異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

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第123話 黒竜の本気

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 遂に本気になった黒竜が始めに行った行動は直前に殺意を向けたこちらに攻撃をすることではなく、腰を抜かしたまま這いずって逃げ回っていた御子柴君を捕まえることであった。

「貴様に貸し与えた力、返してもらうぞ」

「や、やめろぉぉ!た、たすけ……」

 折れた爪先で御子柴君を器用に摘み取った黒竜は、何とか抵抗をしようと暴れまわる彼をそのまま口の中に放り込んでしまう。……そんなばっちい物を食べたらお腹を壊してしまいそうだが、もしかすると竜の耐性があれば大丈夫なのかもしれない。

 御子柴君は今わの際にこちらに助けを求めていたのだが、こちらには何ともすることが出来ず黒竜に飲み込まれてしまった。彼にはまだまだ聞きたいことが山ほどあったのだが、その機会が訪れることはもうないかもしれない。

「ゆくぞ!小僧!!」

 御子柴君をその身に取り込んだ黒竜の影が意思を持ったように動き始めこちらに向かって伸びてくる。そして突如その影が立体的な棘の形に変化し、地面からこちらを一突きにする軌道で襲い掛かってくる。それは先ほど御子柴君が影からトカゲを召喚していた魔法に似ていたのだが、その危険度は段違いであった。

「くっ……」

 先ほどのように巨体を利用した物理的な攻撃ではなく魔法による攻撃になんとかバックラーを横から差し込み、弾いた衝撃を利用して体を横に倒し何とか回避をする。油断をしていたわけではないが突然の魔法に反応が遅れてしまったのは事実であり、相手の攻撃パターンが増えてしまった事で気をつけなければいけないことが増えてしまった。

 影を弾いたはずのバックラーには金属を叩いた時のような感触が残っており、まともに受けてしまえば盾ごと体を貫かれてしまうということが容易に想像できてしまう。恐らくだが自分が装備している鉄製の胸当てもさほど役に立たないだろう。

(大丈夫。まともに喰らったら終わりという点では何も変わってない。むしろ弾けるだけマシだと考えるべきだ)

 危うく命を落とすところであった新たな攻撃に焦り出す気持ちを無理やり抑えこむ。攻撃の初動が見え辛いという点を除いてしまえば、盾で弾くことが出来るだけ巨体を利用した攻撃よりはマシであると結論付けることにした。しかし、この魔法によって一つだけ深刻な問題が発生している。それはこちらから黒竜を攻撃することが出来なくなってしまった事だ。

 黒竜の魔法は自身の影を操り立体化することで様々な効果を発揮するものだと思われるが、先ほどは影を伸ばし立体化させることでこちらを攻撃してきた。その影が黒竜の足元には山ほどあり、接近戦を仕掛けようものなら四方八方から体を貫かれてしまうことだろう。

 こうなってしまうと遠距離からの攻撃手段がない僕はひたすら相手の攻撃を避けることしかできず、今までに負わせたダメージで黒竜が力尽きることを祈るしかない。

「小僧、よくぞ今の攻撃を防いだな。……しかし、我の魔法はその程度では終わらないぞ!」

 その言葉と共にこちらに伸びてくる影の密度が増していき、同時に複数の形を持った影が襲い掛かってくる。こちらに向かってくる影から距離をとるようにして何とかそれらを躱していく。こちらに攻撃を回避されながらも黒竜が操る影はこちらを取り囲むように動いており、本命がこちらを影で囲い込むことかもしれないという可能性まで考慮して逃げ回っていく。

 この行動を黒竜が出血で力尽きるまで続ける。時間がこちらに味方している前提の作戦であったのだが……どうやら相手のほうが一枚上手だったようだ。

 こちらに向けていた影の動きが急に止まり、次の瞬間には黒竜の下に戻っていく。その影はそのまま黒竜の体に吸い込まれていき、黒竜の魔力が急激に高まっていく。

「ククク。時間を必要としていたのはこちらも同じよ。これを放つには少々のタメが必要でな!」

 どうやら時間を稼ごうとするこちらの考えを読んだうえで、それを利用するように大技の準備をしていたようだ。先ほどの影を操る魔法はその大技を放つまでの時間稼ぎが目的であったようで、まんまとそれに乗ってしまったということになる。

 黒竜は高まった魔力と共に大きく息を吸い込んでいく。その動作から次の攻撃を正確に予測した僕は身体強化エンハンスを全力で使用して走り出す。

「逃げようとも遅いわ!!喰らえ!黒竜の咆哮シャドウ・ロア!!」

 黒竜の口からブレスが放たれる。それは先ほど取り込んだ影を濃縮したかのような真っ黒な熱線であり、触れてしまえば存在ごと消滅してしまうのではないかと思うほどの恐ろしさを秘めている。そのブレスがこちらに届く前に何とか霜月さんの元にたどり着いた僕は、彼女を抱えながらなんとかブレスの範囲外に逃れる。

(間に合ってよかった!やっぱり竜というのは大雑把な性格だな!)

 先ほどの立ち位置では霜月さんもブレスに巻き込まれるのではないかと瞬時に考え慌てて走り出したのだが、後少しでも遅れていたら間に合わなかっただろう。御子柴君のように丸呑みにしようとしている彼女を巻き込む攻撃をした大雑把な竜を睨みつけようとするが、ブレスを放ったはずの黒竜の姿はそこにはなかった。

「これで終わりだ!」

 先ほど放たれたブレスの影から黒竜が突然姿を現す。それは僕たちの目と鼻の先であり、黒竜はこちらに向かって尻尾を振り回してくる。想像の埒外の出来事にこの攻撃は躱しきれないと判断した僕は、抱えていた霜月さんを攻撃の当たらない場所に投げ飛ばす。

「だめぇ!」

(後でまた怒られちゃうかもな……)

 前回と違いキャッチしてくれる人はおらず地面に投げ出された霜月さんを見ていたところで黒竜の尻尾が直撃する。全身に物凄い衝撃が走り抜けた後、壁に打ち付けられたところで僕は意識を失ってしまった。
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