Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑

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第90話 咲耶さんの願い

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“矢野君の事を愛してる?”

その途端僕の心臓がドクンと大きく脈打った。

“まさか?! 矢野君の話から行くと、
そん事なかったよね?!”

彼の言っていることがどう意味なのか全く分からなかった。

「え? 咲耶さんには好きな人が居たんですよね?

だから矢野君の元を去ったんですよね?

まぁ君だって……」

確認したかった。

まさかと思った。

僕は咲耶さんは、
今の生活状況の苦しさ逃れで矢野君に迫っていると思っていた。

“違うの?!”

震える声でそう言うと、
彼は遠くを見たまま何かを思い出しているようだった。

僕には一つ懸念していたことがあった。

咲耶さんの矢野君の元を去った後の経験を知らない……

それどころか、咲耶さん視点の話を知らない。

もしかしたら二人の間に食い違いがあった可能性もあるかもしれない。

僕は尋問する検察官のように咲耶さんの方見つめた。

僕は咲耶さんの目を見た途端、
ドキンと心臓が高鳴った。

彼の唇は震え、瞳には涙が一杯にあふれ、
それをこぼすまいと耐えているようだった。

そして震える唇で、

「君に僕の何が分かるというの?

僕が苦しんでいる時に、君はのほほんと生きてたんでしょ?

僕が光を求めていた時には……

君は光と愛を囁きあっていたんだよね?!」

そして大粒の涙がぽつりと彼の頬に落ちた。

それすらも映画の様で美しく、
僕は金縛りにあってしまった。

“君に僕の何が分かるというの?”

まさかそんなセリフが出てこようとは……

僕の懸念していたことが本当になりそうで
全身から震えが起きた。

“僕が矢野君から聞いていた話とは違う……

何? 矢野君が僕に嘘をついたの?

違う…… 矢野君の過去は本当にあった事だ……

佐々木君や茉莉花さんがそれを証明している!

じゃあ、咲耶さんが嘘をついている?

また僕たちを陥れようと演技しているの?!”

「僕…… 咲耶さんが矢野君から去ったって聞いたんですけど……

違うんですか?!」

僕がそう尋ねると、

「君は何時、光とどうやって知り合ったの?」

と咲耶さんがもう一度聞いた。

僕はギュッと唇を噛み絞めると、

「矢野君が記憶を失くす少し前に沖縄で……」

とぽつりと言った。

「そうか、もうそんな前から知り合いだったんだね……

ねえ、光は君の事、全然思い出してないんでしょう?」

咲耶さんのそのセリフに、更に僕の心臓が脈打った。

僕は握りこぶしを作ると、
爪が掌に食い込むほどにぎゅっと握りしめた。

「何も言わないって事は本当なんだよね」

そう言って咲耶さんが初めて僕の目を見た。

「ねえ、どうして光は君の事を思い出せないんだと思う?」

“そんな事は僕が聞きたいよ……”

でも何も言えなかった。
それは僕にとっても一番の疑問だったから。

“矢野君の言葉が正しければ、
あんなにひどい仕打ちを与えた咲耶さんの事は思い出しているのに、
何故番にまでなった僕の事は思えていないの?”

いくら矢野君が僕の事を愛してると言っても、
拭いきれない疑問だった。

僕がうつむいていると、

「君はさ、光が僕の事を忘れるために丁度いい具合に利用されたんだよ。

だから光にとって君はどうでも良い存在なんだ」

僕がずっと考えないようにしていた事を咲耶さんがものの見事に言いのけた。

「僕さ、今思ったんだけど、
光が事故に遭った時って……

もしかして君に会いに行こうとしてた時だった?」

そう尋ねられ、
グッと息をのんだ。

そんな僕の様子を見て、

「図星の様だね。

大方、早く来てね?とか言って、
光を急かしたんじゃないの?」

とまた図星を指された。

「じゃあさ、もしかして光が城之内で探してた人って君?

ねえ、陽向君なんでしょう?

光がずっと僕を疑いながら探していた人って……」

そう言われ、ビクッと体が硬直した。

「どうしてそれを……

矢野君が何か言ったの?

それに…… 咲耶さんの事を疑ってるって……」

咲耶さんはフフッと笑うと、

「君って光にとっての疫病神だよね」

と僕に面と向かってそう言った。

「疫病神だなんて……

僕たちは本当に……」

そこまで言って僕は口を噤んだ。

“本当に愛し合っていたと言えるか?

確かにあの夏、僕達は体の芯が熱くなるまで愛し合っていた。

本当はあれは幻だったのだろうか……?

もしかしたらあれは……暑い夏が起こした蜃気楼……

でも一つだけ言えることは……
僕が矢野君を愛しているのは本当だ!”

僕がキッと咲耶さんを睨むと、

「光はね、矢野家の御曹司として、
ちゃんと進むべき道が出来ていたんだよ。

光が望めば、東大でも、ハーバードでも、ワートンでも行けたんだよ?

それが何をよりにもよってあんなお見合い大学と呼ばれる城之内に!

君が光をそそのかしたんでしょう?!

君が光をそそのかなかったら、
ちゃんと輝かしい未来が待っていたんだよ?!

疫病神以外に一体何があるの?!」

そうやって僕を罵ってきた。

確かに言われていることは本当だけど、
僕はそこまで咲耶さんに言われる筋は無い。

「じゃあ、何で矢野君を捨てたの?!

咲耶さんこそ好きな人が居たんでしょ?
その人を選んで矢野君を捨てたんでしょ?

その人と番にまでなって、
子供まで生して……

どれだけ矢野君が傷ついたか!

矢野君の今があるのは……あなたの性じゃないんですか?!

それを……よくも矢野君の事を愛してるなんて言えますね!」

“言ってやった! 言ってやった!”

彼のセリフには腹がった。

それにこれまで何も覚えていない
矢野君に吹き込んでいた嘘にも腹が立っていた。

僕がハアハアと肩で息を切らしていると、
咲耶さんが一言、

「ねえ、光の事、返してよ」

そうぽつりと言った。



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