夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら

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第4章(最終章)

【4-58】必ず生き残れ

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 ◇


「さて……、どこから行きましょうか」

 大広間を出たキリエが小首を傾げると、隣に立つリアムは仄かな微笑を浮かべる。

「キリエ様が行きたいと思われる場所でよろしいかと。特に御声掛けされたい者がいれば、そちらを中心に向かわれてもよろしいかもしれません」
「うぅん……、特別にこの人、という方はいないというか、できれば皆さんにご挨拶したいですし、でも、あまりにも慌ただしい状況でしたら顔を出すのはご迷惑になるかもしれません。あと、ジェイデンは城内外と言っていましたが、大広間からあまり離れないほうがいいですよね?」
「左様でございますね。急に戻って来てほしいと言われることもあるかもしれませんので、出来れば城内の御巡りだけにされるのがよろしいかと」

 ウィスタリア王城の敷地は広大であり、庭先へ出るまでにもそれなりに時間が掛かってしまうため、城外まで足を伸ばすのは避けるべきだろう。かといって、城内の広さも相当であり、城からでなければどこへでも行けるというわけでもない。
 少し考えた末、キリエは結論を出した。

「ひとまず、玄関というか……お城の入口まで行きましょう。そして、そこから無理なく足を伸ばせて、なおかつ皆の邪魔にならないところへ顔を出してみることにしましょうか」
「かしこまりました」

 主従は頷き合い、大階段へと向かう。リアムに手を取られながら階段を下りるキリエとすれ違う者は皆、立ち止まり恭しく畏まって一礼してきた。一年前はこうして頭を下げられることに居心地の悪さを感じていたが、今は多少は慣れてきている。とはいえ、違和感や戸惑いは現在でも変わらずにあるため、キリエは王城内で過ごすことがあまり得意ではなかった。サリバン邸でも丁重に扱われているが、ここまで仰々しい接し方はされていないのだ。

 すれ違う人々へ会釈を返しながら一階まで降り進んだキリエは、そこで目が合った一人の騎士の姿に「あっ」と声を上げる。相手も同様の反応をした後、騎士らしい敬礼をした。

「御登城ならびに陛下との御会議、誠に御疲れ様でございます、キリエ様」
「ありがとうございます。君もご苦労様です。──お名前は、確かバーソロミューでしたね」

 入団から一年以上が経過してもまだまだ初々しい雰囲気を纏う若き騎士──バーソロミュー=アップルトンは、王兄から認識されていたという事実に歓喜し、一瞬にして頬を赤らめる。

「さ、左様でございます! あぁ……、まさか、王家の方に、私のような末端の者の名を覚えていただいているとは、夢にも思いませんでした。光栄の至りです、キリエ様」

 感極まって深々と頭を下げるバーソロミューに対し、キリエは少々狼狽えながら、おろおろと無意味に両手を振った。

「ど、どうか頭を上げてください。僕だって、恥ずかしながら、騎士の皆さん全てのお名前を覚えているわけではないのです。……ただ、バーソロミューには、とても親切にしていただきました。忘れるはずがありません」

 瞳を輝かせているバーソロミューの肩へそっと触れ、キリエは懐かしそうに銀眼を細める。

「一年と少し前、ちょうどこの場所で、君はストールを貸してくれました。僕はまだ公式に王族と認められていたわけえはなく、身なりもみすぼらしかったのに、君は親切に接してくれました。本当に嬉しかったですし、今でも感謝しています」
「そんな……! 私は、当然のことをしたまで。勿体無い御言葉です」
「いいえ。それに、僕がルースから戻った後しばらく昏睡していたときにも、色々と親切にしていただいていたとリアムから聞いています。その節は、ありがとうございました」

 丁寧な感謝の言葉を受けたバーソロミューは、うっすらと涙を浮かべ、再度、最敬礼をした。そんな様子を遠巻きに眺めながら少しずつ集まってきている一般の騎士たちへ向けて、キリエは彼らをぐるりと見渡しながら労いの言葉を掛ける。

「皆さん、大変な状況下ですが、それぞれのお勤めと真摯に向き合っていただき、本当にありがとうございます。皆さんのお力がなくては乗り越えられない大きな試練が、いよいよ始まろうとしています。みんなで手を取り合って、輝かしい未来を迎えられるように頑張りましょう。どうか、よろしくお願いします」

 そう言って会釈するキリエへ、騎士たちは深々と頭を下げてから賞賛の言葉と拍手を惜しみなく贈った。

「必ずや勝利を掴み、明るい朝陽を御覧に入れましょう! しかし、それ以上に眩いのは、陛下や殿下の歩まれる御新道でしょう!」
「若き太陽に栄光あれ! 聖なる銀月に幸いあれ!」
「我々の命をウィスタリア王家へ捧げます!」

 一同からの賛辞に対し恥じらいと困惑を抱いていたキリエだが、聞き逃せない言葉を聞き、さっと表情を改める。

「なりません!」

 しん、と水を打った静けさが一瞬にして広まった。

「王家などへ命を捧げてはなりません。──確かに、此度の戦いにおいて、皆さんには危険な前線に立っていただかなくてはなりません。それに関しては、非常に申し訳なく思っています。だからこそ、陛下も、僕も、両隣国の方々も、その他協力してくださる方々も、皆さんの命をいかにして守ろうかと話し合いを重ねてきました。僕たちは、皆さんの命を犠牲にしたくなどありません。みんなで生き残りたいのです。──だから、皆さんも、生き残ると言ってください。言葉には力が宿ります。だからこそ、絶対に生き残ってみせると、これからも元気な姿を見せてやると、そう宣言してください」

 キリエの言葉が終わり、数瞬の間を置いた後、地面や柱を揺さぶるほどの勢いで雄叫びが湧き上がる。騎士たちは生気溢れた表情で拳を振り上げ、意気揚々と宣言した。

「お約束します! 必ずや生き残り、今後も王家へ仕えてゆきます!」
「天寿を全うするそのときまで生き延び、王家を、王国を支えてゆくと誓います!」
「聖なる銀月の君! 貴方様が、今! 我々に新たな命の息吹を注いでくださったのです!」
「聖なる銀月に永久の幸いあれ!」
「聖なる銀月に永遠の幸いあれ!」

 士気を滾らせ燃え上がらせている皆の顔は、強大な敵でさえ恐れないとばかりに爛々と輝いている。彼らから強い生命力を感じたキリエは嬉しそうに目を細め、リアムはそんな主君と騎士たちの様子を温かく見守っていた。
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