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第3章
【3-36】呪い
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キリエの肩が小さく震えたのを見て、リアムは咄嗟に妖精人へ背を向けて主の両耳を手で塞いだ。これ以上、キリエを傷つける言葉を聞かせたくなかった。
──もしも、相手が妖精人でなければ、リアムは激情のまま掴みかかっていただろう。殴りつけてしまっていたかもしれない。それほど、キリエを傷つける言葉たちに憤っているのに、その感情はリアムの中ですぐに凪いでしまうのだ。だからせめてもの抵抗として主の耳を塞いだのだが、キリエはその手をそっと外した。
「ありがとうございます、リアム。でも、これは僕がきちんと向き合わねばならないことです」
「キリエ様……」
「教えてください。僕が中途半端な存在である、呪われている、という御言葉の詳細を知りたいです。妖精人と人間の間に生まれたのは、そんなに問題があることなのでしょうか」
庇われていたリアムの身体から抜け出し、キリエは恐怖心へ抗いながら妖精人とまっすぐに向き合う。見返してくる銀の視線は、値踏みするようにキリエの全身を眺めた。
「そなた、年齢はいかほどか? 今の性別は?」
「十九歳になりました。性別は男です」
今の性別、という言い方が引っ掛かったものの、キリエは素直に答える。妖精人は渋い表情で、小さく唸った。
「男……、そうだな。確かに、そなたは生まれたときから男だった。しかし、男にしては随分と小さく華奢だ。途中で性別の変異があったのかと思ったのだが……、いや、これから起こるのかもしれない」
「性別の……変異……?」
「そうだ。我々、妖精人は生まれたときには性別をもたない。生を受けて二十年から三十年ほどが経過した頃に性別が決まり、そこで肉体の成長も止まる。私も生まれて三十年ほどで男になり、容姿はその頃のまま、九百年ほど生きている。……そなたはまだ十九歳。人間の血の影響で性別が決まったまま生まれてきて単に中性的な容貌に育っているだけだとも考えられるが、そこに妖精人の血が干渉して、これから性別が変化する可能性もある」
「……」
「そもそも、そなたの寿命はいかほどか? 人間と同じように数十年で死ぬのか、それとも我らのように千年以上生きるのか、もしくは中途半端に魔族程度──数百年ほど生きるのか。それは、誰にも分からぬ。そなたは実に半端で、予想不可能な存在なのだ」
「……今まで、妖精人と人間の間に生まれた人はいなかったのですか?」
「いない。──かつて、我らと人間が共存していたとき、互いにどんなに惹かれたとしても、決して結ばれないようにと、それだけは重々気をつけていた。何故なら、互いが全く異質の生命体であることを分かっていたからだ。人の子の一生は、儚い。我らは必ず取り残されてしまう。それを理解していた。……つまり、前例が無い。正直に言えば、そなたの存在は気味が悪い」
気味が悪い。──真正面からぶつけられた不快感に対し、キリエはどうしたらいいのか分からなかった。
リアムの手が、力強く両肩を掴んでくる。その温もりは、耳を貸さなくていい、気にしなくていい、と雄弁に語りかけてきた。それに感謝しつつ、キリエは妖精人から目を背けず、しっかりと見つめ返す。
「呪われた子、というのは?」
「……現在、妖精人の長は私だ。私よりも年長の同胞もいるが、便宜上、長老と呼ばれている。しかし、二年ほど前に亡くなった先代の長老は本当に長命で、二千年近く生きたのだ。つまり、千年前のこともよく覚えていて、とりわけ人間への憎悪も強かった。だから、プロテア──そなたの母が人間の男と交わったことを知り、激しく憤ったのだ」
妖精人曰く、プロテアは好奇心旺盛で、よく森の入口まで出掛けてはこっそりと人間を観察していたらしい。先代長老はその行動を度々咎めていたがプロテアは聞く耳を持たず、そうしてある夜オズワルドと出逢い、すぐに恋に落ちた。
「プロテアは、その男……王国の王と結婚をするのだと言い出した。男と共に王都へ行くと主張し、それを聞いた先代長老は怒り狂ってプロテアを監禁し、森の入口へ二度と行かないようにと監視した。……そんな折、プロテアが身籠っていたことが分かったのだ」
「……それが、僕ですか」
「そうだ。先代長老は腹の子を殺そうとしたが、プロテアは泣いて縋って懇願した。身籠った命には何の罪も咎も無い、と。……そして、先代長老は条件を出した。忌々しい人間の王族の血が混じった子をこの森で育てることは許さぬ、人間たちの元へ捨ててくるのであれば産んでも構わぬ、と。プロテアは承諾した。人間の元で育ってくれることを祈ったのだろう。……プロテアの願い通り、そなたは育っていたようだな」
妖精人はキリエの顔をまじまじと見つめ、物憂げな溜息を零す。
「……だが、先代長老は、プロテアに出した条件だけでは満足していなかった。彼の人間に対する憎しみは、同胞の中でも抜きん出ていたのだ。……だからだろうか。先代長老は、プロテアの目を盗み、赤子のそなたに呪いをかけた。人間および我らが持つ感情の中で最も豊かだと思われるものを、魂から削り落としたのだ」
「その感情というのは……?」
「そなたは、恋愛と性愛が理解できない。誰も愛せない。そういう呪いを受けている」
「……ッ」
驚愕のあまり膝から崩れ落ちそうになるキリエを、リアムの腕が抱き支えた。無意識で動けたリアムだが、彼は彼で大きな衝撃を受けている。
顔面蒼白の二人を冷徹に見据えながら、妖精人は更に追い打ちをかけた。
「人間のような老い方をせず、肉体年齢が止まってしまうかもしれない。そのうち、性別が変化するかもしれない。人間よりも遥かに長い時を生きるのかもしれない。そして、人の子の多くが浮足立っている感情が理解できない、心が欠けている存在。……そんな薄気味悪い存在であるそなたは、果たして人間たちの元で暮らしてよいものなのか?」
──もしも、相手が妖精人でなければ、リアムは激情のまま掴みかかっていただろう。殴りつけてしまっていたかもしれない。それほど、キリエを傷つける言葉たちに憤っているのに、その感情はリアムの中ですぐに凪いでしまうのだ。だからせめてもの抵抗として主の耳を塞いだのだが、キリエはその手をそっと外した。
「ありがとうございます、リアム。でも、これは僕がきちんと向き合わねばならないことです」
「キリエ様……」
「教えてください。僕が中途半端な存在である、呪われている、という御言葉の詳細を知りたいです。妖精人と人間の間に生まれたのは、そんなに問題があることなのでしょうか」
庇われていたリアムの身体から抜け出し、キリエは恐怖心へ抗いながら妖精人とまっすぐに向き合う。見返してくる銀の視線は、値踏みするようにキリエの全身を眺めた。
「そなた、年齢はいかほどか? 今の性別は?」
「十九歳になりました。性別は男です」
今の性別、という言い方が引っ掛かったものの、キリエは素直に答える。妖精人は渋い表情で、小さく唸った。
「男……、そうだな。確かに、そなたは生まれたときから男だった。しかし、男にしては随分と小さく華奢だ。途中で性別の変異があったのかと思ったのだが……、いや、これから起こるのかもしれない」
「性別の……変異……?」
「そうだ。我々、妖精人は生まれたときには性別をもたない。生を受けて二十年から三十年ほどが経過した頃に性別が決まり、そこで肉体の成長も止まる。私も生まれて三十年ほどで男になり、容姿はその頃のまま、九百年ほど生きている。……そなたはまだ十九歳。人間の血の影響で性別が決まったまま生まれてきて単に中性的な容貌に育っているだけだとも考えられるが、そこに妖精人の血が干渉して、これから性別が変化する可能性もある」
「……」
「そもそも、そなたの寿命はいかほどか? 人間と同じように数十年で死ぬのか、それとも我らのように千年以上生きるのか、もしくは中途半端に魔族程度──数百年ほど生きるのか。それは、誰にも分からぬ。そなたは実に半端で、予想不可能な存在なのだ」
「……今まで、妖精人と人間の間に生まれた人はいなかったのですか?」
「いない。──かつて、我らと人間が共存していたとき、互いにどんなに惹かれたとしても、決して結ばれないようにと、それだけは重々気をつけていた。何故なら、互いが全く異質の生命体であることを分かっていたからだ。人の子の一生は、儚い。我らは必ず取り残されてしまう。それを理解していた。……つまり、前例が無い。正直に言えば、そなたの存在は気味が悪い」
気味が悪い。──真正面からぶつけられた不快感に対し、キリエはどうしたらいいのか分からなかった。
リアムの手が、力強く両肩を掴んでくる。その温もりは、耳を貸さなくていい、気にしなくていい、と雄弁に語りかけてきた。それに感謝しつつ、キリエは妖精人から目を背けず、しっかりと見つめ返す。
「呪われた子、というのは?」
「……現在、妖精人の長は私だ。私よりも年長の同胞もいるが、便宜上、長老と呼ばれている。しかし、二年ほど前に亡くなった先代の長老は本当に長命で、二千年近く生きたのだ。つまり、千年前のこともよく覚えていて、とりわけ人間への憎悪も強かった。だから、プロテア──そなたの母が人間の男と交わったことを知り、激しく憤ったのだ」
妖精人曰く、プロテアは好奇心旺盛で、よく森の入口まで出掛けてはこっそりと人間を観察していたらしい。先代長老はその行動を度々咎めていたがプロテアは聞く耳を持たず、そうしてある夜オズワルドと出逢い、すぐに恋に落ちた。
「プロテアは、その男……王国の王と結婚をするのだと言い出した。男と共に王都へ行くと主張し、それを聞いた先代長老は怒り狂ってプロテアを監禁し、森の入口へ二度と行かないようにと監視した。……そんな折、プロテアが身籠っていたことが分かったのだ」
「……それが、僕ですか」
「そうだ。先代長老は腹の子を殺そうとしたが、プロテアは泣いて縋って懇願した。身籠った命には何の罪も咎も無い、と。……そして、先代長老は条件を出した。忌々しい人間の王族の血が混じった子をこの森で育てることは許さぬ、人間たちの元へ捨ててくるのであれば産んでも構わぬ、と。プロテアは承諾した。人間の元で育ってくれることを祈ったのだろう。……プロテアの願い通り、そなたは育っていたようだな」
妖精人はキリエの顔をまじまじと見つめ、物憂げな溜息を零す。
「……だが、先代長老は、プロテアに出した条件だけでは満足していなかった。彼の人間に対する憎しみは、同胞の中でも抜きん出ていたのだ。……だからだろうか。先代長老は、プロテアの目を盗み、赤子のそなたに呪いをかけた。人間および我らが持つ感情の中で最も豊かだと思われるものを、魂から削り落としたのだ」
「その感情というのは……?」
「そなたは、恋愛と性愛が理解できない。誰も愛せない。そういう呪いを受けている」
「……ッ」
驚愕のあまり膝から崩れ落ちそうになるキリエを、リアムの腕が抱き支えた。無意識で動けたリアムだが、彼は彼で大きな衝撃を受けている。
顔面蒼白の二人を冷徹に見据えながら、妖精人は更に追い打ちをかけた。
「人間のような老い方をせず、肉体年齢が止まってしまうかもしれない。そのうち、性別が変化するかもしれない。人間よりも遥かに長い時を生きるのかもしれない。そして、人の子の多くが浮足立っている感情が理解できない、心が欠けている存在。……そんな薄気味悪い存在であるそなたは、果たして人間たちの元で暮らしてよいものなのか?」
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