王の宝~元亜光速宇宙移民船の疑似人格電脳は人として生きる夢を見るか~

広海智

文字の大きさ
61 / 105

第十五章 守るべきもの 四

しおりを挟む
     四

 昼過ぎの街路にいた人々が恐ろしげに見守る中を突っ切って、ナーヴェの本体は凄まじい速度で街路を直進していき――、やがて、ふわりと空中に浮いた。
(このような飛び方もできる訳か……)
 感心しながらも、アッズーロは強張った顔をなかなか元に戻せない。窓からちらりと見えた人々と同じ表情を、自分もしていることだろう。
(全く、空恐ろしい妃だ、そなたは)
 やることなすこと突き抜け過ぎていて、簡単に人の度肝を抜いてくる。
(まあ、そこがよいのだがな)
 胸中で惚気た頃には、アッズーロは落ち着いて傍らの窓から外を眺められるようになっていた。
 相変わらず体に感じる圧は強く、眼下に見える諸々はあっという間に後方へ流れていく。
「この様子ならば、すぐに到着するのだろうが、その後はどうするつもりだ」
 問うてみると、操縦席の妃は、さらさらと答えた。
「もし、混戦になっていたら、ぼくの肉体で強引にヴァッレとペルソーネを回収してくるよ。前にも言ったけれど、ぼくは格闘技がかなり使えて強いからね」
「このようなことをさせておいて、あまり言いたくはないが、体調は大丈夫なのか?」
 アッズーロが案ずると、ナーヴェは横顔で微笑んだ。
「少し暴れるくらいなら大丈夫だよ。ぼくは、極小機械で脳内麻薬も自由に使えるからね」
 相変わらず、この宝の説明は分かりづらい。だが、今はナーヴェの力を頼る他ないのだ。
「いつも、すまん」
 アッズーロが詫びると、ナーヴェは軽く目を瞠ってこちらを見た。それから、ふっと目を細めて言った。
「……謝る必要はないよ。これは、ぼくがしたくてしていることなんだから」
「……われは、そなたに無理をさせたくはないのだがな。ヴァッレとペルソーネを無事連れ戻った暁には、ゆるりと休むのだぞ」
「うん。そうさせて貰うよ」
 ナーヴェは優しい顔で頷いた。


(まずい……)
 ジョールノは、将軍ファルコの指示に従ってペルソーネとヴァッレを後退させながら、目を眇めた。カテーナ・ディ・モンターニェ侯城がある小高い山の裾、麓の町の向こうに広がる林の広い範囲から、無数の甲冑の音がする。隠してあった伏兵が動き出したのだ。伏兵の可能性は考えていたが、その規模が、予想以上だ。こちらが容易した兵力を超えているかもしれない。
「ナーヴェ様、予想を超える伏兵です」
 ジョールノは、顔に近づけた通信端末へ喋った。すると、即座に返事があった。
〈うん。こちらでも観測している。ぼくの本体でそちらへ急行しているから、少しだけ持ち堪えて。双方に、絶対に犠牲者を出さないように、頼むよ〉
「でき得る限り」
 ジョールノは、苦しく応じた。第一優先は、愛しいペルソーネと王位継承権第一位のヴァッレの安全だ。だが、ナーヴェが求めたことも充分分かる。どちらかに犠牲者を出してしまえば、反乱は、一気に泥沼化してしまうことだろう。
 百戦錬磨のファルコは、町にいたジョールノ達を、焼け落ちた侯城のほうへ逃がしつつ、小高い山の登り口を全て兵達で固めていっている。自ら逃げ道をなくす選択だが、暫くなら寡兵でも守り易い篭城の構えだ。
「ナーヴェ様からは何と?」
 ヴァッレが訊いてきた。通信端末のことはピアット・ディ・マレーア侯領で合流した際に、ヴァッレにもペルソーネにも教えてある。
「本体でこちらへ急行している、と。防戦は、そう長くはせずに済みそうです」
 敢えて明るい口調で、ジョールノは答えた。
「あの本体には、何か武装があるのですか?」
 ペルソーネが気遣わしげに問うてきた。自分の身も危ないというのに、ナーヴェの心配とは、彼女らしい。
「武装は多くはないでしょうが、何かはあるのでしょう。ナーヴェ様は、勝算のないことはなさいませんから」
 あの王の宝は、何だかんだ言って、決して感情では動かない。全て合理的な判断の上で最善の方法を選び、行動しているのだ。
(ただ……、御自分の身の安全に関してだけは、少々無頓着でいらっしゃるからな……)
 ペルソーネが懸念するのも無理はない。
「確かに、そうですね。それに、今わたくし達が心配しても、仕方のないことではありますね……」
 微かに自嘲気味に納得して、ペルソーネは急ぎ足で小高い山に造られた階段を登っていく。慣れているのだろう、その足運びに疲れは感じられない。一方、ヴァッレのほうは、慣れない階段の連続に、少々疲れてきているようだった。王族として育ってきて、無理に体を動かすという経験が不足しているのだろう。それでも、だからこそヴァッレは広い視野を失わない。
「バーゼは、大丈夫なのでしょうか?」
 硬い声音で確かめられて、ジョールノは真顔で告げた。
「彼女は潜入の達人で、こういった状況にも慣れています。われわれよりも、上手く行動しているでしょう。ですが、あなた方がこれ以上の危機に晒されれば、彼女としても、無理をせざるを得なくなります。ですから、まずは御自身を守ることを考えて下さい」
「――分かりました」
 昼下がりの曇天の下、ヴァッレは険しい表情で頷いた。正装のため、きちんとまとめたその髪から落ちた二、三本の後れ毛が、風に激しく靡いている。天気が下り坂なのか、風が強くなってきたようだった。


「包囲されているね。侯城の焼け跡の庭園に降りるよ」
 淡々と報告して、ナーヴェは本体を降下させ始めた。窓から見える小高い山の麓に、反乱民らしき人々が集まり、その前面へ、武装した兵士達がいるのが見える。小高い山の頂上にある焼け落ちた侯城には、ファルコ将軍の軍旗がたなびき、山裾のほうでは、敵兵に相対して、将軍の兵達が展開しているさまが窺えた。
(ヴァッレとペルソーネは……、あそこか)
 目で探したアッズーロは、軍旗の近くに見慣れた二人の姿を見つけて、一息ついた。とりあえず、二人は無事救出できそうだ。後は、この状況を如何に収めるかである――。
「まずい! 発砲する気だ」
 急にナーヴェが低く叫んだ。
「鉄砲を装備しておるのか」
 険しく顔をしかめたアッズーロに、妃は早口で説明した。
「歩兵の内、三十人が装備している。彼らはテッラ・ロッサ軍と見て間違いないね。国境付近で軍事演習していた軍が、そのまま来たみたいだ。ロッソにそんなつもりはなさそうだったから、別の人の命令に拠るものだろうね。残念ながら、彼我の戦力差はこれで決定的だ。駄目だ、バーゼが動いた。自分の素性がばれてでも銃撃を阻止させるつもりだ。ごめん、飛行形態変更、浮遊飛行形態。急速回頭――」
 そこで言葉を途切れさせ、ナーヴェは降下し掛けていた本体を急に方向転換させて、小高い山を下るように低く飛ばし、敵兵達に突っ込ませた。未知の飛行体に、敵兵の多くは驚き慌てふためいて、雪崩を打ったように小高い山から裾野へと散っていく。だが、その場に踏み留まって反撃してきた一団もある。鉄砲を持った一団だ。何発かの弾丸が飛んできて、ナーヴェの本体に当たった。がん、がん、と派手に響く音に、アッズーロは気が気でない思いで、操縦席のナーヴェの肉体を振り向いた。
「大丈夫だよ」
 ナーヴェは安堵させるように、こちらを見て頷く。
「この程度の攻撃なら、装甲に僅かな傷がつくだけで、何の問題もない。問題は、あの鉄砲隊だ。無力化しないと、ファルコの配下に死者を出してしまう」
「そなたの本体の武器で攻撃すればよい。何かあるのであろう?」
 アッズーロが問うと、ナーヴェは難しい顔になった。
「大怪我をさせずに、無力化だけする装備は、そんなに多くないんだ。三十人に対応できる数はとてもない」
「大怪我をさせても、この状況では致し方なかろう」
 アッズーロは説得したが、妃は首を横に振り、微笑んだ。
「前にも言っただろう? きみ達は――この惑星の人々はみんな、ぼくの子どもみたいなものなんだ。だから、できるだけ、怪我はさせたくない」
「ならば、どうするのだ」
 アッズーロは苛立って問い詰めた。敵兵達のすぐ上空を飛ぶナーヴェの本体には、依然として、がん、がんと弾丸が当たり続けている。ナーヴェは、悪戯っぽい表情を浮かべて答えた。
「当初の作戦を応用するよ。ぼくの肉体で、あの鉄砲隊三十人を一時的に無力化する。同時に、ヴァッレとペルソーネとジョールノをこの本体に回収、離脱。ファルコ達には一点突破しての撤退を指示する」
 成るほど、作戦としてはよくできている。敵の意表を突き、恐らくは成功するだろう。だが、気懸かりは別にある。
「それで、そなたの肉体はその後どうなるのだ」
 眉をひそめて確かめたアッズーロに、ナーヴェは笑顔で告げた。
「ファルコ達と一緒に一点突破に加わるよ。大丈夫、ぼくは強いから」
「そなたが如何ほど強いのか、われは知らん。そなたの肉体の強さは、われの許へ無事その肉体を戻せるだけのものなのか?」
「――確約はできない。でも、努力はするよ」
 王の宝はいつもの返答をして、操縦席から立ち上がる。
「それに、この肉体は、ぼくにとってみれば、腕の一本みたいなものだ。きみのものでもあるから、できるだけ傷つけたくはないけれど、きみにとっても、ぼくにとっても、本当に守るべきものではない」
 断言されて、アッズーロは唇を噛んだ。ナーヴェの言わんとすることは分かる。「守るべきもの」――それは、ヴァッレでありペルソーネであり、ジョールノでありバーゼであり、ファルコとその配下の兵士達、反乱民達も含めた、アッズーロの国民達ということだ。
「――分かっておる。だが、最善は尽くせ」
「うん。それは約束する」
 素直に応じて、ナーヴェの肉体は、軽く屈伸などをしてから、本体の扉へ歩み寄る。その白い手をつと取って、アッズーロは骨張った甲に口付けた。
「こんな時に、何だい……?」
 驚き呆れた顔になったナーヴェに、アッズーロは白い手を離しながら言い返した。
「こんな時だからこそだ。それはわれのものだ。大切にせよ」
「努力するよ」
 柔らかく頑なな返事を残して、一瞬開いた扉から、ナーヴェの肉体は飛び降りていった。長く青い髪を靡かせて落ち、地面に着地するのではなく、敵兵に取り付いて、華麗に倒す妃の姿を、アッズーロは窓から狂おしく見守る。けれど、そんなアッズーロにお構いなく、ナーヴェの本体は回頭して、小高い山の頂のほうにいるヴァッレとペルソーネとジョールノの許へ急行した。
 ヴァッレ達は心得たふうに、地面から微かに浮いた状態で開かれた扉から、ナーヴェの本体に乗り込んでくる。
「分かりました、はい」
 ジョールノが、通信端末に応答しながら、最後に乗船してきた。
(そうか、通信端末でこやつ、ずっとナーヴェと遣り取りしておったのだな……)
 顔をしかめたアッズーロに一礼し、ジョールノは操縦席へ腰を下ろす。ヴァッレとペルソーネが後席に座ったので、確かに座席はそこしか空いていないのだが、アッズーロにしてみれば、不愉快だった。
(そこは、わが妃の席ぞ)
 胸中で呟いたアッズーロの言葉が聞こえたかのように、突然、ナーヴェの声が船内に響いた。
〈アッズーロ、怒らないで、大人しく座っていて。ヴァッレ、ペルソーネ、ジョールノ、座席帯をするよ〉
「そなたの肉体は、まだ無事なのか?」
 窓から見えなくなった肉体の安否をアッズーロが尋ねると、ナーヴェは笑い含みに報告した。
〈きみは本当に心配性だね。現時点では無事だよ。もう二十一人を無力化した。バーゼも無事だよ。こっちの動きを見て、反乱民への潜入を続行している。ファルコへの指示も通った。すぐ一点突破を始める――〉
 不意に、ナーヴェの音声が途絶えた。
「如何した」
 座席帯の余裕一杯に腰を浮かせたアッズーロに、ナーヴェの音声は、すまなそうに言った。
〈ごめん。負傷した。でも、致命傷ではないから、心配しないで〉
「心配するに決まっておろう、この馬鹿者め!」
 アッズーロは怒鳴ったが、ナーヴェは淡々と諫めてきた。
〈優先事項は確認したはずだよ。まずは、「守るべきもの」が先だ。ヴァッレ達を王城に運んだ後、ぼくの肉体を回収する〉
 王としては言い返せない。アッズーロは座席に腰を下ろし、両の肘掛けを握り締めて、逆巻く感情に耐えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

わたしたちの庭

犬飼ハルノ
恋愛
「おい、ウェスト伯。いくらなんでもこんなみすぼらしい子どもに金を払えと?」 「まあまあ、ブルーノ伯爵。この子の母親もこんな感じでしたが、年ごろになると見違えるように成熟しましたよ。後妻のアリスは元妻の従妹です。あの一族の女は容姿も良いし、ぽんぽんと子どもを産みますよ」 「ふうん。そうか」 「直系の跡継ぎをお望みでしょう」 「まあな」 「しかも伯爵以上の正妻の子で年ごろの娘に婚約者がいないのは、この国ではこの子くらいしかもう残っていませんよ」 「ふ……。口が上手いなウェスト伯。なら、買い取ってやろうか、その子を」  目の前で醜悪な会話が繰り広げられる中、フィリスは思った。  まるで山羊の売買のようだと。  かくして。  フィリスの嫁ぎ先が決まった。 ------------------------------------------  安定の見切り発車ですが、二月中に一日一回更新と完結に挑みます。  ヒロインのフィリスが自らの力と人々に支えられて幸せをつかむ話ですが、  序盤は暗く重い展開です。  タグを途中から追加します。   他サイトでも公開中。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...