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第八章 逆鱗
四話 とりあえずの終決
しおりを挟む「戻ったかゼン……死んでいるのかそれは?」
「いえ、生きていますよ。五月蝿いので気絶させただけです。大将軍は首を切ってきました。後で検分してください」
「何だか、腕が変な方向に曲がっておるが?」
大将軍を倒し、落馬してもうるさかった戦姫の腕を有無を言わさず折ってから気絶させ、その辺にいた馬に乗せてさらってきた。
そのまま本陣に戻ると、もう大まかな指揮しか出さなくなったレイコック様が、椅子に座って待機していた。
「本当は切り落とそうかと思ったんですが、その場で治療するのも面倒なので、とりあえず折りました。ほら、アニアが手首を切り落とされてるでしょ? この程度の苦しみは味わってもらわないと」
「そうか、ご苦労だったな……怪我はしていないのか?」
「敵の真ん中に入りましたが、ドラゴンのブレスで大混乱だったのでほとんどかかってくる奴はいませんでした」
「そうか……」
俺の報告にレイコック様は浮かない顔をした。
「勝てるのに何でそんなに気落ちしてるんですか?」
「そりゃ、お前が全部やってしまうから、儂がすっきりせんのだ!」
「そうですか……」
もしかしたら、一方的な蹂躙となったこの戦いに疑問でも持っているのかと思ったら、自分がすっきりしないからと、大きな声で言われてちょっと驚いた。いやまあ、その気持ちは分かるけどさ。
ここから見える戦いの様子は、逃げ場を失ったシーレッド兵士達が勝手な行動を取り、統制の取れたエゼル兵達に刈り取られている。
人が多すぎて分からないが、シラールドが率いる一団もあの中にいるはずだ。
ラーグノックの街に目を向けると、その方向には一匹で腰下ろしているエリシュカの姿があった。
俺の言い付けを守って、街を守れる位置に陣取ってくれていたのだろう。
こちらに気付いているエリシュカは、俺が手招きをすると身体を起こして飛んできた。
地面すれすれを飛行してこちらに近付いてくる様子に、レイコック様の周りを固めている護衛の兵士達が驚きの声を上げていた。
エリシュカは人の壁を乗り越えるために一度高く飛び上がると、急降下をして俺の近くに降り立った。
「ご苦労様、とりあえずもう状況が傾く事もないだろうから、人の姿に戻ってもいいぞ」
「…………分かった」
俺がそう言うとエリシュカの身体が光り、巨体が一気に縮んでいく。そして、次の瞬間には何時もの見慣れたエリシュカの姿があった。
「ブレス吐いたから腹減っただろ? アニアのお土産を一部提供しよう」
「…………おぉ、お菓子先生の一品」
エリシュカは俺からお菓子を受け取ると、それを掲げて目を輝かしている。
前にも言っていたお菓子先生ってのは聞き間違いじゃなかったのか……
古竜って奴は、妙なこだわりを持つところがあるから、触れずに放っておこう。
戦いが終息するのには、まだ少し時間が掛かるだろう。その間、ここで突っ立っているのも暇なので、レイコック様と話でもしよう。
「俺がやってきた大将軍の装備はもらっちゃいますよ?」
「それは構わん。ゼンの好きにしてくれ。それで、戦姫の事なんだがな、これの扱いはどうする?」
「どうするって、歯向かったら殺すつもりでしたが、何だか調子乗ったお嬢さんって感じでしょ? 大将軍と違って生かした方が使えますし、もう良いかなって。あぁ、でもアニアの手を飛ばしてくれたのは許す気はないので、後で一度手首を切り落としますかね。治せば文句はないでしょ」
「もう骨を折っているではないか……アニアはしないで良いと言うと思うぞ」
「まあ、そうでしょうね。そう言われたら俺はアニアの言う通りにしますよ」
「何だ、意外にアニアがゼンの首輪を掴んでいるのか?」
「あの子にお願いされたら、聞かないわけにはいきませんからね」
アニアとジニーにお願いをされたら、俺は大抵の事にハイと言うしかない。だって、可愛いんだから仕方がないだろう。
「それでなゼン、実はな……」
「侯爵様、私から宜しいでしょうか?」
話を続けたレイコック様が何か言いづらそうにしていた。すると、近くにいた側近が口を開いた。彼は城砦を訪れた際に何度も会っている人だ。
「ゼン殿はニコラス様が敵に捉えられた事はご存知で?」
「もちろんですよ、この後助けようかと思ってますけど、まだ何処にいるか分からないんですよね?」
「はい、実はその事なのですが、戦姫の身柄を頂けないでしょうか? この戦姫を先の戦いで連れ去られた者達と交換をしたいと思っております」
「何だ、レイコック様が言いづらそうにしてたのって、その事ですか?」
俺がそう声を掛けると、レイコック様は唸りながら声を出した。
「うむ、戦姫はゼンの手柄だろ。もちろん褒賞は支払うが、寄越せと言っているのと同じ事だからな。だが、ニコラスだけではないのだ、兵だけではなく民も何人も連れ去られた。それを取り返したいのだ」
「戦姫ならばその価値は高いです。交渉はこれからですが、ゼン殿お願いできないでしょうか?」
レイコック様の言葉に側近の人が補足をしてくれる。
俺が戦姫を生かして連れてきた理由は、この一件があったからでもある。だから、もちろん答えは決まっている。
「断る理由はありませんね。元からその事も考えていましたし。でも、彼女が保有しているアーティファクトの扱いはどうなります? できれば欲しいんですけど」
「それは交渉になると思います。見通りでは戦姫の身柄とアーティファクト一つを引き渡す事になるかと。実はニコラス様がレイコック家のアーティファクトをお持ちだったのですが、そのまま拘束されましたので」
「あー、前にレイコック様が言っていた家宝でしたっけ?」
「そうだ、できれば表に出したくはなかったが、そうも言っていられなかったからな」
少し聞いた話では、効果はエアの盾に似ている物だったはずだ。自分と味方の強化だっけな? 性能はそこまでじゃないんだけど、レイコック家の初代から引き継いでいるアーティファクトらしく、歴史的価値が重視されてるとかアルンが言っていた。
名前も聞いたけど、手に入らない物なので、あんまり興味が出なかったんだよな。
「交渉に必要なら仕方がないですね。お任せします」
「すまないなゼン。お前に頼り切りだ」
「良いじゃないですか。俺もこの街の住人なんですから」
「そう言って貰えると助かる」
俺が笑いながら答えると、レイコック様も笑ってくれた。口には決して出さないが、ニコラス様が助けられる算段が付いて安心したのだろう。
まあ、交渉事は全て任せよう。それはレイコック様の側近がする仕事だ。
レイコック様との話は一通り終わり、俺は虚ろな瞳でボーッと戦場を眺めているエリシュカの隣に戻る。
「…………もう、終わりそう」
「敵さんは降伏したか」
「…………うん、抵抗してるのもすぐに死んでる」
「捕まったら死ぬまで鉱山送りにでもなると思ってるんだろ」
「…………違うの?」
「違わないけど」
捕虜の扱いに関する条約なんて物はないので、捕まれば戦奴か死だ。
唯一、貴族階級の者だけは、身代金で開放される可能性があるが、それも余裕がある家でしか無理だろう。
今回の戦いでは多くのラーグノックの人達が被害にあっている。レイコック様も奴隷になった場合は、最前線に出すか死ぬまで労働だと言っていた。
酷いけど、こうでもしないと人々の気が晴れないから当然だよね。
「それじゃあ、アニア達の所にいくか」
「…………お菓子先生、凄い囲まれてる。聖女様、聖女様って言われてる」
「あぁ……俺にも聞こえるわ……あの中を掻き分けていくの嫌だな」
俺とエリシュカは、後方で傷付いた兵士達を優しく治療しているアニアの下へと、汗臭い男共を掻き分けながら進んでいったのだった。
「…………飛べばよかった」
◆
「ゼン様、お早うございます」
「おはよう……もう風呂まで入って着替えてるのか……」
俺はベッド脇に立っていたアニアに起こされた。
「一緒に起きるわけにはいかないのです……ゼン様もお風呂に入ってこれを着てください」
「恋人なんだから誰も気にしないと思うんだけどな、今起きるからちょっと待ってて……」
アニアが棚から俺の普段着を取り出してベッドに置いてくれた。一緒に寝たはずなのにもう風呂に入って服も着替えている。
昨日、アニア達と合流した後は、負傷した兵士達の治療に当たり、とりあえず死にそうな人を中心に、ほとんどを治して帰ってきた。
アニア目当てなのか知らないが、俺らが担当したのは数百人単位の数になったので、MPが何度も尽きた。
だが、セシリャに渡した【アルケミストポーチ】の中には、錬金スキルを上げるために作った膨大な量のポーションが入っていたので、かなり効率よく治療をする事ができた。
しかし、セシリャは男どもに囲まれて、挙動不審になっていた。人見知りは大分治ったみたいだが、男に囲まれると駄目らしい。
それに見かねたアルンが後を受け継いだのだが、その時見せた男どもの残念そうな表情は、ぶん殴ってやろうかと思うほどだった。何故なら、アルンがちょっと悲しそうな顔をしたからだ!
って、あいつ男だし、それはどうでもいいか。
風呂に入って身支度を終えた俺は、用意されていた朝食を食べてから家を出る。
昨日の戦いの結果などは、家に帰ってきた時にシェードが情報を持ってきてくれたので、大体は分かっているのだが、もう一度レイコック様や諸侯がいる場所で、情報の共有を行う予定になっている。
城砦にたどり着くまでには、多くの人達に声を掛けられた。俺の顔も本当に有名になったようだな。と、思っていた時期がありました。
「聖女様だ! 聖女様が歩いてるぞ!」
「あぁ……先日は治療して頂きありがとうございます!」
「ばあちゃん、ほら聖女様だよ!」
「ありがたや、ありがたや」
多くの人達がアニアを見つけて声を上げていた。アニアはそれに手を振って笑顔で答えてる。
「あの隣の男は誰だ?」
「知らないが、護衛か何かじゃないか?」
そして俺は護衛だと思われていた。何でだよ、鎧とか武器とか身に着けてないから俺って分からないのか!? 別に良いけどさ、アニアの護衛ってのは間違ってないし!
「はぁ、可愛いな聖女様。昔は奴隷だったんだろう? あの優しさは、人々の苦労を分かってるんだろうな」
「あぁ、聖女様は可愛いし、良い匂いがする。おい、もっと近づこうぜ」
クソッ、こいつらそんなにアニアが好きなのかよ! アニアも「ありがとうございますー」じゃねえ! ……昨日の夜はアニアがどうなってたか教えてやろうか!?
「え~、聖女様は昨日の夜に~お尻を――」
「わあああああああああっ! ゼン様ッ! 突然何を言い出すのですか!?」
「だって、アニアが大人気だから……」
「……ゼン様はたまに変な事しますよね?」
この俺の行動には、普段笑顔を向けてくれるアニアも、ジトーとした瞳を向けてくる。
「早く行きましょうよ……」
二人でそんなやり取りをしていると、同行していたアルンが俺とアニアの肩に手を置いて、歩くように促してきた。
しかし、人は集まってくる。この街が襲撃にあった時にアニアは相当働いたのだろう。多くの人が感謝の声を上げて近付いてくる。その様子はゾンビ映画さながらだ。
「おっ、アルンじゃないか」
「あっ、ピート。もしかして、君もアニアを見に来たのか……?」
「この前、世話になったからよ。一応お礼でもしようとか思ったんだ」
人の壁の中にはアルンの知り合いもいたようだ。この街の兵士が着ているズボンを身に着けている。背格好も同じぐらいなので、大方アルンが城砦に勤めていた時の同期だろう。
そういえば、アルンが同年代の男と話しているのはあまり見ない。何か新鮮な感じだな。
「いやー聖女様は可愛いな。アルン紹介してく……ま、魔槍殿っ!!」
視線をアルンからアニアに、そしてその隣にいた俺へと向けたピート君が、いきなり直立不動になり声を張り上げた。
「えっ……あれが魔槍なの……? 結構普通じゃ……」
「馬鹿、眼を合わせるな! あの大将軍を一人で殺してきた人だぞ。機嫌を損ねたら何をされるか!」
「ドラゴンランスの奴らが以前突っかかったらしいけど、敗北して靴を舐めさせられたらしいぞ……あの大所帯クランがだぞ?」
先程までキャーキャー言っていた人達が、急に静かになってしまった。
なるほど、悲しいが俺も畏怖されるべき存在となってしまったって事か……
いや、これも強者の宿命か……ふっ、仕方がないと諦めるしかない。
でも、チャラスの所の奴にそんな事してないんだが……
そう言えば、あいつ等家の火事を消してくれたって話なんだよな。後で何か礼をしないといけないな。
周りに集まっていた男どもは一様に静かになったのだが、それとは逆の現象も起きていた。
「魔槍様ってもっとおじさんだと思ってたけど、若いのね」
「良いわね、若くてお金もあるんだし、って貴方胸出し過ぎじゃない?」
「そう? でも、こっち見てるわよ?」
そうそう、これこれ! 俺だって頑張ったんだからキャーキャー言われたいんだよ!
「……ゼン様?」
「ハッ! 違うんだ!」
「私は何も言ってないのです! もう~、行きましょ」
だらしない表情をしてしまった俺をアニアは咎めると、腕に抱き着いて歩き出そうとする。
俺が魔槍だと分かると人が道を空けてくれるようになった。これでようやく先に進めそうだ。
◆
「昨日の戦いでのこちらの損害は三百人ほどになりました。追い込まれなりふり構わず抵抗始めた敵兵に手を焼いたみたいです」
「あの数の戦いで三百か……その報告は間違っていないのだな?」
「はい、二度確認に走らせましたので。本来ならば数倍は死傷者は多いはずなのですが、相当数が治療を受けられましたので、この数に抑えられました。上級ポーションが数百の単位あったらしいのです……」
城砦の一室では、今回の戦いに参加した諸侯とその側近達、それにラーグノックの街を束ねる、レイコック様を筆頭とした面々達が一堂に会していた。
俺は上座に座るレイコック様のほど近い位置に椅子を貰い、その隣にアニアが座っている。長方形のやたらと大きな机に椅子が大量におかれていて、席はまだ空いているのだが、アルンは俺の後ろに立っている。座れと言ってもこれでいいと言う。ちょっと得意気な表情をしているところを見ると、そのポジション気に入ってんのか?
「シーレッド兵は一万五千程の逃亡を許しました。多くは騎兵などでしたので追跡は不可能でした。敵の死傷者は予想では二万ほどです。大半はドラゴンの攻撃によってです。戦奴になった者は四千程になりました」
ドラゴン達を裏に回して逃げ場を塞いだつもりだったが、大分逃がしてしまったようだ。幾らなんでも俺だって、本当に全部の敵兵を殺せるとは思っていなかったが、予想以上に考えが甘かったな。
これ多分、みんな分かってただろ。いらないよそんな優しさはさ。
「要するに、これは……」
「圧勝……いや、完全な勝利ですな」
俺がそんな事を考えている間にも、側近達の報告が上がり続けていた。諸侯達はそれに反応して騒がしくなる。その理由は分かるが、昨日も同じ事いってたじゃん。もしかして、やりたいだけか?
この情報は昨日の段階でほとんど知っていたので、本当に再確認といった様子だ。だが、何か進展があるかもしれないので、聞き漏らす訳にもいかない。いや、アルンがいるから大丈夫か。
そういえば、アルンの結婚式はどうするつもりなんだろうなと考えていると、レイコック様から声を掛けられた。
「ゼン、お前が昨日言っていた通り、この期にシーレッドの前線地であるエルターラングを攻めようと思うのだが、手を貸してくれるか?」
「はい、もちろんなのですが、その事で変更したい事がありまして。エルターラングを攻めるのは任せて貰えませんか?」
「どういう事だ?」
「実は、昨日ドラゴン達と話をしたのですが、この戦が終わるまで半数ほどのドラゴンがこの地に留まってくれるらしいのです。当然、それに対する報酬、まあ食べ物なのですが、自分達で獲物を取ってくるので、それを人間が調理してくれと言っています。ほら、あの図体ですから程よく豚を焼いたりとか、味付けしたりできないんですよ。ここ数日で出した食べ物を気に入ったらしくて」
「そうなのか……」
レイコック様が呆れた表情をしているが、ドラゴン達が要求しているのだから仕方がない。
「大量の塩と香辛料を用意してくれれば、俺とドラゴン達でエルターラングを落としてきますので、あの街をドラゴンの巣として敵への備えにしたいと思います。どの道、こちらから攻めるとしても、一カ月以上は時間が空くのでしたら、その方が良いですよね?」
「お前は魔都でも作る気か……だが、その案は良いかもしれん。敵の前線基地となるあの街を潰せるなら、どのような形でも良いのだ。むしろ、維持をするのに力を裂くには、今の儂らには余裕がない」
攻め込まれた以上、こちらも相手に攻撃を加えない事には、国の面子が保てないし、戦争を終わらせる事は無理だ。だが、それには王軍を中心とした多くの兵士が必要だ。先に出した援軍要請は、急を告げる物から本格的な侵攻の準備をするようにと変更してある。
エアが直接来るか分からないが、万全の用意をするならば少なくとも二カ月以上の時間は掛かるだろう。
エリシュカとヴィートが連れてきたドラゴン達は、何やら旅行気分な所がある。ドラゴンからしたら人間の争いなんて物はその程度の感覚なんだろう。当分この地に留まっても良いと言っているので、どうせなら侵攻が始まるまでは守備の要として置いておきたい。
「攻撃は三日後にしますが。それまでにあの街から退去するように通達を出してください」
「分かった。それは、こちらで手配する。多くの兵はあの街に逃げたはずだ。ドラゴンの集団がいる事は真実として伝わっているから、大多数の民は出て行くだろう」
通達を出しても街に留まるなら、どうなっても知らないってのが俺の心境だ。別に一般の民を殺したいとは思わないが、それで手を緩める事もしない。
いや……前日に一度見に行くか。子供とかが残ってたら後味が悪すぎる。
基本的に俺は話を聞いているだけなので、これで俺の要件は終わった。
「それじゃあ、俺は例の件で用があるので席を外しますね」
「うむ、ゼン……嫌であれば断ってもよいのだぞ?」
「いえ、問題ありません。俺は補佐ですからね」
俺は次に予定している要件を済ますために席を立つ。この後の話は昨日聞いていた物と大して変わりはないみたいだ。後はアルンが聞いてくれるので、報告を聞けばいいだろう。
「例の件って何です?」
俺と一緒に席を立ったアニアが、部屋を出たら質問をしてきた。
「あぁ、捕まえた捕虜とかに関する事だよ。すまないが、アニアは先に帰ってくれるか?」
「……分かりました。早く帰ってきてくださいね?」
アニアは何かしらに感づいてるみたいだが、何も言わずにいてくれていた。そんなアニアを少し抱きしめてから、家に帰るように促した。
俺はアニアの気配が城砦から出た事を確認してから、城砦の地下へと足を進める。
地下への入り口に向かうと、そこを警備している兵士が俺を案内してくれた。俺はそれに黙って付いていき、案内された部屋へと入る。薄暗く悪臭の漂う部屋の中には椅子に座っている男がいた。
「生きてます?」
「これはゼン殿、御足労痛み入ります。いきなりで申し訳ありませんが、お願いできますか?」
「……分かりました」
この部屋には椅子に座る男とは別に上半身裸の男がいた。その男が上機嫌で俺を迎えてくれる。
椅子にくくり付けられている男は、力なく頭を垂らしている。着ている服には大量の血の跡が付いており、その体には何度も治療した形跡が見られる。部屋の片隅には瓶が転がっている。ポーションで治療したのだろう。
この椅子に座る男は、あの戦いの時に付近の森に潜伏していた奴で、シラールドの指示を受けていたシェードの一人が見つけた敵の間者らしき者だ。汚名返上とばかりに躍起になって潜んでいるであろう敵を探した結果でもある。
報告を受けた俺が捕まえてレイコック様に引き渡した。そんな男がされる事といえば一つしかないだろう。
この世界には『ヒール』を筆頭とした治癒魔法や道具が存在している。その為に、拷問もかなり手荒な物になったりもする。レベルという概念があるこの世界では、痛みに対する耐性が強い。俺だって指の一本折れたぐらいでは、もう声を上げる事もないだろうと感覚で分かる。
だが、傷付き続ければ何時かは死ぬ。それが分かっているので、訓練を受けている者は口を割らないのだと聞いた。
この間者もその手の者らしく、両手両足を切断されていても口を割らなかったらしい。その精神は凄まじいとしか言いようがない。
俺が呼ばれた理由は簡単だ。もう一度生やして同じ事を何度もすると分からせる。
この件に関わってる事は、アニアは当然アルンも知らない。だが、ドラゴンを嗾け、自身でも散々殺しをしている俺が目を背けるのはおかしいだろう。
エアの戦争では同国民であり、必要のない行動だったのでなかったのだが、今回は別だ。
引き出せる情報は何をしてでも手に入れる姿勢は、レイコック様を含めた諸侯なら当然の事みたいだ。
「しかし……あまりやり過ぎると死にますよ?」
「いやー、どうも力が入ってしまいました。いやね、妻とね、子供がね、殺されているんですよ。ははは、だから楽しい楽しい。でね、もう一度敵兵の叫び声が聞こえると思うと、嬉しくてたまりませんよ。あっ、先日の戦はすごかったですね。ゼン殿が嗾けたドラゴンの凄まじさ。笑いが止まりませんでしたよ。本当にありがとうございます。あははは」
最初に目を見た時に分かっていたが、この人はおかしくなってしまっている。纏っている雰囲気も、狂気をはらんでいると言うのだろうか、強靭な身体を手に入れている俺でさえ、一瞬身構えてしまうほどだ。
戦争はこんな人を作りだし、俺もこんな存在を産む可能性があるのだろう。
だからと言ってその手を止める気はない。だから俺は、身内を守れる手段を考えよう。
薄暗い部屋でおかしくなってしまった人と、これから更に拷問を受ける人を治療していると、俺の心を暗い物が覆ってくるような、そんな湧き上がる思いが生まれて後ろ向きな考えが浮かぶ。
入ってきたドアから差し込む僅かな光と、何処からか聞こえてくる、水が地面を叩く音だけが、俺の心を落ち着かせていた。
「手足は治しました。後はお任せしても?」
「えぇ、えぇ、ありがとございます!」
上半身裸の男は上機嫌でそう言いながら、部屋の脇に置かれている机の上から刃物を手に取った。
俺はその姿に何とも言えない感情を持ちつつ、もう一度この男を治療する機会がない事を願いつつ部屋から出たのだった。
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