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銀髪の王女
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第一王女、エリシア・アークリッドには夢があった。
それは、ただ「真に民を守る国を築くこと」。
けれどその願いは、王女という立場が叶えさせてはくれなかった。
「姫様、本日は第二地区の孤児院訪問のお約束がございます。しかし、宰相閣下より“あまり民の中に深入りすべきではない”と……」
側仕えのメイド、リリーが申し訳なさそうに視線を伏せる。
「……いいえ、構わないわ。行きましょう。たとえ誰に咎められようとも、あの子たちの目を見ると、私の役目を思い出すの」
エリシアの美しい銀髪が陽光を受けて煌めいた。
王宮の誰もが目を見張るその気高さと、澄んだ瞳の奥にある熱を、民は知っていた。だが、貴族たちにとって彼女の存在は厄介だった。
――特に、彼女の婚約者にとっては。
「お戻りでしたか、姫殿下」
部屋に戻ると、整った顔立ちの青年が出迎えた。レオン・ヴァルトハイム。宰相の息子にして、エリシアの婚約者。
一見して完璧な青年。礼儀正しく、理知的で、王女にも常に敬意を忘れない。
だが。
「民のため、ですか。……姫殿下はお優しい。ですが、国の未来は感情で築けるものではありませんよ」
言葉は丁寧でも、どこか冷ややかだった。
エリシアはそれに気づいていないふりをした。
「だからこそ、民の声を知らねばならぬのです。玉座に座る者こそ、誰よりも地を見ねばならない」
「……それが、陛下の御意志であれば、私も従いましょう」
その一言に、エリシアは違和感を覚えた。
“私に”従うのではなく、“陛下に”従う。それは王女を軽んじる表現だった。小さく微笑むレオンの裏に、何かが潜んでいる。
──その“何か”は、すでに王女の足元を侵食し始めていた。
翌日、王宮内に奇妙な噂が広がる。
「第一王女が貧民街の少年を、罰もなく追放したらしい」
「孤児院を閉鎖させたのも姫様の命令だと」
「気高く見えて、実は冷酷なのかもしれないな……」
もちろん、すべては捏造だ。だがその噂は、まるで用意されたように次々と発生し、広がりを見せていた。
リリーが震える声で言った。
「姫様、最近、誰かが意図的に姫様の評判を落とそうとしている気配が……」
エリシアは拳を握りしめる。
目に見えない敵が、自分の立場を奪おうとしている。だが、誰なのか。その目的は?
その時だった。
「第一王女殿下、国王陛下よりお召しです。急ぎ玉座の間へ」
宮廷官吏の声が、冷たく響いた。
その日、エリシアの運命が動き出すことを、彼女はまだ知らなかった。
玉座の間には、重苦しい空気が流れていた。
エリシアが扉を開けた瞬間、そこに集まる視線が一斉に向けられる。
父王は玉座に座し、重臣たちはその両脇に立ち並んでいる。その中には、宰相の姿もあった。
そして、その傍に――レオン・ヴァルトハイムがいた。
「エリシア。我が娘よ。……お前に問いただすべきことがある」
王の声は厳しかった。普段は温厚で、娘の言葉にも耳を傾ける父王が、今日は明らかに違う。
「先日、第二地区の孤児院を閉鎖せよと命じたのは、お前なのか?」
「……いいえ。そんな命令、私が出すはずがありません」
即座に否定するも、王は重々しく頷いた。
「そう言うと思った。だが、現地には“第一王女の印”が押された通達書が届けられていたのだ。証人も、証拠もある」
エリシアは目を見開いた。
――印が盗まれた?
――それとも、偽物を作られた?
「陛下、私に印章を扱えるのは私と、側近のごく一部のみです。内部に手引きがあった可能性も……」
その時、レオンが一歩前に出た。
「姫殿下、申し訳ありません。……ですが、私の部下が王女付きの侍女リリーが密かに何者かと接触しているのを目撃しました。内部協力者がいる可能性は、否定できません」
「……!」
エリシアの背筋に冷たいものが走る。
リリーを疑う気持ちは微塵もない。だが、レオンの言葉はすでに「王女が黒幕である可能性」に世論を傾けようとしていた。
「王女殿下が、政敵を排除しようとして民を犠牲にした――そんな疑いも一部にございます」
「それは……誰が言ったのですか」
問いかけるエリシアに、レオンは静かに答える。
「証言者がおります。……ローザ嬢、お入りください」
扉が開き、若く華やかな女性が入ってきた。
栗色の髪をゆるくまとめ、上品なドレスに身を包んだ彼女は、庶民出身とは思えぬほど堂々としていた。
「ローザ・マルヴィンと申します。……実は、私、以前王女殿下のお側に仕えていたことがございます」
「……あなたに会った記憶はないわ」
「ええ。ですが、裏方としてしばらく務めさせていただきました。その折、姫様が“民の声など煩わしい”と仰っていたのを何度も聞いております」
堂々と、偽りを並べる女。
エリシアは、ローザがレオンと通じていることを直感した。
だが、それを示す証拠はない。現時点では、彼女の言葉のほうが“証拠付き”で信じられてしまう。
「よって、審問会を開くこととする」
王の言葉に、玉座の間がざわついた。
「その場で改めて、姫の行動を公に問う。正しき判断を下すために――」
エリシアの唇が、きつく結ばれる。
彼らの狙いは、“公の場で王女の信用を潰す”こと。
全ては計算ずくで仕組まれた罠。すべてが、レオンとローザの掌の上にあるように思えた。
だが――。
(いいえ。私は屈しない。たとえ誰が敵になろうとも)
エリシアは王女である前に、一人の人間として真実を信じる者たちの誇りを背負っていた。
審問会の開催が告げられてから、王城はざわついていた。
“第一王女が民を見捨てた”
“王女に王位継承の資格はない”
“庶民出の令嬢の方が民に寄り添っている”
――レオンとローザの描いた絵図は、着実に形になりつつあった。
だが、エリシアは静かだった。いや、“静かに燃えていた”と言うべきだろう。
「……リリー、情報局に伝えて。あの件を調べた報告書を、審問会当日までに用意してもらうように」
「はっ。姫様……やっと反撃されるのですね」
リリーの目が、潤んでいた。
王女は、孤立してなどいなかった。陰ながら彼女の正義を信じ、支えてきた者たちがいたのだ。
エリシアはふと、鏡に映る自分を見た。
誇り高く、毅然としているその姿の裏で、彼女は初めて“怒り”を抱いていた。
(レオン……私を欺いたのは、あなた。
ローザ……民のふりをして、民を踏みにじる者。
その罪、決して見逃しはしない)
同じ頃。王城の一角――
「……王女が情報局と繋がっているだと?」
レオンは声を潜め、苛立ちを隠せなかった。
隣でローザが不安げにささやく。
「レオン様、大丈夫なのでしょうか……? 姫が何か掴んでいたら……」
「安心しろ。あの女が用意した証人も証拠も、全て俺たちの手で“整えて”ある。審問会で追い込めば、あとは王の裁きが下るだけだ」
にやりと笑うレオン。
だが、彼は知らなかった。自分の用意した証人の中に、“別の顔”を持つ者が紛れていることを。
そして、審問会当日――
王城の大広間には、貴族、役人、そして国民の代表が並び、静寂の中にざわめきがあった。
中央に立つのは、第一王女エリシア・アークリッド。
その姿は一分の隙もなく、美しさと威厳に満ちていた。
その対面に、レオンとローザが並ぶ。
この場で王女の罪が立証されれば、王位継承から外されるどころか、幽閉または追放の可能性すらあった。
「これより、第一王女殿下に対する疑惑について、公開尋問を執り行う」
国王の重々しい声が響く。
エリシアは、静かに微笑んだ。
――“さあ、始めましょう。あなたたちの終わりを”――
「第一王女エリシア・アークリッド殿下。あなたに問います」
審問官が読み上げる。周囲の視線が一斉に彼女へと注がれる。
「第二地区の孤児院に対し、閉鎖命令を出しましたか?」
「いいえ。私はそのような命令を一切出しておりません」
「では、この通達書は?」
一枚の文書が掲げられる。そこには確かに、王女の印章が押されていた。
「その印章は偽造されたものです。実物と比べれば、一目でわかるでしょう。印影の縁がほんの僅かに歪んでいる。私が使用する印章では、あり得ない特徴です」
ざわめきが広がる中、王が手元にある本物の印章を見比べ、頷く。
「……確かに、微妙な違いがあるな」
さらに、エリシアは手を挙げた。
「そしてこの偽文書を作成・流通させた人物に関して、情報局の調査報告がございます」
彼女の後ろから、黒装束の男が進み出た。情報局の副局長だ。
「通達書を偽造した紙とインクは、城下の“マルヴィン工房”製。ローザ・マルヴィン嬢の実家と一致します」
「そ、そんなの偶然よっ……!」
動揺するローザを横目に、エリシアはさらに畳みかける。
「また、王宮内の記録には“私の命令”として孤児院に向かった者が記されていましたが、彼の筆跡は……」
証人として呼ばれた青年が証言する。
「はい、あれは私の筆跡ではありません。……ですが、レオン様から“姫殿下の命だ”と言われて書かされました」
「……!!」
場内が騒然となる。
エリシアは、決して声を荒げず、静かに告げた。
「証言は他にもあります。レオン・ヴァルトハイム卿が、偽証のために複数人へ金銭を渡し、情報操作を行っていた記録も出てきました」
国王がレオンを睨みつける。
「レオン、お前……!」
「待ってください、これは罠です! 王女殿下が、逆に私を陥れようと――」
「お黙りなさい、レオン・ヴァルトハイム」
その声は、いつになく冷たかった。
エリシアが一歩、彼の前へ進み出る。
「あなたは私の婚約者として、民のために共に歩むと誓った。だが実際は、民を利用し、私を貶めてまで権力を得ようとした。そのような者と、私は婚約を続ける理由はありません」
その瞬間、大広間に衝撃が走った。
「ここにおいて、私から婚約を破棄します。あなたとの関係は、今この場をもって断ち切らせていただきます」
顔を真っ赤にするレオン。
ローザはすでに崩れ落ちていた。
国王が重々しく言い渡す。
「レオン・ヴァルトハイム。貴様には爵位の剥奪と国外追放を命ずる。ローザ・マルヴィンについては、王都刑務所への収監を命じる」
「い、いやああああああっ!!」
「なぜだ!俺はただ、王女のために……っ!!」
騒がしくも無様な叫びは、誰の同情も得られなかった。
そして――
「エリシアよ。……そなたこそ、真にこの国を導くにふさわしい者だ」
王はゆっくりと立ち上がり、娘の肩に手を置いた。
エリシアは、静かに頭を下げる。
(私は決して諦めない。真に民を思う者が、報われる国を創るために)
銀の髪が揺れ、王女は一歩、玉座へと近づいた。
それは、ただ「真に民を守る国を築くこと」。
けれどその願いは、王女という立場が叶えさせてはくれなかった。
「姫様、本日は第二地区の孤児院訪問のお約束がございます。しかし、宰相閣下より“あまり民の中に深入りすべきではない”と……」
側仕えのメイド、リリーが申し訳なさそうに視線を伏せる。
「……いいえ、構わないわ。行きましょう。たとえ誰に咎められようとも、あの子たちの目を見ると、私の役目を思い出すの」
エリシアの美しい銀髪が陽光を受けて煌めいた。
王宮の誰もが目を見張るその気高さと、澄んだ瞳の奥にある熱を、民は知っていた。だが、貴族たちにとって彼女の存在は厄介だった。
――特に、彼女の婚約者にとっては。
「お戻りでしたか、姫殿下」
部屋に戻ると、整った顔立ちの青年が出迎えた。レオン・ヴァルトハイム。宰相の息子にして、エリシアの婚約者。
一見して完璧な青年。礼儀正しく、理知的で、王女にも常に敬意を忘れない。
だが。
「民のため、ですか。……姫殿下はお優しい。ですが、国の未来は感情で築けるものではありませんよ」
言葉は丁寧でも、どこか冷ややかだった。
エリシアはそれに気づいていないふりをした。
「だからこそ、民の声を知らねばならぬのです。玉座に座る者こそ、誰よりも地を見ねばならない」
「……それが、陛下の御意志であれば、私も従いましょう」
その一言に、エリシアは違和感を覚えた。
“私に”従うのではなく、“陛下に”従う。それは王女を軽んじる表現だった。小さく微笑むレオンの裏に、何かが潜んでいる。
──その“何か”は、すでに王女の足元を侵食し始めていた。
翌日、王宮内に奇妙な噂が広がる。
「第一王女が貧民街の少年を、罰もなく追放したらしい」
「孤児院を閉鎖させたのも姫様の命令だと」
「気高く見えて、実は冷酷なのかもしれないな……」
もちろん、すべては捏造だ。だがその噂は、まるで用意されたように次々と発生し、広がりを見せていた。
リリーが震える声で言った。
「姫様、最近、誰かが意図的に姫様の評判を落とそうとしている気配が……」
エリシアは拳を握りしめる。
目に見えない敵が、自分の立場を奪おうとしている。だが、誰なのか。その目的は?
その時だった。
「第一王女殿下、国王陛下よりお召しです。急ぎ玉座の間へ」
宮廷官吏の声が、冷たく響いた。
その日、エリシアの運命が動き出すことを、彼女はまだ知らなかった。
玉座の間には、重苦しい空気が流れていた。
エリシアが扉を開けた瞬間、そこに集まる視線が一斉に向けられる。
父王は玉座に座し、重臣たちはその両脇に立ち並んでいる。その中には、宰相の姿もあった。
そして、その傍に――レオン・ヴァルトハイムがいた。
「エリシア。我が娘よ。……お前に問いただすべきことがある」
王の声は厳しかった。普段は温厚で、娘の言葉にも耳を傾ける父王が、今日は明らかに違う。
「先日、第二地区の孤児院を閉鎖せよと命じたのは、お前なのか?」
「……いいえ。そんな命令、私が出すはずがありません」
即座に否定するも、王は重々しく頷いた。
「そう言うと思った。だが、現地には“第一王女の印”が押された通達書が届けられていたのだ。証人も、証拠もある」
エリシアは目を見開いた。
――印が盗まれた?
――それとも、偽物を作られた?
「陛下、私に印章を扱えるのは私と、側近のごく一部のみです。内部に手引きがあった可能性も……」
その時、レオンが一歩前に出た。
「姫殿下、申し訳ありません。……ですが、私の部下が王女付きの侍女リリーが密かに何者かと接触しているのを目撃しました。内部協力者がいる可能性は、否定できません」
「……!」
エリシアの背筋に冷たいものが走る。
リリーを疑う気持ちは微塵もない。だが、レオンの言葉はすでに「王女が黒幕である可能性」に世論を傾けようとしていた。
「王女殿下が、政敵を排除しようとして民を犠牲にした――そんな疑いも一部にございます」
「それは……誰が言ったのですか」
問いかけるエリシアに、レオンは静かに答える。
「証言者がおります。……ローザ嬢、お入りください」
扉が開き、若く華やかな女性が入ってきた。
栗色の髪をゆるくまとめ、上品なドレスに身を包んだ彼女は、庶民出身とは思えぬほど堂々としていた。
「ローザ・マルヴィンと申します。……実は、私、以前王女殿下のお側に仕えていたことがございます」
「……あなたに会った記憶はないわ」
「ええ。ですが、裏方としてしばらく務めさせていただきました。その折、姫様が“民の声など煩わしい”と仰っていたのを何度も聞いております」
堂々と、偽りを並べる女。
エリシアは、ローザがレオンと通じていることを直感した。
だが、それを示す証拠はない。現時点では、彼女の言葉のほうが“証拠付き”で信じられてしまう。
「よって、審問会を開くこととする」
王の言葉に、玉座の間がざわついた。
「その場で改めて、姫の行動を公に問う。正しき判断を下すために――」
エリシアの唇が、きつく結ばれる。
彼らの狙いは、“公の場で王女の信用を潰す”こと。
全ては計算ずくで仕組まれた罠。すべてが、レオンとローザの掌の上にあるように思えた。
だが――。
(いいえ。私は屈しない。たとえ誰が敵になろうとも)
エリシアは王女である前に、一人の人間として真実を信じる者たちの誇りを背負っていた。
審問会の開催が告げられてから、王城はざわついていた。
“第一王女が民を見捨てた”
“王女に王位継承の資格はない”
“庶民出の令嬢の方が民に寄り添っている”
――レオンとローザの描いた絵図は、着実に形になりつつあった。
だが、エリシアは静かだった。いや、“静かに燃えていた”と言うべきだろう。
「……リリー、情報局に伝えて。あの件を調べた報告書を、審問会当日までに用意してもらうように」
「はっ。姫様……やっと反撃されるのですね」
リリーの目が、潤んでいた。
王女は、孤立してなどいなかった。陰ながら彼女の正義を信じ、支えてきた者たちがいたのだ。
エリシアはふと、鏡に映る自分を見た。
誇り高く、毅然としているその姿の裏で、彼女は初めて“怒り”を抱いていた。
(レオン……私を欺いたのは、あなた。
ローザ……民のふりをして、民を踏みにじる者。
その罪、決して見逃しはしない)
同じ頃。王城の一角――
「……王女が情報局と繋がっているだと?」
レオンは声を潜め、苛立ちを隠せなかった。
隣でローザが不安げにささやく。
「レオン様、大丈夫なのでしょうか……? 姫が何か掴んでいたら……」
「安心しろ。あの女が用意した証人も証拠も、全て俺たちの手で“整えて”ある。審問会で追い込めば、あとは王の裁きが下るだけだ」
にやりと笑うレオン。
だが、彼は知らなかった。自分の用意した証人の中に、“別の顔”を持つ者が紛れていることを。
そして、審問会当日――
王城の大広間には、貴族、役人、そして国民の代表が並び、静寂の中にざわめきがあった。
中央に立つのは、第一王女エリシア・アークリッド。
その姿は一分の隙もなく、美しさと威厳に満ちていた。
その対面に、レオンとローザが並ぶ。
この場で王女の罪が立証されれば、王位継承から外されるどころか、幽閉または追放の可能性すらあった。
「これより、第一王女殿下に対する疑惑について、公開尋問を執り行う」
国王の重々しい声が響く。
エリシアは、静かに微笑んだ。
――“さあ、始めましょう。あなたたちの終わりを”――
「第一王女エリシア・アークリッド殿下。あなたに問います」
審問官が読み上げる。周囲の視線が一斉に彼女へと注がれる。
「第二地区の孤児院に対し、閉鎖命令を出しましたか?」
「いいえ。私はそのような命令を一切出しておりません」
「では、この通達書は?」
一枚の文書が掲げられる。そこには確かに、王女の印章が押されていた。
「その印章は偽造されたものです。実物と比べれば、一目でわかるでしょう。印影の縁がほんの僅かに歪んでいる。私が使用する印章では、あり得ない特徴です」
ざわめきが広がる中、王が手元にある本物の印章を見比べ、頷く。
「……確かに、微妙な違いがあるな」
さらに、エリシアは手を挙げた。
「そしてこの偽文書を作成・流通させた人物に関して、情報局の調査報告がございます」
彼女の後ろから、黒装束の男が進み出た。情報局の副局長だ。
「通達書を偽造した紙とインクは、城下の“マルヴィン工房”製。ローザ・マルヴィン嬢の実家と一致します」
「そ、そんなの偶然よっ……!」
動揺するローザを横目に、エリシアはさらに畳みかける。
「また、王宮内の記録には“私の命令”として孤児院に向かった者が記されていましたが、彼の筆跡は……」
証人として呼ばれた青年が証言する。
「はい、あれは私の筆跡ではありません。……ですが、レオン様から“姫殿下の命だ”と言われて書かされました」
「……!!」
場内が騒然となる。
エリシアは、決して声を荒げず、静かに告げた。
「証言は他にもあります。レオン・ヴァルトハイム卿が、偽証のために複数人へ金銭を渡し、情報操作を行っていた記録も出てきました」
国王がレオンを睨みつける。
「レオン、お前……!」
「待ってください、これは罠です! 王女殿下が、逆に私を陥れようと――」
「お黙りなさい、レオン・ヴァルトハイム」
その声は、いつになく冷たかった。
エリシアが一歩、彼の前へ進み出る。
「あなたは私の婚約者として、民のために共に歩むと誓った。だが実際は、民を利用し、私を貶めてまで権力を得ようとした。そのような者と、私は婚約を続ける理由はありません」
その瞬間、大広間に衝撃が走った。
「ここにおいて、私から婚約を破棄します。あなたとの関係は、今この場をもって断ち切らせていただきます」
顔を真っ赤にするレオン。
ローザはすでに崩れ落ちていた。
国王が重々しく言い渡す。
「レオン・ヴァルトハイム。貴様には爵位の剥奪と国外追放を命ずる。ローザ・マルヴィンについては、王都刑務所への収監を命じる」
「い、いやああああああっ!!」
「なぜだ!俺はただ、王女のために……っ!!」
騒がしくも無様な叫びは、誰の同情も得られなかった。
そして――
「エリシアよ。……そなたこそ、真にこの国を導くにふさわしい者だ」
王はゆっくりと立ち上がり、娘の肩に手を置いた。
エリシアは、静かに頭を下げる。
(私は決して諦めない。真に民を思う者が、報われる国を創るために)
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