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第2章
【2-46】彼の誇りのために
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「決闘だなんて、僕はそんなつもりは全然無かったんですけど」
「貴方の気持ちなんて、知ったことありませんわ。投げつけられた手袋を拾った時点で、キリエは決闘を受けたことになるんですから。……その程度の常識も教わっていなかったのなら、それは貴方の側近が無能だったというだけのことよ」
「なっ……」
「キリエ様、申し訳ございません。私がきちんとお伝えしておくべき事柄でした」
キリエがマデリンへ言い返すよりも先に、リアムが跪いて頭を下げた。キリエは表情を険しくして、リアムの腕を引いて立たせる。主の瞳が紅く輝いたように見えてリアムはハッとしたが、それは一瞬の変化だったようで、他に気づいた者はいなかったようだ。キリエの瞳はすぐに銀色へ戻ったが、その眼差しには己の騎士を侮辱されたことに対する怒りが滲んでいた。
「僕の無知は、僕自身の責任です。それを彼になすりつけて、不当に貶めることはやめてください」
「あらあら、怖い顔。下々の者たちを相手に英雄気取りですの? ワタクシたちのように上の立場にある者は、下の人間を従わせて上手く使う能力が必要ですのよ。そして、下々の中でも優秀な者を見分ける目もね。──その男を擁護して囲い込んでいる時点で、貴方にはそれが欠けていますわ。まぁ、その男を側近へと勧めていたコンラッドも見る目がありませんけれど」
「彼を貶めないでくださいと言ったはずです。リアムに対しても、コンラッドに対しても、今の発言は失礼なものでした。撤回を求めます」
「嫌ですわ。撤回したいのなら、ワタクシを打ち負かしてみせなさいな」
勝ち誇った顔で得意気に語るマデリンに対し、キリエは憤りを感じていた。彼女が母親から受けている仕打ちを気の毒に思い心配している気持ちに嘘は無いが、それとこれとは話が別だ。
キリエは昔から、自分自身に対しては何も動じなかったが、家族が貶められた場合には怒りを感じていた。今のキリエにとって、リアムは友人であると同時に家族でもある。彼を傷つけられることに耐えられなかった。
「いいでしょう。そこまで言うのなら、君からの勝負を受けます。何をしたらよいのですか?」
真剣な眼差しで見据えるキリエに対し、マデリンは愉しげに口の端を吊り上げて笑う。
「ふふっ。ワタクシたちは、王家の人間ですのよ? 決闘とはいえ、自分たちの手を汚すはずがないですわ」
「……と、いうと?」
「ワタクシと貴方の側近同士を戦わせましょう。一騎打ち、三本勝負ですわ」
マデリンを除いた者たちは皆、複雑な表情を浮かべた。戸惑っているキリエの表情をどう捉えたのか、マデリンは勝利を確信した微笑を浮かべ、高らかに言う。
「勝負を受けると明言したのだから、逃がしませんわよ? 今から、きっちりと勝敗を決めましょう。本日は王国騎士も多く集まっていますし、騎士団長もいたはずですわ。皆の前で、白黒はっきりさせようじゃありませんの。……コンラッド、先に行って演練場を使えるように話をしてきてちょうだい」
「し、しかし、マデリン様、」
「ワタクシだけの我儘ではないのよ、コンラッド。キリエも、勝負を受けると言ったの。次期国王候補二人からの要望を断るだけの権限が、貴方にあるとでも?」
「……承知いたしました。一足先に参りまして、話をつけておきましょう」
なんとも強引な言い草でコンラッドを追いやったマデリンは、上機嫌だ。周囲の困惑している視線など、まったく気にしていない。
「さぁ、コンラッドに続いて、ワタクシたちも演練場へ移動しましょう。キリエがどんな顔で敗北の味を噛みしめるのか楽しみだわ。ワタクシの騎士は王国一の騎士なんですから。……行きますわよ、ランドルフ」
「は、はい」
「皆さんも、早く移動なさってね?」
小声で歌を口ずさみながら退室していったマデリンと、ますます顔色が悪くなったランドルフを見送った後、誰からともなく溜息が零れ落ちた。当事者であるキリエたち以外の面々としても、厄介な展開になったと思って気が重いのだろう。
リアムもまた、神妙な顔で立ち尽くしている。マデリンと騎士団長が見物している状況での一騎打ちなのだ。彼の立場としては、どう振る舞うべきか結論を出すのが難しいのだろう。きちんと実力を出せば、リアムがランドルフに負けるはずがない。しかし、それはつまり、今までは暗黙の了解であったランドルフの仮初の姿が崩れてしまうことを意味する。キリエの側近であると同時に、王国騎士団に所属する身でもあるリアムとしては、悩んでしまうのも無理はない。
──ならば、自分が彼の答えを導いてあげるべきなのだ。キリエは、そう思った。
これまで、キリエが思い悩んでいるときや困って立ち止まってしまうときに、リアムはいつも傍で支え導いてくれた。友人として、今度はキリエが支える番だ。そして、今はそれが可能な立場にある。
「リアム。……僕の願いを聞いてくれますか?」
「何なりとお申し付けください、我が君」
キリエの瞳をまっすぐに見つめて、リアムが跪く。彼の真摯な眼差しを見つめ返しながら、キリエは静かに告げた。
「──ランドルフと、全力で戦ってください」
「貴方の気持ちなんて、知ったことありませんわ。投げつけられた手袋を拾った時点で、キリエは決闘を受けたことになるんですから。……その程度の常識も教わっていなかったのなら、それは貴方の側近が無能だったというだけのことよ」
「なっ……」
「キリエ様、申し訳ございません。私がきちんとお伝えしておくべき事柄でした」
キリエがマデリンへ言い返すよりも先に、リアムが跪いて頭を下げた。キリエは表情を険しくして、リアムの腕を引いて立たせる。主の瞳が紅く輝いたように見えてリアムはハッとしたが、それは一瞬の変化だったようで、他に気づいた者はいなかったようだ。キリエの瞳はすぐに銀色へ戻ったが、その眼差しには己の騎士を侮辱されたことに対する怒りが滲んでいた。
「僕の無知は、僕自身の責任です。それを彼になすりつけて、不当に貶めることはやめてください」
「あらあら、怖い顔。下々の者たちを相手に英雄気取りですの? ワタクシたちのように上の立場にある者は、下の人間を従わせて上手く使う能力が必要ですのよ。そして、下々の中でも優秀な者を見分ける目もね。──その男を擁護して囲い込んでいる時点で、貴方にはそれが欠けていますわ。まぁ、その男を側近へと勧めていたコンラッドも見る目がありませんけれど」
「彼を貶めないでくださいと言ったはずです。リアムに対しても、コンラッドに対しても、今の発言は失礼なものでした。撤回を求めます」
「嫌ですわ。撤回したいのなら、ワタクシを打ち負かしてみせなさいな」
勝ち誇った顔で得意気に語るマデリンに対し、キリエは憤りを感じていた。彼女が母親から受けている仕打ちを気の毒に思い心配している気持ちに嘘は無いが、それとこれとは話が別だ。
キリエは昔から、自分自身に対しては何も動じなかったが、家族が貶められた場合には怒りを感じていた。今のキリエにとって、リアムは友人であると同時に家族でもある。彼を傷つけられることに耐えられなかった。
「いいでしょう。そこまで言うのなら、君からの勝負を受けます。何をしたらよいのですか?」
真剣な眼差しで見据えるキリエに対し、マデリンは愉しげに口の端を吊り上げて笑う。
「ふふっ。ワタクシたちは、王家の人間ですのよ? 決闘とはいえ、自分たちの手を汚すはずがないですわ」
「……と、いうと?」
「ワタクシと貴方の側近同士を戦わせましょう。一騎打ち、三本勝負ですわ」
マデリンを除いた者たちは皆、複雑な表情を浮かべた。戸惑っているキリエの表情をどう捉えたのか、マデリンは勝利を確信した微笑を浮かべ、高らかに言う。
「勝負を受けると明言したのだから、逃がしませんわよ? 今から、きっちりと勝敗を決めましょう。本日は王国騎士も多く集まっていますし、騎士団長もいたはずですわ。皆の前で、白黒はっきりさせようじゃありませんの。……コンラッド、先に行って演練場を使えるように話をしてきてちょうだい」
「し、しかし、マデリン様、」
「ワタクシだけの我儘ではないのよ、コンラッド。キリエも、勝負を受けると言ったの。次期国王候補二人からの要望を断るだけの権限が、貴方にあるとでも?」
「……承知いたしました。一足先に参りまして、話をつけておきましょう」
なんとも強引な言い草でコンラッドを追いやったマデリンは、上機嫌だ。周囲の困惑している視線など、まったく気にしていない。
「さぁ、コンラッドに続いて、ワタクシたちも演練場へ移動しましょう。キリエがどんな顔で敗北の味を噛みしめるのか楽しみだわ。ワタクシの騎士は王国一の騎士なんですから。……行きますわよ、ランドルフ」
「は、はい」
「皆さんも、早く移動なさってね?」
小声で歌を口ずさみながら退室していったマデリンと、ますます顔色が悪くなったランドルフを見送った後、誰からともなく溜息が零れ落ちた。当事者であるキリエたち以外の面々としても、厄介な展開になったと思って気が重いのだろう。
リアムもまた、神妙な顔で立ち尽くしている。マデリンと騎士団長が見物している状況での一騎打ちなのだ。彼の立場としては、どう振る舞うべきか結論を出すのが難しいのだろう。きちんと実力を出せば、リアムがランドルフに負けるはずがない。しかし、それはつまり、今までは暗黙の了解であったランドルフの仮初の姿が崩れてしまうことを意味する。キリエの側近であると同時に、王国騎士団に所属する身でもあるリアムとしては、悩んでしまうのも無理はない。
──ならば、自分が彼の答えを導いてあげるべきなのだ。キリエは、そう思った。
これまで、キリエが思い悩んでいるときや困って立ち止まってしまうときに、リアムはいつも傍で支え導いてくれた。友人として、今度はキリエが支える番だ。そして、今はそれが可能な立場にある。
「リアム。……僕の願いを聞いてくれますか?」
「何なりとお申し付けください、我が君」
キリエの瞳をまっすぐに見つめて、リアムが跪く。彼の真摯な眼差しを見つめ返しながら、キリエは静かに告げた。
「──ランドルフと、全力で戦ってください」
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