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第3章
【3-42】いつの日か共に
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「……その者たちは、そなたへ害をなそうとした異母兄弟たちであったな」
「はい、そうです。……僕は昔から不思議と悪意を向けられることはなくて、それは妖精人である母の性質を受け継いでいたからだというのは理解できました。でも、マデリンやライアンは普通の人間でしょう? それなのに、なぜ、彼らは僕へ悪意をぶつけることができたのでしょうか」
自身が危険な目に遭ったことに対する負の感情は全く見せないキリエを呆れたように見遣ったプシュケは、何度目になるか分からない溜息を物憂げに吐き出す。
「先代長老が言うには、ユージーンは己が築いた国への拘りが強く、王家へ特別な恩恵を与えるよう魔族に対して要求していたらしい。おそらく、そのうちのひとつが『王家直系の血を引く者は妖精人の特性の影響を受けない』だったのだろう」
「なぜ、そんなことを……?」
「知らぬ。人間の考えることなど、我らの知るところではない。……ただ、妖精人がこの地を取り戻さんと蜂起することを恐れたのではないか、という想像はできよう」
神妙な面持ちのキリエが王家の金ボタンや国王の書庫のことを話すと、それらも魔族の魔術が施されているものだろうとプシュケは考察してくれた。
「あらまぁ……、ユージーンって、随分と感じが悪い人ねぇ。魔族を利用してこの地を制圧して、魔族を利用して自分の血脈を盤石にしようとするなんて」
のんびりとした口調ながらも棘のあるソスピタの言葉に対し、キリエは何の反論も出来ない。そして、反論するつもりも無い。
幼い頃から、初代国王ユージーンは偉大な存在だと教えられてきたが、今となってはそれを信じられそうにない。目の前の祖父母が嘘を言っているとは到底思えず、ユージーンの手記を見つけたと打ち明けてきたときのジェイデンの様子からも、妖精人から奪った地にウィスタリア王国を築いたのが真実なのだろう。
「……魔族の人たちが怒るのも当然ですね。脅迫する形で、利用するだけ利用して。不可侵の約束の千年が過ぎたら滅ぼしたくなるのも、無理はない話です」
「そうねぇ。……ねぇ、キリエ。あなた、やっぱりこの森で暮らさない? 人間たちの傍にいたら、魔族が攻め入ってきたときに危ないわ。リアムさんと一緒にいたいのなら、彼をこの森へ迎え入れられるように、おじいちゃんが頑張ってくれるわよぉ」
「ソスピタ……! 勝手なことを言うでない」
「あらあら。でも、キリエが一緒に暮らすと言うのなら、リアムさんを引き入れるくらいのことはするでしょ? 辛くてしんどくて辛くて厳しくて辛い修行に耐えてまで長老の座を掴み取ったのは、この子のためなのだからぁ」
にこにこと笑いながらのソスピタの言葉を、プシュケは否定しない。そして、どうするのだ? と問うように、キリエを見つめてくる。
リアムも、静かに成り行きを見守っていた。様子を窺っている彼は、自分が傍で守れるのであれば、キリエが森で生活するのも、選択肢のひとつとしては良いものだと思っている。実際に魔族が攻めてきた場合、キリエの生存率が一番高いのは、妖精人の中にいることだと考えられるからだ。
「……いいえ。僕は、やはり王都へ戻ります」
祖父母や騎士の熱い視線を感じながらも、キリエは微笑んで首を振った。
「僕は、リアムのことがとても大切です。でも、他にも大切なものがたくさんあります。長命のおじいさまやおばあさまから見たら、今までの僕の人生なんて一瞬のものかもしれません。だけど、僕がこうして生きてきた間に、たくさんの人に支えられ、守られてきました。そんな人々の生活や命が脅かされてしまうかもしれないのに、見捨てて僕だけ安全な場所へ逃げることなんてできません」
「……そうか」
プシュケは無表情にほんのわずかだけ寂しさを滲ませる。そんな祖父へ、キリエは少しだけ甘えを含んだ問いかけをした。
「おじいさま、ひとつお願いをしてもいいでしょうか?」
「……言ってみるがいい」
「僕は、王都へ戻って、ウィスタリア王国を守れるように頑張りたいですし、この国が正しい道を歩んでゆけるようにしたいですし、できれば、この森に追いやられてしまっている妖精人たちのことも何とかしたい。たくさん頑張ります。……ですから、僕がもしも長命で、やるべきことをやって、見送るべき人をすべて見送ったら、おじいさまとおばあさまの元で暮らしてもいいですか?」
リアムがいなくなってしまったら、ひとりきりで取り残される。もしも、プシュケやソスピタのように一定の年齢から老いることなく永い時を生きることになったら、人間たちから気味悪がられてしまう。──そんな不安材料ばかりを懸念して絶望を感じていたキリエだが、リアムの深い想いに触れて、視界が開けたのだ。
人間の生活圏に居場所が無くなっても、妖精人側には身を案じてくれる祖父母がいる。そもそも、妖精人が伝説上の生物であるという認識が誤っているのだから、それを正しい方へ導きながら、両者の和解の道を目指すこともできるはずだ。
いくらでも、この世界で、この国で生きてゆくことは出来る。──キリエを愛してくれる者たちがいて、キリエもまた彼らを愛しているのだから。
固唾を飲んで返答を待つ孫を見つめながら、妖精人の長は口元をごくわずかだけ緩ませる。冷えた銀眼にも、若干ではあるが温かな感情が浮かんだ。
「無論、いつでも待っている」
「そうよぉ、キリエ。おじいちゃんも、おばあちゃんも、いつだって待っているわ。ふふ、いつかキリエと暮らせるかもしれないのなら、少しくらい人間に貸してあげてもいいかもしれないわねぇ」
「ありがとうございます……!」
銀色の祖父母と孫のやり取りを見守るリアムも、安堵したような微笑を見せた。
「はい、そうです。……僕は昔から不思議と悪意を向けられることはなくて、それは妖精人である母の性質を受け継いでいたからだというのは理解できました。でも、マデリンやライアンは普通の人間でしょう? それなのに、なぜ、彼らは僕へ悪意をぶつけることができたのでしょうか」
自身が危険な目に遭ったことに対する負の感情は全く見せないキリエを呆れたように見遣ったプシュケは、何度目になるか分からない溜息を物憂げに吐き出す。
「先代長老が言うには、ユージーンは己が築いた国への拘りが強く、王家へ特別な恩恵を与えるよう魔族に対して要求していたらしい。おそらく、そのうちのひとつが『王家直系の血を引く者は妖精人の特性の影響を受けない』だったのだろう」
「なぜ、そんなことを……?」
「知らぬ。人間の考えることなど、我らの知るところではない。……ただ、妖精人がこの地を取り戻さんと蜂起することを恐れたのではないか、という想像はできよう」
神妙な面持ちのキリエが王家の金ボタンや国王の書庫のことを話すと、それらも魔族の魔術が施されているものだろうとプシュケは考察してくれた。
「あらまぁ……、ユージーンって、随分と感じが悪い人ねぇ。魔族を利用してこの地を制圧して、魔族を利用して自分の血脈を盤石にしようとするなんて」
のんびりとした口調ながらも棘のあるソスピタの言葉に対し、キリエは何の反論も出来ない。そして、反論するつもりも無い。
幼い頃から、初代国王ユージーンは偉大な存在だと教えられてきたが、今となってはそれを信じられそうにない。目の前の祖父母が嘘を言っているとは到底思えず、ユージーンの手記を見つけたと打ち明けてきたときのジェイデンの様子からも、妖精人から奪った地にウィスタリア王国を築いたのが真実なのだろう。
「……魔族の人たちが怒るのも当然ですね。脅迫する形で、利用するだけ利用して。不可侵の約束の千年が過ぎたら滅ぼしたくなるのも、無理はない話です」
「そうねぇ。……ねぇ、キリエ。あなた、やっぱりこの森で暮らさない? 人間たちの傍にいたら、魔族が攻め入ってきたときに危ないわ。リアムさんと一緒にいたいのなら、彼をこの森へ迎え入れられるように、おじいちゃんが頑張ってくれるわよぉ」
「ソスピタ……! 勝手なことを言うでない」
「あらあら。でも、キリエが一緒に暮らすと言うのなら、リアムさんを引き入れるくらいのことはするでしょ? 辛くてしんどくて辛くて厳しくて辛い修行に耐えてまで長老の座を掴み取ったのは、この子のためなのだからぁ」
にこにこと笑いながらのソスピタの言葉を、プシュケは否定しない。そして、どうするのだ? と問うように、キリエを見つめてくる。
リアムも、静かに成り行きを見守っていた。様子を窺っている彼は、自分が傍で守れるのであれば、キリエが森で生活するのも、選択肢のひとつとしては良いものだと思っている。実際に魔族が攻めてきた場合、キリエの生存率が一番高いのは、妖精人の中にいることだと考えられるからだ。
「……いいえ。僕は、やはり王都へ戻ります」
祖父母や騎士の熱い視線を感じながらも、キリエは微笑んで首を振った。
「僕は、リアムのことがとても大切です。でも、他にも大切なものがたくさんあります。長命のおじいさまやおばあさまから見たら、今までの僕の人生なんて一瞬のものかもしれません。だけど、僕がこうして生きてきた間に、たくさんの人に支えられ、守られてきました。そんな人々の生活や命が脅かされてしまうかもしれないのに、見捨てて僕だけ安全な場所へ逃げることなんてできません」
「……そうか」
プシュケは無表情にほんのわずかだけ寂しさを滲ませる。そんな祖父へ、キリエは少しだけ甘えを含んだ問いかけをした。
「おじいさま、ひとつお願いをしてもいいでしょうか?」
「……言ってみるがいい」
「僕は、王都へ戻って、ウィスタリア王国を守れるように頑張りたいですし、この国が正しい道を歩んでゆけるようにしたいですし、できれば、この森に追いやられてしまっている妖精人たちのことも何とかしたい。たくさん頑張ります。……ですから、僕がもしも長命で、やるべきことをやって、見送るべき人をすべて見送ったら、おじいさまとおばあさまの元で暮らしてもいいですか?」
リアムがいなくなってしまったら、ひとりきりで取り残される。もしも、プシュケやソスピタのように一定の年齢から老いることなく永い時を生きることになったら、人間たちから気味悪がられてしまう。──そんな不安材料ばかりを懸念して絶望を感じていたキリエだが、リアムの深い想いに触れて、視界が開けたのだ。
人間の生活圏に居場所が無くなっても、妖精人側には身を案じてくれる祖父母がいる。そもそも、妖精人が伝説上の生物であるという認識が誤っているのだから、それを正しい方へ導きながら、両者の和解の道を目指すこともできるはずだ。
いくらでも、この世界で、この国で生きてゆくことは出来る。──キリエを愛してくれる者たちがいて、キリエもまた彼らを愛しているのだから。
固唾を飲んで返答を待つ孫を見つめながら、妖精人の長は口元をごくわずかだけ緩ませる。冷えた銀眼にも、若干ではあるが温かな感情が浮かんだ。
「無論、いつでも待っている」
「そうよぉ、キリエ。おじいちゃんも、おばあちゃんも、いつだって待っているわ。ふふ、いつかキリエと暮らせるかもしれないのなら、少しくらい人間に貸してあげてもいいかもしれないわねぇ」
「ありがとうございます……!」
銀色の祖父母と孫のやり取りを見守るリアムも、安堵したような微笑を見せた。
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