夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら

文字の大きさ
151 / 335
第2章

【2-133】幸福を抱きしめて

しおりを挟む
 ◆◆◆


 ──春の第一月第一週、一日目。
 新年ならびに新国王即位の祝賀会が、ウィスタリア王城で開催されていた。
 今は、新たな国王──ジェイデン=フォン=ウィスタリアが、大広間にて即位の挨拶をしている。

「──こうして私が即位するに至るまで、様々なことがあった。ここでその詳細を並べたてはしないが、次期国王選抜期に我が国の問題点が色々と見えてきたように思う。我々が把握していないところで、多くの王国民が不当に苦しめられていた事実も見えた。これは、由々しき事態である。王家が至らず見過ごしてしまっていたことに対し、私は深く謝罪の意を示したい」

 そこで言葉を切り、ジェイデンは頭を下げる。国王が国民へ向けて謝罪をするなどと考えてもみなかった来賓客は皆が皆、驚いていた。
 ジェイデンの後方に控えているキリエとジャスミンは、視線を交わして微笑み合う。キリエもジャスミンも、兄弟の凛々しい晴れ姿が喜ばしかった。

「この国をもっと豊かにしたい。どんな国民にとっても優しさを感じられる国にしたい。更なる発展を望める国にしたい。これが、私と、共に歩いてくれる兄弟の願いである。今後、国内の貧困に伴う孤児の多さや識字率の低さ等の問題を解消するために、ジャスミンに中心となって動いてもらうことを計画している。また、争うためではなく共に平和的な発展を目指すために隣国と手を取り合うべく、キリエには我が国を代表する大使となって交渉に当たってもらう予定だ。なお、この役割分担は絶対的というわけではなく、外交においてジャスミンに動いてもらうことも、逆に内政においてキリエに動いてもらうこともあるだろう。──いずれにせよ、我々兄弟が心を合わせ、ウィスタリア王国をより良い国にしていくことを目指すと約束しよう!」

 キリエとジャスミンもその場で起立し一礼すると、温かな拍手が送られる。その音が鳴り止むのを待ってから、ジェイデンは高らかな声で宣言した。

「我が名は、ジェイデン=フォン=ウィスタリア。ウィスタリア王国第六十五代目国王となったことを、ここに宣言する! 私はまだ若輩者であるがゆえ、不安に思う国民も多いかもしれない。だが、私は国父として最善を尽くすことを誓う。ウィスタリア王国に幸いあれ!」

 観衆から大きな歓声が上がり、割れんばかりの拍手が湧き起こる。ジェイデン陛下万歳、ウィスタリア王国万歳、と何度も繰り返される唱和に対し、新たに即位した若き王は片手を上げて応えていた。


 ◇


「御即位おめでとうございます、ジェイデン陛下」

 式典が終了した後、キリエとリアムは国王の私室を訪ねた。国王となったジェイデンは今までの屋敷から王城へと住居を変えたのだが、まだ慣れないらしい。

「やめてくれよ、キリエ。僕は、君にまで畏まられたくはない」

 本来の一人称である「僕」へと語り口が戻っているジェイデンは、深い溜息と共にソファーへと寝転んだ。

「はぁ……、国王らしい振る舞いなど、僕には無縁なものだったのだよ。あぁ……、これがずっと続くと考えると、嫌で嫌で仕方がない」
「嗚呼、ジェイデン陛下! もう、そのようにだらしのない御姿を晒してはなりませんよ」
「こら、マックス! 陛下と呼ぶなと言っただろう! 今まで通りに接してくれ! そうじゃないと気が狂いそうなのだよ!」

 駄々をこねるジェイデンの様子は、先程まで新国王として凛々しく堂々とした姿を見せていた男と同一人物とは思えない。
 キリエは小さな笑い声を上げながら腰を屈め、ジェイデンの顔を覗き込んだ。

「ジェイデン。式典での君は、とても素晴らしい姿でしたよ。全ての国民を愛そうとしてくれる心優しき王様だと感じられて、僕も兄弟として嬉しくなりました」
「……じゃあ、今ここでこうして寝転んでいる僕は? 兄弟として恥ずかしいか?」
「いいえ、まさか! 僕の自慢の兄弟ですよ。半分だけとはいえ、君と血が繋がっているのが誇らしいです」
「うん。僕も、同じ気持ちだ」

 キリエの言葉を聞き、満足気に頷いたジェイデンは、むくりと身を起こす。

「キリエ、ようやくここまで来た。──ここまで来たが、まだ始まったにすぎない。様々な問題が山積みだ。ここから、僕たちは色々と動いていかなくてはならない。僕は君のために、君は僕のために、そして僕たちはウィスタリア王国民のために」
「はい」
「うん。……ところで、リアム。本当に爵位を戻さなくていいのか?」

 ジェイデンが即位するにあたり、ジェイデンとキリエの命を助けた報奨としてサリバン家の爵位を戻そうかという提案があったのだが、リアムは辞退していたのだ。
 リアムは穏やかな面持ちで頷き、一礼する。

「ジェイデン様の御配慮には深く感謝いたしますが、謹んで辞退いたします。私に伯爵位は荷が重いですし、子孫を残すつもりもありません。領地を気に掛けるより、その時間をキリエ様へ注ぎたいというのが本音でございます。お許しいただけるのであれば、どうぞ現状のままでお願い申し上げたく」
「分かったのだよ。君がそれでいいのなら、別に構わない。だが、他の形で報奨を贈らせてもらう。それは素直に受け取ってくれよ」
「はっ。有難き幸せに存じます」

 ジェイデンへ深く頭を下げるリアムの横顔に憂いは無く、やわらかな幸福が滲んでいる。それを見たキリエとマクシミリアンは視線を交わし合い、喜びを共有するのだった。


 ◇


「キリエ様、リアム様、おかえりなさいませ!」

 キリエとリアムが所用を済ませて王城を出ると、入口前で馬車と共に待機していたエドワードが満面の笑みと一礼で出迎えてくれる。

「ただいま、エド。長時間の待機、ご苦労様でした」
「ありがとうございます、キリエ様! ……へへっ、キリエ様の正装の御姿、やっぱりめちゃくちゃ素敵っすね!」
「今さら何を言っているんだ、エド。キリエ様はお疲れなんだ。早く帰るぞ」
「はいっ! キリエ様、御手をどうぞ」
「ありがとうございます」

 キリエがエドワードの手を借りて馬車へ乗り、リアムも反対側の扉から乗り込んだ。二人が搭乗したことを確認し、エドワードは馬車を出発させる。
 馬車の振動に身を任せながら小さく息をついたキリエの膝へ、リアムが封筒を載せてきた。

「ん? リアム、これは……?」
「祝いのカードを入れてあるから、寝る前にでも見てくれ。……十九歳の誕生日おめでとう、キリエ」
「えっ? でも、僕……」

 孤児だったキリエは、自身の誕生日を知らない。教会前に捨てられていた時期から、春の第一月第一週生まれだろうと予想していただけだ。
 しかし、リアムはキリエの頭を撫でながら優しく目を細める。

「春の第一月第一週の中からなら、一日目をキリエの誕生日としたいと思って、今日渡したんだ。今日は、新年を迎えた日、一年で一番おめでたい日だ。キリエが生まれてくれたという大きな祝福を重ねるのに、これほど相応しい日はないだろう」

 それを聞き、キリエの脳内に、幼い頃マルティヌス教会の神父から言われた言葉が蘇る。

『キリエのお誕生日は、春の第一月第一週の一日目にお祝いしようね。一年で一番おめでたい、素晴らしい日だから。愛しい子よ、君が生まれてくれて本当に良かった。なんておめでたい、素晴らしいことだろうね。キリエ、君は神様から贈られた宝物だ。大事な家族、大切な宝物だよ。生まれてくれて、ありがとう』

 かつての家族も、今の家族も、キリエを宝物だと言って大切にしてくれる。それは、なんと幸福なことだろうか。

「……キリエ、どうした?」

 両手で封筒を握りながら涙ぐむキリエを見て、リアムが心配そうに声を掛けてくる。キリエは拳で目元を拭い、首を振って笑顔を見せた。

「すみません、嬉しくて、つい。……ありがとうございます、リアム。本当は今すぐ開けてしまいたいくらいなのですが、後でゆっくりじっくり読ませていただきますね」
「ああ。家で、キャシーがキリエの好物をたくさん作って待っているはずだ。他の皆も、キリエにカードを渡したくて朝からうずうずしていた」
「そうなのですね。……ふふっ、幸せです」

 かつての家族も、今の家族も、幸せでありますように。
 与えてくれる以上の幸せを、返していけますように。
 豊かな者も、貧しい者も、愛する家族と共に幸せに生きていけますように。
 それを実現するために、自分の全力を捧げていけますように。

 そんな願いを心の中で祈りながら、キリエは封筒を大切そうに抱きしめるのだった。





【第2章  完】
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

処理中です...