消えない思い

樹木緑

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第114話 矢野先輩のお願い

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お父さんに睨まれている事に気付いた佐々木先輩は、
少しオロオロとし始めた。

「お父さん、佐々木先輩を睨むのは止めて!
確かに先輩には婚約者が居るけど、
婚約は先輩の意志じゃないんだよ。
政略結婚させられようとしてるんだけなんだよ」

僕が慌てて取り繕うと、

「要君と佐々木君はそれでいいかもだけど、
家族が絡んだら少し厄介だよ!
特にα主義の家系は!」

とお父さんが言うと、

「それ、お父さんの経験談ですか?」

と矢野先輩が束さず聞いてきた。

「いや、僕や優ちゃん家はそう言うことは無かったけど、
僕達は家系が絡んで苦労した番たちを
沢山見てきたから……」

「司君、司君の言ってる事も分かるけど、
結婚するとかじゃないんだから、
ここは本人同士に任せておいた方が良いよ。
親が口出しすると、ほら、司君も今言ったけど、
厄介になるじゃない!」

流石お母さん!
僕はお父さんを見て、

「お父さんは心配しすぎ。
僕だってもう16歳だよ。
何も知らない子供じゃないんだから、
今は、僕達が今できる事をやってるから、
心配しないで!
僕の事、ちゃんと信じて!」

やっぱり溺愛する一人息子の付き合ってる相手に
婚約者が現在進行形でいるのは凄いイヤみたい。
分からないでは無いけど、
お父さんには分からない
僕と佐々木先輩だけの結びつきもあるので、
僕としては、佐々木先輩の言葉を信じている。

僕が納得させようとすると、
お父さんは渋々目を瞑ることにしたけど、
まだ完全に納得してはいなかった。
でも、今はそれでいいのかもしれない。

そんなお父さんは、佐々木先輩を見ては、
深いため息を何度もついていた。

僕達は、佐々木先輩のクラスのカフェで、
軽く食事と言っても
簡単に出来たサンドイッチなんだけど、を食べて、
僕と矢野先輩は矢野先輩のお願いを叶えるべく、
矢野先輩のクラスへと向かった。

お父さんとお母さんは、
お世話になった先生を覗きに行くと言って、
午後の映画上映が始まる頃に僕の教室で落ち合おうと、
どこかへ二人で消え去った。

奥野さんと青木君は、
映画のポップコーン配りがあったので、
そのまま教室に帰って行った。

佐々木先輩は、余りにも人気があるので、
客寄せにと、カフェを離れることが出来なくなった為、
僕達との午後の映画鑑賞はキャンセルになってしまった。

休憩時間もパラパラと入れてもらってはいたけど、
余りにも短かすぎなうえに、バラバラに不定期で入っていた為、
どうしても僕と時間が合わずに、
午後は一緒に回ることが出来なかった。 

結局午後は映画の時間までは、
皆バラバラになってしまった。

僕は矢野先輩の教室に着くなり、
中をキョロキョロと見回した。

「大丈夫だよ。
要君は特別に誰にも見られない死角でやるから
心配しないで。
全て僕が一人でやれるから任せて!」

そう言って、僕を
一つの衝立の向こうへと連れて行った。
そこは本当に死角になっている場所で、
他の人たちからは僕達が居る事でさえも、
分からないようになっていた。

僕はあまり人に見られない様に、
隠れた様に教室の後ろへと移動した。

皆自分たちがやっている事に夢中で、
恐らく、僕達がそこを通った事も
誰も気付いて無いと思う。

その一角には僕用に、
準備がなされていた。

先輩のクラスがしていたのは、
浴衣の貸し出しだった。
希望のある人には、
後夜祭まで貸し出しになっていた。

先輩が僕にしたお願いは、

『女装して浴衣を着て、
午後の部、先輩と学校を回る』

事だった。

先輩が、絶対僕だと
バレない様にしてあげると約束してくれたので、
もう、どうにでもなれと言いう気分で、
女装することにした。

先輩は用意がよく、
ウィグやメイク等も
きちんと用意してあった。

「じゃあ、要君はここに座って」

そう言って、化粧台の様な鏡の前に座らせられた。

そして僕の髪を霧吹きで濡らした後、
ジェルを付けて上にあげ、
髪の生え際にテープを巻いて、ネットをかぶせた。

その後、メイクをした。
先輩はやっぱり美術が良いせいか、
それとも一杯練習をしたのか、
奇麗にファンデーションを塗り始めた。

「やっぱり要君の肌って奇麗だよね。
凄いきめ細やかで、ファンデーションのノリが良いね~」

と話し始めた。

「え~ 僕、きめが細かいとか、
ファンデーションのノリが良いとか、
全然分かりませんよ~」

そう言うと、先輩は、笑っていた。

軽くファンデーションをした後は、
軽くアイシャドーをして、
チークを入れて、まつげをカールした後、
マスカラを塗った。

「要君って眉毛もちゃんと奇麗に揃ってるよね。
全然お手入れしてないんでしょう?」

「僕、女の子じゃありませんよ!
お水で洗って終わりです!」

「だよね~」

そう言って、僕の顎をクイっと持ち上げた。

先輩は、唇にもファンデーションを馴染ませてるって
説明をして、人差し指で僕の唇をなぞり始めた。

人差し指の先でそっと僕の上唇をなぞった後、
今度は親指で下唇をなぞった。
そして親指で唇をもう一度そっと撫でると、
唇の中心で指が止まった。

僕は、化粧なんてしたことも無ければ、
リップクリームも使ったことも無い。

先輩はファンデーションを
馴染ませているだけだと言ったけど、
先輩の作業はどう見ても、
馴染ませているという感じでは無かった。
それほど、先輩の指には力が入っていなかった。

まるで、鳥の羽毛が僕の唇で
遊んでいるような感じだった。

僕は、その感覚が少しくすぐったくて、
ちょっと唇をムニュムニュとして動かした。

僕が唇をムニュッとした時、丁度先輩の指に唇が奇麗に収まり、
丁度先輩の指にキスをしたような感じになった。

その瞬間、先輩は少しビクッとして僕の唇から指を離した。
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