夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら

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第3章

【3-35】千年前の真実

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 淡々と吐き出した男は、もう一度、物憂げに息をつく。

「まぁ、いい。教えたところで何も変わらないのなら、話してもいいだろう」

 諦めたような口調で零した妖精人エルフは、近くにある大きな石に腰を下ろした。ゆったりと足を組んだ彼は、キリエとリアムにも座るように指先で近くの倒木を指してくる。主従は顔を見合わせて頷き合い、勧められた通りに腰掛けた。

「さて、どこから話したものか。──そうだな。呪われた子の言う通り、この島はもともと我ら妖精人が暮らしている場所だった」
「島……? ウィスタリア中大陸のことですか?」
「中大陸? なるほど、人間はそう称しているのか。だが、世界全体で見ればここは割と小さな島だ。……まぁ、ここが島だろうと大陸だろうと、どちらでもよかろう。どちらにせよ、ここは妖精人が生息する唯一の場所だった。──そして、千年と少し前、魔族が人間を連れてきた」
「……魔族?」
「魔族も知らぬのか。……そうか、正史と共に様々な情報が失伝しているようだな。いや、失伝というよりも改竄だろうか」

 疲れたように息をついた銀の男は、思いのほか丁寧に様々なことを説明し始めた。

 まず、魔族のこと。魔族は、ウィスタリア中大陸から海を越えた先の大陸に定住している種族で、魔石と呼ばれる特殊な石を使い、魔術という云わば魔法のような不思議な力を操る者たちらしい。魔族という括りに入る人々の全てが魔術を使えるわけではなく、その能力が開花するか否かや、その力の大小などは、個体差が激しいという。

 その魔族が、千年と百年から二百年ほど前、人間たちを伴って、この地へやって来た。なんでも、大陸のほうでは人間たちが戦争をしており、魔族が味方している側の人間の中でも特に弱い者たちを逃がす意図で連れてきたらしい。匿ってやってくれないかという魔族の申し出を妖精人は快く受け入れ、人間たちと共存していたという。

「その当時、私はまだ生まれていなかった。だが、その頃のことは同胞たちからよく聞いていた。……かつての我らは、人間が可愛くて仕方がなかった。人の子たちは総じて数十年、長くとも百年ほどしか生きられない。我らから見ればとても儚くて、可愛らしい存在だったと云う。種族の相性の問題なのか、人間は妖精人に悪意をぶつけてくることもなく、素直に慕ってくれたらしい。我らもまた、もともと争いは好まない。笑いと音楽が絶えない、平和な日々だったと聞いている。──そう。千年ほど前に、忌々しいユージーンが現れるまではな」

 ウィスタリア王国初代国王の名を口にした妖精人は、その銀色の瞳に憎悪を色濃く滲ませた。

「ユージーンは異質な人間だったのだろう。我らとて、あのときの全ての人間に罪があったとは思っていない。だが、ユージーンの存在は、我らが『人間』を丸ごと忌み嫌う理由に十分に足るものだったのだ。──ユージーンは異質ではあったが、妖精人に直接手を下せないという人間の性質はきちんと受け継いでいた。だから奴は魔族の長の娘を利用し、秘密裏にその娘を人質として魔族へ協力を強制し、魔族に我らのかつての同胞たちを殺させたのだ」
「そんな……、何故そんな酷いことを……」
「人間たちの思惑など知らぬ。この平和な地を支配して、自分たちのものとしたかったのかもしれぬ。愚かだ。……実に、愚かなことだ」

 当時の魔族の長は娘を溺愛しており、見殺しになど出来なかった。結果、申し訳ないと謝罪しながらも、魔族はユージーンが望むままに妖精人を惨殺していった。その凄惨な場面を目撃してしまった人間たちの記憶も魔族に操らせ、ユージーンは自らを「神から国を授かった英雄である」と嘯いたのだ。

「妖精人は、精霊の祝福を受けている。風や水、土や草花、あるいは雨や雷など、各々が何らかの精霊の加護を受けている。……だが、我らは争いを好まない。使える力も本来は相手を傷つけるためのものではないから、魔術に抵抗しきれなかったのだ。かわいいかわいいと愛でていた人間に裏切られ、生き残った数少ない同胞の心も深く傷つき、……そして人間への憎悪を膨らませていった」
「……だから、それからはずっと人の前に姿を見せず、この森の奥で静かに暮らしていたのですか?」
「そうだ。……ウィスタリア王国とやらが建国された後、大陸へ亡命してこないかという誘いを魔族がしてきたのだが、我らは断った。大陸にも、人間はいる。……我らはもう、人間と関わりたくなかったのだ」

 そこで一度唇を閉ざした妖精人は、キリエを見つめて深々と溜息をつき、再び淡々と語り始める。

「……亡命を断った妖精人に対し、魔族はひとつの約束をした。千年耐えてくれ、と。魔族はユージーンに対し千年に及ぶ不可侵を約束させられたという。だから、千年が経ったならば、──今度はユージーンが作り上げた国を滅ぼして、再びこの地を妖精人に明け渡そう、と」
「な……っ」
「数十年しか生きぬ人の子にとっては千年が永遠のように感じられたのかもしれないが、だいたい千五百年ほど生きる我らにとっては、悠久の時というわけでもない。だから我らは、こうして人目を避けた森で暮らしながら待っていたのだ。千年が経ち、人間たちが滅ぶそのときをな」

 キリエとリアムは、焦燥感と共に視線を交わす。──ウィスタリア王国は、現時点で建国から約千年と云われている。正確な千年目がいつかは分からないが、あまり時間が無いのは確かだろう。
 一刻も早く王都へ戻り、この情報をジェイデンへ伝えねばならない。今となってはウィスタリア王国だけではなく、アルス市国やモンス山岳国を巻き込んでしまう恐れのある問題だ。
 キリエ自身のあれこれや妖精人についての詳細も気になるが、それは後回しにするべきだろう。そう思って立ち上がり、礼を言うべく姿勢を正したキリエに対し、妖精人の男は冷ややかな目を向けた。

「呪われた子よ。今の情報を新たな王とやらに伝えに行くつもりか? ……何もかもが中途半端で、心が欠けているそなたには、果たして人間の世界で生きる資格があるのか?」
「えっ……」
「……どういう、ことでしょうか」

 立ち上がったリアムが、困惑して絶句するキリエを背に庇うようにして、妖精人へ静かに問いかける。相変わらず憤怒の気持ちが湧かないが、その悔しさよりも、キリエの心情を慮る想いのほうが上回っている。そんな騎士に対峙する銀色の眼差しは、氷のように冷たい。

「そのままの意味だ。……その子は、ただでさえ妖精人と人間の間に生まれた中途半端な命であり、先代の長老から呪いを受けている。人間の孤児として預ければそのうち死ぬかと思いきや、まさかまだ生きていたとはな。……まったく、残念だ」
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