると判断したのだ。
栗林さんは休息を受け入れてくれたが、言葉とは裏腹にその様子は何か焦っているように見える。僕から身体強化の魔法を学びたいということは今よりも強くなりたいということになるだろうが、すぐにでも強くならなければいけない理由があるのかもしれない。しかし僕の読みが当たっていたとしても彼女の都合を考えずにこちらから事情を聴くわけにもいかないので、先ほどの彼女の態度には触れないでおくことにする。
「兄君。休憩ついでに昼食でもどうかな?」
「確かに時間的にもちょうどいいね。近くに何かお店があるかな?」
「何を言っているんだ。我が家の食卓にご招待するという意味だよ」
お昼時ということもあり栗林さんの休憩ついでに昼食をとるという案はとても良いものに思え賛成をする。しかし僕たちふたりの間には認識の齟齬があり、僕は外食をすると判断していたのだが彼女は食卓に招待するという意味であったようだ。
「……流石に迷惑じゃないかな?」
「そんなことないさ。むしろ兄君だけ外に放り出すわけにはいかないだろう?」
「それもそうか。それじゃあご相伴にあずからせていただきます」
僕としては別にコンビニやスーパーなどで食べ物を買ってくるだけでも良かったのだが、栗林さんの説得を聞き入れ折れることにする。正直に言うとおうちの人に迷惑をかけたくはなかったのだが、断り続けるのも失礼に値するだろうと考え直し覚悟を決める。この覚悟というのはおうちの人にお世話になるという覚悟である。……僕のような小心者は人様にお世話になるのに気合を入れなければならないのだ。
栗林さんから手渡されたタオルで汗を拭きとり、母屋と道場をつなげる廊下を進んでいく。先ほどまで道場にいたので失念していたが今いるのは名家のような屋敷であることを思い出し、先ほど決めた覚悟は早くも揺らぐのであった。
立派な屋敷に住んでいる人たちの昼食は料亭で出てくるような豪勢な食事を想像していたが、実際に目の前にあるのは一般家庭でも見かけるような普通の和食であった。少し変わった点があるとすればテーブルの中央におにぎりが山盛りになっている大皿があることだろう。
「遠慮せずにどんどん食べてね」
「あ、はい。いただきます」
栗林さんの母親と思わしき人に勧められ、ひとまず自分の目の前に置かれている鮭の切り身と玉子焼きには手を付けず大皿に載っているおにぎりを一つ手に取り口に運ぶ。程よく塩が効いた米の中に梅干しが具として入っているスタンダードなおにぎりであり普通に美味しい。……料亭で出てくるような料理を想像していた自分が恥ずかしくなり、ぶん殴りたい気持ちでいっぱいになる。
「……想像と違ったかな?」
「まぁ……うん。なんか申し訳ない」
「ふふふ。そのような反応をしてしまっても仕方ないさ」
どうやらお祝い事の時以外は普通の食事をしているらしく、こと昼食においては道場の門下生の分のおにぎりも準備しているようで大体はこのメニューらしい。確かにそれならば目の前の山盛りになっているおにぎりにも納得がいくが、問題は本日は門下生が居ないようなのでこのおにぎりを食べきれるのかどうかである。
「全く母上は……。今日は道場が休みと言われていたのだからこんなに量はいらないでしょうに」
「そうだったんだけど美郷ちゃんがお友達を、それも男の子を連れてくるとは思っていなくて……つい張り切っちゃったわ」
「私達だけでは流石にこの量は食べきれませんよ……」
「シゲさん達もいるから大丈夫よ。それに年頃の男の子ならこれくらい食べられるはずよ。……そうよね?」
「……ぜ、善処します」
栗林さんと彼女の母親との会話を聞きながら黙々と食事をしていたのだが、油断をしていたところに突如栗林さんの母親から話を振られてしまう。正直に言って目の前の食事を全て食べるのは不可能だとは思うが、きっぱりと否定することが出来ずに魔法の言葉でお茶を濁すことにした。
「兄君……無理なものは無理と言わないといけないぞ」
「あら?この子は美郷ちゃんのお兄さんということは……私の息子ってことになるのかしら?私、男の子が欲しかったのよね~」
「あ~もう!優人、優人さん。お母さんはあまり変な事を言わないで!」
天然なのかマイペースな母親に押されっぱなしの栗林さんがついに怒りをあらわにする。しかしその怒りはいつも学園で見せている王子様の彼女ではなく、年相応の女子らしく可愛らしい姿であり一瞬驚きで思考が固まってしまう。
「あらあら、怒られちゃったわ。優人さんもごめんなさいね。この子は普段はこんな感じだからよろしくお願いね」
「あ、はい」
栗林さんの母親からカミングアウトされてしまったが、家族の前にいる栗林さんは年相応の女子らしい口調をしているようだ。突然衝撃の事実をばらされてしまった彼女を横目で確認をすると、先ほどの怒りもしくは恥ずかしさで頬を赤く染めており、その姿は可愛らしい女子そのものであった。
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