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その日の朝は
しおりを挟む帝国へのカウントダウンをすでに始めたその日の朝は
いつもと変わらない日になるはずだった。
朝早く目を覚ます翠の為、
その日の朝もマグノリアは思い目を擦り擦りベッドから起き出すと、
授乳を終え翠と遊んでいた。
「アーウィン! 見て見て!」
マグノリアが嬉しそうにアーウィンに声を掛けた。
「え? 何?、何?」
ちょうど朝食の準備をして居たアーウィンが
キッチンから手を拭きながらリビングへやって来た。
「ほら、ちゃんと見ててね」
そう言ってマグノリアは翠の方を見下ろした。
「翠~ ほら、笑って~
アブブブブ~」
マグノリアが翠に向かって変顔をすると、
翠がマグノリアをジーッと見て、
大きな口を開けて、
「ア~、アウ、アウ、ア~」
とマグノリアの真似をした。
「アーウィン、見た?!
家の子は天才かもしれない!」
そう言ってマグノリアが笑顔になると、
それを見て居た翠が大きな笑顔を作った。
「ホラ! ホラ!
もう~ 何て可愛いの!」
そう言ってギュッと抱きしめると、
「次はね、これ見て!」
そう言った後、
マグノリアはブクブクと口で泡を作り始めた。
「翠! ほら、ブクブクは?
こうよ、こう!」
そう言ってマグノリアがブクブクとさせると、
翠もそれにつられて、
「アブブブブ~」
と口に泡を作り出した。
「ほら、ほら!
もう~何て賢いの!」
マグノリアがそう言って居ると、
急に翠が口をパクパクとし始めてその小さな手をマグノリアに向けて差し伸べた。
「なあに? ママは此処よ」
そう言うと、マグノリアは翠の小さな両手を握りしめた。
「翠もだいぶ首がしっかりして来たよね。
僕達の顔も認識して来てる様だし、
この子がジェイドだったって思うと凄く不思議な気持ちがするよね。
何だろう、ジェイドに感じて居た気持ちの上に愛おしさが上乗せされて……
前にも増してこの子を守らなくちゃって……」
アーウィンはそう言うと、
翠の頬を撫でた。
翠もそれに応えるようにアーウィンをその大きな緑色の瞳でジッと見つめると、
ニパッと大きく微笑んだ。
アーウィンはそんな翠の笑顔に堪らなくなり、
マグノリアの膝の上で上手に座った翠をギュッと抱きしめた。
「なあに、アーウィン、貴方又泣いてるの?!」
マグノリアがアーウィンの顔を覗き込むと、
アーウィンはこれまたいつもの様に泣いて居た。
「だって、僕、こんなに人を愛せるのかって……
もう、翠が大切で愛しくて……
あ、マグノリアもすごく愛してるよ。
でも翠に対してはこれまで感じたこともない様な感情なんだ」
アーウィンがそう言うと、
「分かるわ!
私も同じ様な気持ちよ!
翠がこの世に来てくれるまでこんな感情は知らなかったわ!」
そう言ってアーウィンの涙をそっと拭いた。
アーウィンは赤くなった目頭でマグノリアに微笑むと、
「朝食はいつもの様にベッドに運ぶ?」
アーウィンがそう尋ねると、
「ええ、お願いするわ」
そう言って翠を赤ちゃん用の椅子に座らせた。
アーウィンは朝食を持ってくると、
トレイをマグノリアの前に下ろした後、
ベッドの端に座った。
「ねえマグノリア、帝国に持って行く荷物だけどさ、
全て入り切らないんだ……
どうしよう?」
そろそろ帝国へ渡る準備をして居たアーウィンとマグノリアは、
日々活発になってくる翠の面倒をみながら、
荷物の整理にアタフタとして居た。
「私の物はいいから、先に翠のを全部詰めちゃって。
恐らく翠の物が一番重要になってくると思うから」
マグノリアがそう言うと、
「じゃあ僕は町へ行ってもっと衣装ケースを買ってくるから、
翠とお留守番お願いね。
帝国までの地図も必要だし、
少しマーケットをブラブラとして旅行に必要なものを探してみるよ。
デューデューも翠と、マグノリアをよろしく」
アーウィンはそう言い残すと、
町へと買い物へ出かけた。
マグノリアの、
「帝国へ行こう」
の提案から数か月、二人はショウやスーとずっと手紙のやり取りをして居た。
そのうちショウとスー達も出産を終え、
向こうも落ち着いて来たと言うことで、
二人とデューデューは帝国のショウを頼って帝国へ行くことに決めた。
ショウには龍を探して旅するための隠れ家が至る所にあるらしく、
先の手紙のやり取りで、
帝国へ行った暁には、とりわけ安全な森の中にある隠れ家を借りる手はずになっていた。
この森はショウの本邸から余り離れていない森で、
今まで住んでいた森同様、
魔物はほとんど出ないが、弱い獣が出る程度だったので、
隠れるにはもってこいの場所だった。
帝国へ行くのを決めたのはいいが、
アーウィンは余り世界地図に詳しくなく、
マグノリアも王室の教養の時間に地図を学んだだけだったので、
旅行をする程詳しいと言うわけではなかった。
島へ来た時のように、デューデューに乗って行けば一番早いけど、
今では赤ちゃんの翠もいる為そうも出来ない。
だけど、ショウが残していった馬車で移動することが決まり、
後は経路を決めるだけだった。
馬車を走らせマーケットへやって来たアーウィンは
いつもとは違うマーケットの様子に直ぐに気が付いた。
”いつもより兵たちが多すぎる……”
アーウィンは馬車専用の停留所へ行くと、
いつもマーケットへ来た時の様に係りのものに馬車を預けた。
「今日はやけに兵隊さんが多いですね」
アーウィンが係に尋ねると、
「ええ、数日前から誰か人を探して居る様ですよ。
まあ、私たちには関係ないですけどね」
係の者はそう言うと、引換券をアーウィンに渡しながら、
「ではお帰りになりましたらこの引換券をご提示ください」
そう言うと、アーウィンの馬車を停車場へと引いて行った。
アーウィンは引換券をマントの内ポケットに入れると、
マーケットへ向かって歩き出した。
マーケットの中央へ行くと、
兵の数はさらに多くなった。
“そう言えば人を探して居ると言って居たな”
そうアーウィンは呟くと、念の為と
取り敢えずマントのフードを深くかぶり顔を隠した。
マーケットを通りぬけ路地裏へと入ると、
目指していた地図の専門店がある。
アーウィンは路地裏に入ると、
フードの中から上目遣いで左右を見渡した。
”ヤバイな…… ここにも兵たちがいる……
とりわけ人通りの少ない裏通りでフードを深くかぶってると
怪しい人物だと思われてしまう……“
そう思うと、裏通りに行くのをやめ、
何故こうも兵が多いのか情報収集をすることに決めた。
とりあえず人通りの多いマーケットの中央までやって来ると、
中央にある噴水に座り人々の声に耳を傾けた。
噴水の周りには噴水で遊ぶ子供たちの母親達らしき人々が
クスクスと笑いながらたむろし、井戸端会議……否、噴水端会議?を行っていた。
「今日は兵隊さんが多いわね」
「そうね~ こんな小さな島国に珍しいわね」
「なんでもね、人を探してるらしいわよ」
そこでアーウィンがピクッと反応した。
「え~ 人探し? 何だか怖いわね。
これだけの兵隊さんの数って……凶悪犯でも紛れ込んだのかしら?」
「いや、それがね、国家反逆者らしくてね」
そのセリフに更にアーウィンがピクピクっとし始めた。
「まあ、国家反逆者?!
まさか、この国じゃないわよね?」
「いやいや、ここじゃないわよ。
此処はいたって平和ですからね。
何という国だったかしら……?」
「確かサ……サンク……何とか?
ほら、大陸の南南東にある大きな国……
何て名前だったかしら?
確か最近王が代替わりしたのよね?」
その言葉にアーウィンはもう認めるほかなかった。
”この兵たちは僕を探している……!”
急にアーウィンの心臓が早鐘のように鳴り響きだした。
”どうしよう…… ここから逃げるように帰れば
何か気付かれてしまうかもしれない……”
アーウィンは肘を膝に立てると、考え込んだ。
”この兵達に僕の面は割れているのだろうか?”
そう思った瞬間、
「見た目が珍しいらしいから、いればすぐに見つかると思うんだけど……
此処にはいないんじゃないかしら?
この辺には珍しい赤毛だそうよ」
というセリフに、アーウィンは震え出した。
”フードをとっちゃだめだ、
僕の様相はバレている……”
そう思うと、
「あら、私、赤毛の男性を見たことがあるわ。
良く金髪の綺麗な奥さんとマーケットに来てたわよ。
赤毛は珍しいから覚えてたのよ!
それにほら!
宿屋をやっていた親子!
なんて名だったかしら?」
「確かルビーにスーじゃなかったかしら?」
「そう、そう! ルビーとスーの所に泊まっていたじゃない!
スーの挙式にも奥さんと来てたわよね?
でもスーの挙式以来見てないのよね~
もうこの島にはいないんじゃないかしら?
スーも帝国に引っ越しちゃったし、
一緒に帝国に行っちゃったとか?」
幸いアーウィン達はショウの隠れ家に引っ越して以来
余りマーケットを訪れなかった。
殆どは自給自足でまかなえたからだ。
それが幸いして、アーウィンの事を見かけた事のある町の人々には、
もう既にこの島からは出て行っていると思われたようだ。
アーウィンは震える足を何とか動かして、
急いで馬車の停留場まで戻った。
「おや、早いおかえりで、
もう用事は済んだのですか?」
係のものがそう尋ねると、
アーウィンは下を俯いたまま頷いた。
「それでは引換券を見せていただけますか?」
係のものがそう尋ねると、
アーウィンは懐から引換券を取り出して係の者に差し出した。
「それでは馬車をお持ちしますので、
少々お待ち下さい」
係の者はそう言い残すと、
アーウィンの馬車を取りに行った。
馬車が来る間アーウィンは気が気ではなかった。
“どうしよう……
もう此処に止まって置く事はできない……
直ぐにあの森にも追っ手が来るはずだ……”
幸いまだ兵達はアーウィンに気付いて居ない。
馬車が来るまでの時間が永遠の様に感じたアーウィンは
”まだ来ないのか?!“
そう思いながら向こう側を眺めて居た。
やっとアーウィンの馬車が目に入った時、
その前に馬車の道筋を遮る二人の兵の姿が目に入った。
兵は係りのものと話をして居る様で、
係の者が兵と話をしながらアーウィンの方を指差した。
アーウィンの心臓がドクン、ドクンと鳴り響き始めた。
一人の兵がアーウィンに向かって歩き始めた。
”ヤバイ、ヤバイ……
どうしよう……“
全身から汗が吹き出し始めた。
身体中が硬直して自分が息をして居るのかさえも分からなくなった。
アーウィンは目線を逸らし顔が分からない様に俯くと、
兵はアーウィンの前までやって来て、
「人を探して居る。
フードをとって貰えないか」
そうアーウィンに声を掛けて来た。
どうすれば良いのか迷ったアーウィンは固まった様にそこに立ち尽くした。
「私の質問が聞こえなかったのか?!
そのフードを取れと言ったのだが」
兵はもう一度そう言ってアーウィンのフードに手をかけようとした時、
「マーケットに龍が現れたぞ!
此処に居る兵は皆マーケット中央までくるんだ!」
と言う叫び声が聞こえた。
アーウィンに手を掛けようとした兵はハッとして騒ぎのする方を向いた。
「龍が出たぞー!」
マーケット中央の方はドンドン騒ぎが大きくなり始めた。
アーウィンも慌ててマーケットの方を見上げた。
”デューデュー!“
マーケット上空を飛んでいたのは紛れもない灰色の龍だった。
アーウィンの元にいた兵は
”チッ“
と舌打ちをすると、
馬車を持って来た係の所にいた兵と共にマーケット中央へ向けて走って行った。
アーウィンがホーっと安堵の息を吐くと、
「凄い事になった!
貴方も早く此処を離れた方が良い」
と係者のは素早く馬車の手綱をアーウィンに渡した。
アーウィンはお金を払うと、さっと馬車に乗り、
急いでマーケットから走り出した。
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