婚約破棄を「奪った側」から見たならば ~王子、あなたの代わりはいくらでもいます~

フーラー

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「アイ、君との婚約を破棄する!」

そう、宮廷のパーティ会場でソーム王子の声が鳴り響いた。

「ど、どうしてですか王子!」

婚約者にして貴族の娘アイは驚いたように叫ぶ。

「私は、あなたのためにこの国に色んな技術を与えたじゃないですか!」
「それは認めるが……私は真実の愛を見つけたんだ。……だから、君とは一緒にいられない」
「そんな……」

それに対して王子は隣にいた宮廷道化師のハーツを抱き寄せた。
それに対して驚愕の表情を見せるアイに対してソーム王子は続ける。

「そういうわけです。アイ様、あなたはお姫様にふさわしくありません」
「…………」

隣にいたハーツは、彼女のことをどこか忌々し気にそう見つめながら答える。

「なんで、こんなブスに王子は、たぶらかされたの……?」

そういうと、アイは思わずうなだれた。

さて、このようになった理由は何だったのだろうか。
時を戻して数か月前。




「おお、さすがはアイ様!」
「こんな技術があったなんて!」
「えへへ……いやあ、頑張った結果ですから!」

アイは各国の技術者たちに褒められて、恥ずかしそうに頭をかく。


「まさか、食物ごとに『ビタミン』という文化があるなど知りませんでしたよ!」
「それに『消毒』『細菌』というものも私は知りませんでした!」

アイはもともとは現代日本から転生者であり、前世ではコミュ障で友人がいなかった、地味な会社員だった。

だが、この世界に『貴族の娘アイ』として転生してからは、現代日本の知識と技術を活かすべく、一心不乱に勉強をしていた。

そして成人してソーム王子と婚約してからは、そのノウハウを活かして貴族からの称賛を一身に受けていた。


「それにしても、素晴らしい努力だ! まさか、1週間でビタミン剤を抽出するなんて!」
「あ、いや別に……そんな大したことはないですよ!」
「いえいえ! すごいことですよ!」

そんな風に謙遜するアイ。
だが、それを見てソーム王子は面白くなさそうな表情をしながら見つめていた。

「…………」

周囲がひそひそとうわさ話をしているのを耳にしているからだ。

「それにしても、婚約者のソーム様はもう少し頑張ってほしいものですな……」
「まったく。あれではアイ様の引き立て役にすらなれませんからな」
「聞いていますか? ソーム王子、アイ様とは夕食も別にとられているとか……」
「まあ! 婚約したのに? それはまた、王子は軽んじられていますなあ……」

フィクションの世界での『王子』は絶対的な地位と権力を持っている。
だが、残念ながらこの世界では史実のそれと同じである。

すなわち権威はあるが権力自体は地方の有力貴族を下回る。
そのため、このような陰口をたたく者にも王子は口出しができなかった。


「……すまない、私は失礼する」

また、王子にはアイの話す栄養学や衛生学の理解ができなかった。
アイはもともと勉強は得意で転生後も勉強を続けていたが、一方の王子は立場上武芸に明け暮れていたこともあり、学力に絶望的な開きがあったからだ。

「ソーム王子、どうされたんですか?」
「アイ、君はもう少し彼らと一緒に過ごしているといい」

そういうと、ソーム王子はアイに対してそう答える。
アイは一瞬呼び止めようとするが、それは周囲の少女たちに阻まれた。

「アイ様! あなたのお話もう少し聞かせていただけますか!?」
「あ、ずるい! 私の方が先です! どうか、私にも教えてください、その栄養学について!」

年が近いこともあり、貴族の娘たちが列をなして、若き天才研究家である彼女と話をしようとしていた。

もとより友人が少なかった彼女には、それが何より魅力的だったのだろう。
だが、アイもそんな王子に気にかけないほど愚かではない。


「え? ……そ、そうね! あの、王子!」
「なんだ?」

王子に駆け寄った後、肩をたたいて答える。

「王子には王子のいいところがありますから! だから、頑張ってください!」
「……そうだな……」

だが王子は顔が晴れないまま、そう答えて部屋を後にした。



「はあ……」

王子はそう廊下でため息をついていると、後ろから宮廷道化師のハーツがやってきた。
彼女はあまり美しい容姿ではないが、その立場上王すらも一目置いていた。

「あら、聞き苦しいため息が聞こえてきますね」
「ハーツか?」
「おや、あなたは浮浪者で? パンでも恵んであげましょうか?」
「なんだと?」
「おや失礼、王子でしたか。あまりに不景気な顔をしていたので、思わず間違えちゃいました!」

宮廷道化師の彼女は王子を『批判する』のが仕事だ。
そう歯に衣を着せずに馬鹿にしてくる彼女を見て、王子は少しむっとした様子を見せた。

「そんで、どうしたんですか? お優しいハーツ様が聞いてあげてもいいですよ?」
「む……だが……」
「わかった! パーティーで王子の嫌いなニンジンがでたんですね! それで、泣いちゃったんだ! うわ、だっさ!」
「違う! もう私はそんな年ではない!」

彼女とは小さいころからの仲ということもあり、王子はそう恥ずかしそうに叫ぶ。
ハーツはケラケラと笑みを浮かべると、少し声のトーンを落として尋ねる。


「じゃ、どうされたんですか?」
「……アイのことだよ……」

そういいながら、王子はポツリポツリと彼女の不満を吐露した。
彼女が優秀すぎることで、自分が周囲から馬鹿にされていること。
そして仕事で多忙な彼女と、一緒に過ごす時間がほしいこと。

だがそれを言うと周囲からは、

「王子、嫉妬は見苦しいですよ?」

と、馬鹿にされてしまうので、弱音もはけないこと。
また、アイ自身も研究室の居心地がいいらしく、

「すみません、今度また誘っていただけますか?」

と、あまり家に帰りたがらないこと。
そこまで聞いて、ハーツは大きなため息をついた。


「しょうがないっすよ、王子」
「え?」
「だってあんた、馬鹿なんですから。アイ様からすりゃ、研究の方が楽しいに決まってるじゃないっすか」
「なんだと?」

そういいながらもハーツは露骨に同情するような表情を見せる。

「もう少し王子の頭がよければ一緒に話すのも楽しいでしょうね。けど、体力馬鹿の王子との食事など、向こうも気の毒で……およよ……」
「ならハーツ! それを言ったらお前だってそうだろ! 馬鹿なのは一緒じゃないか!」
「ええ、そうですよ。なので……」

そして彼女はドスン! と地政学や不動産、兵士の自伝といった多数の本を取り出した。


「実は王子と一緒に勉強したいと思ってたんですよ」
「え?」
「アイ様の技術は素晴らしいですけど、その基盤を整えないとだめじゃないですか、私たちが」
「ああ……」

彼女の栄養学の知識や技術は、この時代の水準をはるかに上回る。
だが、その材料となる生薬の生産や輸送コストなどについては、考慮されていなかった。
それでも顔が晴れない王子を挑発するようにハーツは尋ねる。

「おや王子。私に勉強でも負けるのが怖いんですか? なら、勉強しなくてもいいですが……」
「そ、そんなことはない! 他の奴には負けてもハーツ、お前に負けるのはご免だ!」
「なら、一緒に頑張りましょうよ? 一緒に彼女を支えるために『二人』で。お紅茶の用意もしてるんで」

そう案内した部屋には、王子の好きな銘柄の紅茶が用意されていた。
王子の顔が少し緩んだのを見て、ハーツはウソ泣きをするそぶりを見せる。

「まさか! わ、私と時間をともに過ごすのはお嫌で? だったら私は泣いちゃいますよ? うえーんって!」
「……ハハ、心にもないことを」
「いえいえ、本心ですが?」
「だが……。そうだな、一緒に学ぼう。アイを支えるために」
「ええ」

ようやく笑った王子を見て、ハーツは嬉しそうな表情を見せた。



そして数カ月後。
婚約者アイとソーム王子は、久しぶりの休みが一緒に取れたこともあり、近所の街を散歩していた。

「ソーム王子、今日はいい天気ですね?」
「そうだな……」



王子は公務の傍ら、彼女が研究を続けられるために材料を各国から取得することや特許として登録する手続き、さらに製品化のための工場を取得するための交渉に追われていた。

「お疲れですね、どうされたんですか?」
「え? ああ、仕事ばかりだったからな……」


特に土地の取得はソーム王子にとっては大変なものだった。
先祖伝来の土地を手放すことは地主にとってはやはり抵抗があったのだろう。

そのため、粘り強く交渉した結果、何とか借地権という形にして契約に成功した。……だがソーム王子は、それを恩に着せることを嫌い、アイには話していなかったが。


「それより、今度の新薬製造の調子はどうだ?」
「ええ、バッチリですよ! 今度はガチョウの肝臓を使った材料を使って作るんです! あそこに含まれているミネラルはきっと兵士の滋養強壮になるはずですから!」
「そうか、それはよかった……」

アイは前世ではあまりコミュニケーションが得意ではなかった。
そのため王子は時折観劇や絵画の話を振っていたのだが、アイにはあまり興味を見せずに退屈そうな態度を見せていたので、いつしか話をしなくなった。

すでに『初対面の人とする話題』も尽きた王子とアイは、仕事の話ばかりすることになってしまっていた。

「ん? あれは……」

だが、しばらく仕事の話をしていると、道端に咲いている美しい黄色い花を見かけてソーム王子は思わず声をかけた。


「見てくれ、アイ! 綺麗な花じゃないか?」

そういうと、アイは興味深そうに頷いた。

「これは確か、アタマノセンブリっていう花だったはずです」
「え?」
「名前の通り頭痛に効く薬ですね。中に入っている有効成分は私の研究でも裏付けが取れています」
「あ、ああ……」
「確か最近では頭痛で悩んでいる兵士も沢山いたはずですから、これを機に取っていきましょう。王子、応援を呼んでください」
「わ、わかった……」

そういってソーム王子は兵士たちを呼びつけ、その草花を集めるように命令した。



そしてその夜。


「はあ……」

結局一日彼女の薬に関する話に付き合わされた王子は、まるで『興味がないアニメの話を延々と客から続けられたキャバ嬢』のような表情で椅子に腰かけて自室で休んでいた。


すると、トントンとノックするおとが聞こえてきた。

「ったく、誰だ? ……こんな時間に……」

そう思って面倒くさそうにドアを開けると、そこには見たことがないジャムと暖かい紅茶が入ったポットが置かれていた。


「ん?」

そして置かれていた2枚の手紙。一枚目には、宮廷道化師ハーツの封蝋がされており、こう書かれていた。


『王子、どうせあんたは今日、誰とも会いたくないでしょ? その紅茶を飲んで精々アイ様と国民のために、明日も尽くしてください。新しいジャムを取り入れたので、一緒に入れて飲むと滋養がつきますよ』

そう書かれた手紙を置いて、王子はジャムを紅茶に混ぜた。


「ほう……これは面白い味だな……」

今まで食べたことのない、薔薇の花を使ったジャムだった。
それを口にして少し表情が緩んだ後、もう一枚の手紙を見た。


『王子、たまには頭の体操です。バカなあんたに解けるとは思いませんが、これでもやって頭を休めてください』

そう皮肉ったイラストとともに、なぞなぞが書かれていた。


「む……。これは……そうか……」

そういいながら一時間かけて謎を解いた後の王子の表情は、達成感ですっかり緩んでいた。




それから1カ月後。
研究服に身を包んだ婚約者アイは、野戦病院に訪れていた。

「流石はアイ様です!」
「ええ、見てください、兵士たちのこの姿を!」

そういいながら軍の将軍たちは自慢気に兵士たちを指さした。
そこには多くの兵士たちがニコニコと笑いながら、アイに対して感謝の言葉を述べていた。


「アイ様、ありがとうございます!」
「あの薬のおかげで、私たちはすっかり元気になりました!」
「まさか、脚気が伝染病じゃないなんて……驚きました!」


そんな風に楽しそうに口にする兵士たち。

「フフ、お役に立てて嬉しいです」

アイはそれを見て嬉しそうな表情で、頷いた。
そうしていると将軍は不思議そうに尋ねる。


「それにしてもアイ様。あなたは最近、王子といらっしゃらないことが多いですが……」
「え、そうですか?」
「はい。まあ……あのお方が居ても役には立たないでしょうが……あれ、噂をすれば」

そういうと、将軍たちが少し驚いた様子で王子を指さした。
彼は泥だらけで荷車を押しながら、野戦病院の先にある兵舎に向かっていた。


「王子、何されてるんですか?」
「何って……兵士たちの手紙と食料を届けに来たんだ。勿論慰安もこめてな」
「はあ……。ご苦労様です」

そういうとアイは少し呆れたような様子で頷いた。
この時代では『華々しい戦い』ばかりもてはやされ、反面兵站は軽視されている。そのため、彼のような『白馬でなく荷馬に乗る王子』はあまり敬われない傾向があるためだ。


だが王子は、以前よりも爽やかな笑みを浮かべて尋ねる。


「そうだ、アイ。よかったら私と一緒に兵士の慰問に向かわないか?」
「慰問ですか?」
「ああ。出し物をしたり、劇を始めたり、冗談を言い合ったり、そういう仕事だな。実はちょうど、エキストラが足りないから出てくれると助かるのだが」
「えっと、その……」


だが、コミュニケーションが苦手なアイにとって、そのような活動はあまり好きではなかった。また、ちょうど新薬の研究が佳境に入っていたこともあり、アイは首を振った。


「い、いえ……。すみませんが、王子。それについては任せますね……」
「そうか……。分かった。君は新薬の製造に力をいれてくれ」

そういうと、ソーム王子は少し残念そうな表情をしながらも、天幕に入っていった。
その様子を見ながら将軍は、アイに尋ねる。


「ソーム王子も、アイ様のために頑張っておられるようですな」
「そ、そうですね……」
「ところでアイ様。今度の新薬は兵士たちの頭痛を直す薬を用意するとのこと。どのようなメカニズムなのか、説明していただけますか?」
「ええ! 実は今回の薬に含まれる有効成分ですが、実は脳の血管に作用するものなんですよ!」
「ほう……であれば、こちらで説明をしていただけますか? あなた方も良ければ一緒に」

将軍はそういいながら、病院にいる看護師たちに声をかけると彼女たちは嬉しそうに立ち上がる。

「あ、アイ様のお話聞きたい!」
「ずるい! 私も! 後で説明しなさいよね!」

そういいながら自分を慕うもの達をみて、アイは嬉しそうに頷いた。



一方、こちらは天幕の下。
慰問に来た役者たちは舞台の上で劇を行っていた。

『さあ、恨みを果たそうぞ! いざ、出陣!』
『お任せあれ、我らともに参りましょう!』
(よし、このタイミングだな!)

ソーム王子はそうつぶやくとともに、花吹雪を舞台裏からまき散らした。
流石に王子である自身が舞台に出ると兵たちが委縮するため、彼は裏方に回っている。


「うおおおおおおお!」
「ああ、懐かしい……」


それを見た兵士たちは歓喜の声を上げた。
……ソーム王子がばらまいた花弁は、彼らにとっては故郷で有名な花だったからだ。
その歓喜の声を聞きながら、王子はそっとほくそ笑む。



そしてしばらくして観劇が終わった。
ソーム王子は役者たちと共に兵士と語らいの場を開いていた。

「ソーム王子、花びら撒くのベストタイミングです」
「ああ。君の入れ知恵のおかげだな、ありがとう、ハーツ」

この花吹雪の演出は、兵士たちの故郷の情報を入念に調べたハーツの提案だった。そして二人で駆けずり回り、何とか塩漬けの花を入手したものである。
ハーツは褒められて一瞬顔を赤らめながらも、すぐにバカにする様子でからかう。

「いえいえ。この程度のことも思いつかないあなたの足りない脳みそ。その拡張パーツですからね、私は」
「なんだと、この!」
「きゃあ、王子が怒った、粛清されちゃいまーす!」

そう二人のやり取りを見ながら、兵士たちは爆笑していた。

「王子、ハーツちゃんをいじめんのはだめっすよ!」
「本当ですよ、処刑なんて古いっす!」


そんな風に話す兵士たちの中には手足を失ったものや、家族を失ったものもいる。
だがそんな彼らも、観劇を見るときには笑顔になってくれるのが王子にとっては楽しみになっていた。




そしてその夜。
ソーム王子は、荷馬車の中で宮廷道化師ハーツに耳打ちした。

「ハーツ、君の目論見通りだったな。大成功だ」
「ええ。アイ様の薬じゃ、兵士たちの身体は癒せても、心はいやせないですからね」
「そうだな……」

言うまでもないが、この時代にはPTSDのような概念は存在しない。
仮にあったとしても、いわゆる『薬でケロリと治す』ということはできず、丹念なコミュニケーションが必要となる。

……残念ながらアイには『能力の誇示ではなく対話で信頼を深める』ということは苦手だった。そんな彼女を支えるため、ハーツとソーム王子はこれを思いついた。

戦の辛さを一時的にでも忘れ、故郷の姿を思い起こさせて『生きて帰る』という意志を引き出す。そのために、単に補給をこなすだけでなく観劇を開くことにしたのである。
そしてハーツはぽつりと呟く。

「あの兵士たちなら、故郷の花を見ても、ホームシックにならないと判断しましたが、正解でしたね」
「ああ。ずっと話し合いを続けた甲斐があったな」
「ですね」

そういうと、少し恥ずかしそうにハーツは呟く。

「……ソーム王子。私はアイ様みたいな天才ではありませんが……あんたと一緒に生きてくことは出来るんで」
「そう、か……」


ソーム王子は、そういわれて少し顔を赤らめた。
その様子を見ながらハーツは呟く。


「王子、あなたの代わりはいくらでもいます」


「え?」
「アイ様に必要なのは、あなたの存在ではありません。……あなた程度の地位と権力があれば王子、あなたは必要ないはずです」
「う……」

そのことをソーム王子は気にしていた。
基本的にアイは『一人でいること』に慣れており、ソーム王子を自分から追いかけることはなかった。

先日の散歩のときも、どこか『王子を慰めてあげるために、付き合ってあげている』という印象を王子は受けていた。
……そのことを思い出し、ソーム王子は思わず口ごもる。


「アイ様に本当に必要なのは、婚約者でも王妃の立場でもありません。……もう、彼女を解放して上げたらどうっすか?」
「そうだな……だが……」

それでも婚約破棄というのは、相手のメンツにも関わることだ。
思わず口ごもっていると、ハーツはフッと笑って続ける。


「本音を言いますよ、王子。……私は『後釜』狙いで言ってますから。王子が、道化師で、顔も良くない私なんかを好きで居てくれるような物好きであることを期待しています」
「え?」
「私は、あんたの地位や財産が欲しいんじゃないんです。あなたの『時間』が欲しいんです。私も時間をあげるんで、共有したいんです」
「そうなのか?」

そういうと、少し空気が重くなったのを察したのか、ハーツはおどけた様子で手鏡を取り出した。

「……それともまさか、私があなたの顔に惹かれているでも思ったんですか? まあ、ナルシストな王子! ほら、鏡見てくださいよ!」
「む、言うじゃないか!」
「そりゃ言いますよ! やーい、不細工王子!」
「それだったらお前だってブスだろう!」
「ええ、そうですよ! その分、毎日見ても飽きない顔じゃないですか、私?」
「はは、全く! お前となら毎日一緒に居ても退屈しないだろうな!」
「でしょ? あたしも毎日あんたと過ごせりゃ、それでいいです!」

そういいながらも、ソーム王子と宮廷道化師ハーツは笑い合いながら酒を飲み交わした。



そして話は現在に戻る。


「婚約破棄って、どういうことですか! 私を追放するつもりですか?」

怒りに顔を震わせたアイに対して、ソーム王子は周囲と顔を見合わせた後、首を振る。


「そんなわけがないだろう。……君にはもっと素晴らしい席を用意したからな」


そういうと王子は、手を振り上げた。
そこには豪奢な椅子が置かれており、周囲にはイケメンの男たちがずらりと並んでいた。


「……今日から君には、宰相としての地位を与えることにしたのだ。彼らは国内から集めた優秀な技術者の卵たちだ。これも君の好きにしていい」
「え?」

権力の集中を防ぐため、この国では宰相と王族は結婚できない。
婚約破棄にはその理由も含まれていた。そしてソーム王子は続ける。


「これからは、君の好きな研究『だけ』をやって生きるといい。無論、周りにいる彼らは、君の手足として使って構わない。……私などよりよほど優秀だろうからな」
「ど、どういうことですか?」

わけが分からないという様子で驚くアイに対して、少し見下すような様子でハーツは答える。


「要するに、もうあんたはお姫様の責務はやらなくていいってことっすよ」
「責務?」
「ええ。結婚したら各国に根回ししたり、パーティで愛想をふりまいたり、そういう面倒なやり取りも全部やることになるんですよ?」
「そ、そうだったの……?」
「そういうコミュニケーション、研究よりやりたいんですか? 加えて結婚したら、王子の幸せのために心を割くことになります。どうせ嫌でしょ、そういうの?」
「う……」
「ですのでこれは、あなたのためでもあるんです、アイ様」


この世界の王女はフィクションで見るような『プリンセス』ではない。
そのため地味で面倒な社交活動をしなければならないが、アイはそれを正しく理解していなかったのだろう。

そして王子は、本音を吐露するように答える。


「はじめは、君と一緒に人生を歩めれば良いと思ってた……」
「そ、それは……」
「だが、私が欲しかったのは『優秀な技術者』ではないんだ。……共に同じ目線で人生を歩んでくれる『パートナー』だったんだ……」

「つまり王子は……自分より下の人間と結婚したかったってことですか? 私に媚びてほしかったんですか?」

そう半ば皮肉めいた言い方をするアイに対してソーム王子は答える。


「そう答える時点で、私と君は相容れなかったのだろうな……」
「どういうことです?」
「私は君の研究の成果なんかより、君と夕食を取る時間が欲しかった」
「王子……」
「私は君から草花の知識を教わるより、一緒に草花を見て綺麗だと気持ちを共感したかった」
「う……」
「私は君が綺麗な病院で輝く姿を見るより、君と一緒に泥だらけで兵士の力になりたかった」
「…………」
「きっと私は君と心を交わしたかったのだろうな。……だが、彼らは違う。君の『能力の高さ』に惚れこんでくれた者たちだ。毛並みも頭もいい。……きっと、私よりも幸せにしてくれるだろう」


そういうと、王子の合図とともに先ほどのイケメン御曹司たちは壇上から降りてきた。


「そうです、アイ様! あなたの研究成果、素晴らしかったです!」
「私なら王子の代わりに、いくらでも話に付き合いますから!」
「ですのでどうか、私たちをお傍に置いてください!」
「……え、ええ……」

アイにとって、この『婚約破棄』の提案は、客観的に見て相当に魅力的なものであった。

王族としての責務から解放され、好きな仕事を好きなだけやることができる。
しかも、その仕事に必要なインフラの確保などの面倒ごとは全て引き続きソーム王子たちがやってくれるから、自分は対外交渉をしなくていい。

さらに自身を慕ってくれるハイスぺイケメンに囲まれ、一日中研究の話をし続けることが出来る。
まさに、自分にとって願ったり叶ったりだった。



「ありがとうございます、王子……」
「じゃあ、幸せに。……さよなら、アイ」

だが、ソーム王子の心が完全に離れていることに気づいた彼女は、少しだけ寂しそうにそう答えた。




……それから十数年が経過した。


「流石だな、アイは……」


ソーム国王は妻となったハーツとともに新聞を見ながら呟いた。


「今度開発された新薬が、大陸でも使用されるようになったらしい」

それを聞いて、大げさな様子で驚きながらハーツは笑いかける。

「流石アイ様。全く進歩のない、あんたとは大違いっすね?」
「まったくだな。君は顔の皺が増えただけ『進歩』したのは羨ましい」
「はあ? いうじゃないっすっか。なら白髪の本数で勝負しますか、王様?」


そんな風にいつもの軽口をたたきながら二人は笑いあった。
そして笑いあったあと、王子はハーツにこうつぶやく。


「それにしても、アイは幸せそうだな……」

彼の新聞には、素敵な男性と楽しそうに研究をするアイの姿があった。
それを見て、ハーツも答える。

「そうっすね。けど、あたしの方が幸せっす。王子とバカやれるのが」
「……ハハ、私もだよ、ハーツ」


後の歴史書にはこう語られる。



この国の宰相アイは、歴代で最も優秀な研究家であったと。
……そしてこの国の王ソームは、歴代で最も『幸福』な国王だったと。
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