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第九章 戦役
十九話 投擲
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レキウスとヴォロディアの攻撃を耐えた俺は、【テンペスト】を片手に全力で駆けた。
はじめて見せた全力の移動速度に、二人は驚愕の表情を浮かべている。
瞬く間に敵に到達した俺は、まずレキウスに【テンペスト】を突きいれた。巨大な盾がそれを阻む。今の俺ならば、鉄の盾程度であれば突き抜ける事は可能だ。しかし、流石アーティファクトだけあって、俺の腕は後方へと武器と共に弾かれる。
だが、それはレキウスも同じだ。奴はその衝撃を受け、地面を踏みしめる足で大地を削りながら後退した。
槍を弾かれている体勢を隙だと思ったのだろう、ヴォロディアが矢を放ってきた。俺は連続で放たれる矢を、強引に戻した【テンペスト】で弾き、それでも足りないのであれば【魔導士の盾】で防いでいく。
かなりの近距離から狙われたが、軌道が変わる様子はないので、何とか対処できた。
その様子にヴォロディアは明らかに動揺していた。まあ、俺だってあの速度で飛んでくる物体を良く弾けたと思ったさ。やられた奴にしたら、その衝撃は俺の比ではないだろう。
守りを固められるとレキウスは固そうだ。だが、【ヘラルドグリーブ】を装備している俺ならば、奴の後ろに回る事は容易い。そう思い、盾を構えるレキウスの側面に周りこうもうとしたところ、レキウスはいきなり気合の声を発した。
「やらせねえっ! だらあぁっ!」
「おっ! まだ隠し玉があったのか!」
レキウスが気合の事と共に盾を地面に叩きつけると、奴を中心として淡い赤色をした光の壁が三メートルほど現れた。危うくそれにぶつかりそうになってしまったが、レキウスが大声を上げてくれたお蔭で何とかなった。
光の壁を蹴って少し後退する。すると、その壁に隠れたヴォロディアが矢を放ってきた。
「チッ! 向こう側からは打ち放題かよ」
事前の得ていた情報の中には、赤盾のレキウスが守りを固めるとその拠点を落とせなくなるという物があった。攻撃的な性格を見てその側面を失念していたが、あれが本来の戦い方なのかもしれないな。
俺は試しに一度【テンペスト】をしまい、鉄の槍を投擲してみた。しかし、槍はレキウスの盾を覆っている光の壁にぶつかり、地面に落ちてしまった。
あの程度の壁は容易に飛び越えられる。だが、俺には少し、あれを破ってやろうと思う気持ちがある。俺はヴォロディアの矢を盾で弾きながら、再度二体のファイアエレメンタルを召喚した。
「俺を守れ」
短くそう言い放ち、俺は右手には重量のあるハンマーを取り出した。
全てを鉄で作り出したこのハンマーは、レベルという概念で強化されたこの世界の人間であっても、振るう事が難しいほど重い。唯一セシリャだけは持ち上げていたが、それでも巨斧よりも重量があり、文字通り振り回されていた。
そんな馬鹿みたいなハンマーは、取り出した瞬間、地面に落ちてズシンッと地面を震わせた。俺はそんなハンマーを持ち、腰を落として投擲の姿勢を取る。
そういえば、聖天は見ないなと思った。彼は城に残って防衛をしているのだろう。
そんな事を考えながら、ハンマーを両手で握り力を込めた。
「うりゃああああっ!」
気合の声と共に体中の筋肉を動員させてハンマーを持ち上げる。そして、まさにハンマー投げの要領で体を回転させる。ハンマーの重さと遠心力に体が持っていかれそうになるが、そこは俺の力と、筋力を増加させるアーティファクト【穀霊の籠手】の力をもって抑え込む。
一回転が終わった頃、ヴォロディアが放った矢が、一体のファイアエレメンタルを消していた。ファイアエレメンタルは俺の言葉を守り、放たれた矢が自分に当たった瞬間に、自らを激しく燃やして矢を燃やし尽くしていた。
そして二回目の回転を終えた時、もう一体のファイアエレメンタルも自らを燃やして俺を守った。
俺はそれに感謝しながら、消えゆくファイアエレメンタルの残骸の向こう、盾を構えるレキウスに向かってハンマーを投擲した。
この投擲方法でも、俺の投擲術は有効だ。投擲されたハンマーは俺の膂力と、スキルのサポートを得た全く無駄のない動きで放たれ、その大きさや重量からは考えられないような速度を持って飛んでいく。
重量で言えばカタパルトなどで放っている砲弾の数倍はあるだろう。そんな物体が放物線を描く事なく、目で追うには早すぎる速度で飛んでいく。瞬く間に光の壁に激突したハンマーは、ギィンッという鈍いが激しい衝突音をさせると、盾を持っていたレキウスを吹き飛ばした。
「ははは、俺の投擲はついに大砲を超えたか」
レキウスの逸話には、あの盾を使って大砲の弾を弾き飛ばしたという物があった。
実際やらないと分からなかったが、俺の投擲はそれを超えていると言って良いだろう。
まあ、幾らアーティファクトだといっても、持ち手には限度がある。
吹き飛ばされたレキウスは、その後方に控えていたヴォロディアを巻き込んでいた。ヴォロディアは倒れたレキウスの下敷きになり、そのレキウスは盾の下敷きになり、その上に載っているハンマーの所為で身動きが取れないようだ。
しかし、あれだけの衝撃だったのに、あの盾は壊れた様子がない。何て頑丈な盾なんだよ……
盾の頑丈さに驚きながらレキウスに近付くと、奴は俺を見てにらみを利かせてきた。
しかし奴は、動けない。俺は奴を見下ろしながら言った。
「レキウス、最後に言い残す事はあるか?」
身動きが出来ないならこのまま奴の首を刈るだけだ。だが、最後の言葉は聞いておこう。そう思い俺が話しかけたその時、探知にそよ風のような揺らぎを感じた。
先ほどの暗殺者が近くに来たらしい。その方向は大体分かる。どうやら、近くにいて尚且つ動いていれば俺には分かるらしい。最初の一撃で俺を殺せなかったのは致命的だったようだな。
対処は今でも出来るが、わざわざ俺が探知出来ている事を教える必要はないな。出来るならば、次の一撃を狙ってきたところで殺したい。
そう思った俺は、アイツが近付いてくる事を想定しながらレキウスの返答を待った
俺をにらみ続けているレキウスは、ややあって口を開いた。
「……うるせえっ! この化け物が! あともう少しで帝国とやれたってのに、こんな化け物をよこしやがって! おい、神っ! 聞いてるのか! シーレッドがそこまでやったっていうのかよ! シーレッドが魔の国だったと言うのかよ! どう考えても、こいつの方が魔王じゃねえか!」
レキウスの言葉に、一瞬目を閉じて聞かなかった事にしたくなったが、近くに暗殺者がいる事を思い出してそれは何とか耐える事が出来た。てか、山賊みたいな風貌をした奴に魔王とか本当に言われたくない。それに、亜人と俺の関係を明かしてから、たまにその単語を耳にするようになってんだから、下手な事は本当に言わないで欲しい。
まあ……とにかくレキウスには最後の言葉はないみたいだ。
俺は【アイスブリンガー】を振るい、目を見開き俺を見るレキウスの首を斬り落とした。
その瞬間、レキウスの下敷きになっているヴォロディアが叫びだした。
「う、うおおおおぉおぉぉぉっ!」
その様子はレキウスを失った怒りというよりは、俺に対する怯えのようだ。そして、暗殺者の気配も消えてしまった。どうやら俺があまりにも警戒しすぎて、近付く気が起きなかったようだ。
あれを野放しにしたのは、正直失敗だったかもしれない。あとでエアには隠密を防げるアーティファクトを貸しておこう。
ヴォロディアは倒れた体を何とかレキウスから引き抜こうとしているが、レキウスの重さと奴の盾の重さ、そしてハンマーの重さで、全く体が抜けないようだ。そもそも、ケンタウロスの体が横倒しになると、力を入れる事が出来にくい構造をしていそうだからな。
ヴォロディアは生かしておくつもりなので、俺はまずハンマーをマジックボックスに回収して、それから盾も回収した。
その直後、ヴォロディアは横になっていた足を折り曲げると、レキウスの死体から抜き、抜いた足で地面に横たわったレキウスの体を俺の方へと蹴りつけてきた。
「おっと、死体をそうやって蹴るのは良くないぞ?」
自分が殺しておいて何を言っているんだと言われそうだが、飛んできたレキウスの死体を避けながら俺はそう言った。しかし、ヴォロディアは俺のそんな言葉など全く聞く気がないのか、俺に背を向けて一心不乱に走り始めてしまった。
「……まあ、いいか」
逃走スピードが恐ろしく速く、その様子に呆気に取られてしまった。元から逃がす予定だったからヴォロディアは放っておき、俺はまだ決着がついていないポッポちゃんの手助けをするべく、杖の男の方へと歩き始めた。
数歩歩いて気付いたんだが、少し離れた場所で戦っていたシーレッド兵が呆然とした様子でこちらを見ていた。簡単に将軍が殺された事に驚愕しているようだ。当然そんな事をしていれば、息を吹き返しているエゼル兵に押し込まれていた。
エゼル軍の内部に食い込んできた部隊は、将軍の死亡と逃亡で一気に崩れだしてきた。逃げているヴォロディアが自分を守れと叫んで、防御陣を崩したのが大きいな。精鋭ぞろいで本当に頑張ってたのに可哀そうだ。
そういえば、一つ不安があるといえばあの何処かに行ってしまった暗殺者だが、エアの周辺は数百人の兵が隙間なく壁を作り囲っている。幾ら姿が見えないといえ、あれを越える事は無理だな。
そんな事を考えていると前線の方向からドラムの音が鳴り始めた。視線の先にいた杖の男たちは仲間と顔を見合わせている。どうやら、こちらではなくシーレッド側の連絡らしい。
何が始まるのかと周りの様子を見ていると、シーレッド兵が次々と持ち場を離れて固まりだした。
そして、杖の男を囲うようにすると、慌てた様子でこの場から逃走を始めてしまった。
必死の形相のシーレッド兵にサジは押しつぶされるように倒されてしまい、ポッポちゃんは増えた敵に困惑しながら俺の下へと帰ってきた。「いっぱいはびっくりなのよ!」とちょっとズルいだろと怒っている。
今は逃亡する敵を追うよりは、エゼル兵の立て直しを優先させる気だったので、あれらは放っておこう。杖の男を中心とした一団は、ヴォロディアが叫びながら切り開いた道を通って、この場から去っていった。
そいつらを横目に見ながら、逃げ遅れて暴れているシーレッド兵を始末する。自分がもう逃げられない事を分かっているからか、追い詰められて発狂に近い状態だ。シーレッドの将軍に近い地位にいただけあって、元からの実力も高く対峙しているエゼル兵は防戦一方になっていた。何とか数で上回って死人が出ていないって感じだな。
俺は数度ナイフを投擲して、シーレッド兵の足へと命中させた。出来れば俺がやってしまいたいのだが、延長線上には味方がいるから、もしもの事を考えたら上半身は狙えなかった。
だが、それで十分だったようで、膝の裏にナイフが突き刺さると、狂ったように暴れているシーレッド兵も転倒してしまい、そこに殺到したエゼル兵に押しつぶされていた。
そんな調子でエゼル側を支援していると、十人前後の敵兵を相手にしている女の子集団がいた。恰好などを見ると、何処かの子弟のようだ。その中心にはポニーテールの茶髪を振り回しながら、剣と盾で戦う子がいた。かなり可愛い……って、そうじゃない。
凛々しく戦うポニーテールの子に、思わず見とれてしまった。だが、すぐに気を取り戻して投擲で支援をする。ポッポちゃんも素早く戦いの場に飛んでいくと、翼の先に風の刃を作り出し、シーレッド兵の手足を斬り落としていた。……ポッポちゃん、こわっ!
俺らの支援もあり、敵は瞬く間に壊滅した。
女の子集団がこちらを見ている。軽く手を振ってみたら数人が返してくれた。戦いの後でお礼にお食事にお誘いしますとか言われたらどうしよう。アニアを同伴すれば行ってもいいよな?
そんなヘタレな事を考えつつ、目につく限りの場所でエゼル兵の支援をしていると、この周辺のシーレッド兵は排除できたようだ。
そして、その頃には前線の様子も伝わってきた。
どうやら、先ほどのドラムはシーレッド側全体の撤退命令だったようだ。
エアの近くに行ってみたら、諸侯たちが深追いを禁止する命令を厳守しろと、激しく下していた。
次の行動指針をエアに尋ねようとしていると、一人の騎士がやってきた。どうやらエアに俺を呼んで来いと言われたらしい。素直にそれに付いていくと、厳しいながらも安堵したような表情をしたエアがいた。
俺に気付いたエアに手招きをされたので近付き、戦況を聞いてみた。
「戦いはどうなった?」
「お前たちのお蔭で、何とか盛り返せた。敵は撤退を始めたが、こちらにも負傷者が多い。今回は追わないつもりだ。それで、ゼンの方はどうなった? 話を聞く限りでは敵の将軍が怯えながら逃走していたと聞いたが」
「レキウスは殺した。他の将軍は逃亡した。杖の男は良く知らないがあれは将軍なのか?」
「さあ、俺もあの男は分からん。それにしても、ゼンが敵を逃がすとは、敵はそれほど手ごわかったのか」
「いや、そうでもなかったけど、まずはエゼルの立て直しを優先した方がいいのかと思ってな。この周辺は諸侯の子弟も多くいるだろ? だから追うことはしなかった。ヴォロディアに関しては、俺の意思で逃がした。あれはウチのヴィートに復讐させるつもりだからな。悪いが許してくれ」
俺の言葉にエアは驚いた様子を見せた。しかし、咎めるつもりはないのか、笑いながら言った。
「ゼンが来なかったらこの身が危なかったんだ、それに文句を言うつもりはないさ。さて、敵は撤退しているが、まだやる事はたくさんある。ゼンには今回も治療を頼みたい」
「あぁ、任せてくれ。治療に関しては命に別状がない奴は一か所に集めてくれないか? アニアの範囲回復魔法で大体治るから」
「あの光の柱か……アニアも何だかおかしな存在になってきたな」
「まあ、加護持ちになったからな。って、これはあまり言いふらすなよ」
「……その辺の事、詳しく聞きたいんだが、それは後だな」
こうしてエゼルとシーレッドの大きな一戦目は、シーレッドの退却という形で幕を閉じたのだった。
はじめて見せた全力の移動速度に、二人は驚愕の表情を浮かべている。
瞬く間に敵に到達した俺は、まずレキウスに【テンペスト】を突きいれた。巨大な盾がそれを阻む。今の俺ならば、鉄の盾程度であれば突き抜ける事は可能だ。しかし、流石アーティファクトだけあって、俺の腕は後方へと武器と共に弾かれる。
だが、それはレキウスも同じだ。奴はその衝撃を受け、地面を踏みしめる足で大地を削りながら後退した。
槍を弾かれている体勢を隙だと思ったのだろう、ヴォロディアが矢を放ってきた。俺は連続で放たれる矢を、強引に戻した【テンペスト】で弾き、それでも足りないのであれば【魔導士の盾】で防いでいく。
かなりの近距離から狙われたが、軌道が変わる様子はないので、何とか対処できた。
その様子にヴォロディアは明らかに動揺していた。まあ、俺だってあの速度で飛んでくる物体を良く弾けたと思ったさ。やられた奴にしたら、その衝撃は俺の比ではないだろう。
守りを固められるとレキウスは固そうだ。だが、【ヘラルドグリーブ】を装備している俺ならば、奴の後ろに回る事は容易い。そう思い、盾を構えるレキウスの側面に周りこうもうとしたところ、レキウスはいきなり気合の声を発した。
「やらせねえっ! だらあぁっ!」
「おっ! まだ隠し玉があったのか!」
レキウスが気合の事と共に盾を地面に叩きつけると、奴を中心として淡い赤色をした光の壁が三メートルほど現れた。危うくそれにぶつかりそうになってしまったが、レキウスが大声を上げてくれたお蔭で何とかなった。
光の壁を蹴って少し後退する。すると、その壁に隠れたヴォロディアが矢を放ってきた。
「チッ! 向こう側からは打ち放題かよ」
事前の得ていた情報の中には、赤盾のレキウスが守りを固めるとその拠点を落とせなくなるという物があった。攻撃的な性格を見てその側面を失念していたが、あれが本来の戦い方なのかもしれないな。
俺は試しに一度【テンペスト】をしまい、鉄の槍を投擲してみた。しかし、槍はレキウスの盾を覆っている光の壁にぶつかり、地面に落ちてしまった。
あの程度の壁は容易に飛び越えられる。だが、俺には少し、あれを破ってやろうと思う気持ちがある。俺はヴォロディアの矢を盾で弾きながら、再度二体のファイアエレメンタルを召喚した。
「俺を守れ」
短くそう言い放ち、俺は右手には重量のあるハンマーを取り出した。
全てを鉄で作り出したこのハンマーは、レベルという概念で強化されたこの世界の人間であっても、振るう事が難しいほど重い。唯一セシリャだけは持ち上げていたが、それでも巨斧よりも重量があり、文字通り振り回されていた。
そんな馬鹿みたいなハンマーは、取り出した瞬間、地面に落ちてズシンッと地面を震わせた。俺はそんなハンマーを持ち、腰を落として投擲の姿勢を取る。
そういえば、聖天は見ないなと思った。彼は城に残って防衛をしているのだろう。
そんな事を考えながら、ハンマーを両手で握り力を込めた。
「うりゃああああっ!」
気合の声と共に体中の筋肉を動員させてハンマーを持ち上げる。そして、まさにハンマー投げの要領で体を回転させる。ハンマーの重さと遠心力に体が持っていかれそうになるが、そこは俺の力と、筋力を増加させるアーティファクト【穀霊の籠手】の力をもって抑え込む。
一回転が終わった頃、ヴォロディアが放った矢が、一体のファイアエレメンタルを消していた。ファイアエレメンタルは俺の言葉を守り、放たれた矢が自分に当たった瞬間に、自らを激しく燃やして矢を燃やし尽くしていた。
そして二回目の回転を終えた時、もう一体のファイアエレメンタルも自らを燃やして俺を守った。
俺はそれに感謝しながら、消えゆくファイアエレメンタルの残骸の向こう、盾を構えるレキウスに向かってハンマーを投擲した。
この投擲方法でも、俺の投擲術は有効だ。投擲されたハンマーは俺の膂力と、スキルのサポートを得た全く無駄のない動きで放たれ、その大きさや重量からは考えられないような速度を持って飛んでいく。
重量で言えばカタパルトなどで放っている砲弾の数倍はあるだろう。そんな物体が放物線を描く事なく、目で追うには早すぎる速度で飛んでいく。瞬く間に光の壁に激突したハンマーは、ギィンッという鈍いが激しい衝突音をさせると、盾を持っていたレキウスを吹き飛ばした。
「ははは、俺の投擲はついに大砲を超えたか」
レキウスの逸話には、あの盾を使って大砲の弾を弾き飛ばしたという物があった。
実際やらないと分からなかったが、俺の投擲はそれを超えていると言って良いだろう。
まあ、幾らアーティファクトだといっても、持ち手には限度がある。
吹き飛ばされたレキウスは、その後方に控えていたヴォロディアを巻き込んでいた。ヴォロディアは倒れたレキウスの下敷きになり、そのレキウスは盾の下敷きになり、その上に載っているハンマーの所為で身動きが取れないようだ。
しかし、あれだけの衝撃だったのに、あの盾は壊れた様子がない。何て頑丈な盾なんだよ……
盾の頑丈さに驚きながらレキウスに近付くと、奴は俺を見てにらみを利かせてきた。
しかし奴は、動けない。俺は奴を見下ろしながら言った。
「レキウス、最後に言い残す事はあるか?」
身動きが出来ないならこのまま奴の首を刈るだけだ。だが、最後の言葉は聞いておこう。そう思い俺が話しかけたその時、探知にそよ風のような揺らぎを感じた。
先ほどの暗殺者が近くに来たらしい。その方向は大体分かる。どうやら、近くにいて尚且つ動いていれば俺には分かるらしい。最初の一撃で俺を殺せなかったのは致命的だったようだな。
対処は今でも出来るが、わざわざ俺が探知出来ている事を教える必要はないな。出来るならば、次の一撃を狙ってきたところで殺したい。
そう思った俺は、アイツが近付いてくる事を想定しながらレキウスの返答を待った
俺をにらみ続けているレキウスは、ややあって口を開いた。
「……うるせえっ! この化け物が! あともう少しで帝国とやれたってのに、こんな化け物をよこしやがって! おい、神っ! 聞いてるのか! シーレッドがそこまでやったっていうのかよ! シーレッドが魔の国だったと言うのかよ! どう考えても、こいつの方が魔王じゃねえか!」
レキウスの言葉に、一瞬目を閉じて聞かなかった事にしたくなったが、近くに暗殺者がいる事を思い出してそれは何とか耐える事が出来た。てか、山賊みたいな風貌をした奴に魔王とか本当に言われたくない。それに、亜人と俺の関係を明かしてから、たまにその単語を耳にするようになってんだから、下手な事は本当に言わないで欲しい。
まあ……とにかくレキウスには最後の言葉はないみたいだ。
俺は【アイスブリンガー】を振るい、目を見開き俺を見るレキウスの首を斬り落とした。
その瞬間、レキウスの下敷きになっているヴォロディアが叫びだした。
「う、うおおおおぉおぉぉぉっ!」
その様子はレキウスを失った怒りというよりは、俺に対する怯えのようだ。そして、暗殺者の気配も消えてしまった。どうやら俺があまりにも警戒しすぎて、近付く気が起きなかったようだ。
あれを野放しにしたのは、正直失敗だったかもしれない。あとでエアには隠密を防げるアーティファクトを貸しておこう。
ヴォロディアは倒れた体を何とかレキウスから引き抜こうとしているが、レキウスの重さと奴の盾の重さ、そしてハンマーの重さで、全く体が抜けないようだ。そもそも、ケンタウロスの体が横倒しになると、力を入れる事が出来にくい構造をしていそうだからな。
ヴォロディアは生かしておくつもりなので、俺はまずハンマーをマジックボックスに回収して、それから盾も回収した。
その直後、ヴォロディアは横になっていた足を折り曲げると、レキウスの死体から抜き、抜いた足で地面に横たわったレキウスの体を俺の方へと蹴りつけてきた。
「おっと、死体をそうやって蹴るのは良くないぞ?」
自分が殺しておいて何を言っているんだと言われそうだが、飛んできたレキウスの死体を避けながら俺はそう言った。しかし、ヴォロディアは俺のそんな言葉など全く聞く気がないのか、俺に背を向けて一心不乱に走り始めてしまった。
「……まあ、いいか」
逃走スピードが恐ろしく速く、その様子に呆気に取られてしまった。元から逃がす予定だったからヴォロディアは放っておき、俺はまだ決着がついていないポッポちゃんの手助けをするべく、杖の男の方へと歩き始めた。
数歩歩いて気付いたんだが、少し離れた場所で戦っていたシーレッド兵が呆然とした様子でこちらを見ていた。簡単に将軍が殺された事に驚愕しているようだ。当然そんな事をしていれば、息を吹き返しているエゼル兵に押し込まれていた。
エゼル軍の内部に食い込んできた部隊は、将軍の死亡と逃亡で一気に崩れだしてきた。逃げているヴォロディアが自分を守れと叫んで、防御陣を崩したのが大きいな。精鋭ぞろいで本当に頑張ってたのに可哀そうだ。
そういえば、一つ不安があるといえばあの何処かに行ってしまった暗殺者だが、エアの周辺は数百人の兵が隙間なく壁を作り囲っている。幾ら姿が見えないといえ、あれを越える事は無理だな。
そんな事を考えていると前線の方向からドラムの音が鳴り始めた。視線の先にいた杖の男たちは仲間と顔を見合わせている。どうやら、こちらではなくシーレッド側の連絡らしい。
何が始まるのかと周りの様子を見ていると、シーレッド兵が次々と持ち場を離れて固まりだした。
そして、杖の男を囲うようにすると、慌てた様子でこの場から逃走を始めてしまった。
必死の形相のシーレッド兵にサジは押しつぶされるように倒されてしまい、ポッポちゃんは増えた敵に困惑しながら俺の下へと帰ってきた。「いっぱいはびっくりなのよ!」とちょっとズルいだろと怒っている。
今は逃亡する敵を追うよりは、エゼル兵の立て直しを優先させる気だったので、あれらは放っておこう。杖の男を中心とした一団は、ヴォロディアが叫びながら切り開いた道を通って、この場から去っていった。
そいつらを横目に見ながら、逃げ遅れて暴れているシーレッド兵を始末する。自分がもう逃げられない事を分かっているからか、追い詰められて発狂に近い状態だ。シーレッドの将軍に近い地位にいただけあって、元からの実力も高く対峙しているエゼル兵は防戦一方になっていた。何とか数で上回って死人が出ていないって感じだな。
俺は数度ナイフを投擲して、シーレッド兵の足へと命中させた。出来れば俺がやってしまいたいのだが、延長線上には味方がいるから、もしもの事を考えたら上半身は狙えなかった。
だが、それで十分だったようで、膝の裏にナイフが突き刺さると、狂ったように暴れているシーレッド兵も転倒してしまい、そこに殺到したエゼル兵に押しつぶされていた。
そんな調子でエゼル側を支援していると、十人前後の敵兵を相手にしている女の子集団がいた。恰好などを見ると、何処かの子弟のようだ。その中心にはポニーテールの茶髪を振り回しながら、剣と盾で戦う子がいた。かなり可愛い……って、そうじゃない。
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俺らの支援もあり、敵は瞬く間に壊滅した。
女の子集団がこちらを見ている。軽く手を振ってみたら数人が返してくれた。戦いの後でお礼にお食事にお誘いしますとか言われたらどうしよう。アニアを同伴すれば行ってもいいよな?
そんなヘタレな事を考えつつ、目につく限りの場所でエゼル兵の支援をしていると、この周辺のシーレッド兵は排除できたようだ。
そして、その頃には前線の様子も伝わってきた。
どうやら、先ほどのドラムはシーレッド側全体の撤退命令だったようだ。
エアの近くに行ってみたら、諸侯たちが深追いを禁止する命令を厳守しろと、激しく下していた。
次の行動指針をエアに尋ねようとしていると、一人の騎士がやってきた。どうやらエアに俺を呼んで来いと言われたらしい。素直にそれに付いていくと、厳しいながらも安堵したような表情をしたエアがいた。
俺に気付いたエアに手招きをされたので近付き、戦況を聞いてみた。
「戦いはどうなった?」
「お前たちのお蔭で、何とか盛り返せた。敵は撤退を始めたが、こちらにも負傷者が多い。今回は追わないつもりだ。それで、ゼンの方はどうなった? 話を聞く限りでは敵の将軍が怯えながら逃走していたと聞いたが」
「レキウスは殺した。他の将軍は逃亡した。杖の男は良く知らないがあれは将軍なのか?」
「さあ、俺もあの男は分からん。それにしても、ゼンが敵を逃がすとは、敵はそれほど手ごわかったのか」
「いや、そうでもなかったけど、まずはエゼルの立て直しを優先した方がいいのかと思ってな。この周辺は諸侯の子弟も多くいるだろ? だから追うことはしなかった。ヴォロディアに関しては、俺の意思で逃がした。あれはウチのヴィートに復讐させるつもりだからな。悪いが許してくれ」
俺の言葉にエアは驚いた様子を見せた。しかし、咎めるつもりはないのか、笑いながら言った。
「ゼンが来なかったらこの身が危なかったんだ、それに文句を言うつもりはないさ。さて、敵は撤退しているが、まだやる事はたくさんある。ゼンには今回も治療を頼みたい」
「あぁ、任せてくれ。治療に関しては命に別状がない奴は一か所に集めてくれないか? アニアの範囲回復魔法で大体治るから」
「あの光の柱か……アニアも何だかおかしな存在になってきたな」
「まあ、加護持ちになったからな。って、これはあまり言いふらすなよ」
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それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
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音爽(ネソウ)
ファンタジー
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さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
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