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第六章 安寧
二話 アルン
しおりを挟む「じゃあ、一度その人と挨拶した方が良い?」
「はい、侯爵様の紹介なので、こちらの事情などは知っていますが、やはり商売相手ですのでお願いします」
二足歩行の可愛い猫の獣人であり、俺の奴隷としてナディーネとともに、主に販売を受け持っているレイレが、肉球を使って器用に羊皮紙をめくっている。
「次は、最近やたらと将棋を欲しがるお客様がいまして、形の指定までされています。何故かそろって竜をかたどった物を求めて来ていますね」
「……それどんな人だった?」
「多くは人族か、竜人のような方でした。裕福な方が多いのか、宝石をお持ちくださって、それを装飾に使ってほしいなどの要望を受けています」
「マートさん、その辺りの加工は問題ないですか?」
「石の一つを付けるぐれえは簡単ですが、いかんせんその人らは細部にこだわるんで、苦労してますわ」
「ナディーネさん、ちゃんと金とってる?」
「ええ、レイレが言う通り、お金の払いは良いのよ。試してないけど、言っただけ出すんじゃないかしら」
これ絶対に竜だろ……。
注文された数を見てみると、五十を超えている。どれも大金貨五枚以上の仕事の依頼だ。多すぎるのと、加工が複雑なので、まだ八割もさばけていない。
いろいろ抜いても、相当もうかってるぞ。これなら、俺の褒章は金じゃなくて他の物にした方が良かったか……?
「仕事たまってるけど、文句は出てないの?」
「お金ある人は心の余裕もあるのでしょうか? 全くありません」
あいつら寿命長いから、俺らと時間の感覚が違うのか?
「まあ、うちのせがれたちも来ましたんで、これからどんどん片付けて見せますわ」
マートさんは娘さんだけではなく、息子さんもいた。スキルも持っているので、マートさんが教えればすぐに使い物になったらしい。即戦力素晴らしいです。
「後は、今の蔵ではもう狭くなっています。これ程のもうけが出るならば、専用で借りるか、いっそ店舗を持ちますか? でも、一般の方に売るものが無いですね」
俺の商売は基本的に、相手が金持ちに限定されている。なので、店舗を保つ必要はないといえる。
「子供たちが練習で作ったものは売れないの? 形の良い物を選べば、漆が塗られてるし良いと思うんだけど」
「う~ん、希少価値が落ちるから駄目。今の価格を維持できるのは、量が出ていないのと、質が良いからね。そのイメージを壊したくないんだ」
俺の返事にナディーネは、なるほどと返していた。
「でも、ナディーネ姐さんの提案も良いと思います。今後、子供たちの腕が上がった場合に備えて、店舗兼作業場は必要じゃないですか? 売るものは漆器以外でも良いですし」
ナディーネの隣に陣取ったアルンが、ここぞとばかりに提案をしてくる。俺もその案はいいと思うが、アルン、お前は今まで商売に興味なさそうだっただろ!
「それでは場所の候補を絞ってから、若様に報告します。それでよろしいですか?」
レイレと同じ、奴隷たちのまとめ役、オーレリーさんが最後の締めくくりを行った。あれ……? 最近見た人に似てるんだけど、誰だっけか……。
話はまとまり、俺は自分の部屋に戻った。
アルンの指と、ナディーネの指に同じデザインの指輪があったけど、どこまで進んでるのか気になる。
部屋ではベッドの横のキャビネットの上で、ポッポちゃんが植木鉢に座ってる。「主人~、お腹すいたのよ?」と、今日も種を暖め続けている。
手の平にゴマを乗せて、ポッポちゃんに食べさせてあげる。これでもう一週間はこの状態だ。トイレなどに行く場合、俺が植木鉢を持ってトイレの前まで移動する。一瞬で済ませたポッポちゃんは、またすぐに植木鉢の上に座ると、その姿勢をキープしていた。
最近では、植木鉢がポッポちゃんの本体なのだと思えるほどで、一体何時になったら離れるのかと考えていると、食事を取ったポッポちゃんが、クルゥクルゥっと騒がしく鳴き出した。
パッと植木鉢の上から飛び降りると、何と種から芽が出ていた。
ポッポちゃんは部屋の中をクルクル飛び回って喜んでいる。「主人とあたしの愛なのよ!」とのことらしい。
正直実感が全く湧かないが、もう暖めなくて良いらしので、この日はうまいものを用意した。
夕食時に何のお祝いなのか聞かれて、無意識にやっとポッポちゃんが植木鉢から降りたことを言ってしまうと、ポッポちゃんに「やっと? 嫌だったの?」とにらまれた。
違うんだよポッポちゃん。別にあれが嫌だったんじゃないんだよ!
だから、俺のもみあげをむしるのはやめてくれ!
◆
種から芽が出て一ヶ月、太陽の日を浴びて順調に育っている。
一本の茎から一枚の葉、それが日々大きくなり続けている。
鑑定してみたのだができない。木などは鑑定できるので、それとは別のものなんだろう。そうなると、人と同じ判定なのか?
引っこ抜く訳にもいかないので見守るしかない。
ポッポちゃんはたまに家を出て、小さな動物を捕まえては、植木鉢の中に入れている。そして、「大きくなるのよ~」なんて鳴いている。
俺はポッポちゃんと本当に同じものが見えているのかと心配になった。
だが、次の日になると、そのネズミのような死骸は、骨と皮だけになっていた。まさかと思い、植木鉢の中を見てみると、中の植物は一段階大きくなっていた。……食ってんの?
今のところ、誰にも害は出ていないし、ポッポちゃんは「危なくないのよ?」と、首をかしげながらクルゥっと鳴いているので、大丈夫なのだろう。信じるしかない……。
「これ本当に何なんですかね……」
アルンが不思議そうに植木鉢を眺めている。
ポッポちゃんは今は狩りに行っているので不在だ。
「それで、解放する前に話したいって何だ?」
今日はアルンから、そろそろ成人するのでその前に話をしたいと言われ二人になっている。
「僕の今後のことと、ナディーネ姐さんのことです」
自発的に考えさせようと思っていたので、俺がどうこう言っていなかったが、ようやく話が固まったようだ。
「まずは、今後のことですが、僕はレイコック家で働いて少しいろいろな勉強をしてきます。推薦状は、エア様とローワン様に頂いているので、間違いなく採用されると言われました。先の戦争の褒美の一環らしいです」
「分かった」
何となく、アルンがその手の道を目指している事は知っていたので、特に驚くことはなかった。
「勉強が終わったら、ゼン様の下に戻ります」
「俺の下って、その経験をどう活かすんだよ……」
「それはその時によるでしょうが、成長して戻ってきますので、受け入れてくださいね?」
「俺がお前を拒むと思うか?」
「あはは、良かったです」
悪さをしないかぎり、どんなことになろうとも受け入れてやる。
でも、俺の下に戻ってどうする気なんだこいつは。大好きなアルンが戻ってくるなら、うれしいからどうでも良いけどさ。
「次に成人したら、ナディーネ姐さんに、こ、告白します」
「おう、頑張ってくれよ。脈は有りそうなのか?」
「多分……」
「そうか……」
実は俺はこの結果を知っている。
先日ナディーネからの相談を、マーシャさんとともに受けたからだ。
「頑張れよアルン、期待してるぞ」
「ッ! はい!」
本人はドキドキだろう。俺も知ってなかったら、アルンと一緒にドキドキしてたんだろうな。ちょっと先を知ったのは残念だったな。
「そうだ、アルンに貸している、アーティファクトとマジックボックスはそのまま使ってくれ」
「……良いのですか?」
「俺の下へ帰ってくるんだろ? 先行投資と手付金だ」
「分かりました。必ずや成長して戻ります」
アルンが男の目をしている。急に成長してしまったみたいで、ちょっとだけ悲しくなるな。
「振られても自暴自棄になるなよ? その時は良い店に連れてってやるからな!」
「いや良いです……そんな場所にゼン様と行ったら、アニアに何されるか分かりませんから」
「そうだな……」
これはアルンの心配より、自分の心配をするべきだった。バレたら何言われるか分かったもんじゃない。アニアは俺には怒らないよ。でも絶対泣くんだよ!
話をした数日後、アルンを奴隷から解放した。
だからといって関係が変わった訳でもない。ただ、育ててくれてありがとうと礼を言われ、絶対に恩は返すと言われた。
成り行きで奴隷と主人になったけど、俺としては一緒にいてくれていただけで、充分だったんだけどな。
「で、アルンはいつまで俺に様を付けるんだ?」
「う~ん、ゼンさんですか? 言いづらいですよ。どうせ部下として戻りますから、今まで通り様でいいですよね?」
「俺としてはアニアを絡めると、それはどうかと思うんだがな」
「確かに……、ならゼン兄様とアニアをもらってくれたら言いますね。それまではゼン様です」
「……そう」
この世界じゃ様付けで呼ぶのは比較的普通なことなので、周りは誰も違和感を感じていない。俺もそれに慣れているのでどうでも良いんだけど、いつか兄さんと呼ばせよう。うむ、それが良い。
「では、行ってきます……」
「頑張れよ」
神妙な面持ちのアルンが家を出て行った。
家の外に呼び出しているナディーネに告白をしに行ったのだ。
「じゃあ、マーシャさん。食材買ってきますね。肉メインが良いですよね?」
「お任せするわー」
さて俺も出かけよう、今日の祝いのためのごちそうを用意しなくちゃならないからね。
◆
「ちょ、ちょっと! アルン絶対に離さないでよ!?」
「大丈夫だよ、ほら後ろから抱きかかえるから、安定するでしょ?」
「……私を覆いかぶせるほど、大きくなってたのね」
「おい、出発前からイチャつくな」
怖がりながらもスノアに乗ったナディーネを、アルンが後ろから支えている。二人が乗ってもスノアは、まだ大丈夫そうだ。
「んじゃ、俺の方も頼むぞ」
俺のまたがる炎竜が、「任せろ、人間。姐さんが褒めてくれるから頑張るぞ」と、やる気満々のご様子だ。大きさ的にはスノアの方が小さいのだが、流石にペット化していない炎竜に二人を乗せる訳にはいかない。
ポッポちゃんが「主人、しっかり持つのよ!」と、ペチペチ俺の頬を羽で叩いている。俺の両手にはガッシリと、例の植木鉢があるのだ。
街で過ごして一ヶ月と少し、そろそろエアの戴冠式に間に合わせるためにも、ラーグノックの街を出ることにした。アルンは当然一緒に戻るのだが、付き合い始めて即離れさせるのも酷なので、ナディーネも同行させることにしたのだ。
アルンの告白は無事成功して二人は付き合うことになった。
とはいえ、いきなり結婚をする訳ではなかった。長い付き合いの二人だが、急に関係が変わることに、ナディーネはやはり戸惑いを感じているらしく、少しの期間を置こうと言うことになったからだ。
以前相談された時も、うれしいことだが本当に良いのかと、不安がっていたのでそれは仕方ないだろう。
まあナディーネいわく、未来有望で容姿も良く、数年後には俺の下で働くことになっているアルンは、自分が俺に恩を返しつつ、一緒になるには好条件だと言っていた。不安と言うのも要するに、恥ずかしさがほとんどだろう。
正式に自立して家を出たアルンは、ラーグノックの街で部屋を借りて住みだした。俺が事あるごとに与えていたお小遣いが、大金貨十枚以上あるので、数年遊んでも余裕で生活できるだろう。
もらい過ぎだとアルンとアニアは言っていたが、二人は二度もダンジョン攻略に参加している。アーティファクトやマジックボックスの譲渡をしても、様々な貢献や、俺と一緒に過ごしてくれた日々を考えれば安いぐらいだと思っているんだ。
その辺りの奴隷への扱いは、少しこの世界の常識とは違うけど、何から何まで染まる必要はない。俺の好きなようにやるだけだ。
結果として、ナディーネは通い妻のような生活をしだした。
寝泊まりは今でも俺らと住む家だが、仕事がない時はアルンと過ごしている。好きにしてくれって感じだ。
アルンの今後の件はこの街の留守を預かるニコラス様が受けてくれた。心配なので俺も付いて行ったのだが、いともたやすく事は進んだ。ローワン様とエアの推薦状は効果てきめんだったのだ。
これらのことは、帰ってきてからの話になる。後はアルンの頑張りだろう。
二頭の竜での旅は、二週間の時間が掛かる予定だ。
街に帰ってきた当初、俺は以前と同じくポッポちゃんに運んでもらおうとしたのだが、それが出来なくなった理由がある。
それは今も俺が抱えている植木鉢があるからだ。ポッポちゃんが毎日上機嫌で世話をしているこの植木鉢は、マジックボックスに入らないのでどうしても持ち運ぶ必要がある。
今もポッポちゃんは俺の膝の上に座って、手に持っている植木鉢に向かって「早く大きくなるのよ~」と、クゥクゥと鳴いている。
楽しそうだから邪魔はしない。だが、この植物の一件以来、ちょっとポッポちゃんが俺に厳しい気がする。子育てママは怖いのかな?
まあ、乗っているだけで着くのだし、炎竜も放っておいたら勝手に付いて来そうだったので、騒動を起こすわけにも行かないので、これはこれでちょうど良かった。
無事、二週間の旅が終わり、王都周辺にたどり着いた。
道中何者にも襲われず、近付いてくる人もいない旅だった。
普通に考えて、ドラゴンが二匹もいたらそうもなるだろう。
ここからはスノアたちは勝手に過ごしてもらい、俺たちは歩いて王都に入る。ナディーネは少し疲れ気味だが、いざとなればアルンが背負うから問題ないだろう。
王都の正門を目指していくと、俺が壊した正門は、完全に修復されていた。自動修復はすさまじい性能だ。あの後聞いた話では、この城壁を作っている【知恵を持つ真なる白壁】は王城の中にあるシティーコアに組み込まれているらしい。アーティファクトは武器だけではないので、その手の物もあるのかと、本当に興味深い話だ。
アルンがナディーネに、俺がこの城壁を破壊した話をしている。
「またまた、冗談でしょ?」
街へと入る列に並ぶと、ナディーネは正門を挟むように立つ、二体の巨像を見上げて、信じていない様子を見せる。まあ、それは仕方がないだろう。俺だって秘蔵のエーテル結晶体を使ったからできたことだ。
だけど、信じてもらえないのも癪なので、巨像に向かって物を投げる仕草をしながら説明してみると、一瞬巨像が動いた気がした。
「い、今動かなかった……?」
「ゼン様の動きに反応した?」
俺も一瞬だが見えた。巨像がビクッと動いていたのがだ。
そしてポッポちゃんに怒られた。片手で植木鉢を持つなと。
仕方がないので、俺は大人しく列に並んで順番を待つことにした。
街に入る列は進み、俺らはすぐに通された。リシャール様からもらった手形の威力がさく裂だ。だが、植木鉢だけは不審がられた。何なんだろうこの状況は……。
ナディーネがキョロキョロと完全に田舎者になり、それをアルンがエスコートしている。楽しそうで何よりだよ!
いいさ、俺は植木鉢を持ちながら、隣で歩くポッポちゃんと楽しく行くさ!
ポッポちゃんにそれを言うと、「やっぱり主人は、あたしが一番なのね!」と、クゥゥっと鳴いては、俺の肩に乗ってきて、これでもかと小さな頭を俺の頬へとこすりつけてきた。
うんうん、ポッポちゃんは可愛いなぁ。
アニアたちが今滞在している宿屋を目指し、王都の中を歩いていく。
街の様子は戦いの後を感じさせない物になっていた。大した復興作業もなかったので、既に日常を取り戻しているのだろう。
「あれ食うけど、二人も食べる?」
道には良い匂いを漂わせてる屋台がある。香ばしい肉の焼けた匂いに我慢ができず、つい立ち止まってしまった。
「そうね、お昼もまだだしいただこうかしら」
「僕も少しお腹が減りました。ちょっとだけ食べたいですね」
王都に着いたのが、ちょうど昼頃だった。宿屋に着いたら食べようと言っていたのだが、二人も俺と同じく我慢ができ無さそうだ。
屋台のおっさんに三本の串焼きを頼んだ。
「毎度! この辺の子じゃないよな? 兄ちゃんたちは戴冠式を見に来たのかい?」
「えぇ、よく分かりますね」
「この辺りのガキはみんな知ってるからな。それに、最近は新王をひと目見ようと王都を訪れる奴が多いからな」
「多いんですか?」
「そりゃそうよ、何せ魔王を封じた建国王の再来って言うじゃねえか。それに光の勇者が守護をしてるって話だ。悪王アーネストの野望を見破り、俺たちを救ってくれたんだぞ!?」
「えっ?」
俺が王都を離れている内に、エアは何か凄い奴になっていた。
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