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第3章
【3-108】上に立つ者として
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皆の話に耳を傾けつつ、キリエが十分に茶菓子を堪能したところで、リアムが表情と声音を改めて話を切り出した。
「さて……、皆に伝えておきたいことがある」
和やかな空気が瞬時に切り替わり、決して不快なわけではないが緊張感のある雰囲気が漂う。使用人たちの顔を順に見ながら、リアムは静かに話し始めた。
「キリエがせっかく帰ってきてくれたが、訳あって明日から暫く自室に籠ってもらわなくてはならない。お前たちが過度に心配せねばならないようなことではないし、数日が経過すればまたキリエが元気な顔を見せてくれるはずだが、そういった事情があることは頭に置いておいてくれ。その間、室内でのキリエの身の回りの世話は俺がする。何か必要なものがあった場合には、持ってきてほしいと頼むこともあるだろう。常に部屋の外で待機してもらわなくとも構わないが、手が空いた際には近くを通りがかってもらえると、用事を頼みやすくて助かる。俺はなるべくキリエの傍に付いているつもりだ。──以上だが、現時点で何か確認しておきたいことはあるか?」
「いいえ、特にはございません。承知いたしました」
使用人を代表してジョセフが即答していたが、他の皆もそれぞれ頷いている。誰も不信感や不平不満を抱いている様子はなく、理由が説明されることなく言い渡された指示に対し素直に従うつもりのようだ。
「あの……、すみません。気を遣わせてばかりで申し訳ないです」
キリエが王城で寝たきり状態のことでも心配させたであろうし、戻ってきたと思えば今度は謎の引きこもりとなれば多少なりともまた心配をかけるであろう。しかも、家族同然の相手だというのに、何故そんなことをするのかという説明すら出来ないのだ。
申し訳なくて項垂れるキリエだが、ジョセフが柔らかな口調で声をかけてきた。
「キリエ様、我々のほうこそお優しい御気遣いをいただくばかりで恐縮でございます。……ですが、キリエ様。貴方様は王兄殿下。王族の御一人であられるのです。目下の者たちに詳細を伏せられてお動きになる場面が多いのは、当然のこと。どうか、御気になさりませぬよう」
「でも……、後ろめたいことがあるわけではないですが、隠しごとをしているのは事実です。みんなも嫌な思いをしているのではないかと……」
ますます俯きがちになっているキリエを見て小さな溜息をついたリアムは立ち上がり、主君の横へ移動して跪く。そして、不安げな銀色の瞳を見上げ、諭すように言った。
「ジョセフが言っていたように、キリエがどう感じていたとしても、お前は王族であり、本来であれば俺たちがこうして気安く声を掛けて良い相手ではないんだ。……王都へ来たばかりの頃に比べれば、キリエの振る舞いはだいぶそれらしくなっているが、今後はもっと上に立つ者の心構えを学んでいかないとな」
「上に立つ者……」
「そうだ。キリエは目下の者たちにも優しい気遣いが出来るし、それはとても素晴らしいことだと思う。だが、それだけでは駄目なんだ。例えば、今の場面であれば、不安や申し訳なさを見せるのではなく、案ずるな、良きに計らえという姿勢を示したほうがいい」
「んん……、難しいですね」
眉尻を下げるキリエの頭を撫で、リアムは優しい苦笑を浮かべる。
「まぁ、それは追々学んでいこう。とりあえず今は、お前がそんなに気にすることはないし、皆も気にしていないし、堂々と己の役目を全うすることだけ考えていてくれ」
「はい、分かりました。……では皆さん、明日から少し違った形でご迷惑をかけて恐れ入りますが、よろしくお願いします」
キリエが先程よりも堂々と発言した内容を聞き、リアムはそういう意味ではないと言いたげに苦笑を深めたが、使用人たちは皆ほほえましそうに「承知いたしました」とそれぞれ言って頷いた。
リアムもそれ以上は言及せず、自分の席に戻って座り直す。そして、穏やかな面持ちになり、場の空気を切り替えるように、ジョセフへ向かって問い掛けた。
「そういえば、俺たちが不在の間に何か変わったことなど無かったか?」
「いえ、特別お伝えせねばならないようなことは……、ああ、そういえば、リアム様宛に御手紙が届いておりました」
「俺に?」
「はい。後で御部屋へお持ちいたします」
ジョセフがこの場で差出人が誰かを口にしなかったこと、そして、手紙の話題が出たときにキャサリンがわずかに反応したことから、どこから届いたどんな内容の書面であるのかをリアムはおおよそ見当をつける。しかし、それを明言すればキリエが気にすると分かっているため、そのまま話を流すことにした。
「分かった。後で読もう。……さて、キリエ。あとひとつくらい、菓子を食べられるんじゃないか?」
「えっ、でも、だいぶおなかも満たされているので、あとはみんなのおやつにしてもらってもいいかなぁと思っているのですが」
「まぁまぁ、あとひとつくらいいいだろう。どれにする?」
キリエの意識はすぐに茶菓子へ向き、リアム宛の手紙のことなど気にしていないだろう。しかし、キャサリンは密かに、リアムの横顔をじっと見つめていた。
「さて……、皆に伝えておきたいことがある」
和やかな空気が瞬時に切り替わり、決して不快なわけではないが緊張感のある雰囲気が漂う。使用人たちの顔を順に見ながら、リアムは静かに話し始めた。
「キリエがせっかく帰ってきてくれたが、訳あって明日から暫く自室に籠ってもらわなくてはならない。お前たちが過度に心配せねばならないようなことではないし、数日が経過すればまたキリエが元気な顔を見せてくれるはずだが、そういった事情があることは頭に置いておいてくれ。その間、室内でのキリエの身の回りの世話は俺がする。何か必要なものがあった場合には、持ってきてほしいと頼むこともあるだろう。常に部屋の外で待機してもらわなくとも構わないが、手が空いた際には近くを通りがかってもらえると、用事を頼みやすくて助かる。俺はなるべくキリエの傍に付いているつもりだ。──以上だが、現時点で何か確認しておきたいことはあるか?」
「いいえ、特にはございません。承知いたしました」
使用人を代表してジョセフが即答していたが、他の皆もそれぞれ頷いている。誰も不信感や不平不満を抱いている様子はなく、理由が説明されることなく言い渡された指示に対し素直に従うつもりのようだ。
「あの……、すみません。気を遣わせてばかりで申し訳ないです」
キリエが王城で寝たきり状態のことでも心配させたであろうし、戻ってきたと思えば今度は謎の引きこもりとなれば多少なりともまた心配をかけるであろう。しかも、家族同然の相手だというのに、何故そんなことをするのかという説明すら出来ないのだ。
申し訳なくて項垂れるキリエだが、ジョセフが柔らかな口調で声をかけてきた。
「キリエ様、我々のほうこそお優しい御気遣いをいただくばかりで恐縮でございます。……ですが、キリエ様。貴方様は王兄殿下。王族の御一人であられるのです。目下の者たちに詳細を伏せられてお動きになる場面が多いのは、当然のこと。どうか、御気になさりませぬよう」
「でも……、後ろめたいことがあるわけではないですが、隠しごとをしているのは事実です。みんなも嫌な思いをしているのではないかと……」
ますます俯きがちになっているキリエを見て小さな溜息をついたリアムは立ち上がり、主君の横へ移動して跪く。そして、不安げな銀色の瞳を見上げ、諭すように言った。
「ジョセフが言っていたように、キリエがどう感じていたとしても、お前は王族であり、本来であれば俺たちがこうして気安く声を掛けて良い相手ではないんだ。……王都へ来たばかりの頃に比べれば、キリエの振る舞いはだいぶそれらしくなっているが、今後はもっと上に立つ者の心構えを学んでいかないとな」
「上に立つ者……」
「そうだ。キリエは目下の者たちにも優しい気遣いが出来るし、それはとても素晴らしいことだと思う。だが、それだけでは駄目なんだ。例えば、今の場面であれば、不安や申し訳なさを見せるのではなく、案ずるな、良きに計らえという姿勢を示したほうがいい」
「んん……、難しいですね」
眉尻を下げるキリエの頭を撫で、リアムは優しい苦笑を浮かべる。
「まぁ、それは追々学んでいこう。とりあえず今は、お前がそんなに気にすることはないし、皆も気にしていないし、堂々と己の役目を全うすることだけ考えていてくれ」
「はい、分かりました。……では皆さん、明日から少し違った形でご迷惑をかけて恐れ入りますが、よろしくお願いします」
キリエが先程よりも堂々と発言した内容を聞き、リアムはそういう意味ではないと言いたげに苦笑を深めたが、使用人たちは皆ほほえましそうに「承知いたしました」とそれぞれ言って頷いた。
リアムもそれ以上は言及せず、自分の席に戻って座り直す。そして、穏やかな面持ちになり、場の空気を切り替えるように、ジョセフへ向かって問い掛けた。
「そういえば、俺たちが不在の間に何か変わったことなど無かったか?」
「いえ、特別お伝えせねばならないようなことは……、ああ、そういえば、リアム様宛に御手紙が届いておりました」
「俺に?」
「はい。後で御部屋へお持ちいたします」
ジョセフがこの場で差出人が誰かを口にしなかったこと、そして、手紙の話題が出たときにキャサリンがわずかに反応したことから、どこから届いたどんな内容の書面であるのかをリアムはおおよそ見当をつける。しかし、それを明言すればキリエが気にすると分かっているため、そのまま話を流すことにした。
「分かった。後で読もう。……さて、キリエ。あとひとつくらい、菓子を食べられるんじゃないか?」
「えっ、でも、だいぶおなかも満たされているので、あとはみんなのおやつにしてもらってもいいかなぁと思っているのですが」
「まぁまぁ、あとひとつくらいいいだろう。どれにする?」
キリエの意識はすぐに茶菓子へ向き、リアム宛の手紙のことなど気にしていないだろう。しかし、キャサリンは密かに、リアムの横顔をじっと見つめていた。
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