異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

文字の大きさ
94 / 135

第94話 新しい冒険者

しおりを挟む
 御子柴君達との決闘に辛くも勝利した日の夜、僕は妹のご機嫌伺いという次の戦いに全力を尽くしていた。

「いい加減機嫌を直してくれよ。ほら、僕の分のカレーも一口あげるから」

「えっ!やったぁ~……じゃない!もう!そんなんじゃつられないよ!」

 大抵のことはカレーをエサにすることで解決するのだが、今夜の妹はひと味違うらしい。しかし口ではそのようなことを言いながらも視線はしっかりと僕の手元のスプーンに釘付けになっているので多少の効果はあるようだ。

 なぜこのような事態になってしまったのかというと、妹に今日の決闘の件を早々に連絡していなかったからである。僕としては後で話をするつもりであったのでわざわざ連絡をする必要はないと判断をしていたのだが、先に霜月さんから連絡を受けてしまい僕に話すつもりがなかったのだと拗ねてしまったのだ。

「今朝急に決闘が決まって連絡をする時間がとれなかったんだよ。だから家で顔を合わせた時でいいかなって」

「そうだとしてもまずは直ぐに教えて欲しいものなの!」

 ひとまず話を聞いてもらえるように言い訳を重ねていくのだが、妹は一向に機嫌を直そうとはしない。……実際には時間がない中でも栗林さんに決闘の連絡を入れていたことがバレてしまったらさらに大変なことになってしまうだろう。

「でも、その日のうちに決闘なんて私聞いたことないよ」

「そうだね。栗林さんも前例がないって言ってたよ」

「会長が言うなら間違いないね。それにおにぃのクラスが勝ったんでしょ?おめでとう!」

 いつの間にか随分と機嫌が良くなっている妹が僕たちの勝利を祝ってくれる。これもひとえに先ほどからすごい勢いで口に運ばれていくカレーのおかげだろう。即効性はなかったがじわじわと妹の機嫌に効いて来たようだ。

 ちなみに今回の決闘を裏で操っていたであろう人物がいたことは、医務室にいた3人だけの話として妹に話すつもりはない。自分の兄が入学早々に面倒ごとに巻き込まれているなどと知ってしまったら余計な心配をかけてしまうからだ。

「ありがとう。遅くなったけど瑠璃も昇級試験合格おめでとう。これで瑠璃も冒険者だな」

「うん!ありがとう!」

 実は僕たちが決闘を行っている時間に妹とすみれちゃんは昇級試験に挑んでいた。本来であればFクラスの大半が訓練をしているので、ダンジョン1階層にいるライバルが減ると予想しての日程であったが、結果的には決闘に全員が参加したためライバルはほとんどいなかっただろう。それが影響を及ぼしたのかはわからないが妹たちは実力を十分に発揮し、ふたり揃って昇級試験を合格したようである。

 妹たちはこれからは見習いではなくいち冒険者として扱われるようになるため、学園以外のダンジョンにも潜ることが出来るようになる。学園でパーティーが存分に組めずダンジョン探索が進まないのであれば、いっそのこと一般の冒険者とパーティーを組んで他のダンジョンに挑戦したほうが良いだろう。しかし、妹たちはまだ中学生となるのでパーティーを組むのは信頼のおける人物でないと僕は認めるわけにはいかない。

「瑠璃とすみれちゃんはこれで鉄級になったわけだけど、これからの冒険者活動はどうするの?」

 先のような心配があるのでこれからの予定を妹に直接聞いてみる。以前ブラック・ロックでダンジョン配信をやってみたいと言っていたので、すぐにでも挑戦をするという可能性もあるだろう。……ちなみに学園ダンジョンは撮影を禁止しているため、配信をするというのであれば必然的に他のダンジョンに行くことになる。

「う~ん。ひとまずは学園ダンジョンの探索を続けるかな~。2階層の探索にも自信がついてきたし」

「あれ?ふたりだけでも行けるようになったの?」

「うん!すみれが頑張ったのもあるけど、おにぃが前に教えてくれた魔法のおかげで魔力が抑えられるようになったんだよね!」

 どうやら妹たちは2階層の探索も安定してきたようで、これからも学園ダンジョンの探索を続けるらしい。僕は前衛が居ないと厳しいと考えていたのだが、すみれちゃんが練習していた新しい魔法と妹に教えた雷魔法が拡散するのを防ぐ魔力の使い方がうまくかみ合ったことで探索が安定してきたようだ。

 目の前の妹が自慢げな顔をしていることから、もしかすると今日の試験でも2階層の探索を行ったのかもしれない。試験官がいる状態でも上手く探索が出来たこともあり、それが妹の自信に繋がったのだろう。

 学園ダンジョンの探索が続くとなると、新しくパーティーを組みなおすことなどもなさそうなので僕のチェックは必要ないだろう。

「それじゃあこれからは僕たちがダンジョンで出会う可能性はありそうだな」

「そうだね!今度予定があったら4人で一緒にダンジョン探索しようよ!」

「ああ。いいんじゃないか」

 同じダンジョンの階層を探索するのであれば、ふと出会うこともあるかもしれない。そんなことを想像しながら口にすると妹から4人でダンジョン探索をしてみようと提案される。僕が断る理由は特にないし、相棒である霜月さんもふたりとは仲が良く断るとは思えなかったので了承しておく。

 しかし、妹のことだからこの話が出た時にパーティーを組もうと提案してくるものだと思っていたが、その様子は見られない。ほんの少しの違和感を感じたが、すみれちゃんが男性を苦手としていることを思い出し、ひとりで納得をする。

「あ~あ。それにしてもおにぃと霜月さんの決闘みたかったなぁ~」

「……もしかして、機嫌が悪かった理由はそれか?」

「そうだよ!先に連絡してくれたら友達に撮影を頼んだのに!」

「ごめんごめん」

 妹が機嫌を悪くしていた最大の理由を聞いた僕は平謝りをしながらも、連絡を入れなかったあの時の自分にこっそりと感謝するのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

平凡志望なのにスキル【一日一回ガチャ】がSSS級アイテムばかり排出するせいで、学園最強のクール美少女に勘違いされて溺愛される日々が始まった

久遠翠
ファンタジー
平凡こそが至高。そう信じて生きる高校生・神谷湊に発現したスキルは【1日1回ガチャ】。出てくるのは地味なアイテムばかり…と思いきや、時々混じるSSS級の神アイテムが、彼の平凡な日常を木っ端微塵に破壊していく! ひょんなことから、クラス一の美少女で高嶺の花・月島凛の窮地を救ってしまった湊。正体を隠したはずが、ガチャで手に入れたトンデモアイテムのせいで、次々とボロが出てしまう。 「あなた、一体何者なの…?」 クールな彼女からの疑いと興味は、やがて熱烈なアプローチへと変わり…!? 平凡を愛する男と、彼を最強だと勘違いしたクール美少女、そして秘密を抱えた世話焼き幼馴染が織りなす、勘違い満載の学園ダンジョン・ラブコメ、ここに開幕!

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

【完結】モンスターに好かれるテイマーの僕は、チュトラリーになる!

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 15歳になった男子は、冒険者になる。それが当たり前の世界。だがクテュールは、冒険者になるつもりはなかった。男だけど裁縫が好きで、道具屋とかに勤めたいと思っていた。 クテュールは、15歳になる前日に、幼馴染のエジンに稽古すると連れ出され殺されかけた!いや、偶然魔物の上に落ち助かったのだ!それが『レッドアイの森』のボス、キュイだった!

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

無詠唱の俺、詠唱を知らなかった~転生SE(元25歳)、予測不能な仲間たちと『世界の理』を最適化する~

Gaku
ファンタジー
「え、魔法って『詩』を歌わないと使えないの?」 この世界に転生して十五年。 前世の記憶(元システムエンジニア)を持つユウキ・アマネは、息をするように魔法を使っていた。 彼にとって魔法とは、脳内で「火よ、出ろ」と命令すれば即座に実行される、ただの便利な機能。 ――そう、彼は知らなかったのだ。 この世界の魔法は、厳格な『詠唱』という手順(安全確認)を踏まなければ、術者の魂ごと暴走しかねない危険な技術であることを。 彼が「当たり前」だと思っていた『無詠唱』は、世界の理(ことわり)そのものに直接干渉する、神の領域にも等しい禁断の業だったのである。 *** 何も知らないまま、王都の最高学府「アーリア魔法学園」に入学したユウキ。 彼を待っていたのは、常識(仕様書)からかけ離れた学園生活だった。 太陽のように明るいが、感情(こだわり)が強すぎて魔法が暴走するヒロイン、リリア。 魔法より筋肉を信じる脳筋、ゴードン。 「どうせ私なんて」と心の壁(結界)で自らを引きこもらせる天才少女、シノ。 そして、彼らが受ける魔法の授業もまた、一筋縄ではいかなかった。 「なぜ、この世は『思い通りにならない』のか?」 「火と水は敵対しない。『関係性』がすべてを変える」 「確かな『私』など存在しない。最強の防御とは『私』を捨てることだ」 世界の「本質」そのものを問う、哲学のような授業。 個々の才能は豊かだが、絶望的に噛み合わない仲間たち。 ユウキの無詠唱(OS直結)は、そんな「予測不能」な仲間たちの魔法と繋がり、誰も見たことのない新しい現象を「創り出し」ていく。 だが、平穏な学園生活の裏で、一つの「苦しみ」が限界を迎えようとしていた。 名門の重圧に潰された一人の生徒が、学園のすべてを道連れに、決して手を出してはならない禁忌(異界への接続)に手を染めた時――。 これは、前世の論理(システム思考)を持つ主人公が、この「思い通りにならない」世界で、かけがえのない「今、この瞬間」を守るために奮闘する、王道(?)魔法学園ファンタジー。 (※電車の中では読まないでください。変な笑い声が出ても、当方は一切の責任を負いません)

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

処理中です...