269 / 335
第3章
【3-115】愛についての問答
しおりを挟む
「リアムが言っていました。同じ種類にくくられる感情であっても、自分と相手のそれが同じとは限らないのだと。だったら、僕が愛おしいと感じている気持ちも、僕なりの愛情なのだと思いませんか?」
『そんなの、屁理屈の詭弁です。愛情へ愛情を返してるつもりでも、それが相手の気持ちと不一致なのだとしたら、嘘つきになるじゃないですか』
「いいえ、嘘ではありません。だって、僕はそれを愛情だと思っているのですから。僕がそれを愛情だと感じているのなら、相手の気持ちと同じではなかったとしても、それは『僕の愛情』なのです。大事なのは同じかどうかではなく、僕自身がそうだと認められるかどうか。そうではないですか?」
「キリエ」は、少々怯えた顔で後ずさる。キリエは離れた分だけ歩み寄り、一定の距離を守ったまま「キリエ」へ語りかけた。
「僕は、ずっと自分に自信がなかった。何をしても、何を思っても、それが周囲から見て異質かどうかを無意識に気にしてしまって、心の奥底で怖がっていたのかもしれませんね」
周りとは違う銀髪と銀眼、周りとは理解と認識がずれていると思われる感情、──自分は何かおかしくて、だから親に捨てられてしまったのかと思い悩み、もう二度と大切な人たちから捨てられないためにどうしたらいいのか錯綜していた。
だが、リアムに連れられてルースを出てからの日々の中、そうではないのだと少しずつ気づき、理解してきている。
銀髪と銀髪は妖精人だった母から遺伝したもので、珍しいのは確かだがおかしいわけではない。恋愛感情が理解できないのは、そういう呪いを掛けられていたから。孤児となったのも、親にとって自分が邪魔な存在だったわけではなく、逆に生き延びさせる唯一の方法だったから。
自分に非があったわけではなく、己を恥じねばならないわけでもない。そう自覚できたことで、堂々と生きてほしいというリアムの言葉が、ようやく胸にまっすぐに降りてきた心地だ。離れていても沁みてくる彼の優しさを感じながら、キリエは「キリエ」との距離を詰めて歩み寄り、かつての自分を抱きしめる。
「辛かったですよね。でも、その苦しさがあったからこそ、今の僕があります」
『……今の【僕】は、苦しくないのですか?』
「苦しさが全く無いわけではないですよ。辛いことも、悲しいことも、傷つくことも、相変わらずあります。きっと、それは誰であっても同じことで、生きている限りずっと続くのでしょう。……でも、今の僕は信じています。大切な人たちが僕を捨てようとしないこと、たとえそんな状況になってしまったとしても、彼だけは──リアムだけは、何があっても僕の傍にいてくれようとすること。それを強く信じられる今は、とても幸せです」
不意に「キリエ」はキリエの身体を押し返し、距離を取った。だからといって敵意があるようには感じられず、戸惑っているように視線を彷徨わせている。
「僕は、君を……、かつての僕を否定しているわけではありませんよ。君が歩み続けてきた道が、今に繋がっているのですから」
『……そんなに素直に幸せだと言えるだなんて、同じ僕とは思えません』
「全く同じではないかもしれませんが、殆ど同じです。違いがあるとすれば、リアムが傍にいるかいないか、それだけでしょう。彼が与えてくれる強さを受け取れる立ち位置にいるかいないか、それだけです」
『……ふふっ、あの森での英雄が、【僕】にとってこんなにも大きな存在になるだなんて、思いもしませんでしたね』
「ふふっ、確かにそうですね」
十一年前に助けてくれたとき、キリエの中で「夜霧の騎士」は絶対的な英雄となったが、もう二度と会うことはないだろうとも思っていたのだ。それが、今では誰よりも近い場所にいてくれている。
そして、キリエの中での彼は段々と「夜霧の騎士」から「リアム=サリバン」へと変わっていった。どちらも彼であることに変わりはないが、心情的には違いがある。彼がキリエをただのキリエとして捉えてくれるように、キリエも彼をただのリアムとして想うようになった。
『……【僕】は、そろそろ戻ってください』
「キリエ」がぽつりと呟いた一言を聞き、キリエは目を瞬かせる。
「えっ? 受霊の儀……、試練はもう終わりなのですか?」
『本当はもっと意地悪を言ってみたかったのですけど、もういいです。──もっと揺らいでいるのかと思っていたのに、案外、自分の中での答えは定まっていたのかもしれませんね』
「……そうかもしれませんね」
キリエが頷くと、「キリエ」も頷き返してきた。
『さぁ、もう行ってください。もう二度と、此処に来ることがないように。自分が抱いた感情に自信と責任を持って、素直に生きていくのですよ』
「はい」
『──最後にひとつ、宿題を出しましょう。この宿題をきちんとこなせれば、精霊たちは間違いなく【僕】に味方してくれます。……どんな形の言葉でもいいですから、彼をとても大切に想っているのだときちんと伝えてください。約束ですよ』
そう言い残した「キリエ」は、最後に無垢な笑顔で一礼し、そのまま薄闇の中へ溶けてゆく。その姿が完全に見えなくなると、すぐに一筋の光が射し込み、キリエはそちらへ向かって歩き始めた。
『そんなの、屁理屈の詭弁です。愛情へ愛情を返してるつもりでも、それが相手の気持ちと不一致なのだとしたら、嘘つきになるじゃないですか』
「いいえ、嘘ではありません。だって、僕はそれを愛情だと思っているのですから。僕がそれを愛情だと感じているのなら、相手の気持ちと同じではなかったとしても、それは『僕の愛情』なのです。大事なのは同じかどうかではなく、僕自身がそうだと認められるかどうか。そうではないですか?」
「キリエ」は、少々怯えた顔で後ずさる。キリエは離れた分だけ歩み寄り、一定の距離を守ったまま「キリエ」へ語りかけた。
「僕は、ずっと自分に自信がなかった。何をしても、何を思っても、それが周囲から見て異質かどうかを無意識に気にしてしまって、心の奥底で怖がっていたのかもしれませんね」
周りとは違う銀髪と銀眼、周りとは理解と認識がずれていると思われる感情、──自分は何かおかしくて、だから親に捨てられてしまったのかと思い悩み、もう二度と大切な人たちから捨てられないためにどうしたらいいのか錯綜していた。
だが、リアムに連れられてルースを出てからの日々の中、そうではないのだと少しずつ気づき、理解してきている。
銀髪と銀髪は妖精人だった母から遺伝したもので、珍しいのは確かだがおかしいわけではない。恋愛感情が理解できないのは、そういう呪いを掛けられていたから。孤児となったのも、親にとって自分が邪魔な存在だったわけではなく、逆に生き延びさせる唯一の方法だったから。
自分に非があったわけではなく、己を恥じねばならないわけでもない。そう自覚できたことで、堂々と生きてほしいというリアムの言葉が、ようやく胸にまっすぐに降りてきた心地だ。離れていても沁みてくる彼の優しさを感じながら、キリエは「キリエ」との距離を詰めて歩み寄り、かつての自分を抱きしめる。
「辛かったですよね。でも、その苦しさがあったからこそ、今の僕があります」
『……今の【僕】は、苦しくないのですか?』
「苦しさが全く無いわけではないですよ。辛いことも、悲しいことも、傷つくことも、相変わらずあります。きっと、それは誰であっても同じことで、生きている限りずっと続くのでしょう。……でも、今の僕は信じています。大切な人たちが僕を捨てようとしないこと、たとえそんな状況になってしまったとしても、彼だけは──リアムだけは、何があっても僕の傍にいてくれようとすること。それを強く信じられる今は、とても幸せです」
不意に「キリエ」はキリエの身体を押し返し、距離を取った。だからといって敵意があるようには感じられず、戸惑っているように視線を彷徨わせている。
「僕は、君を……、かつての僕を否定しているわけではありませんよ。君が歩み続けてきた道が、今に繋がっているのですから」
『……そんなに素直に幸せだと言えるだなんて、同じ僕とは思えません』
「全く同じではないかもしれませんが、殆ど同じです。違いがあるとすれば、リアムが傍にいるかいないか、それだけでしょう。彼が与えてくれる強さを受け取れる立ち位置にいるかいないか、それだけです」
『……ふふっ、あの森での英雄が、【僕】にとってこんなにも大きな存在になるだなんて、思いもしませんでしたね』
「ふふっ、確かにそうですね」
十一年前に助けてくれたとき、キリエの中で「夜霧の騎士」は絶対的な英雄となったが、もう二度と会うことはないだろうとも思っていたのだ。それが、今では誰よりも近い場所にいてくれている。
そして、キリエの中での彼は段々と「夜霧の騎士」から「リアム=サリバン」へと変わっていった。どちらも彼であることに変わりはないが、心情的には違いがある。彼がキリエをただのキリエとして捉えてくれるように、キリエも彼をただのリアムとして想うようになった。
『……【僕】は、そろそろ戻ってください』
「キリエ」がぽつりと呟いた一言を聞き、キリエは目を瞬かせる。
「えっ? 受霊の儀……、試練はもう終わりなのですか?」
『本当はもっと意地悪を言ってみたかったのですけど、もういいです。──もっと揺らいでいるのかと思っていたのに、案外、自分の中での答えは定まっていたのかもしれませんね』
「……そうかもしれませんね」
キリエが頷くと、「キリエ」も頷き返してきた。
『さぁ、もう行ってください。もう二度と、此処に来ることがないように。自分が抱いた感情に自信と責任を持って、素直に生きていくのですよ』
「はい」
『──最後にひとつ、宿題を出しましょう。この宿題をきちんとこなせれば、精霊たちは間違いなく【僕】に味方してくれます。……どんな形の言葉でもいいですから、彼をとても大切に想っているのだときちんと伝えてください。約束ですよ』
そう言い残した「キリエ」は、最後に無垢な笑顔で一礼し、そのまま薄闇の中へ溶けてゆく。その姿が完全に見えなくなると、すぐに一筋の光が射し込み、キリエはそちらへ向かって歩き始めた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣
織部
ファンタジー
ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。
背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる