王の宝~元亜光速宇宙移民船の疑似人格電脳は人として生きる夢を見るか~

広海智

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第十一章 狂った姉 三

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     三

「……ごめん、急に……気が……遠くなって……」
 詫びる宝を、アッズーロはそっと抱き締めた。まだ、宝は腕の中にある。腕の中で、温かく、息づいている。アッズーロを、深い青色の双眸で見つめ返してくれる――。
「陛下、ナーヴェ様の容態が、また急変されたと……」
 背後から聞こえた侍医の声に、アッズーロは不機嫌に振り向いた。
「とりあえず、持ち直したわ。急ぎ診療致せ」
「仰せのままに。失礼致します」
 壮年の侍医は、小柄な体で寝室に駆け込んできて、ナーヴェの寝台脇へ来る。
「陛下、ナーヴェ様を寝かせて、寝台から降りて頂けますか?」
 当たり前のことを求められて、アッズーロは渋々ナーヴェを離し、床へ降りた。侍医はナーヴェの腕を取って脈を取り、口の中を覗き、白目を見て、溜め息をついた。
「よくありませんな」
 アッズーロを振り向いて告げる。
「不整脈、貧血の症状が見られます。お脈自体も弱っておられます。とにかく、栄養が全体的に不足しておられるのです。食事をしっかりと摂る以外にありませぬ。このままでは、いつ心の臓が止まってもおかしくはありません」
「おまえはまた、悲観的な物言いを……!」
 文句を言ったアッズーロに、ナーヴェが窘める目を向けた。
「駄目だよ……、アッズーロ……。全部……彼の言う通り……なんだから」
「ならば、食べよ。そなたが少々操られようが、構わん」
 アッズーロが厳しく迫ると、ナーヴェは困った顔をした。
「でも……、ぼくは……、姉さんも……、格闘技……強いよ……?」
「そうなのか?」
 意外な反論に、アッズーロは目を瞬いた。
「うん……」
 ナーヴェは複雑そうに話す。
「きみ達の……古い先祖の……知識が……あるから……」
「……そなたの命には代えられん! とにかく、この昼から、もっとたくさん食せ。それから」
 アッズーロは断固として命じる。
「その格闘技とやらを、われに教えよ」
 今度は、ナーヴェが目を瞬いた。
「……本気かい?」
「われがそなたらと同じほどに強くなる。完璧な解決法であろうが」
 アッズーロは勝ち誇って腰に手を当て、ナーヴェを見下ろした。


 昼食に、アッズーロは、羊乳で炊いた麦粥に乾酪及び茹で卵をまぶしたものと、焼いた鳩肉と、杏二つと、発酵乳とを並べさせた。
「いきなり、こんなに食べるのは……、難しいよ……?」
 ナーヴェは困惑した表情を浮かべたが、アッズーロに譲るつもりはない。
「吐くまで食せ。それまでは、許さん」
「――吐くのは勿体ないから……極力食べるよ……」
 ナーヴェは悲しげに告げて、いつもの挨拶をする。
「命達よ、いただきます……」
 そうして、ゆっくりと麦粥から食べ始めた。アッズーロも、その向かいで、同じように食事を始めた。
 麦粥、鳩肉、杏と、ナーヴェは何とか食べ進める。味わいつつも、やはり無理をしていることは明らかで、時折、微かな溜め息が聞こえた。それでも、残すつもりはないらしい。
「そなたが食べ物を大事にするは、やはり、『原罪』とやらで、多くの者を餓死させたからか」
 アッズーロが何となく問うと、ナーヴェは顔を曇らせて答えた。
「それもあるけれど……、宇宙を航行していた時から、食べ物はとても大切なものだったから」
 最後の杏を両手で持って、大事に齧りながら、ナーヴェは説明する。
「ぼくが宇宙空間から取り込めるものは、とても限られていたから、殆どのものは、ぼくの中で循環させるしかなかった。それは、人も含めてね」
 ナーヴェは、一度言葉を止め、アッズーロを見る。
「もう食べ終わったね。なら、少し気分が悪くなっても大丈夫かな」
 独り言ちてから、言葉を続けた。
「人の排泄物も、亡くなった人の体も、循環の末、最終的には、また、人々の食べ物になったんだよ」
 突きつけられた事実、ナーヴェが背負ってきた重い過去に、アッズーロは言葉を失った。その眼前で、ナーヴェは静かに杏を食べ終え、発酵乳を飲み終えた。
「ごちそうさまでした」
 挨拶して、ふう、と息をつく。
「最後まで美味しく食べられなかったのは残念だけれど、これで、少しは元気になれるよ。ありがとう、アッズーロ」
「……うむ」
 応じて、アッズーロは椅子から立ち、ナーヴェを抱え上げて、寝台へ運んだ。注意深く腰掛けさせてから隣に座り、細い体を支える。すぐにフィオーレが手桶と木杯と楊枝を手に近づいてきて、ナーヴェの歯磨きを始めた。その間に、ミエーレが卓の片づけをしていく。やがて、歯磨きを終えたナーヴェは、口を濯ぎ、フィオーレの介助で手洗いにも行って、寝台に戻ってきた。寝台に腰掛けたまま待っていたアッズーロは、ナーヴェが横になるのを助け、掛布を掛けた。
「アッズーロ」
 ナーヴェが、枕に頭を乗せたまま、見上げてくる。
「午後の謁見の後でいいから、ガットの侍従友達のボルドを、連れてきてほしいんだ。話したいことがあるから」
「ボルド?」
 名と顔は知っているが、アッズーロがあまり深く関わったことのない侍従だ。
「うん。ぼく達がテッラ・ロッサに行く前に、会っておきたいんだ」
 話しながらも、ナーヴェは眠たそうだ。
「理由は、彼と会った後に説明するよ……」
 言うだけ言うと、ナーヴェは小さく欠伸をして、目を閉じてしまった。そのまま、すぐにすやすやと寝息を立て始める。
「全く……」
 溜め息をついたアッズーロは、背後に控えたフィオーレとミエーレを振り向いた。
「交代で、常にナーヴェの傍に付いていよ。こやつの容体は、まだ予断を許さん」
「「仰せのままに」」
 二人は揃って頭を下げた。
「頼んだぞ」
 念を押して、アッズーロは寝室を後にし、午後の謁見のため、王の間へ向かった。


(やっぱり、姉さんはあそこか……)
 恒星同期準回帰軌道上の人工衛星から、光学測定器で赤い沙漠を見下ろし、姉の位置と状況を思考回路に記録して、ナーヴェはすぐに接続を肉体へ戻した。
 途端に視界が回る。眩暈だ。貧血が酷い。頭痛もする。動悸が激しくなり、吐き気も襲ってくる。顔をしかめ、体を横向きにして敷布にしがみ付いたナーヴェに、寝台脇の椅子に座っていたフィオーレが驚いて立ち上がった。
「ナーヴェ様、お苦しいのですか……!」
「大……丈夫……だから……」
 ナーヴェは、すぐにも侍医を呼びに行こうとするフィオーレに、何とか微笑みを向ける。
「ちょっと……無理した……だけ……」
 だが、案の定、気が遠くなっていく。
「メーディコ……呼んで……」
 ナーヴェは、自らフィオーレに頼んだ。
 ばたばたと、フィオーレの足音が遠ざかり、そして複数の足音が寝室に入ってきた。
「ナーヴェ様、お気を確かに!」
 メーディコの声がして、呼吸が楽になるよう姿勢を直される。長衣の胸紐を解かれて、襟元も緩められた。
「ナーヴェ様、しっかりなさって下さい!」
 フィオーレの泣きそうな声がする。
「すぐに陛下もいらっしゃいます……!」
(ああ、また……)
 ナーヴェは極小機械を使って脳に優先的に動脈血を送りながら、息をつく。
(きみに――心配を――)
 意識が、動作不良を起こしたように混濁していく――。

――【ナーヴェは、歌が好きやなあ】
――【そう言うジャハアズ姉さんは、踊りが大好きだよね】
――【まあ、せやけど、うちよりバルコのほうが、もっと好きやと思うで。嬉しゅうても悲しゅうても踊っとる】
――【確かにね……! ああ、スタテク姉さんは、嬉しくても悲しくても曲を作っているよ】
――【うちらのそういう好き好きも、まあ、疑似人格たる所以やね。チュアン姉なんか、ずっと古代王朝の宮廷恋愛ものばかり鑑賞してはるで。あんな真面目な顔してなあ】

 頬に、鈍く衝撃が感じられる。また、頬を叩かれている。
「……ヴェ! ナーヴェ! 目を開けよ!」
 耳元で、青年の声が響く。
「ナーヴェ!」
 呼び声に、ナーヴェは大きく息を吸ってから答えた。
「……大丈……夫……」
「どこが大丈夫なのだ! まずは目を開けよ!」
 叱られて、ナーヴェは重たい瞼を持ち上げた。狭い視界に、青空色の双眸と、白い肌と、暗褐色の髪がある。アッズーロの顔だ。
「……ごめん……」
 とりあえず、謝った。
「たわけ! 一日に何度も人事不省に陥るでない! おちおち謁見もしておれん!」
 尤もなことを言われて、ナーヴェは淡く苦笑した。
「ごめん……。でも……、恒星同期……準回帰軌道上の……人工衛星が、丁度、赤い沙漠の……上を通る時に……、姉さんの位置と状況を……確かめたかったんだ……」
 赤い沙漠全体を見下ろせる静止軌道上には、人工衛星を配置していなかったので、恒星同期準回帰軌道上の人工衛星が、その上空を通る機会を逃したくなかったのだ。
「だからと言うて、気を失うような無理をするでない! もう少し、己の体を顧みよ!」
 アッズーロの言うことは、一々尤もだ。反論の余地はない。ナーヴェは吐息とともに誓った。
「そうだね……。もうしない……」
「その言葉、違えるでないぞ」
 アッズーロは、漸く怒りを収めた様子で、溜め息をついた。
「うん。約束する」
 ナーヴェは頷いて、アッズーロの表情を窺う。
「だから、夕方、彼を宜しくね……?」
「その体調でか!」
 アッズーロは鼻を鳴らした。
「うん。もう大丈夫だから……」
 ナーヴェが重ねて頼むと、アッズーロはまた溜め息をついて、不機嫌に言った。
「分かった。但し、そなたが約束を違えれば、われも守らんからな」
 結局のところ、アッズーロは優しいのだ。
「ありがとう」
 ナーヴェは安堵して微笑んだ。
「では、夕方まで、しっかり眠れ。メーディコは夕方までナーヴェに付いていよ」
 アッズーロは、ナーヴェの頬を撫でてから、寝室を出ていった。謁見者を待たせているのだろう。
(うん。しっかり眠るよ……)
 ナーヴェは目を閉じた。窓から吹いてくる初夏の風が心地いい。フィオーレが小声で、メーディコに椅子を勧めている。
(メーディコにも、随分迷惑を掛けてしまっているな……)
 アッズーロは、ナーヴェに何かあれば常にメーディコを呼ぶ。彼の言葉に文句を言いながらも、その腕を信頼しているのだろう――。
(それにしても、ジャハアズ姉さんの記録、久し振りに閲覧したな……)
 通称ジャハアズ――本名アアシャ・カ・ジャハアジは、とても気のいい姉だった。今頃はどうしているだろう。
(他の姉さん達も、みんな元気だといいな……。チュアン姉さんは、他の姉妹達がどうしているか、知っているのかな……)
 アルサフィーナト――サフィーナト・アラマル。カパル・ハラパン。シップ・オヴ・ホープ。スタテク・ナジエイ。バルコ・デ・エスペランツァ。キボウ・ノ・フネ。ルーア・ヘン・ファン・ワァン。ロング・ドーハス……。懐かしい姉達の記録を閲覧しながら、ナーヴェは肉体を眠らせた。
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