【完結済み】月光を射る。

譚月遊生季

文字の大きさ
49 / 51
第四章 人生はただ影法師の歩みだ

第48話 月光を射る。

しおりを挟む
 張り詰めた時間は、ランドルフにとって数秒間にも、数時間にも感じられた。

「……っ、はぁ……はぁ……」

 やがて、ディアナはがくりと膝をつき、光の膜もゆっくりと消えていく。

「ディアナ!」
「……大丈夫、だ……。やるべきことは、やった」

 ディアナは肩で息をしながら、目の前の墓標に視線を投げる。
 見た目は、何も変わらない。
 それでも、流れる空気は、明らかに先程までとは違った。
 優しい風が、手招くようにセレナの頬を撫でる。静かな森林の香りが、戦いの終わりを告げる。

「……うん。これで……ちゃんと、お別れできるね」
「……セレナ……」

 ディアナの声を背に、セレナは掘り返された土の前へと歩み寄る。くるりとランドルフ達の方へ向き直り、セレナは明るい声で告げた。

「見送り、ありがと。……じゃあね」

 目深まぶかに被られていたフードが、ようやく上げられる。

「幸せになってよね! ……二人とも!」

 傷だらけのかおでも、二人にはわかる。
 満面の笑顔を浮かべる少女が、そこにいた。

「……ディアナ」
「……ああ」

 ランドルフの合図に頷き、ディアナは差し出された矢へと手をかざす。

「パトリシアの助けがあって良かった。……まだ、魔力は残されている」

 きょとんと目を丸くするセレナの目の前で、ランドルフは上空に矢を放った。
 月の光に向け、矢尻の代わりに魔術を託された矢が空を駆ける。

餞別せんべつだ」

 ディアナの、感情を押し殺すような声と同時に、夜空に大輪の花が咲いた。

「……わぁ……」

 セレナは目を輝かせ、上空の花へと手を伸ばす。
 その手を、二人分の手が握った。
 ……少なくとも、セレナにはそう見えた。

「……! あ──」

 パパ。ママ。……少女の唇が、そう告げた瞬間。
 ローブが、ぱさりと地面に落ちた。
 義肢が地面にぶつかり、軽い音を立てる。

「……さようなら、セレナ」

 ディアナの頬に、涙が伝う。
 震える肩をしっかりと抱き締め、ランドルフは、愛しい人の哀しみに寄り添った。



 ***



 ランドルフとディアナが「魔女」の屋敷へと帰ってきたのは、夜が明けてからだった。

「お疲れさん」

 屋敷の近くまで辿り着いた頃。
 ディアナを抱えたランドルフの前に、デイヴィッドが迎えに現れる。

「……! 寝ていなかったのか。兄さん」
「一晩寝ないくらいじゃ死なねぇよ」

 目を見開くディアナに素っ気ない声で返し、デイヴィッドはそっぽを向いた。

「まあ……俺らが寝てないわけだしな。自分だけ寝るのも……って思ったんだろ」
「余計なこと言ってんじゃねぇ。単に眠くなかっただけだ」

 ランドルフの指摘には赤面しつつ、デイヴィッドは咳払いを一つして話題を変える。

「休んだら帰んぞ。『魔獣』の数は減るだろうが、狩人ハンターの助けはまだまだ必要なんでね」
「……そうだな。私たちのやることは変わらない」

 デイヴィッドの言葉に、ディアナも大きく頷く。

「ああ。これからもよろしく頼むぜ、相棒。……ディアナ」
「私は相棒ではないのか?」

 ……が、続くランドルフの言葉には、少しだけムッとした様子を見せた。

「相棒っつーか……なぁ?」
「そ、そうだな……相棒とは、また違うかもな」

 デイヴィッドに語りかけられ、ランドルフは、ポリポリと照れ臭そうに頬をく。

「なんだ。兄さんばかりずるいぞ」
「ハッ……良い顔してんじゃねぇか。言ってやれランドルフ」

 ニヤニヤと笑うデイヴィッドにけしかけられるまま、ランドルフは真剣な面持ちでディアナの瞳を見た。

「……相棒バディも良いけどよ……ディアナとは、伴侶パートナーになりてぇな……って」
「……なるほど。それは確かにニュアンスが異な……。……えっ」

 ランドルフの腕に抱き抱えられたまま、ディアナはボンッと顔を耳まで赤くした。

「き、君は、こんなところでしれっと求婚をしてくるのか。変わっているな」
「まあ……求婚なら、初めて会った時にもやったしな」
「う。た、確かに……」
「そりゃ初耳だ。よっぽどディアナに惚れ込んだんだな、ランドルフ」
「う、うううーっ!」

 ディアナは狼の姿になり、ランドルフの腕の中からそそくさと抜け出す。
 めちゃめちゃかわいい。
 ランドルフは思わず、天を仰いだ。

「なーに油売ってんだい! とっとと飯食って帰りな!」

 ……と、立ち話をする三人をたしなめるように、屋敷の玄関からパトリシアの怒号が飛んでくる。

「食事は用意してあげるんだね」
「あんたも当然手伝うんだよ、兄さん」
「……僕は、そろそろ仕事に戻らないと」
「おっと、逃がさないからね……!」

 じゃれ合う兄妹にふっと穏やかな視線を向け、デイヴィッドは「しゃあねぇ。手伝ってやるか」と歩き出す。
 ランドルフとディアナもその後に続き、歩み出した。



 イングランドの地方領地、ブラックベリー・フォレストでの「魔獣騒ぎ」は、穏やかに幕を下ろした。
 ブラックベリー・フォレストでの異常発生が鎮静化したとしても、「魔獣」自体はこれからも各地で発生し続けるだろう。
 オルブライト家とスチュアート家のいさかいが一段落したとしても、どこかの領地で、似たような争いは繰り返されるだろう。
 長い歴史の中で見れば、ほんの些細ささいな、取るに足らない影法師たちの物語。

 ……それでも。

 痛みを背負った者たちは、笑顔で再び歩み出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

処理中です...