夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら

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第3章

【3-115】愛についての問答

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「リアムが言っていました。同じ種類にくくられる感情であっても、自分と相手のそれが同じとは限らないのだと。だったら、僕が愛おしいと感じている気持ちも、僕なりの愛情なのだと思いませんか?」
『そんなの、屁理屈の詭弁です。愛情へ愛情を返してるつもりでも、それが相手の気持ちと不一致なのだとしたら、嘘つきになるじゃないですか』
「いいえ、嘘ではありません。だって、僕はそれを愛情だと思っているのですから。僕がそれを愛情だと感じているのなら、相手の気持ちと同じではなかったとしても、それは『僕の愛情』なのです。大事なのは同じかどうかではなく、僕自身がそうだと認められるかどうか。そうではないですか?」

 「キリエ」は、少々怯えた顔で後ずさる。キリエは離れた分だけ歩み寄り、一定の距離を守ったまま「キリエ」へ語りかけた。

「僕は、ずっと自分に自信がなかった。何をしても、何を思っても、それが周囲から見て異質かどうかを無意識に気にしてしまって、心の奥底で怖がっていたのかもしれませんね」

 周りとは違う銀髪と銀眼、周りとは理解と認識がずれていると思われる感情、──自分は何かおかしくて、だから親に捨てられてしまったのかと思い悩み、もう二度と大切な人たちから捨てられないためにどうしたらいいのか錯綜していた。

 だが、リアムに連れられてルースを出てからの日々の中、そうではないのだと少しずつ気づき、理解してきている。
銀髪と銀髪は妖精人エルフだった母から遺伝したもので、珍しいのは確かだがおかしいわけではない。恋愛感情が理解できないのは、そういう呪いを掛けられていたから。孤児となったのも、親にとって自分が邪魔な存在だったわけではなく、逆に生き延びさせる唯一の方法だったから。

 自分に非があったわけではなく、己を恥じねばならないわけでもない。そう自覚できたことで、堂々と生きてほしいというリアムの言葉が、ようやく胸にまっすぐに降りてきた心地だ。離れていても沁みてくる彼の優しさを感じながら、キリエは「キリエ」との距離を詰めて歩み寄り、かつての自分を抱きしめる。

「辛かったですよね。でも、その苦しさがあったからこそ、今の僕があります」
『……今の【僕】は、苦しくないのですか?』
「苦しさが全く無いわけではないですよ。辛いことも、悲しいことも、傷つくことも、相変わらずあります。きっと、それは誰であっても同じことで、生きている限りずっと続くのでしょう。……でも、今の僕は信じています。大切な人たちが僕を捨てようとしないこと、たとえそんな状況になってしまったとしても、彼だけは──リアムだけは、何があっても僕の傍にいてくれようとすること。それを強く信じられる今は、とても幸せです」

 不意に「キリエ」はキリエの身体を押し返し、距離を取った。だからといって敵意があるようには感じられず、戸惑っているように視線を彷徨わせている。

「僕は、君を……、かつての僕を否定しているわけではありませんよ。君が歩み続けてきた道が、今に繋がっているのですから」
『……そんなに素直に幸せだと言えるだなんて、同じ僕とは思えません』
「全く同じではないかもしれませんが、殆ど同じです。違いがあるとすれば、リアムが傍にいるかいないか、それだけでしょう。彼が与えてくれる強さを受け取れる立ち位置にいるかいないか、それだけです」
『……ふふっ、あの森での英雄が、【僕】にとってこんなにも大きな存在になるだなんて、思いもしませんでしたね』
「ふふっ、確かにそうですね」

 十一年前に助けてくれたとき、キリエの中で「夜霧の騎士」は絶対的な英雄となったが、もう二度と会うことはないだろうとも思っていたのだ。それが、今では誰よりも近い場所にいてくれている。
 そして、キリエの中での彼は段々と「夜霧の騎士」から「リアム=サリバン」へと変わっていった。どちらも彼であることに変わりはないが、心情的には違いがある。彼がキリエをただのキリエとして捉えてくれるように、キリエも彼をただのリアムとして想うようになった。

『……【僕】は、そろそろ戻ってください』

 「キリエ」がぽつりと呟いた一言を聞き、キリエは目を瞬かせる。

「えっ? 受霊の儀……、試練はもう終わりなのですか?」
『本当はもっと意地悪を言ってみたかったのですけど、もういいです。──もっと揺らいでいるのかと思っていたのに、案外、自分の中での答えは定まっていたのかもしれませんね』
「……そうかもしれませんね」

 キリエが頷くと、「キリエ」も頷き返してきた。

『さぁ、もう行ってください。もう二度と、此処に来ることがないように。自分が抱いた感情に自信と責任を持って、素直に生きていくのですよ』
「はい」
『──最後にひとつ、宿題を出しましょう。この宿題をきちんとこなせれば、精霊たちは間違いなく【僕】に味方してくれます。……どんな形の言葉でもいいですから、彼をとても大切に想っているのだときちんと伝えてください。約束ですよ』

 そう言い残した「キリエ」は、最後に無垢な笑顔で一礼し、そのまま薄闇の中へ溶けてゆく。その姿が完全に見えなくなると、すぐに一筋の光が射し込み、キリエはそちらへ向かって歩き始めた。
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