異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

文字の大きさ
113 / 135

第113話 終わりの見えない籠城戦

しおりを挟む
「今だ!前衛入れ替われ!深追いはするなよ、前線の維持に全力を尽くせ!怪我をしているものは治療に専念しろ!」

 とある部屋ルームの中で栗林は喉が潰れてしまうほどの大声で中等部の生徒に指示を出す。ここで籠城を始めてからかなりの時間が経っているが、モンスターの勢いが衰える様子は見られない。今は数人の頑張りによってなんとか耐えられているが、体力と魔力、そして物資の限界が近くなっているのは明らかである。

 今日は新しく鉄級になった冒険者パーティーが互いの実力を確認してコミュニケーションをとるために合同でダンジョンに潜った。探索先を3階層にしたのは学園の指示であったのだが、いざとなれば自分ひとりでロンリーウルフを倒せるため都合が良いと思い従うことにした。しかし今朝方に昨日未知のモンスターがこの階層で現れたとの情報を手に入れ、嫌な予感がした栗林は最大限の準備をして今回の合同探索に挑んだのだが、この状況を覆せるほどのものではなかったのだ。

 これもいつもの陰謀ではないかという考えが頭によぎったが、やつらが大量のモンスターを操るような術を持っているとは思えず、その妄想に近しい考えを斬って捨てる。これはただ、本当に運が悪かっただけなのだろう。しかし、そのような異常事態イレギュラーにおいても栗林の判断は迅速なものであった。

 直近で手に入れた情報により普段以上に周りに気を配っていた栗林は、ダンジョンの異変に誰よりも早く気づく。ロンリーウルフと遭遇する頻度がいつもより早いことに気が付いたのだ。その程度の違和感でも重く受け止めた栗林は、すぐさま探索を中止にして地上に帰還をすることにしたが、帰り道の途中で本来出会うはずのないモンスターの群れと遭遇してしまう。

 その群れの中には本来この階層に存在しないモンスターも混ざっており、迷宮崩壊ダンジョンブレイク事件が頭によぎった栗林は、このままモンスターと共に地上を目指すのは危険だと判断し、近くにあるモンスターが出現ポップしない部屋ルームで籠城をすることにした。その的確な判断によりモンスターの群れに周囲を囲まれる事態は避けることが出来たが、何故か地上を目指すはずのモンスターの何割かがこちらに向かってきているのだ。

 初めはモンスターの対処が上手く出来ていたのだが、度重なる戦闘による疲労ととある原因が重なり、怪我を負うものが増えてきたことでポーションなどの物資が底を突き始めてきたのだ。

「ポーションや薬がない方はワタクシのところにいらして!」

 この場で唯一回復魔法を使用できる鈴木が部屋ルームの奥で声をあげる。しかし彼女の魔力も無尽蔵ではなく籠城が始まってから魔法を使い続けているため、表情からは隠し切れない疲労の色が滲んでいる。このままではあと少しで魔力切れを起こしてしまうだろう。

「今度は2匹だ!右のほうは任せた!」

 刻一刻と悪くなっていく状況に栗林が焦りを感じ始めた頃、部屋ルームの入り口を固めている前衛陣の後ろにいた木嶋が槍を携えて飛び出していく。向かう先ではトカゲのようなモンスターが彼らのほうに口を開けていた。

 そのトカゲは今までに学園ダンジョンで確認をされたことのないモンスターであり、初めは様子を見るように慎重に戦っていた。しかし今では多少の危険を冒してでも、最優先で倒さなければいけないモンスターという認識になっていた。

 その理由はこのトカゲが口から火を吐くという単純なものである。しかし、今回の探索で火を使うモンスターと戦うことは想定されていなかったため、炎に対しての対策を取れていなかったのだ。対策が出来ていない装備では炎を防ぐことが出来ず、このトカゲの存在が物資が足りていない現状を作り出した要因の一つであったのだ。

 そのようなモンスターに対して栗林たちが確立した対処法は、火を吐く前に倒してしまうという力技に近いものであった。

 盾役の間を抜け突撃した木嶋の槍が火を吐き出すよりも早くトカゲを貫く。そして彼らが認識していたもう片方のトカゲには電撃魔法が着弾し、動きを止めているところを黒いナイフを持った瑠璃がトドメを刺す。前に飛び出したふたりを狙う様にモンスターの群れが襲い掛かろうとするが、同じパーティーを組んでいるすみれの水魔法と奥井による土魔法によって阻まれる。付き合いの長い仲間を信頼していた木嶋と瑠璃は、そのわずかな隙を逃さず前衛の後ろまで撤退することに成功する。

「ありがとう!すみれ」

「助かった、奥井」

 ひとまず安全な位置まで下がってきたふたりは撤退を援護してくれた仲間に感謝の言葉を告げる。この4人の頑張りがなければ前線が瓦解して、籠城戦はすでに終わりを迎えていただろう。

 無事に生きて帰るためにこの場にいる全員が死力を尽くして戦い続け、疲労がピークに達しようとしたところで恐れていた事態が訪れる。

「う、嘘だろ……ト、トカゲだ!しかも6匹いるぞ!」

「……っ!」

 通路を埋め尽くしているモンスターの群れの中から同時に6体のトカゲ型モンスターが姿を現す。すぐさま入口を守る前衛から報告が上がるが、判断に迷ってしまった木嶋は声を詰まらせる。先ほどまでの戦法ではどう頑張っても木嶋と瑠璃で2体ずつ、つまり同時に4体までしか相手にすることが出来ず、それ以上の物量で来られてしまうと対処が間に合わないと考え動きを止めてしまったのだ。

 その様子を確認した栗林は前衛に飛んでくる炎を少しでも魔法で軽減しようと入口に駆けつけようとするが、空というよりは入口から山なりに降ってきた人影を受け止めたことで中断させられる。

「……ありがとう。降ろして大丈夫」

「ああ……」

 栗林の胸に文字通り飛び込んできた白い花飾りが付いたヘアピンをつけた銀髪の女性、霜月に言われるがまま彼女を地面に降ろす。突然の事態に理解が追い付かず、先ほどまで考えていた前衛の援護のことはすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

 しかし、この場に現れたもう一人と地面に降ろした直後に放たれた霜月の魔法によってモンスターは一掃され、栗林たちの長い籠城戦は終わりを告げたのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

平凡志望なのにスキル【一日一回ガチャ】がSSS級アイテムばかり排出するせいで、学園最強のクール美少女に勘違いされて溺愛される日々が始まった

久遠翠
ファンタジー
平凡こそが至高。そう信じて生きる高校生・神谷湊に発現したスキルは【1日1回ガチャ】。出てくるのは地味なアイテムばかり…と思いきや、時々混じるSSS級の神アイテムが、彼の平凡な日常を木っ端微塵に破壊していく! ひょんなことから、クラス一の美少女で高嶺の花・月島凛の窮地を救ってしまった湊。正体を隠したはずが、ガチャで手に入れたトンデモアイテムのせいで、次々とボロが出てしまう。 「あなた、一体何者なの…?」 クールな彼女からの疑いと興味は、やがて熱烈なアプローチへと変わり…!? 平凡を愛する男と、彼を最強だと勘違いしたクール美少女、そして秘密を抱えた世話焼き幼馴染が織りなす、勘違い満載の学園ダンジョン・ラブコメ、ここに開幕!

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ

柚木 潤
ファンタジー
 薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。  そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。  舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。  舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。  以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・ 「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。  主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。  前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。  また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。  以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。  

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-

すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン] 何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?… たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。 ※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける 縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は…… ゆっくりしていってね!!! ※ 現在書き直し慣行中!!!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

元・異世界一般人(Lv.1)、現代にて全ステータスカンストで転生したので、好き放題やらせていただきます

夏見ナイ
ファンタジー
剣と魔法の異世界で、何の才能もなくモンスターに殺された青年エルヴィン。死の間際に抱いたのは、無力感と後悔。「もし違う人生だったら――」その願いが通じたのか、彼は現代日本の大富豪の息子・神崎蓮(16)として転生を果たす。しかも、前世の記憶と共に授かったのは、容姿端麗、頭脳明晰、運動万能……ありとあらゆる才能がカンストした【全ステータスMAX】のチート能力だった! 超名門・帝聖学園に入学した蓮は、学業、スポーツ、果ては株や起業まで、その完璧すぎる才能で周囲を圧倒し、美少女たちの注目も一身に集めていく。 前世でLv.1だった男が、現代社会を舞台に繰り広げる、痛快無双サクセスストーリー! 今度こそ、最高に「好き放題」な人生を掴み取る!

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

処理中です...