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第八章 長き旅路の果てに 四
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四
王座の階段下で、シンティラーレは両手を握り締め、使節団を凝視していた。驚いたことに、後ろのほうに控えた亜麻色の髪の小柄な少女以外は、宝の偽者も含めて、見た顔ばかりだった。
(あの楽団の団員達だわ……。やはり、全員、工作員だったのね)
けれど、一番の驚きは、宝の偽者だ。
(一体、どういうこと……? 同じ顔にしか見えない――。声も同じに聞こえる――)
あの憐れな少女の、双子の姉か妹なのだろうか。
「みんな元気そうで何よりだよ。ソニャーレや彼女のお祖父さん、それにフェッロも元気かな?」
偽者は、シンティラーレを試すように笑顔を向けてくる。
「お世話になった近衛兵のみんなや、女官のみんなにも挨拶して回りたかったんだけれど、時間がないのが残念だよ」
「まるで、一年前にここへ来たのも自分だと言わんばかりだな」
兄王が、低い声で口を挟んだ。宝の偽者は、ロッソへ明るい眼差しを向けて、応じた。
「うん、そうだよ。ぼくは、確かに十一ヶ月と十六日前にここへ連れてこられて、その三日後に処刑されて死んだ。でも、ぼくは人ではないからね。肉体が死んでしまっても、努力すれば、生き返らせることが可能なんだ」
「誰がそのような世迷言信じるか」
眉をひそめて言い放ったロッソに、宝の偽者は涼やかに言った。
「信じて貰わないと困るんだよ。『重大な危機』の話の信憑性にも関わってくることだからね。だから、手っ取り早く、ぼくが人ではないことの証明をして見せよう。みんな、ちょっと外へ出てくれるかな?」
返事を待たずに、偽者は、さっさと玄関へ向かう。使節団の他の面々も、それに続こうとする。彼らを押し止めようとした近衛兵達に、ロッソは手を振った。
「よい。『証明』とやらを見ねば、化けの皮は剥がせんからな。庭園に、衛兵を集めよ。近衛兵は王族を守れ。皆でその偽者の嘘を暴くと致そう」
王の一声で、王の間に集まっていた近衛兵達も動き出し、シンティラーレも三人の姉達とともに、使節団を追って庭園へ出た。
日が沈み、外は薄暗くなりつつある。その夕焼けの残滓の中で、宝の偽者は使節団から一人離れて、庭園の中央辺りに陣取っていた。
「危ないから、離れていて」
よく通る声で兵達に警告してから、偽者は、おもむろに左手を真っ直ぐ上げて、空を指す。
「今から、小さな金属の塊を一つ、空からここへ落とす。少し庭を壊してしまうけれど、ぼくが人ではないことを証明するためだから、許してほしい」
一呼吸置いて、偽者は、左手を前へ下ろした。直後、大気を切り裂く衝撃音がして、偽者の足元の土が爆発するように散った。砂粒が、かなり離れた場所にいたシンティラーレのところまで飛んできて、頬や手に当たる。傍らで、姉達が咳込んだり、目に入った砂に涙を流したりする中、シンティラーレは両眼を眇めて、舞い上がった砂埃の向こうを見た。
未だ霞む視界の中で、粉塵とともに舞い上がった青い髪が、白い長衣を纏った肩に静かに戻っていく。左手を振り下ろした格好のまま佇む少女の足元には、円形の大きく深い窪みができていた。何かが落ちてきて、地面を激しく抉ったのだ。
「ごめん。威力は加減したんだけれど、砂粒がかなり飛んでしまったね。みんな大丈夫だった?」
落ち着いた声で青い髪の少女は詫びた。そこへ、悲鳴に似た女の声が被った。
「ナーヴェ様、血が……!」
「ああ、大丈夫だよ、ペルソーネ。心配しないで。これは、わざとだから」
すまなそうに答える声が聞こえた直後、夕風が吹き、宙に残っていた砂埃を吹き払う。シンティラーレの目に再び鮮明に映った少女は、左腕から夥しい量の血を流していた。離れた位置にいたシンティラーレ達に、あの勢いで砂粒が当たったのだから、抉れた地面の至近距離にいた少女が、無傷で済む訳がなかったのだ。
「すぐ止血を!」
自らの袖を破った金褐色の髪の青年から、一歩離れ、青い髪の少女は告げた。
「ぼくは人ではないから、大丈夫だよ。止血は、自分でできるんだ」
少女は、ぼたぼたと血を滴らせる左腕から、襤褸切れとなった袖を右手で取り去った。顕になった左腕は、二の腕の中ほどに骨が見え、千切れ掛けているようにすら見える。兵達も含めたその場の全員が息を呑む中、青い髪の少女は微かに顔をしかめながらも、その左腕を地面に水平に掲げた。大量の血が流れ落ちて、円形の窪みの横に血溜まりを作っていく。
(出血多量になるぞ……!)
シンティラーレが、姉達とともに固唾を飲んで見守る中、「奇跡」は起きた。
出血がゆっくりと収まり、赤い肉が白い骨を覆っていく。
(一体、何が起きているんだ……)
呆然と見つめるシンティラーレの視線の先で、最後に白い皮膚が赤い肉の上に浮き上がるように広がり、何事もなかったかのように、傷が完治した。無傷となった白い腕をゆっくりと下ろし、青い髪の少女は――王の宝は、シンティラーレ達に微笑み掛ける。
「これで、ぼくは人ではないと、証明できたかな?」
夕焼けの最後の残滓が消え、夜の闇が濃くなる中、その微笑みは空恐ろしく、確かにこの世の者ではないのだと感じさせた。
――「ナーヴェ様は、穏やかそうに見えて、交渉事においては好戦的なところのある方だ」
親友のレーニョを見舞った際に聞いた言葉が、脳裏に蘇る。
(おまえの観察通りだ、レーニョ)
ジョールノは、止血のため破った袖を右手に握り締めたまま、生唾を飲み込んだ。この二日間身近に接してきたジョールノでさえ、背筋に寒さを覚える雰囲気を、今、王の宝は纏っている。
(少々やり過ぎという気もするが……)
見回せば、遠巻きに取り囲む兵達も、王妹達も、恐怖に駆られた表情をして凍りついている。だが、その中で唯一、少なくとも外見上は平静を保っているように見えるロッソ三世が、口を開いた。
「暗くてもう何も見えん。中へ入るぞ」
「「――仰せのままに……!」」
まるで呪縛を解かれたかのように、衛兵達が慌てて篝火を焚き始め、近衛兵達は、王族を守って広間へ戻り始めた。
「ぼく達も行こうか。ここからが話の本題だ」
ナーヴェに穏やかに促されて、ジョールノ達も、強張っていた体を動かし、王の間へ戻った。
ロッソ三世が王座に座るのを待って、ナーヴェは語り始めた。
「これで、ぼくが『人ではない』こと、即ち、磔刑の死から『復活』できる尋常ではない存在であることは、分かって貰えたと思う。それで本題だ。約一ヶ月後、空から、星が降ってくる。大きさは、ぼくがさっき落とした金属の塊の比ではない。地上の被害は甚大なものになる。だから、地下に防空壕を造って、国民全員が避難できるようにしてほしいんだ」
しん、と王の間の空気が冷える。
(わたし達にとっても信じ難い話だが……)
ジョールノは、前に立つナーヴェと、その向こう、遥か高い位置にある王座に座ったロッソ三世とを見比べた。
「勿論、ぼくは全力を以って、きみ達を守る。でも、きみ達にも、命を守るために、できるだけの対策をしてほしいんだ」
締め括ったナーヴェに、王座で頬杖を突いたロッソ三世は、おもむろに言った。
「きさまの言を信じるには、今一つ、確証が足りん。この場で衣を脱ぎ、体を見せよ。おれが一年前に調べた体のままであれば――即ち一年前と同一人物であると確認できれば、きさまの言を信じてやろう」
「それは……!」
ペルソーネが抗議の声を上げる。
「王の宝は、今やわが国の王妃! そのような辱めは受け入れられませぬ……!」
「いいんだよ、ペルソーネ」
穏やかに宥めたのは、当のナーヴェだった。王の宝は、ゆっくりと王の間の中央へ進み出ながら、長衣の胸紐を解き、ぱさりと脱ぎ捨てる。
「このくらいのことで信じて貰えるなら、それに越したことはない。アッズーロは怒るだろうけれど、事後報告で許して貰おう」
王の間の中央で足を止め、王の宝は更に、筒袴、胸当て布、そして下袴を脱ぎ落とした。明々と篝火が焚かれた王の間の中、ロッソ三世、王妹達、近衛兵達、ジョールノ達の視線の集まる先で、白い肌が全て顕となる。――不思議な体だった。すんなりと伸びた手足、凹凸に乏しい幼げで細い胴、それでいて、産後であることがまだ微かに見て取れる腹。
「ナーヴェ様……!」
息を呑んだペルソーネと対照的に、ロッソ三世は笑みを浮かべて王座から立ち上がった。
「よかろう。おれ自ら、改めてやろう」
「陛下、御自らなど、危険では……」
近衛隊長らしき女性が、ロッソ三世を見上げた。しかし王は取り合わなかった。
「何かする気であれば、既にしておるであろうよ」
泰然と応じて階段を下り、ナーヴェへ歩み寄った王は、武骨な手を伸ばして、淡々と調べ始めた。
髪の生え際、耳の穴、口の中、顎。首筋、脇、手首、掌、指。胸、臍、両足の間、足の甲――。その間、王の宝はされるがまま、時折、ほんの僅かに眉をひそめながらも、大人しく無抵抗だった。
(ああ、この方の本質は、聖娼だ)
ジョールノは、漸く合点がいった。わが身を顧みず、全てを晒して、文字通り相手の懐に入り込み、その心を癒す。どれほど理不尽に扱われようと、その心が穢されることはない――。恐らく、国王アッズーロに対しても、レ・ゾーネ・ウーミデ侯に対しても、そうだったのだろう。
(この方を守るのは、至難だな、レーニョ)
親友の苦労と自分のこれからの苦労を思って、ジョールノは内心で苦笑した。
ロッソ三世は最後に、ぎゅっと宝の左腕――治ったばかりの二の腕を掴んだ。ジョールノの目には、一瞬だけ、宝が顔をしかめたように見えた。
「――成るほどな」
呟いて、ロッソ三世は宝の左腕を離す。
「同一人物と認めよう。衣を着るがよい」
静まり返っていた王の間に、王の声が響き、その場の大勢が、ほっと安堵するのを、ジョールノは感じた。
「ありがとう」
柔らかに礼を述べたナーヴェが、下袴から順に衣を身に着け始め、ロッソ三世は上着の裾を翻して、王座へ戻っていく。バーゼとルーチェが素早くナーヴェに駆け寄り、衣を着るのを手伝った。
「さて、本題とやらは終わった訳だが」
再び王座に座った王が、衣を纏い終わったナーヴェを見下ろす。
「他に申しておくことはあるか」
「細かいことを伝えておくよ。誰か、記録を取ってくれるかな?」
テッラ・ロッサの人々を見回したナーヴェに、王妹の一人が手を上げた。
「では、わたくしが」
「ああ、ありがとう、シンティラーレ」
ナーヴェが微笑み、ロッソが不満げな顔をした。
「そのようなこと、記録官に任せておけばよい」
「いえ、わたくしも是非」
言い張って、小柄な王妹は、腰に下げていた巾着から木札と墨壺と筆を取り出した。
「……勝手に致せ」
ロッソが呆れたように手を振ったのを見てから、王の宝は告げた。
「この辺りに星が降ってくるのは、初夏の月十三の日の午後十時三十二分頃。きみ達は、その日までに国民全てが入れるだけの防空壕を造って、その日の日没には、防空壕に避難しておいてほしいんだ。星は、その一週間前に、ぼくが遥か上空で迎え撃つつもりだけれど、欠片が降ってしまう可能性があるからね」
王座の階段下で、シンティラーレは両手を握り締め、使節団を凝視していた。驚いたことに、後ろのほうに控えた亜麻色の髪の小柄な少女以外は、宝の偽者も含めて、見た顔ばかりだった。
(あの楽団の団員達だわ……。やはり、全員、工作員だったのね)
けれど、一番の驚きは、宝の偽者だ。
(一体、どういうこと……? 同じ顔にしか見えない――。声も同じに聞こえる――)
あの憐れな少女の、双子の姉か妹なのだろうか。
「みんな元気そうで何よりだよ。ソニャーレや彼女のお祖父さん、それにフェッロも元気かな?」
偽者は、シンティラーレを試すように笑顔を向けてくる。
「お世話になった近衛兵のみんなや、女官のみんなにも挨拶して回りたかったんだけれど、時間がないのが残念だよ」
「まるで、一年前にここへ来たのも自分だと言わんばかりだな」
兄王が、低い声で口を挟んだ。宝の偽者は、ロッソへ明るい眼差しを向けて、応じた。
「うん、そうだよ。ぼくは、確かに十一ヶ月と十六日前にここへ連れてこられて、その三日後に処刑されて死んだ。でも、ぼくは人ではないからね。肉体が死んでしまっても、努力すれば、生き返らせることが可能なんだ」
「誰がそのような世迷言信じるか」
眉をひそめて言い放ったロッソに、宝の偽者は涼やかに言った。
「信じて貰わないと困るんだよ。『重大な危機』の話の信憑性にも関わってくることだからね。だから、手っ取り早く、ぼくが人ではないことの証明をして見せよう。みんな、ちょっと外へ出てくれるかな?」
返事を待たずに、偽者は、さっさと玄関へ向かう。使節団の他の面々も、それに続こうとする。彼らを押し止めようとした近衛兵達に、ロッソは手を振った。
「よい。『証明』とやらを見ねば、化けの皮は剥がせんからな。庭園に、衛兵を集めよ。近衛兵は王族を守れ。皆でその偽者の嘘を暴くと致そう」
王の一声で、王の間に集まっていた近衛兵達も動き出し、シンティラーレも三人の姉達とともに、使節団を追って庭園へ出た。
日が沈み、外は薄暗くなりつつある。その夕焼けの残滓の中で、宝の偽者は使節団から一人離れて、庭園の中央辺りに陣取っていた。
「危ないから、離れていて」
よく通る声で兵達に警告してから、偽者は、おもむろに左手を真っ直ぐ上げて、空を指す。
「今から、小さな金属の塊を一つ、空からここへ落とす。少し庭を壊してしまうけれど、ぼくが人ではないことを証明するためだから、許してほしい」
一呼吸置いて、偽者は、左手を前へ下ろした。直後、大気を切り裂く衝撃音がして、偽者の足元の土が爆発するように散った。砂粒が、かなり離れた場所にいたシンティラーレのところまで飛んできて、頬や手に当たる。傍らで、姉達が咳込んだり、目に入った砂に涙を流したりする中、シンティラーレは両眼を眇めて、舞い上がった砂埃の向こうを見た。
未だ霞む視界の中で、粉塵とともに舞い上がった青い髪が、白い長衣を纏った肩に静かに戻っていく。左手を振り下ろした格好のまま佇む少女の足元には、円形の大きく深い窪みができていた。何かが落ちてきて、地面を激しく抉ったのだ。
「ごめん。威力は加減したんだけれど、砂粒がかなり飛んでしまったね。みんな大丈夫だった?」
落ち着いた声で青い髪の少女は詫びた。そこへ、悲鳴に似た女の声が被った。
「ナーヴェ様、血が……!」
「ああ、大丈夫だよ、ペルソーネ。心配しないで。これは、わざとだから」
すまなそうに答える声が聞こえた直後、夕風が吹き、宙に残っていた砂埃を吹き払う。シンティラーレの目に再び鮮明に映った少女は、左腕から夥しい量の血を流していた。離れた位置にいたシンティラーレ達に、あの勢いで砂粒が当たったのだから、抉れた地面の至近距離にいた少女が、無傷で済む訳がなかったのだ。
「すぐ止血を!」
自らの袖を破った金褐色の髪の青年から、一歩離れ、青い髪の少女は告げた。
「ぼくは人ではないから、大丈夫だよ。止血は、自分でできるんだ」
少女は、ぼたぼたと血を滴らせる左腕から、襤褸切れとなった袖を右手で取り去った。顕になった左腕は、二の腕の中ほどに骨が見え、千切れ掛けているようにすら見える。兵達も含めたその場の全員が息を呑む中、青い髪の少女は微かに顔をしかめながらも、その左腕を地面に水平に掲げた。大量の血が流れ落ちて、円形の窪みの横に血溜まりを作っていく。
(出血多量になるぞ……!)
シンティラーレが、姉達とともに固唾を飲んで見守る中、「奇跡」は起きた。
出血がゆっくりと収まり、赤い肉が白い骨を覆っていく。
(一体、何が起きているんだ……)
呆然と見つめるシンティラーレの視線の先で、最後に白い皮膚が赤い肉の上に浮き上がるように広がり、何事もなかったかのように、傷が完治した。無傷となった白い腕をゆっくりと下ろし、青い髪の少女は――王の宝は、シンティラーレ達に微笑み掛ける。
「これで、ぼくは人ではないと、証明できたかな?」
夕焼けの最後の残滓が消え、夜の闇が濃くなる中、その微笑みは空恐ろしく、確かにこの世の者ではないのだと感じさせた。
――「ナーヴェ様は、穏やかそうに見えて、交渉事においては好戦的なところのある方だ」
親友のレーニョを見舞った際に聞いた言葉が、脳裏に蘇る。
(おまえの観察通りだ、レーニョ)
ジョールノは、止血のため破った袖を右手に握り締めたまま、生唾を飲み込んだ。この二日間身近に接してきたジョールノでさえ、背筋に寒さを覚える雰囲気を、今、王の宝は纏っている。
(少々やり過ぎという気もするが……)
見回せば、遠巻きに取り囲む兵達も、王妹達も、恐怖に駆られた表情をして凍りついている。だが、その中で唯一、少なくとも外見上は平静を保っているように見えるロッソ三世が、口を開いた。
「暗くてもう何も見えん。中へ入るぞ」
「「――仰せのままに……!」」
まるで呪縛を解かれたかのように、衛兵達が慌てて篝火を焚き始め、近衛兵達は、王族を守って広間へ戻り始めた。
「ぼく達も行こうか。ここからが話の本題だ」
ナーヴェに穏やかに促されて、ジョールノ達も、強張っていた体を動かし、王の間へ戻った。
ロッソ三世が王座に座るのを待って、ナーヴェは語り始めた。
「これで、ぼくが『人ではない』こと、即ち、磔刑の死から『復活』できる尋常ではない存在であることは、分かって貰えたと思う。それで本題だ。約一ヶ月後、空から、星が降ってくる。大きさは、ぼくがさっき落とした金属の塊の比ではない。地上の被害は甚大なものになる。だから、地下に防空壕を造って、国民全員が避難できるようにしてほしいんだ」
しん、と王の間の空気が冷える。
(わたし達にとっても信じ難い話だが……)
ジョールノは、前に立つナーヴェと、その向こう、遥か高い位置にある王座に座ったロッソ三世とを見比べた。
「勿論、ぼくは全力を以って、きみ達を守る。でも、きみ達にも、命を守るために、できるだけの対策をしてほしいんだ」
締め括ったナーヴェに、王座で頬杖を突いたロッソ三世は、おもむろに言った。
「きさまの言を信じるには、今一つ、確証が足りん。この場で衣を脱ぎ、体を見せよ。おれが一年前に調べた体のままであれば――即ち一年前と同一人物であると確認できれば、きさまの言を信じてやろう」
「それは……!」
ペルソーネが抗議の声を上げる。
「王の宝は、今やわが国の王妃! そのような辱めは受け入れられませぬ……!」
「いいんだよ、ペルソーネ」
穏やかに宥めたのは、当のナーヴェだった。王の宝は、ゆっくりと王の間の中央へ進み出ながら、長衣の胸紐を解き、ぱさりと脱ぎ捨てる。
「このくらいのことで信じて貰えるなら、それに越したことはない。アッズーロは怒るだろうけれど、事後報告で許して貰おう」
王の間の中央で足を止め、王の宝は更に、筒袴、胸当て布、そして下袴を脱ぎ落とした。明々と篝火が焚かれた王の間の中、ロッソ三世、王妹達、近衛兵達、ジョールノ達の視線の集まる先で、白い肌が全て顕となる。――不思議な体だった。すんなりと伸びた手足、凹凸に乏しい幼げで細い胴、それでいて、産後であることがまだ微かに見て取れる腹。
「ナーヴェ様……!」
息を呑んだペルソーネと対照的に、ロッソ三世は笑みを浮かべて王座から立ち上がった。
「よかろう。おれ自ら、改めてやろう」
「陛下、御自らなど、危険では……」
近衛隊長らしき女性が、ロッソ三世を見上げた。しかし王は取り合わなかった。
「何かする気であれば、既にしておるであろうよ」
泰然と応じて階段を下り、ナーヴェへ歩み寄った王は、武骨な手を伸ばして、淡々と調べ始めた。
髪の生え際、耳の穴、口の中、顎。首筋、脇、手首、掌、指。胸、臍、両足の間、足の甲――。その間、王の宝はされるがまま、時折、ほんの僅かに眉をひそめながらも、大人しく無抵抗だった。
(ああ、この方の本質は、聖娼だ)
ジョールノは、漸く合点がいった。わが身を顧みず、全てを晒して、文字通り相手の懐に入り込み、その心を癒す。どれほど理不尽に扱われようと、その心が穢されることはない――。恐らく、国王アッズーロに対しても、レ・ゾーネ・ウーミデ侯に対しても、そうだったのだろう。
(この方を守るのは、至難だな、レーニョ)
親友の苦労と自分のこれからの苦労を思って、ジョールノは内心で苦笑した。
ロッソ三世は最後に、ぎゅっと宝の左腕――治ったばかりの二の腕を掴んだ。ジョールノの目には、一瞬だけ、宝が顔をしかめたように見えた。
「――成るほどな」
呟いて、ロッソ三世は宝の左腕を離す。
「同一人物と認めよう。衣を着るがよい」
静まり返っていた王の間に、王の声が響き、その場の大勢が、ほっと安堵するのを、ジョールノは感じた。
「ありがとう」
柔らかに礼を述べたナーヴェが、下袴から順に衣を身に着け始め、ロッソ三世は上着の裾を翻して、王座へ戻っていく。バーゼとルーチェが素早くナーヴェに駆け寄り、衣を着るのを手伝った。
「さて、本題とやらは終わった訳だが」
再び王座に座った王が、衣を纏い終わったナーヴェを見下ろす。
「他に申しておくことはあるか」
「細かいことを伝えておくよ。誰か、記録を取ってくれるかな?」
テッラ・ロッサの人々を見回したナーヴェに、王妹の一人が手を上げた。
「では、わたくしが」
「ああ、ありがとう、シンティラーレ」
ナーヴェが微笑み、ロッソが不満げな顔をした。
「そのようなこと、記録官に任せておけばよい」
「いえ、わたくしも是非」
言い張って、小柄な王妹は、腰に下げていた巾着から木札と墨壺と筆を取り出した。
「……勝手に致せ」
ロッソが呆れたように手を振ったのを見てから、王の宝は告げた。
「この辺りに星が降ってくるのは、初夏の月十三の日の午後十時三十二分頃。きみ達は、その日までに国民全てが入れるだけの防空壕を造って、その日の日没には、防空壕に避難しておいてほしいんだ。星は、その一週間前に、ぼくが遥か上空で迎え撃つつもりだけれど、欠片が降ってしまう可能性があるからね」
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