合鍵

茉莉花 香乃

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その日は家に帰ってもまだフワフワとしていて、よく無事に家に辿り着いたと思う。

今まで太一を避けていた時間は共に過ごすようになった。よく女の子から声が掛かり、その度に僕は下を向く。そうすると、太一の部屋に着いた途端抱きしめてくれる。

「今まで、女とばかり付き合ってきたから司が不安に思うのもわかるけど、今は司だけだから。信じて?」
「うん」
「これ」

鍵を差し出し、手に置かれた。

「俺さ、恥ずかしいけど、生活能力低いんだ。だから、手伝ってくれたら嬉しいな」
「そんな…こんなに綺麗に片付いてるのに?」
「まあ、今日はね…」

歯切れ悪く、呟く声にその時の僕は疑問には思わなかった。頑張る時とそうでない時は僕にもあるから。その日は頑張った日だったのだろうと思った。


「はぁっ…んっ、ふぅ…」

太一に抱かれたのはそれからしばらくしてからだった。

僕だって男だし、太一が好きだったから、調べたことはあった。太一を抱きたいとは思わなかった。体格差もあるし、どちらかと言えば抱かれたいと思っていたと思う。ただ、真剣に考えなかったのが本音だ。告白するつもりはなかったし、女と付き合ってた太一が僕を性の対象に思うわけないと思ってた。だから、考えないようにしていた。だからと言って、他の男にっては思わない。女の子を抱きたいとも思わなかった。

「可愛い。こんなに乱れてる司、堪らない」

キスの雨を降らせ、言葉でも僕を酔わせる。


舞い上がってた。

あんなに取っ替え引っ替え女と遊んでた太一が男の僕一人で満足するわけなかった。

それは嫌だと叫びたい。

でも…それでも良いと思う僕もいる。

…セフレでも側に居たかった。


太一の部屋は定期的に綺麗になる。料理もたまに大量に作るのか、ストックが冷蔵庫に入ってる時があった。

手伝って…。
あれは、彼女なら普通に言うセリフだったのか?間に受けた僕は太一がいない時に部屋に行き、掃除や洗濯をしようと思った。

それは、僕が初めて抱かれた次の日だった。男がよく口にする、一度寝たくらいで彼女面するなってもしかしてこのことなんじゃないかと思った。

それまでも、掃除はしてた。でも、太一がいる時に一緒に。

初めて鍵を使う。
浮かれてた。

階段から学生向けのワンルームのドアが並ぶ廊下に入る。太一の部屋は真ん中あたり。その部屋を綺麗な雰囲気の女の人が閉める。鍵をかけこちらに歩いてくる。

思わず階段をのぼる。まるで一階間違えた住人のように何食わぬ顔で階段をのぼり、踊り場で立ち止まってスマホを見る。黒い画面を睨みつけ、女の人が通り過ぎるのを確認した。

しばらくその場にしゃがみこんだ。今日は水曜日。よく思い出すと、水曜日の夜には綺麗になって、だんだん散らかっていく。一緒に掃除するのは土曜日か日曜日。そして…綺麗になる。料理もそうだ。同じタイミングでストックが増える。

彼女がいたんだ。

でも、僕に会ってくれるのは何故?

妊娠の心配をしなくて良いから?身体の相性とか?でも、それは昨日初めて経験したことだ。
これから態度が変わるのかな?こんなじゃなかった。やっぱり女の方が良いって思うのだろうか?

びっくりさせようと思っていたから、太一には部屋で待ってるとは伝えてなかった。だから、部屋の前まで来たとは知らない。良かった。

疲れたから帰ると連絡して、電車に乗る。その途端に身体を心配するラインが入る。正直筋肉痛もあるし、身体が怠い。でも、心の方が疲れている。大丈夫の返事をした。すると、直ぐに会いたいと、会いに行くとラインが入る。僕の家は知っている。わざわざそんなことしなくても良いって言っても、もう電車に乗ったからと返事が来た。

「司、太一くんが来たよ~」

暖気のんきな母さんの声にドキッとした。僕が家に着いて、半時間後。本当に来るなんて…。

「ごめんね」
「何で謝るんだよ?それより、身体は大丈夫なのか?」

僕の部屋に入り、抱きしめられた。おでこ同士をコツンと当てて熱がないか調べているのかふうっため息を漏らす。

「昨日無理させたから心配でさ。良かった」

チュッとキスをして、抱きしめる力を強くする。

ああ、この腕を離したくない。
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