117 / 167
さよなら父さん
しおりを挟む
小石がカランと音を立てて僕の頬を掠りながら下へと落ちて行った。
一瞬落ちた方に目が行こうとしたけど、
僕は首をブンブンと振ると、
“もう少しだ”
そう呟いて上を向くと、数日前にはまだ蕾だった花が、
岩の隙間からきれいな真っ白な顔を覗かせていた。
それを見た瞬間、僕の顔がパアッと輝いた。
“やっぱり咲いていた! このまま手を伸ばせば届くかもしれない……”
僕は目の前の出っ張った岩をガシッと鷲掴みにし、
もう片方の腕を伸ばすと、あと少しで掴めると言うところで限界が来た。
“ウッ……
もうちょっと……
もうちょっと……”
そう呟きながら綺麗に咲き誇る真っ白な花に更に手を伸ばすと、
額から汗がジワジワと滲み出して来た。
”アッ……目に汗が……”
咄嗟に腕を引き汗の入った目をこすりつけると、
何となく崖下が目に飛び込んで来た。
自分の居る位置の高さを目のあたりにすると、
“ゴクリ”
と唾を飲み込み又目を閉じ上を向いた。
こんなに高い位置まで崖を登ったのは初めてだ。
これまで何度も身体強化の訓練として色んな崖壁を上り下りした。
自分の能力を過信して居るわけではないけど、
これまで怖さなんて感じた事なかった。
緊張もした事なかった。
でも今回はこれまでの高さの比ではない。
流石の僕でも身震いしてしまう。
“大丈夫、僕は出来る。
大丈夫!”
自分にそう言い聞かせると、
グッと岩を握る指に力を入れた。
グイッと腕に力を入れ身体をもう一つ上の岩に押し上げると、
頭の先に咲いて居る花の茎向けて腕を伸ばした。
“ヤッター!”
僕は指先が触れた瞬間その花を掴んだ。
途端バランスを崩し掴んだ花の茎をブチっと千切った後、
真っ逆様に崖を落ちていった。
“風よ!”
僕が宙をお仰ぐと、
崖下から風が吹き上げ落下する僕の速度を落とした。
そのまま風に乗って崖から飛び出す岩に捕まろうとしたけど、
手がツルッと滑って掴み損なってしまった。
僕は足で崖を蹴り上げると、
空中で一回転して突き出た岩に飛び乗った。
“フウ~”
と思ったのも束の間、
途端その岩が崩れ、僕はまたズルズルと崖を落ち始めた。
腕を擦りむき
“イテッ”
と声を上げると、体が岩に当たり、
『ドンッ』
と鈍い音を立てた。
「ヒ~ 落ちる、落ちる」
そう言いながら壁を蹴っては岩に足を乗せ、
滑っては又落ちてを繰り返しながら僕は風に乗った。
その瞬間
“来る!”
そう言った思いが全身を駆け抜けた。
耳を澄ますと、
“ゴゴゴー”
と言う音が下から駆け抜け、
“バサッ”
と言う翼のはためきが聞こえたかと思うと、
僕は父さんの背にポテッと落ちた。
僕は父さんの首に抱きつくと、
その首に頬擦りした。
“父さん……”
小さなその呟きが風の舞う音と共に消え去った。
父さんは風に乗ると、
瞬く間に僕達の住む渓谷へと降り立った。
砂埃を巻き上げ
“ドンッ”
と着地すると、
父さんはスーっと人の姿に変わり、
“ハ~ッ“
とゲンコツを温めると、
僕の頭にゴツンと勢いよく振り落とした。
「1人で向こうの崖上には行くなと何度も言っただろ!
向こうには足のかけ場が少ない!
現にお前の身体能力を持ってしても落ちただろ?!
翠、頼むよ。
私を殺さないでくれ。
崖から落ちてゆくお前を見つけた時は心臓が止まるかと思ったよ」
そう言うと父さんは僕に抱きついた。
「ごめん父さん……
でも僕、どうしてもこれを父さんに取って来たかったんだ!」
そう言うと、崖に咲いていた真っ白な綺麗な花を
父さんの目の前に差し出した。
父さんは涙ぐむと、
「リリースノー?! これを私に?」
そう言うと、差し出した花を受け取った。
「うん、覚えてる?
僕が病気になった時に父さんが一晩かけて探して来てくれた花。
僕の中ではこの花は僕と父さんを繋ぐ花なんだ。
僕はもう直ぐ此処を出て行くけど、
これを見つける事でいつまでも父さんと
繋がって居られるって事を証明したかったんだ」
そう言うと父さんは泣きそうな顔をした。
そんな父さんの顔を見ると僕も泣きそうになって上を向いた。
「ねえ父さん、僕、本当に出ていかないとダメなの?
父さんとずっと一緒にいたらダメ?!」
そう尋ねると、
「翠、私もお前を手放すのは心が痛い。
だが私は私が教えれる事を全て教えてしまった。
これからは人の世界で生きて行くんだ。
1人になって私と一緒に居ては学べない事を学んでいくんだ。
心配するな。
お前が私を必要とする時はいつでもお前に会いに来る。
さあ、夕食の支度をしよう。
その日は街の近くまでお前を送って行こう」
父さんはそう言うと、もう大分低くなった太陽を見つめた。
それから2日後、僕はあくせくと荷物を纏めていた。
「翠、準備はできたか?」
朝食の後を片付けていた父さんが洞窟の中に戻って来た。
「あ…うん、もう直ぐ……」
そう言って父さんと母さんが残してくれた指輪とアミュレットを
ネックレスにした物を首にかけた。
そしてそれらを握りしめ目を閉じると、
大きく深呼吸をして、
“良し!”
そう心に誓って立ち上がった。
「父さん、準備が出来たよ!」
僕がそう言うと、
「忘れ物はないか?
恐らくもう此処には帰って来ないぞ」
父さんにそう言われ僕はもう一度辺りを見回した。
「父さんは僕と離れた後どうするの?
もう1つの家へ行くの?」
そう尋ねると、
「いや、私は私でやらなければならぬ事がある。
その為には一所に定まって置くわけにはいかぬのだ」
そう言われ、
“僕は一緒に行けないの?!”
その言葉が喉まで出かかってそれをグッと飲み込んだ。
僕は父さんに笑顔を見せると、
「そっか、父さんもこれから忙しくなるんだね。
僕も父さんに負けない様に頑張るよ!」
そう言って父さんに抱きついた。
“信じられない……
この温もりが、この匂いが、もう側に居なくなるなんて……
僕は本当の父さんを知らないけど、
これが僕に取っての本当の父さんだ”
そう思うと僕は父さんをギュッと握りしめた。
「父さん、愛してる。
僕は何があっても父さんの息子だからね」
そう言うと、
「ああ、私も心から翠を愛してるぞ。
お前は私の自慢の息子だ」
そう言うとギュッと僕を握り返してくれた。
「さあ、遅くなる前に行こう」
父さんはそう言って僕から離れると、
洞窟の出口に向かって歩き出した。
僕は荷物を背に背負うと、
父さんの後をついて外に出た。
外に出ると、急に思い出が蘇って来て、
思わす声を出して泣いてしまった。
僕は13年と言う長くて短い年月を此処で過ごした。
この場所以外を僕は知らなかった。
此処での生活は楽しいことばかりでは無かったけど、
それでも父さんが一緒にいてくれた。
でもこれからは……
そう思うと、今決心したばかりの自分への誓いが砕けてしまいそうだった。
僕がそうやって泣いている間、
父さんはただ静かに横にいて僕が落ち着くのを待っていてくれた。
ズビズビと鼻を啜って涙を拭くと、
僕は大きく深呼吸をした。
父さんはフッと微笑むと、
「準備は良いか?」
そう言ってスーッと龍の姿に変わった。
僕がコクリと頷くと、
父さんはそっと頭を僕の前に垂れた。
僕は父さんの背によじ登ると、
首にしがみついた。
「此処から一番近い街の麓まで行こう。
振り落とされない様しっかりと掴んでいるのだ」
父さんはそう言うと、スッと空高く舞い上がった。
僕達は待ちに近い森に降り立つと、
歩いて森の中を横切った。
途中ウサギが目の前を横切り、
僕達を伺うようにこちらを見ていた。
「ここには魔獣は居ないんだね」
そう言うと、
「いや、居るには居るんだが、
私の気配が分かるのだろう。
森の中に生息する魔獣で、龍に近付く者は殆どいない」
父さんはそう言うとウサギの方をじっと見た。
ウサギは父さんと目が合うと、
ビクッとしたようにしてピョンピョン飛んで直ぐに見えなくなってしまった。
「さあ、もう直ぐだ」
父さんがそう言うと、又僕達は歩き出した。
「ほら、あれが町の門だ」
父さんが僕達の行く先を指さした。
”あれが……”
行く先を仰ぎ見ると、
柔らかい日差しが木々の葉の隙間から差し込み、
野生の鳥がチチチと鳴いて飛び上がった。
僕はグッと言葉を飲み込むと、
「父さん、此処までで大丈夫だよ。
此処からは僕一人で行く!」
僕はそう言うと森の出口近くで立ち止まった。
父さんは振り返り僕を見ると、
懐に手を差し入れ何やら取り出した。
「翠、これを持っていきなさい」
そう言って一枚のカードを僕に渡した。
「これは……?」
見たことも無かったカードを日に翳して父さんに尋ねると、
「それは換金所と言うところで使うらしいが
私は使い方が分からなかったので使った事がない……
お前の両親がお前の為に貯めておいた金だ。
幾らあるのか分からないが、
換金所を訪ねて把握しておくのも良いだろう。
それとこれはお前の身分証明書だ」
そう言って父さんが僕の名が入ったカードを首に掛けてくれた。
そのカードには
“翠・シュレード”
と書かれてあった。
「シュレード?」
僕は今まで苗字というものがある事を知らなかった。
父さんは
「ああ、それがお前の父と母の苗字だ。
翠と言う名はお前個人を指す名だが、
苗字は家族を表す名だ。
その名はお前の父や母と同じものだ。
お前が翠・シュレードであることを証明してくれる証だ。
だからこの証明書は無くさない様に保管しておくのだ。
行く所々で必要になってくるだろう」
父さんはそう言うと僕の髪に触れた。
僕の髪は今では、父さんの思惑もあり、
あの日の魔法で染まってしまった金色を維持している。
「時が来るまでこの髪もこのままにしておくと良い。
奴らから上手く身を隠せるだろう」
父さんはそう言うと僕に髪から手を離した。
僕は証明書を握り締めると父さんを見つめた。
「此処でお別れだ」
父さんがそう言うと僕はビクッと肩を震わせた。
「父さん……
父さんは本当にこれで良いの?!
僕が居なくても平気なの?!
又1人に戻ってしまうんだよ?!」
そう言うと父さんは静かに微笑んだ。
「父さん!
違う! 本当は違うんだ!
本当は、父さんが居ないと、
僕がダメなんだ!」
そう言うと父さんは僕の頬にそっとキスをした。
「心配するな。
私はいつでもお前と共にある。
それにお前の父と母も何時でもお前と共にある。
アミュレットと指輪を道標に仲間を探せ」
そう言うと、辺りに誰も居ないのを確かめるとスーッと龍の姿に戻り姿を消した。
「翠、私がお前を愛している事を何時迄も忘れない様に」
そう言うと、バサっと翼で風を薙ぎ立てて父さんは飛び去った。
父さんの姿が見える訳ではないけど、
僕は何時までも、何時までも、風が巻いたった方を見て居た。
一瞬落ちた方に目が行こうとしたけど、
僕は首をブンブンと振ると、
“もう少しだ”
そう呟いて上を向くと、数日前にはまだ蕾だった花が、
岩の隙間からきれいな真っ白な顔を覗かせていた。
それを見た瞬間、僕の顔がパアッと輝いた。
“やっぱり咲いていた! このまま手を伸ばせば届くかもしれない……”
僕は目の前の出っ張った岩をガシッと鷲掴みにし、
もう片方の腕を伸ばすと、あと少しで掴めると言うところで限界が来た。
“ウッ……
もうちょっと……
もうちょっと……”
そう呟きながら綺麗に咲き誇る真っ白な花に更に手を伸ばすと、
額から汗がジワジワと滲み出して来た。
”アッ……目に汗が……”
咄嗟に腕を引き汗の入った目をこすりつけると、
何となく崖下が目に飛び込んで来た。
自分の居る位置の高さを目のあたりにすると、
“ゴクリ”
と唾を飲み込み又目を閉じ上を向いた。
こんなに高い位置まで崖を登ったのは初めてだ。
これまで何度も身体強化の訓練として色んな崖壁を上り下りした。
自分の能力を過信して居るわけではないけど、
これまで怖さなんて感じた事なかった。
緊張もした事なかった。
でも今回はこれまでの高さの比ではない。
流石の僕でも身震いしてしまう。
“大丈夫、僕は出来る。
大丈夫!”
自分にそう言い聞かせると、
グッと岩を握る指に力を入れた。
グイッと腕に力を入れ身体をもう一つ上の岩に押し上げると、
頭の先に咲いて居る花の茎向けて腕を伸ばした。
“ヤッター!”
僕は指先が触れた瞬間その花を掴んだ。
途端バランスを崩し掴んだ花の茎をブチっと千切った後、
真っ逆様に崖を落ちていった。
“風よ!”
僕が宙をお仰ぐと、
崖下から風が吹き上げ落下する僕の速度を落とした。
そのまま風に乗って崖から飛び出す岩に捕まろうとしたけど、
手がツルッと滑って掴み損なってしまった。
僕は足で崖を蹴り上げると、
空中で一回転して突き出た岩に飛び乗った。
“フウ~”
と思ったのも束の間、
途端その岩が崩れ、僕はまたズルズルと崖を落ち始めた。
腕を擦りむき
“イテッ”
と声を上げると、体が岩に当たり、
『ドンッ』
と鈍い音を立てた。
「ヒ~ 落ちる、落ちる」
そう言いながら壁を蹴っては岩に足を乗せ、
滑っては又落ちてを繰り返しながら僕は風に乗った。
その瞬間
“来る!”
そう言った思いが全身を駆け抜けた。
耳を澄ますと、
“ゴゴゴー”
と言う音が下から駆け抜け、
“バサッ”
と言う翼のはためきが聞こえたかと思うと、
僕は父さんの背にポテッと落ちた。
僕は父さんの首に抱きつくと、
その首に頬擦りした。
“父さん……”
小さなその呟きが風の舞う音と共に消え去った。
父さんは風に乗ると、
瞬く間に僕達の住む渓谷へと降り立った。
砂埃を巻き上げ
“ドンッ”
と着地すると、
父さんはスーっと人の姿に変わり、
“ハ~ッ“
とゲンコツを温めると、
僕の頭にゴツンと勢いよく振り落とした。
「1人で向こうの崖上には行くなと何度も言っただろ!
向こうには足のかけ場が少ない!
現にお前の身体能力を持ってしても落ちただろ?!
翠、頼むよ。
私を殺さないでくれ。
崖から落ちてゆくお前を見つけた時は心臓が止まるかと思ったよ」
そう言うと父さんは僕に抱きついた。
「ごめん父さん……
でも僕、どうしてもこれを父さんに取って来たかったんだ!」
そう言うと、崖に咲いていた真っ白な綺麗な花を
父さんの目の前に差し出した。
父さんは涙ぐむと、
「リリースノー?! これを私に?」
そう言うと、差し出した花を受け取った。
「うん、覚えてる?
僕が病気になった時に父さんが一晩かけて探して来てくれた花。
僕の中ではこの花は僕と父さんを繋ぐ花なんだ。
僕はもう直ぐ此処を出て行くけど、
これを見つける事でいつまでも父さんと
繋がって居られるって事を証明したかったんだ」
そう言うと父さんは泣きそうな顔をした。
そんな父さんの顔を見ると僕も泣きそうになって上を向いた。
「ねえ父さん、僕、本当に出ていかないとダメなの?
父さんとずっと一緒にいたらダメ?!」
そう尋ねると、
「翠、私もお前を手放すのは心が痛い。
だが私は私が教えれる事を全て教えてしまった。
これからは人の世界で生きて行くんだ。
1人になって私と一緒に居ては学べない事を学んでいくんだ。
心配するな。
お前が私を必要とする時はいつでもお前に会いに来る。
さあ、夕食の支度をしよう。
その日は街の近くまでお前を送って行こう」
父さんはそう言うと、もう大分低くなった太陽を見つめた。
それから2日後、僕はあくせくと荷物を纏めていた。
「翠、準備はできたか?」
朝食の後を片付けていた父さんが洞窟の中に戻って来た。
「あ…うん、もう直ぐ……」
そう言って父さんと母さんが残してくれた指輪とアミュレットを
ネックレスにした物を首にかけた。
そしてそれらを握りしめ目を閉じると、
大きく深呼吸をして、
“良し!”
そう心に誓って立ち上がった。
「父さん、準備が出来たよ!」
僕がそう言うと、
「忘れ物はないか?
恐らくもう此処には帰って来ないぞ」
父さんにそう言われ僕はもう一度辺りを見回した。
「父さんは僕と離れた後どうするの?
もう1つの家へ行くの?」
そう尋ねると、
「いや、私は私でやらなければならぬ事がある。
その為には一所に定まって置くわけにはいかぬのだ」
そう言われ、
“僕は一緒に行けないの?!”
その言葉が喉まで出かかってそれをグッと飲み込んだ。
僕は父さんに笑顔を見せると、
「そっか、父さんもこれから忙しくなるんだね。
僕も父さんに負けない様に頑張るよ!」
そう言って父さんに抱きついた。
“信じられない……
この温もりが、この匂いが、もう側に居なくなるなんて……
僕は本当の父さんを知らないけど、
これが僕に取っての本当の父さんだ”
そう思うと僕は父さんをギュッと握りしめた。
「父さん、愛してる。
僕は何があっても父さんの息子だからね」
そう言うと、
「ああ、私も心から翠を愛してるぞ。
お前は私の自慢の息子だ」
そう言うとギュッと僕を握り返してくれた。
「さあ、遅くなる前に行こう」
父さんはそう言って僕から離れると、
洞窟の出口に向かって歩き出した。
僕は荷物を背に背負うと、
父さんの後をついて外に出た。
外に出ると、急に思い出が蘇って来て、
思わす声を出して泣いてしまった。
僕は13年と言う長くて短い年月を此処で過ごした。
この場所以外を僕は知らなかった。
此処での生活は楽しいことばかりでは無かったけど、
それでも父さんが一緒にいてくれた。
でもこれからは……
そう思うと、今決心したばかりの自分への誓いが砕けてしまいそうだった。
僕がそうやって泣いている間、
父さんはただ静かに横にいて僕が落ち着くのを待っていてくれた。
ズビズビと鼻を啜って涙を拭くと、
僕は大きく深呼吸をした。
父さんはフッと微笑むと、
「準備は良いか?」
そう言ってスーッと龍の姿に変わった。
僕がコクリと頷くと、
父さんはそっと頭を僕の前に垂れた。
僕は父さんの背によじ登ると、
首にしがみついた。
「此処から一番近い街の麓まで行こう。
振り落とされない様しっかりと掴んでいるのだ」
父さんはそう言うと、スッと空高く舞い上がった。
僕達は待ちに近い森に降り立つと、
歩いて森の中を横切った。
途中ウサギが目の前を横切り、
僕達を伺うようにこちらを見ていた。
「ここには魔獣は居ないんだね」
そう言うと、
「いや、居るには居るんだが、
私の気配が分かるのだろう。
森の中に生息する魔獣で、龍に近付く者は殆どいない」
父さんはそう言うとウサギの方をじっと見た。
ウサギは父さんと目が合うと、
ビクッとしたようにしてピョンピョン飛んで直ぐに見えなくなってしまった。
「さあ、もう直ぐだ」
父さんがそう言うと、又僕達は歩き出した。
「ほら、あれが町の門だ」
父さんが僕達の行く先を指さした。
”あれが……”
行く先を仰ぎ見ると、
柔らかい日差しが木々の葉の隙間から差し込み、
野生の鳥がチチチと鳴いて飛び上がった。
僕はグッと言葉を飲み込むと、
「父さん、此処までで大丈夫だよ。
此処からは僕一人で行く!」
僕はそう言うと森の出口近くで立ち止まった。
父さんは振り返り僕を見ると、
懐に手を差し入れ何やら取り出した。
「翠、これを持っていきなさい」
そう言って一枚のカードを僕に渡した。
「これは……?」
見たことも無かったカードを日に翳して父さんに尋ねると、
「それは換金所と言うところで使うらしいが
私は使い方が分からなかったので使った事がない……
お前の両親がお前の為に貯めておいた金だ。
幾らあるのか分からないが、
換金所を訪ねて把握しておくのも良いだろう。
それとこれはお前の身分証明書だ」
そう言って父さんが僕の名が入ったカードを首に掛けてくれた。
そのカードには
“翠・シュレード”
と書かれてあった。
「シュレード?」
僕は今まで苗字というものがある事を知らなかった。
父さんは
「ああ、それがお前の父と母の苗字だ。
翠と言う名はお前個人を指す名だが、
苗字は家族を表す名だ。
その名はお前の父や母と同じものだ。
お前が翠・シュレードであることを証明してくれる証だ。
だからこの証明書は無くさない様に保管しておくのだ。
行く所々で必要になってくるだろう」
父さんはそう言うと僕の髪に触れた。
僕の髪は今では、父さんの思惑もあり、
あの日の魔法で染まってしまった金色を維持している。
「時が来るまでこの髪もこのままにしておくと良い。
奴らから上手く身を隠せるだろう」
父さんはそう言うと僕に髪から手を離した。
僕は証明書を握り締めると父さんを見つめた。
「此処でお別れだ」
父さんがそう言うと僕はビクッと肩を震わせた。
「父さん……
父さんは本当にこれで良いの?!
僕が居なくても平気なの?!
又1人に戻ってしまうんだよ?!」
そう言うと父さんは静かに微笑んだ。
「父さん!
違う! 本当は違うんだ!
本当は、父さんが居ないと、
僕がダメなんだ!」
そう言うと父さんは僕の頬にそっとキスをした。
「心配するな。
私はいつでもお前と共にある。
それにお前の父と母も何時でもお前と共にある。
アミュレットと指輪を道標に仲間を探せ」
そう言うと、辺りに誰も居ないのを確かめるとスーッと龍の姿に戻り姿を消した。
「翠、私がお前を愛している事を何時迄も忘れない様に」
そう言うと、バサっと翼で風を薙ぎ立てて父さんは飛び去った。
父さんの姿が見える訳ではないけど、
僕は何時までも、何時までも、風が巻いたった方を見て居た。
24
あなたにおすすめの小説
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る
桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付く。処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚び売ったり、どうにか能力を駆使したりして生きてたら、色々な人に構われる話。
悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!
はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。
本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる……
そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。
いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか?
そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。
……いや、違う!
そうじゃない!!
悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
龍は精霊の愛し子を愛でる
林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。
その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。
王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
