龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

文字の大きさ
103 / 167

翠の記憶

しおりを挟む
あの日の夜に僕が経験した事は、
僕の中では実際に起こった事だと思っているが、
父さんはガンとして、

“知らない。

お前は夢を見たんだ”

そう言い続けているけど、
僕は今でも僕の額を撫でる彼の指をハッキリと覚えている。

そして僕を心配そうに覗き込むあの真っ黒な瞳も……

どこか懐かしい様な愛おしい様な、
その時に感じたそんな感覚は
彼の走り去る足音でかき消される様に消えてしまったけれども、
あれは絶対スーとショウの息子達の双子のうちのどちらかだ。

何故だか分からないけど、

“もう一度会いたい。

そしてその手に触れられていたい”

そう思った。

言葉を交わしたことも、
面と向かってお互いを見合ったりした事も無いのに、
そう思うのは何故なのだろうか?

あの経験が夢だったのか現実だったのか、
自分でも分からなくなってしまった頃、
僕は言葉では表せない様な夢を見る様になった。

これまでも夢を見た事はあったけど、
何処か朧げで、朝になると忘れている事が殆どだった。



その日の夜は、やたらとあの日のことが思い出される夜だった。

いや、あの日の事と言うよりは、

“彼と目が合った瞬間”

の事だ。

今となってはもう彼の顔は朧げだけど、
ビクッとした様に僕を見るあの瞳が、
何かと重なり合う様に僕の心を捉えて離れなかった。

その時の記憶が繰り返し僕の中を巡る中、
僕はある場所に立っていた。




“此処は?”

気付いたら、僕は見たこともない様な場所に立っていた。

見た事もない様な煌びやかなこの場所は、
きっと人が住まう所なのだろう。

直感でそう思った。

生まれてこの間、この渓谷で育った僕は、
人の顔や、まして、人の住む場所など分かるはずもない。

もし、あの夜の事が父さんの言う様に
本当に夢であるのならば、
今まで誰にもあった事はないし、
普段、人の住む家など見た事もないのだ。

なのに僕はあの場所を知っていた。

何処なのか分からないのに、
懐かしい気持ちになった。

僕はその場に立ったままで辺りを見回した。

人の声も聞こえなければ、
姿も見えない。

目の前に続く道は……

“イヤ違う……これは道ではない。

では何と言った?

廊下……そうだ、廊下だ!”

果てしなく続く廊下が目の前には続いていた。

そして上を向くと、煌びやかな物体が天井からぶら下がっていた。

“日の光に反射して綺麗だ……

これは何で出来ているのだろう?

透き通っていて、今まで見た事もない様な石だ……

それにロウソクまで透き通って光が反射している……

どうやったらロウソクが透けるのだろう?”

僕はその余りにもの美しさにただボーッと天井を見上げていた。

“人は皆こんなところに住んでいるのだろうか?!

スーとショウの家も此処ほどでは無かったけど、
すごく綺麗だった……

もしアレが夢で無いのであれば……”

そう思うと、僕は果てしなく続く廊下の先をじっと見つめた。

途端、身震いがした。

“アレは……ドアだ……

そうだ、アレはドアと呼ばれている物だ……

アレを開けるといろんな部屋へ続くはずだ……

そして僕は三番目のあのドアを知っている……

以前、何度も開けた事がある……!

いや、そんな訳はない……

こんな所今まで来た事は無いのだから……

でも知っている!”

そう思うと、走ってそのドアの前まで来た。

大きく聳え立つそのドアを見た時、
又ブルっと身震いをした。

そしてドアノブを見つめ、
手を伸ばした。

そのドアノブに触れた瞬間、

『叔父上!』

嬉しそうにそう叫ぶ男の子の声が聞こえ、
僕は頭がズキっと傷んで顔を歪めた。

心臓がバクバクと鳴り響いて冷汗がダラダラと出て来た。

“叔父上……?とは誰の事だ?!”

ズキズキと痛む頭を抱え、
ドアノブを握りしめる自分の手を見た。

ガタガタと震え、
筋肉がこわばり、
それ以上手を動かす事が出来無かった。

“この扉の向こうには何があるんだ?!

開けなければいけないのに、体が言う事を聞かない!

この扉の向こうには絶対いるはずだ!

いや待て、一体誰が居ると言うんだ?!”

そう思うと恐怖だけが全身を走り、
その恐怖で心臓が止まりそうな程だった。

“此処はダメだ!

絶対開けてはいけない!”

開けなくてはと思う反面、
開けてはいけないと言う自分もいた。

”此処は一体何処なんだ?!

何故僕はこの場所を知っているんだ?“

僕は暫くドアノブを握ったままそこに立ち尽くした。

暫くそうしてると、
感覚がだんだんと麻痺して来た。

僕はもう一度大きく聳え立つドアを見上げると、
ドアノブを握った手をゆっくりと右に回した。

ドアがカチッと音を立てて開いたところで、
バクンと心臓が一つ高鳴りをして僕は目が覚めた。

バクバクと高鳴る心臓に手は震え、
寝衣は汗でびっしょりだった。

僕は汗てびっしょりになった震える手を見ると、
そのまま胸を掴んで泣き出した。

“ドアを開けた瞬間、誰かが中にいた!

アレは誰?

何故僕はこんなにも胸が苦しいんだろう?!”

咄嗟にスーとショウの家で僕の額を撫でていた子を思い出した。

“何故彼の事を思い出したんだろう?!”

僕は深呼吸をすると辺りを見回した。

外は既に薄暗くなり始めていて、
父さんは既に起きて狩りに行った様だった。

“父さんが帰って来たら聞かなくては!

アレは絶対夢では無い……“

僕はブルっと身震いをすると、
起き出して汗で濡れた寝衣を着替えた。

桶に溜めて置いた水で顔を洗うと、
少し落ち着いた。

焚火炉へ行き火を起こすと、
ポットに水を入れお湯を沸かし始めた。

そこに座り、ゆらゆらと揺れる炎を見ながら、
スーとショウの家での事を思い巡らせていた。

”あの時は熱で朦朧としてたからほとんど覚えてないな……

でも所々で会話は聞いてるはずだ……

未だってスーの声を覚えてるし、
ショウの声だって……

それにあの子……龍星って言ってたっけ?

彼の声も覚えている……

そう言えば……“

そう思っていた時に父さんが狩から戻って来た。

父さんが空を飛ぶ時は風がうねった音を立てる。

下降してくると、
翼が風に当たってバサッ、バサッと切りの良い音を立てる。

空を仰と、大きな何かをその足に抱えていた。

僕が手を振ると、父さんは僕の前に舞い降りた。

そして狩った獲物を地に置くと、
ス~っと人の姿に変わった。

「父さん、おはよう。

今日は大きな猪が取れたね?

何処まで行ってたの?」

そう尋ねると彼は焚火炉の地面に刺して置いた短剣を引き抜き
猪を捌き出した。

「今日は帝国付近の森まで行って来た。

あそこは割と獣が豊富だからな。

それに……」

そう言いかけて口を閉じた。

「それに何?」

僕がそう尋ねたけど、

「いや、何でも無い」

そう言って黙々と猪を捌いていった。

僕は暫く父さんが猪を捌くの見ていたけど、

「あのさ、」

そう言って僕は話し出した。

父さんが、

”なんだ?“

と言う様な顔をしたので、

「父さんの名前ってデューデューって言うの?」

そう尋ねると、父さんは明らかに態度が変わった。

「どうしてそんな事を尋ねるのだ?」

そう尋ねる父さんに、

「どうして僕に隠すのかは分からないけど、
あの日、スーとショウの所へ行ったのは確かでしょ?」

僕はそう尋ねた。

「まだそんな事を言ってるのか?!

あれは熱が出て朦朧としていたお前の意識が見せた幻だろう」

父さんは僕の方を一度も見ずに答えた。

シュンシュンと音を立てて湧いて来たお湯を焚火から岩へ移すと、
お茶を淹れながら僕は話し出した。

「僕さ、今になって少しずつあの日の事を思い出して来たんだけど、
あの場にいた人がスーやショウって呼ばれていた事を思い出したんだ。

そしてそんな彼らは父さんの事をデューデュー様って様をつけて呼んでいた。

又ね、父さんが居なかった時、
男の子が部屋に訪ねて来た」

僕がそう言うと、初めて父さんは僕を見た。

僕は首を傾げながら、

「何? 僕が此処まで覚えてるって思わなかった?」

そう言って入れたお茶を父さんに渡すと、

「スー達の子は2人とも部屋に来たのか?」

そう言ってやっとあの日の事を話し始めてくれた。

「ううん、1人だよ。

龍星って呼ばれてた」

そう言うと、父さんは、

「そうか」

と言って切り取った猪の肉をフライパンの中へ入れると、
焚き火の上に乗せた。

ジュ~っと言う焼ける音がすると、
いろんなスパイスを掛け肉をひっくり返すと、
又裏面にもスパイスを掛けた。

「それで……

その時は龍星って呼ばれてたから龍星って分かったんだけど、
その後でもう一度やって来たんだ……

ほら、早朝で父さんが僕にベッドにうつ伏せになってうたた寝してた時……

その時のは龍星だったのかは分からない……

あの時龍星って呼ばれてた子にしては少しおとなしかった様な気もするけど……

僕と目が合ってビクビクしてた」

そう言うと、父さんは明らかに反応を変えた。

「その子と何か言葉を交わしたのか?」

父さんは眉間に皺を寄せてそう尋ねた。

「ううん、僕もまだ朦朧としてたから不意に目が合っただけで……

その子はビクッとして逃げちゃったけど僕もまたすぐ気が遠のいたから……」

そう言うと、

「その子の顔は覚えているのか?」

父さんが尋ねると、僕は首を横に振った。

「黒髪に黒い目だったのは覚えてる」

そう言うと、

「そうか、あそこの子達は2人とも黒い髪に黒い目をしているからな……

双子なせいか顔も割と似てるし、髪型も同じだし違うところと言えば……」

そう言って僕に焼き立ての猪のお肉を渡してくれた。

「ん? 違うところと言えば……何?」

僕がそう言うと、父さんは小さな笑みを浮かべて、

「いや、いつかは分かるだろう」

そう言って肉に食らいついた。

「じゃあ、父さんは僕があの家に居たって事は認めるんだよね?」

そう尋ねると、

「ああ、すまない。 確かにお前はあの夜あの家に居た」

とやっと僕の記憶が正しい事を認めてくれた。

「何故本当のことを言ってくれなかったの?」

僕が尋ねると、

「翠、何時かはお前にも話さなくてはいけないが、
私達がこんな辺鄙なところで暮らしているのには訳があるんだ。

今は言えないが、
おまえがもっといろんな世界のことに理解できる時が来たら
話してあげよう。

だからそれまでは、お前に里心を持たせる訳にはいかないんだ。

私はお前の母親と約束したからな。

誰の目にもつかないところでお前を育てると……」

そう言って父さんはまた口を閉じた。

何故父さんが僕に本当の事を言わなかったのかは分かったけど、
まだ僕には分からない事が沢山だ。

何故僕の母親はこんな所で僕を育てる様に父さんに頼んだのか。

あの夢は一体何のことなのか?

夢の中のドアの向こうには何があるのか?

僕の額を撫でていたのは双子のうちのどちらなのか?

そして何故にあの手がとても懐かしく感じられたのか?!

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る

桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付く。処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚び売ったり、どうにか能力を駆使したりして生きてたら、色々な人に構われる話。

悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!

はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。 本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる…… そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。 いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか? そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。 ……いや、違う! そうじゃない!! 悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!! 

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました

彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。 姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

処理中です...