異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

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第124話 本物の覚悟

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 迷宮崩壊ダンジョンブレイクが起きている最中のダンジョンに潜り、パーティーを組んでいる優人の妹である瑠璃をはじめとする中等部の生徒を助け出す。その目的が達成される直前で外部生というだけの理由で自分たちを目の敵にする御子柴が立ちはだかってきた。

 御子柴が影から召喚してきた硬そうな殻を持ったトカゲは、パートナーの優人が隙を作ってくれるおかげで魔法を放つだけで終わり、召喚者である御子柴も援護をする間もなくたった一人で制圧してしまう。

 同じFクラスとは思えないほどの実力を持っている優人とパーティーを組んでから、自分程度の実力でパーティーを組んでいいのか、もっとふさわしい人がいるのではないか、と考えることも少なくはなかった。

 しかし、感情表現の苦手な自分の気持ちを良く察してくれて、ちょっぴり意地悪だが穏やかで優しい優人とパーティーを組んでいたい。そのような自分の気持ちに正直になり、人と比べて何故か多い魔力を活かして優人の隣を歩んでいこうと心に決めたはずであった……。

「すごい……」

 目の前で繰り広げられる戦いに思わず感嘆の声が口から漏れる。圧倒的な暴力を振りまいている物語の中に登場するような竜に対して一人の人間が戦っているのだ。圧倒的な体格差にも怯まず、竜と相対するにはあまりにも頼りない小振りなナイフだけを手にして果敢にも攻めていく。まるで本当に物語の一部を見ているのではないかと錯覚するほどの壮絶な戦いがそこにはあった。

 黒い竜と戦っているのはパーティーを組んでいる優人であり、本来であれば自分も戦闘に参加しなければならないのだが、何故だか体に力が入らずここから動くことすら出来ないのだ。

 これは恐怖という感情による影響だろうと頭で理解しているのだが、心の奥底に渦巻いているものは恐れだけではなく、もっと他の何かだと心が告げている。黒竜を目にしてから自分の感情がぐちゃぐちゃでわからなくなってしまったのだが、一つだけ理解していることがある。……それは優人の隣を歩んでいこうと決めたはずの覚悟は偽物であったということだ。

 いつか心に決めた覚悟が本物であれば、物語の英雄のように戦っている優人を見ているだけなどはあり得ず、恐怖の象徴である黒竜を打倒するために力を合わせるだろう。しかし今の自分は恐怖に震え優人の戦いを見ているだけの……ただの傍観者でしかない。

 共に戦うことの出来ない自分に優人の隣を歩む資格はない。そう思ったとき何者かの声が頭に聞こえてくる。

『そんなことないわよ。ただあなたには経験が足りていないだけだもの』

「……誰?」

『あら?私の声が聞こえるようになったの?……もう少し時間が掛かるかと思ったけれど、竜との邂逅で時期が早まったのかしら?』

 頭に聞こえてくる謎の声に思わず返事をすると、疑問に答えてくれたわけではないがどうやら会話が成立するようだ。頭に響く声の主が何者かはわからないが、恐怖と絶望から産まれた空想の産物ではないらしい。

「……経験ってなに?」

『簡単に言ってしまえば圧倒的な強敵と戦う経験よ。そういう類の相手と戦う時には、まず自分の中にある畏怖の感情をコントロールしないといけないわ。それが出来る彼は足を前に踏み出せて、出来ていないあなたはその場で立ち尽くしている……ただそれだけよ』

「でも、どうすればいいかわからない」

 謎の声に自分が動くことが出来ない理由を説明されるが、自分の心の奥底に渦巻いているこの感情をコントロールできるとは到底思えず、知らずのうちに弱音を吐いてしまう。それが経験によるものだとすると、自分が今この場から動くことは出来ないのだと理解してしまったのかもしれない。

『……あなたはあの時に自分の感情を凍らせてしまった。しかしその氷も融けつつあるわ。……まずは自分の想いに素直になりなさい。それが心の奥底にある恐怖を抑えることに繋がる。あなたが言うところの本物の覚悟というものになるわ』

「?どういう……」

 意味深な言葉を放つ謎の声に言葉の真意を問いただそうとしたその時、突如体に浮遊感が訪れぼやけていた意識を取り戻す。どうやら今の自身の状態は優人に抱えられていたところを放り投げられたようで、優人は安堵と申し訳なさそうな感情が入り交じった表情をしていた。……そんな優人に黒竜の強靭な尻尾が迫っていく。

『このままだと……彼、死ぬわよ』

「だめぇ!」

 頭に響く謎の声の言葉を瞬時に理解し、黒竜の尻尾と優人の間に魔法で氷の盾を発生させる。しかし、急いで発動させた魔法では黒竜の攻撃を防ぎきることは出来ず、尻尾が直撃した優人は壁に勢いよく叩きつけられてしまった。

「いや……いやぁ!」

 地面に投げ出された痛みを無視して体を起こし、壁際に吹き飛ばされた優人の下に駆け寄っていく。元々傷だらけのところに尻尾の一撃を喰らった事で優人の全身はボロボロの状態であったが、まだ呼吸をしており生きているようであった。

(そうか……私、小鳥遊君のこと)

 何とか生きていた優人の姿を見て、恐怖に押しつぶされていた時とは違い体が自由に動くようになった要因に気が付いてしまう。自分の大切な人の中に優人は既に存在しており、黒竜の恐怖以上に彼を失ってしまうのが恐ろしかったのだ。このような状況になるまで気が付かなかった自分に嫌気が差すが、生きているのであればまだ間に合うかもしれない。

 気絶している優人のポーチからポーションを取り出し、少し逡巡した後に口移しでポーションを飲ませる。恥ずかしさで顔が爆発しそうだが、これは医療行為であると自分に言い聞かせることで、熱くなっていく体を冷ましていく。

「フフフ、フハハハハ!小僧、我の勝ちだな!……ブレスで娘を巻き込みそうになった時は焦ったが、まあ結果オーライというやつだ!」

 黒竜は上機嫌そうに笑いながらこちらに歩み寄ってくる。恐らく自分を喰らうためと、優人にトドメを刺しに来たのだろう。そんな黒竜と倒れている優人の間に今度は自らの体を入れていく。

「ぬ?娘よ。おとなしくするのであれば痛い思いはせんが、抵抗するというのであれば我は手加減はせんぞ?」

「……上等」

 自分を守るために傷ついた優人のように、次は自分が優人を守るために戦う番だと意気を高める。そこには恐怖に竦んでいた少女の姿はなく、本物の覚悟を携えた魔法使いが立っていたのであった。
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