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第4章(最終章)
【4-63】開戦
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ジェイデンの許可を受けたカインは、大仰な仕草で一礼し、嫌味な視線で周囲を見渡した。油断していて隙だらけのように見えるが、そうではないとウィスタリア側の兵たちは頭に叩き込んでいる。事前にイヴからの情報として、繰り返し国王から伝達されていたのだ。
隙があるように見えても罠の術式を張っている可能性が高く、いざ開戦となるそのときまで攻撃を仕掛けてはならない、と。逆に、明らかに混戦状態となる場では自分たちも巻き込まれる確率が上がることから罠は解除するはずだ、と。皆で足並みを揃えた奇襲であればいざ知らず、誰か一人が暴走すれば統率が取れなくなってその隙を突かれ、それ即ち敗北へ直結する、と。
だからこそウィスタリア側の兵たちは奥歯を噛みしめて屈辱を押し殺し、開戦の合図をじっと待ち続けていた。そんな様子を見て、カインは口元を歪めてニヤリと笑う。
「……へーぇ、随分と躾が行き届いている兵隊じゃん。こうやって無防備に背中を見せていたら、誰か一人くらい行儀悪く噛みついてくるかなーって思ったのに」
「ここに集っている精鋭たちは、話をしようとしている者へ不躾に武力をぶつけたりはせず、耳を傾ける礼儀を持っているのだよ。……それで、貴殿の話とは?」
ジェイデンが言外に「早く話せ」と意味を込めて語り掛けると、カインはニヤニヤとした笑みを浮かべたまま国王を見つめ返した。
「君みたいに知性と落ち着きのある奴は嫌いじゃないよ。人間だというのが惜しいけど。まぁ、そんな知的な王様に免じて、ひとつ取引をしてあげてもいいかなって思って」
「取引、とは?」
「君たちは、今日、ここでカイン様たちと戦おう! あわよくば勝っちゃおう! なぁんて考えてるんだろうけど、どー考えたってそれは無理だよ。僕らの魔術の前で、君たちに勝ち目は無い。だったらさー、はじめから降伏しちゃいなよ」
「……降伏?」
「そー、そー。降伏するっていうなら、この島にいる全員を苦しませずに殺すことを約束する。眠るように死ねるって、けっこう幸せなことだと思わない? 無駄に戦ってさぁ、痛かったり苦しかったりする絶望と共に死ぬよりも、絶対に良いと思うけど」
人間たちから憎悪の込められた視線を浴びせられても、カインは全く動じない。むしろ、麩の感情を向けられるのが心地よいと言わんばかりに、恍惚とした表情で上機嫌に語り続ける。
「君たちは、なぜ分からない!? この世界には、無能な者が増えすぎたのだと! この世界は生まれ変わるべきなんだ! 僕は世界を統べるに相応しい頭脳と魔力を持っている! ならば、僕のこの素晴らしい遺伝子を起点にして、人型生物は一新されるべきじゃないか! 遺伝子って何か、分かるかい? 君たちにはそれすら理解できないんじゃないか? その程度の知識の発展しかしてないんだろう!? あぁ、なんて愚かなんだ君たちは! そんな愚かしい奴らへ慈悲深く、心地良い死を提供してやろうと持ちかけている僕は、素晴らしく尊い存在だと思わないか?」
芝居がかった長台詞を聞いた一同は皆、冷たい眼差しで魔族の男を見据えていたが、彼の取り巻きの女性魔族たちは涙ぐみながら拍手していた。カインを心酔しているのは本当なのだろう。あまりにも理解できない感覚に、キリエはゾッとした。
「──貴殿の話は、以上か?」
己に酔いしれながら語っていたカインの言葉が途切れたところで、ジェイデンが静かに切り出す。カインは相変わらずの嫌な笑みと共に、尊大な仕草で頷いた。
「以上だよ。それで、僕からの取引への答えは?」
「我らの答えは──、こうだ!」
ジェイデンが勢いよく片手を上げると、その合図を受けたチェットが己の率いる弓部隊へ号令を掛けつつ、彼自身も弓を引く。
「撃てェ──ッ!」
矢の雨が降り注いでくるのを見ながら、カインは何故か嬉しそうに笑い、興奮した声を上げた。
「あははっ! あはは、ははっ! やっぱりねー! やっぱそう来ると思ってたよ! この蛆虫共がァ! お望み通りブッ殺してやるよ! 行くぞ、お前らァ!」
主の声に「はい」と答えた女性魔族四人、そしてカイン自身も魔石を掲げ持ち、矢を防ぎ撥ね返す防御壁のようなものを出現させる。それは想定内である白兵たちが、一斉に敵へ向かって駆け出した。その光景を見て、カインは余裕たっぷりに嗤う。
「あっはははははッ! ばぁーか! 矢で目眩ましして、その隙に剣で斬っちゃいますってかー!? 僕らに剣は通用しないっつーの!」
防御壁を消した魔族たちは、白兵たちを一掃しようとそちらへ魔石を向けつつ魔術式を構築しようとしたが、その瞬間、
「銃撃隊、撃て!」
リツの号令が響き、銃弾が魔族目掛けて暴風雨の如き勢いで降り注いだ。それに続き、再び大量の矢が射られてゆく。
「なッ……、味方が混ざっているのに遠撃だと!?」
想定外だったのか、カインは矢と銃弾を魔法で防ぎながらも声を上擦らせる。そして、ウィスタリア側の白兵たちは魔石の効果によって守られていると察して「そういうことか」と呟いた。
「アベルだ! 先にアベルを探して潰せ! アイツを殺せばこいつらの防御は無いに等しい! オラぁ、どけよ! アベルごときの魔石なんか、僕の魔術の前では雑魚なんだよ!」
そう吠えたカインは、その言葉通り、近くの王国騎士を炎の魔術で押し攻め、その勢いは魔石が生み出していた防御膜に勝り、五人の兵の身体が燃え上がる。
しかし、その苦悶の声が響き渡ったのも束の間で、一瞬にして発生した水流がカインの炎を打ち消した。水の魔術を繰り出したのは、イヴだった。
「これ以上、貴方に好き勝手はさせない、カイン」
「イヴ……、ははっ、後でたっぷり可愛がってやるから大人しくしてろ」
兄妹がそれぞれに魔石を構えたとき、カインの背後で彼の取り巻きの一人の悲鳴が上がる。魔族の男が思わず振り向くと、部下である彼女は手首に銃撃を受けたのか、魔石を取り落とす瞬間だった。
カインはほぼ無意識で彼女を庇うためにそちらへ魔石を向けて防御の魔術を発動しようとしたが、それより早く白百合の騎士・リリーが駆けつけ、その華奢な身体に似つかわしくないような禍々しい大斧を振りかざし、何の躊躇も無く魔族の女の胴を叩き斬る。更に、数瞬遅れて到着した赤薔薇の騎士・ローザが断末魔の悲鳴を上げる女の首を容赦なく斬り落とした。
「貴様ッ、何をォォォォ──ッ!」
憤怒の咆哮を上げて女騎士たちへ炎の魔術をぶつけようとするカインの攻撃を、イヴの水魔術が打ち消そうとする。魔力の差があるため完全に相殺は出来なかったが、威力の弱まった炎は彼女たちを焦がすことなく、魔石の防御膜で十分に守られた。
「イヴ! どけ! 僕はそこの女共をすぐに殺さねばならない!」
「断る。──それに、貴方の相手は彼女たちじゃない」
「何を……ッ」
再び魔石を掲げ持とうとしたカインは、不意に背後へ迫った殺気を感じ取り、振り向きざま、そちらへ向かって炎を放った。
その炎は不思議な強風に打ち消され、風が渦巻く中心には、カインも見覚えのある騎士が立っている。
「お前は……!」
「久しぶりだな、カイン。今度は勝たせてもらうぞ」
絶対零度の怒りを滾らせる藍紫の瞳が、憎き敵を睨みつけていた。
隙があるように見えても罠の術式を張っている可能性が高く、いざ開戦となるそのときまで攻撃を仕掛けてはならない、と。逆に、明らかに混戦状態となる場では自分たちも巻き込まれる確率が上がることから罠は解除するはずだ、と。皆で足並みを揃えた奇襲であればいざ知らず、誰か一人が暴走すれば統率が取れなくなってその隙を突かれ、それ即ち敗北へ直結する、と。
だからこそウィスタリア側の兵たちは奥歯を噛みしめて屈辱を押し殺し、開戦の合図をじっと待ち続けていた。そんな様子を見て、カインは口元を歪めてニヤリと笑う。
「……へーぇ、随分と躾が行き届いている兵隊じゃん。こうやって無防備に背中を見せていたら、誰か一人くらい行儀悪く噛みついてくるかなーって思ったのに」
「ここに集っている精鋭たちは、話をしようとしている者へ不躾に武力をぶつけたりはせず、耳を傾ける礼儀を持っているのだよ。……それで、貴殿の話とは?」
ジェイデンが言外に「早く話せ」と意味を込めて語り掛けると、カインはニヤニヤとした笑みを浮かべたまま国王を見つめ返した。
「君みたいに知性と落ち着きのある奴は嫌いじゃないよ。人間だというのが惜しいけど。まぁ、そんな知的な王様に免じて、ひとつ取引をしてあげてもいいかなって思って」
「取引、とは?」
「君たちは、今日、ここでカイン様たちと戦おう! あわよくば勝っちゃおう! なぁんて考えてるんだろうけど、どー考えたってそれは無理だよ。僕らの魔術の前で、君たちに勝ち目は無い。だったらさー、はじめから降伏しちゃいなよ」
「……降伏?」
「そー、そー。降伏するっていうなら、この島にいる全員を苦しませずに殺すことを約束する。眠るように死ねるって、けっこう幸せなことだと思わない? 無駄に戦ってさぁ、痛かったり苦しかったりする絶望と共に死ぬよりも、絶対に良いと思うけど」
人間たちから憎悪の込められた視線を浴びせられても、カインは全く動じない。むしろ、麩の感情を向けられるのが心地よいと言わんばかりに、恍惚とした表情で上機嫌に語り続ける。
「君たちは、なぜ分からない!? この世界には、無能な者が増えすぎたのだと! この世界は生まれ変わるべきなんだ! 僕は世界を統べるに相応しい頭脳と魔力を持っている! ならば、僕のこの素晴らしい遺伝子を起点にして、人型生物は一新されるべきじゃないか! 遺伝子って何か、分かるかい? 君たちにはそれすら理解できないんじゃないか? その程度の知識の発展しかしてないんだろう!? あぁ、なんて愚かなんだ君たちは! そんな愚かしい奴らへ慈悲深く、心地良い死を提供してやろうと持ちかけている僕は、素晴らしく尊い存在だと思わないか?」
芝居がかった長台詞を聞いた一同は皆、冷たい眼差しで魔族の男を見据えていたが、彼の取り巻きの女性魔族たちは涙ぐみながら拍手していた。カインを心酔しているのは本当なのだろう。あまりにも理解できない感覚に、キリエはゾッとした。
「──貴殿の話は、以上か?」
己に酔いしれながら語っていたカインの言葉が途切れたところで、ジェイデンが静かに切り出す。カインは相変わらずの嫌な笑みと共に、尊大な仕草で頷いた。
「以上だよ。それで、僕からの取引への答えは?」
「我らの答えは──、こうだ!」
ジェイデンが勢いよく片手を上げると、その合図を受けたチェットが己の率いる弓部隊へ号令を掛けつつ、彼自身も弓を引く。
「撃てェ──ッ!」
矢の雨が降り注いでくるのを見ながら、カインは何故か嬉しそうに笑い、興奮した声を上げた。
「あははっ! あはは、ははっ! やっぱりねー! やっぱそう来ると思ってたよ! この蛆虫共がァ! お望み通りブッ殺してやるよ! 行くぞ、お前らァ!」
主の声に「はい」と答えた女性魔族四人、そしてカイン自身も魔石を掲げ持ち、矢を防ぎ撥ね返す防御壁のようなものを出現させる。それは想定内である白兵たちが、一斉に敵へ向かって駆け出した。その光景を見て、カインは余裕たっぷりに嗤う。
「あっはははははッ! ばぁーか! 矢で目眩ましして、その隙に剣で斬っちゃいますってかー!? 僕らに剣は通用しないっつーの!」
防御壁を消した魔族たちは、白兵たちを一掃しようとそちらへ魔石を向けつつ魔術式を構築しようとしたが、その瞬間、
「銃撃隊、撃て!」
リツの号令が響き、銃弾が魔族目掛けて暴風雨の如き勢いで降り注いだ。それに続き、再び大量の矢が射られてゆく。
「なッ……、味方が混ざっているのに遠撃だと!?」
想定外だったのか、カインは矢と銃弾を魔法で防ぎながらも声を上擦らせる。そして、ウィスタリア側の白兵たちは魔石の効果によって守られていると察して「そういうことか」と呟いた。
「アベルだ! 先にアベルを探して潰せ! アイツを殺せばこいつらの防御は無いに等しい! オラぁ、どけよ! アベルごときの魔石なんか、僕の魔術の前では雑魚なんだよ!」
そう吠えたカインは、その言葉通り、近くの王国騎士を炎の魔術で押し攻め、その勢いは魔石が生み出していた防御膜に勝り、五人の兵の身体が燃え上がる。
しかし、その苦悶の声が響き渡ったのも束の間で、一瞬にして発生した水流がカインの炎を打ち消した。水の魔術を繰り出したのは、イヴだった。
「これ以上、貴方に好き勝手はさせない、カイン」
「イヴ……、ははっ、後でたっぷり可愛がってやるから大人しくしてろ」
兄妹がそれぞれに魔石を構えたとき、カインの背後で彼の取り巻きの一人の悲鳴が上がる。魔族の男が思わず振り向くと、部下である彼女は手首に銃撃を受けたのか、魔石を取り落とす瞬間だった。
カインはほぼ無意識で彼女を庇うためにそちらへ魔石を向けて防御の魔術を発動しようとしたが、それより早く白百合の騎士・リリーが駆けつけ、その華奢な身体に似つかわしくないような禍々しい大斧を振りかざし、何の躊躇も無く魔族の女の胴を叩き斬る。更に、数瞬遅れて到着した赤薔薇の騎士・ローザが断末魔の悲鳴を上げる女の首を容赦なく斬り落とした。
「貴様ッ、何をォォォォ──ッ!」
憤怒の咆哮を上げて女騎士たちへ炎の魔術をぶつけようとするカインの攻撃を、イヴの水魔術が打ち消そうとする。魔力の差があるため完全に相殺は出来なかったが、威力の弱まった炎は彼女たちを焦がすことなく、魔石の防御膜で十分に守られた。
「イヴ! どけ! 僕はそこの女共をすぐに殺さねばならない!」
「断る。──それに、貴方の相手は彼女たちじゃない」
「何を……ッ」
再び魔石を掲げ持とうとしたカインは、不意に背後へ迫った殺気を感じ取り、振り向きざま、そちらへ向かって炎を放った。
その炎は不思議な強風に打ち消され、風が渦巻く中心には、カインも見覚えのある騎士が立っている。
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