夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら

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第3章

【3-91】其の名はカイン

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 妖精人エルフと魔族が実在していること、千年前の出来事、キリエの母とオズワルドのこと、魔族から受けた様々な攻撃のこと、「約束の日」のこと──、それらがなるべく分かりやすいように、また、可能な限り主観を取り除きながら、キリエは長々と語った。ジェイデンにも打ち明けていない事柄は当然ながら省き、魂結びのことも避けたものの、膨大な説明内容である。
 中断したのは途中でリリーが茶菓子を届けてくれたときくらいのもので、小一時間ほど喋り続けていたため、語り終える頃には喉が乾ききっていた。

「──ひとまず、僕からは以上です」

 キリエがそう言って話し終えても、リアム以外の聴衆は皆、複雑な面持ちで黙りこくっている。それぞれが思考をまとめる時間も必要だろうと考えたリアムは、「失礼いたします」と一言ことわってからキリエの上半身を抱き起こした。流石にジャスミンやライアンの目先で抱き支えたままでいるわけにはいかず、キリエの背を枕で守りつつ寝台の端へ凭れさせる。そして、労る手つきで茶を飲ませてくれた。

「お疲れ様でした、キリエ様」
「ありがとうございます。……僕は、きちんとおはなし出来たでしょうか」
「分かりやすく纏められていたかと存じます」
「でも、…ッ、けほ、けほ……っ」
「大丈夫でございますか」

 上手く嚥下できなかった茶が気管に入り、キリエは噎せてしまう。力が入らないため口元を押さえられないキリエの代わりにリアムの手が覆い、同時に背中を軽く叩いてくれた。

「申し訳ございません。私の調整が下手なばかりに」
「そんなことないです……!すみませんでした。もう少しいただいてもいいですか?」
「御意にございます。ゆっくりで大丈夫ですので、御気をつけて御飲みください」

 キリエがこくこくと茶を飲む姿を見守りながら、ジャスミンがぽつりと呟く。

「なるほどね……、この前来たばかりのリツがまたウィスタリアに来るだなんて何事かと思っていたけれど、そんな事情があったなら納得だわ」
「まるで御伽話のようだが、冗談ではないと理解している。……逆に、夢であってほしかったくらいだ」

 ジャスミンの言葉を拾ったライアンは、溜息まじりにそう言って、眼鏡の位置を直した。そして気を取り直したように表情を改め、一同を見渡しながら話し始める。

「キリエが語っていた魔族の男、……おそらく、私に接触してきた者と同一人物だろう。偽っていなければの話にはなるが、名はカインと云う」
「……カイン」

 カインという名に、リアムが反応する。何か思い当たることがあったのだろう。しかし、キリエへ水分補給している介助の手を止めるのに抵抗があるようで、藍紫の瞳には迷いが浮かんでいた。
 それを察したキリエは、小さく首を振って、もう茶は必要無いという意思を示す。夜霧の騎士は、主君が本当にそれ以上は欲していないだろうと表情から確認し、頷いた。キリエの体勢を微調整してから、リアムはライアンへと視線を向ける。

「……カインという名は、私にも覚えがあります。ジェイデン陛下の枕元に届いていた書簡の署名が、おそらくそうだったかと」
「であれば、十中八九、私が知る魔族の男が次々に悪さをしているのだろう。……彼がこの国に手を出すとは、思いもしなかったが」
「ライアンは、どうして魔族を知っていたの? カインと知り合ったきっかけは、何?」

 おそらくライアン以外の全員が抱いていたであろう疑問を、ジャスミンが素直に問い掛けた。この場にいる中では、彼女が訊くのが一番角が立たないであろうし、適任である。

「……カインが私の目の前に現れたのは、キリエが王都へやって来て暫くしてからのことだ。前触れは無く、唐突に目の前に立っていた」

 ライアンは、カインについて次のように語った。

 カインは初対面のときから不思議な力──魔術をライアンに見せ、自身が海の向こうから来た魔族であると言っていた。嘘をついているようには見えず、知的好奇心も刺激されたため、ライアンはカインが現れた際には言葉を交わし、交流を深めていった。

 じきに、ジェイデンとキリエが結託してライアンの立場が危うくなり、ジャスミンとの関係も悪化する一方だ、とライアンは思い悩むようになる。そんな彼を「不思議な力を授けるから一思いに殺してしまえ」とカインは唆した。
 ライアンは初めは拒んでいたものの、精神が不安定になって思い詰めるようになるにつれ、カインの言葉に流され始め、最終的にはキリエとジェイデンの殺害を決意してしまったのだ。

「私は昔から、冷静であれと己を律してきたつもりだ。しかし、その一方で、一度ひどい思い込みをするようになり激情が溢れ出すと、己を制御できなくなるという面もある。──かつてジャスミンを傷つけたときも、少し前にキリエやジェイデンに酷い行いをしたときも、そうだ。脳内の何処かで警鐘を鳴らす自分も確かに存在していたはずなのに、結果的にはあんなことをしでかして、今に至る」

 膝の上で手を組んで項垂れるライアンの顔には、苦々しい後悔と、深い反省が滲み出ていた。
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