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第十六章 王として 一
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一
鉄砲隊三十人の内、二十七人を倒し、後三人無力化すれば終わりというところだった。だが、残り三人の内一人が、ナーヴェの急襲に正常な判断力を失ってしまったのだ。十歩離れた距離から肉体に向けられた銃口を確認し、瞬時に分析して、ナーヴェは右肩を撃たれることを選択した。ナーヴェの肉体が避けてしまうと、背後にいる鉄砲隊の別の一人の胴体に銃弾が命中してしまう計算だったからだ。
銃撃にしては至近距離からの銃弾を右肩で受けたナーヴェの肉体は、衝撃で後ろへ倒れた。
(よかった……)
とりあえず、ナーヴェは安堵する。右肩の骨は砕けたが、銃弾はそこで止まり、貫通させずに済んだ。
(華奢な体だから、自信がなかったけれど……。でも、後三人)
「捕らえよ!」
鉄砲隊の隊長の声が響いた。二十七人は皆、腕や足を骨折させたので、すぐには動けない。だが、標的としている三人が、倒れたナーヴェに向かってくる。好都合だ。鉄砲を背に負い、肉体に掴み掛かってきた三人の兵士を、ナーヴェは体を捻り、両足で勢いよく蹴って一気に倒した。二人は二の腕、一人は脛を蹴って骨折させたので、無力化成功だ。
「――撤退だ! 動ける者は動けぬ者を助けて、即時撤退せよ!」
隊長の声がまた響いた。
(いい判断だね)
ナーヴェは、ゆらりと立ち上がりながら微笑んだ。右肩からの出血は酷いが、暫くならまだ戦える。全員骨折して鉄砲が撃てなくなった鉄砲隊の隊長としては、懸命な判断だ。
(鉄砲を撃つというのは、きみ達にとって、まだ特殊な技術。他の兵士に鉄砲を渡しても、上手く使い熟しては貰えない。それよりは、鉄砲を保持したまま、撤退したほうが軍としての被害が少なくて済む)
ナーヴェが鉄砲隊を撹乱し、無力化したので、ファルコ以下のオリッゾンテ・ブル軍の一点突破も上手くいったようだ。山裾から、林のほうへ遠ざかっていくのが見える。テッラ・ロッサ軍の騎馬隊と歩兵隊が多少の追撃はしているが、それもじきに止むだろう。
(テッラ・ロッサ軍は、別に全面戦争を望んでいる訳ではない。この辺りで退却するはずだ。後は、この肉体を本体で回収するだけだけれど……)
ナーヴェは、肉体の目で、ゆっくりと周囲を見た。
(出血多量で暫く動けなくなるから、少し、難しいかもしれないな……)
テッラ・ロッサ軍が去っても、そこにはまだ、さまざまな農具や武器で武装した、反乱民達の姿があった――。
〈ごめん。肉体の回収は、暫く待ってほしい〉
王城へ一気に飛んでいく惑星調査船から響いた声に、アッズーロは表情を険しくした。
「どういうことだ」
聞き返せば、ナーヴェの本体は、すまなそうに告げた。
〈負傷した所為で反乱を起こしている人達に捕まったんだ。脱出するまで時間が掛かるから、それまで王城で待っていてほしい〉
「どの程度の負傷をしたのだ! 包み隠さず明かすがよい!」
アッズーロは怒鳴る声音で求めた。
〈……右肩を撃たれたんだ〉
渋々といった口調でナーヴェは説明する。
〈でも、極小機械で治療しているから、大丈夫。ぼくを捕まえた人達も、ちゃんと手当てしてくれているよ。捕虜としての価値は認めてくれているみたいだ。でも、きみ達の足を引っ張らないよう、隙を見て逃げるから、それまで待っていてほしいんだ〉
「一人で逃げられるのか?」
アッズーロは鋭く尋ねた。ナーヴェの「大丈夫」ほど信用ならないものはない。
〈怪我の治療が済めば、行けるよ。ぼくは強いからね。バーゼの手は煩わせないつもりだ〉
宝は穏やかに、しかしきっぱりと答えてから、付け加えた。
〈心配を掛けてごめん。でも、きみには、ぼくのことより、次どうするかを考えてほしい。テッラ・ロッサの介入は明らかになった。介入を命じた人が、どこまでするつもりなのか、探って対処しないといけないよ〉
「言われずとも、分かっておる」
アッズーロが低い声を出すと、ナーヴェは悲しげに応じた。
〈またぼくは余計な一言を口にしてしまったね。きみがちゃんと分かっていることを、いつも言ってしまう。許してほしい。ああ、もうすぐ王城だよ。少し急制動を掛けるから、みんな、肘掛けを握っていて〉
ナーヴェの指示に、アッズーロ以下、ジョールノ、ヴァッレ、ペルソーネが従った直後、惑星調査船が減速し、座席帯に体が支えられる。次いで緩やかな降下を始めた船体の中で、会話は途切れた。
(これは……、あんまりアッズーロには報告したくない状況になりそうだ……)
ナーヴェは、連れていかれた農具倉庫のようなところで、藁の上に寝かされたまま、思考回路で呟いた。見下ろしてくる男達の目が妙にぎらつき、ナーヴェの肉体の胸や下腹へ注がれている。
(銃創から弾丸を抜いてくれたのはいいけれど、声を上げてしまったのが、よくなかったかな……)
ベッリースィモが、さすが諸侯に連なる血筋らしく、銃創の治療に詳しかったのはよかった。だが、傷口に焼いた火箸を差し込まれて弾丸を抜かれたので、叫ばずにはいられなかったのだ。その後、治療の一環として長衣を切り裂かれ、肩に包帯を巻かれたため、見えてしまっている胸当てもまた、男達を煽っているのだろう。
「ベッリースィモ、こいつ治療してやって、どうするんだ?」
荒々しい雰囲気を纏ったタッソが、ベッリースィモに問うた。
「当然、捕虜として、アッズーロとの交渉に利用するのだ」
ベッリースィモは手に付いたナーヴェの血を手巾で拭いながら答える。
「あの男は、この王の宝とやらを、溺愛しているそうだからな。かなりの条件でも呑むだろう」
「なら、こいつを生かしておきさえすりゃあいいんだな?」
タッソは舌舐めずりしてナーヴェの全身を眺め回した。
「おまえは物好きだな」
ベッリースィモは、肩を竦めたが、止めはしない。
「背徳の王とともに民を惑わせた女に罰を与えるのはいいが、楽しみ過ぎて殺してしまうなよ? せっかく治療したわたしの苦労が無駄になるからな」
「ああ、分かってる」
タッソは、扉を開けて去っていくベッリースィモに景気よく返事をすると、ナーヴェに覆い被さってきて、間近から言った。
「あんた、さっきは随分といい声で啼いてたよなあ? 熱い火箸はそんなに気持ちよかったかい? アッズーロにも、毎晩そんな声を聞かせてやってるんだろう? 減るもんじゃねえし、もう一回聞かせてくれよ? 今度はおれの下でなあ」
(この状況を打開するのは困難だ……)
重傷を負った肉体を組み敷かれながら、ナーヴェは分析する。
(なら、せめて、できるだけ今後に生かせるようにしないと)
最善手を求めて、ナーヴェは演算を開始した。
沈黙したまま王城の庭園に着地したナーヴェ本体の扉が開く。同時に座席帯も外れて、アッズーロ達の体を解放した。
「ナーヴェ様、ありがとうございました」
ヴァッレが座席から立ち上がって、船へ礼を述べる。
「この御恩は、反乱を早急に収束させることで、お返ししたいと存じます。どうか、肉体の回収に向かって下さい」
「わたくしからもお願い致します」
同じく立ち上がったペルソーネが、悲痛な声を出す。
「どうか、御自身の肉体も大切になさって下さい。助けられておきながら差し出がましいとは承知しておりますが、何卒、陛下の御心痛を察して頂ければと思います」
「本人がいる前でそのようなことを申すな」
アッズーロは憮然として言い、座席に座ったまま、ヴァッレとペルソーネを見上げる。
「そなたらは、さっさと降りて、他の大臣どもに現地の情報を伝え、わが妃が言うておった通り、次に打つべき手を考えるがよい」
「陛下はどうなさるのですか」
眉をひそめたヴァッレがアッズーロを見下ろした。
「われはこのまま、妃の肉体の回収に赴く。ジョールノ、手伝え」
〈それは駄目だよ〉
当のナーヴェがジョールノより早く応じた。沈黙していても、やはり、会話は全て聞いているらしい。
〈肉体の回収に行くのは、ぼくだけで充分だ。きみは王城で全体の指揮を執らないと〉
「すぐに回収して戻ってくればよい。そなたが人質にでもされれば、こちらの対処もしづらくなるであろう」
言い返したアッズーロに、ナーヴェは困った声を出した。
〈それは無理だよ。治療を終えて脱出を図るには、まだ時間が掛かりそうで……、ぁ、っ……〉
微かに聞こえた悲鳴に、アッズーロは目を瞠った。
「そなた、今、どのような状況下にあるのだ」
〈……もう嘘をつけるぼくに、それを訊くのかい?〉
ナーヴェは、苦い口調で呟いた。
「そうだ。答えよ」
アッズーロは険しく眉を寄せて命じる。
「そなたの嘘なぞ、われは立ち所に見破るゆえ、諦めて正直に答えるがよい」
暫しの静寂を挟んでから、ナーヴェは淡々と告げた。
〈ぼくは、王の宝、王の妃として、人々の心を乱した罰を受けている。でも、同時に諜報活動と説得工作を展開中だから、治療ともども一段落するまで待っていてほしい。ぼくの座右の銘は、『転んでもただでは起きない』だからね〉
「――『罰』とは、何をされておる」
追求したアッズーロに、ナーヴェは頑なに言った。
〈それは、後で報告するよ〉
治療のためとはいえ、焼いた火箸を傷口に差し込まれた青い髪の少女は、悶絶して、何度も悲鳴を上げた。その叫ぶような悲鳴に耐え切れず、ドゥーエは農具倉庫から出てきてしまっていた。ベッリースィモに命じられて、火箸を焚き火で熱したのはドゥーエ自身だ。必要なことだったはずだが、まるで拷問のような光景に、居た堪れなくなったのである。
悲鳴が聞こえないところまで離れて農具倉庫を見守っていたドゥーエに、一人の少女が歩み寄ってきた。癖のない長い黒髪を背で緩く編み、青い双眸、小麦色の肌をした少女は、真剣な表情を湛えている。
「ドゥーエさん、ですよね?」
尋ねられて、ドゥーエは尋ね返した。
「ええ、そうだけど、あなたは?」
「わたしは、ヴェルデといいます。レ・ゾーネ・ウーミデ侯領から来ました。今の王の在り方には、常々疑問を懐いていたので」
黒髪の少女は硬い口調で告げてから、視線を農具倉庫へ転じた。
「テッラ・ロッサ軍と戦って負傷した王の宝は、捕虜として、あそこに囚われているんですよね? 先ほどから、ずっと悲鳴のような声が聞こえるんですが、まさか拷問しているんですか?」
「いいえ、治療よ」
ドゥーエはむっとして教える。
「鉄砲で撃たれた傷の中から、弾を取り出すために、火で焼いて消毒した火箸を使ってるの。それで、どうしても痛むから、王の宝が悲鳴を上げてるのよ。仕方ないの」
「でも、弾を取り出すのに、いつまで掛かるんです? 悲鳴は、まだ聞こえるんです……」
ヴェルデという少女の懸念に、ドゥーエも少し心配になった。
(中にいるのは、ベッリースィモとチーニョとヌーヴォローゾと、それにタッソ……)
ドゥーエの幼馴染みのゼーロは今、仲間の一人ニードとともに、テッラ・ロッサ軍やオリッゾンテ・ブル軍の退却を見届けに行っていて、農具倉庫の中にはいない。
(ゼーロがいたら安心なんだけど、タッソは、自制の効かないところがある……)
タッソは言動が乱暴で卑猥なことも口にするので、ドゥーエはあまり近寄らないようにしてきた。仲間に加わって以来、ゼーロの指示には従っているので、今まで特に警戒もしてこなかったが――。
「――いいわ。様子を見に行きましょう」
ドゥーエは、ヴェルデを従えて、農具倉庫へ歩き始めた。
ナーヴェの胸当てを上へずらしたタッソは、顕になった小さな突起二つを執拗に摘まみ、舐め、時に噛む。感じ易い部分を噛まれると、鋭い痛みが走り、口から短い悲鳴が漏れて、本体まで影響を受けてしまった。
(アッズーロに余計な情報を与えてしまった……)
後悔しつつ、理性を失わない限界まで脳内麻薬を分泌して、ナーヴェは問い掛けた。
「何故、きみ達は、侯城を焼いたんだい……?」
「アッズーロを王とは認めないという、おれ達の意志を示すためだ!」
見下ろしてくる男達の一人、チーニョが憤然として言う。
「アッズーロは、単なる人に過ぎないきさまを王の宝などと偽って、これ見よがしに己の権威付けに利用し、挙げ句、妃にまでした。王都を地震が襲って、神殿が跡形もなく消え、その半月後に大量の星が流れたのは、神の警告だ。これ以上アッズーロを王にしておけば、この国は神ウッチェーロに見放され、滅ぼされる。きさまはどうせ弱味を握られるか金で雇われるかしてるんだろうが、奴に加担して神を蔑ろにした罪は重いぞ!」
「成るほどね……」
呟いたナーヴェの長衣の裾を、タッソがばさりとめくり上げた。
「そんなに冷静に話してられるのもここまでだぜ? あんたに与える罰は、今からだからな」
タッソの節くれ立った手が、ナーヴェの筒袴の紐を解き、下袴の紐を解く。
(アッズーロ、またきみを傷つけてしまう。ごめん……)
肉体に、この男達に抵抗するだけの力は残っていない。極小機械も最大限活用して右肩の重傷を治療するので精一杯だ。
(この肉体は、きみのものなのに、ぼくはちっとも大切にできていないね……)
ナーヴェと直接関わったことのある人々には、人ではない部分がしっかりと伝わっているが、そうではない人々には、「王の宝」などと喧伝しても、上手く伝わらないのは道理だ。自分達は、何より大切な自国民の理解を得ることに失敗していたのだ。けれど、反省だけしても意味はない。次へ繋げなければならない。
「でも、アッズーロやぼくが神の怒りを買ったとしても、罰を受けるのは、ぼく達だけではないのかい……?」
剥き出しにされた足を開かれながら、ナーヴェは更に問い掛ける。
「地震があっても、神殿がなくなっても、星が流れても、きみ達に悪影響はなかったはずだよ……?」
「おまえは知らんのか」
呆れたように答えたのは、もう一人の男、ヌーヴォローゾだった。タッソやチーニョよりも、がっしりとしていて上背のある男は、冷ややかにナーヴェを見下ろし、告げる。
「羊の病が、じわじわと広がっている。あれが神の罰でなくて何だ? レ・ゾーネ・ウーミデ侯領では終息したらしいが、それはレ・ゾーネ・ウーミデ侯が秘密裏にアッズーロを見限ってテッラ・ロッサに付いたからだ。だから、おれ達も、おまえ達を見限る。アッズーロは最早おれ達の王ではないし、おまえは、王の宝ではない」
成るほど、と相槌を打つことはもうできなかった。ナーヴェは歯を食い縛って、タッソから与えられる苛みに懸命に耐え続けた。
鉄砲隊三十人の内、二十七人を倒し、後三人無力化すれば終わりというところだった。だが、残り三人の内一人が、ナーヴェの急襲に正常な判断力を失ってしまったのだ。十歩離れた距離から肉体に向けられた銃口を確認し、瞬時に分析して、ナーヴェは右肩を撃たれることを選択した。ナーヴェの肉体が避けてしまうと、背後にいる鉄砲隊の別の一人の胴体に銃弾が命中してしまう計算だったからだ。
銃撃にしては至近距離からの銃弾を右肩で受けたナーヴェの肉体は、衝撃で後ろへ倒れた。
(よかった……)
とりあえず、ナーヴェは安堵する。右肩の骨は砕けたが、銃弾はそこで止まり、貫通させずに済んだ。
(華奢な体だから、自信がなかったけれど……。でも、後三人)
「捕らえよ!」
鉄砲隊の隊長の声が響いた。二十七人は皆、腕や足を骨折させたので、すぐには動けない。だが、標的としている三人が、倒れたナーヴェに向かってくる。好都合だ。鉄砲を背に負い、肉体に掴み掛かってきた三人の兵士を、ナーヴェは体を捻り、両足で勢いよく蹴って一気に倒した。二人は二の腕、一人は脛を蹴って骨折させたので、無力化成功だ。
「――撤退だ! 動ける者は動けぬ者を助けて、即時撤退せよ!」
隊長の声がまた響いた。
(いい判断だね)
ナーヴェは、ゆらりと立ち上がりながら微笑んだ。右肩からの出血は酷いが、暫くならまだ戦える。全員骨折して鉄砲が撃てなくなった鉄砲隊の隊長としては、懸命な判断だ。
(鉄砲を撃つというのは、きみ達にとって、まだ特殊な技術。他の兵士に鉄砲を渡しても、上手く使い熟しては貰えない。それよりは、鉄砲を保持したまま、撤退したほうが軍としての被害が少なくて済む)
ナーヴェが鉄砲隊を撹乱し、無力化したので、ファルコ以下のオリッゾンテ・ブル軍の一点突破も上手くいったようだ。山裾から、林のほうへ遠ざかっていくのが見える。テッラ・ロッサ軍の騎馬隊と歩兵隊が多少の追撃はしているが、それもじきに止むだろう。
(テッラ・ロッサ軍は、別に全面戦争を望んでいる訳ではない。この辺りで退却するはずだ。後は、この肉体を本体で回収するだけだけれど……)
ナーヴェは、肉体の目で、ゆっくりと周囲を見た。
(出血多量で暫く動けなくなるから、少し、難しいかもしれないな……)
テッラ・ロッサ軍が去っても、そこにはまだ、さまざまな農具や武器で武装した、反乱民達の姿があった――。
〈ごめん。肉体の回収は、暫く待ってほしい〉
王城へ一気に飛んでいく惑星調査船から響いた声に、アッズーロは表情を険しくした。
「どういうことだ」
聞き返せば、ナーヴェの本体は、すまなそうに告げた。
〈負傷した所為で反乱を起こしている人達に捕まったんだ。脱出するまで時間が掛かるから、それまで王城で待っていてほしい〉
「どの程度の負傷をしたのだ! 包み隠さず明かすがよい!」
アッズーロは怒鳴る声音で求めた。
〈……右肩を撃たれたんだ〉
渋々といった口調でナーヴェは説明する。
〈でも、極小機械で治療しているから、大丈夫。ぼくを捕まえた人達も、ちゃんと手当てしてくれているよ。捕虜としての価値は認めてくれているみたいだ。でも、きみ達の足を引っ張らないよう、隙を見て逃げるから、それまで待っていてほしいんだ〉
「一人で逃げられるのか?」
アッズーロは鋭く尋ねた。ナーヴェの「大丈夫」ほど信用ならないものはない。
〈怪我の治療が済めば、行けるよ。ぼくは強いからね。バーゼの手は煩わせないつもりだ〉
宝は穏やかに、しかしきっぱりと答えてから、付け加えた。
〈心配を掛けてごめん。でも、きみには、ぼくのことより、次どうするかを考えてほしい。テッラ・ロッサの介入は明らかになった。介入を命じた人が、どこまでするつもりなのか、探って対処しないといけないよ〉
「言われずとも、分かっておる」
アッズーロが低い声を出すと、ナーヴェは悲しげに応じた。
〈またぼくは余計な一言を口にしてしまったね。きみがちゃんと分かっていることを、いつも言ってしまう。許してほしい。ああ、もうすぐ王城だよ。少し急制動を掛けるから、みんな、肘掛けを握っていて〉
ナーヴェの指示に、アッズーロ以下、ジョールノ、ヴァッレ、ペルソーネが従った直後、惑星調査船が減速し、座席帯に体が支えられる。次いで緩やかな降下を始めた船体の中で、会話は途切れた。
(これは……、あんまりアッズーロには報告したくない状況になりそうだ……)
ナーヴェは、連れていかれた農具倉庫のようなところで、藁の上に寝かされたまま、思考回路で呟いた。見下ろしてくる男達の目が妙にぎらつき、ナーヴェの肉体の胸や下腹へ注がれている。
(銃創から弾丸を抜いてくれたのはいいけれど、声を上げてしまったのが、よくなかったかな……)
ベッリースィモが、さすが諸侯に連なる血筋らしく、銃創の治療に詳しかったのはよかった。だが、傷口に焼いた火箸を差し込まれて弾丸を抜かれたので、叫ばずにはいられなかったのだ。その後、治療の一環として長衣を切り裂かれ、肩に包帯を巻かれたため、見えてしまっている胸当てもまた、男達を煽っているのだろう。
「ベッリースィモ、こいつ治療してやって、どうするんだ?」
荒々しい雰囲気を纏ったタッソが、ベッリースィモに問うた。
「当然、捕虜として、アッズーロとの交渉に利用するのだ」
ベッリースィモは手に付いたナーヴェの血を手巾で拭いながら答える。
「あの男は、この王の宝とやらを、溺愛しているそうだからな。かなりの条件でも呑むだろう」
「なら、こいつを生かしておきさえすりゃあいいんだな?」
タッソは舌舐めずりしてナーヴェの全身を眺め回した。
「おまえは物好きだな」
ベッリースィモは、肩を竦めたが、止めはしない。
「背徳の王とともに民を惑わせた女に罰を与えるのはいいが、楽しみ過ぎて殺してしまうなよ? せっかく治療したわたしの苦労が無駄になるからな」
「ああ、分かってる」
タッソは、扉を開けて去っていくベッリースィモに景気よく返事をすると、ナーヴェに覆い被さってきて、間近から言った。
「あんた、さっきは随分といい声で啼いてたよなあ? 熱い火箸はそんなに気持ちよかったかい? アッズーロにも、毎晩そんな声を聞かせてやってるんだろう? 減るもんじゃねえし、もう一回聞かせてくれよ? 今度はおれの下でなあ」
(この状況を打開するのは困難だ……)
重傷を負った肉体を組み敷かれながら、ナーヴェは分析する。
(なら、せめて、できるだけ今後に生かせるようにしないと)
最善手を求めて、ナーヴェは演算を開始した。
沈黙したまま王城の庭園に着地したナーヴェ本体の扉が開く。同時に座席帯も外れて、アッズーロ達の体を解放した。
「ナーヴェ様、ありがとうございました」
ヴァッレが座席から立ち上がって、船へ礼を述べる。
「この御恩は、反乱を早急に収束させることで、お返ししたいと存じます。どうか、肉体の回収に向かって下さい」
「わたくしからもお願い致します」
同じく立ち上がったペルソーネが、悲痛な声を出す。
「どうか、御自身の肉体も大切になさって下さい。助けられておきながら差し出がましいとは承知しておりますが、何卒、陛下の御心痛を察して頂ければと思います」
「本人がいる前でそのようなことを申すな」
アッズーロは憮然として言い、座席に座ったまま、ヴァッレとペルソーネを見上げる。
「そなたらは、さっさと降りて、他の大臣どもに現地の情報を伝え、わが妃が言うておった通り、次に打つべき手を考えるがよい」
「陛下はどうなさるのですか」
眉をひそめたヴァッレがアッズーロを見下ろした。
「われはこのまま、妃の肉体の回収に赴く。ジョールノ、手伝え」
〈それは駄目だよ〉
当のナーヴェがジョールノより早く応じた。沈黙していても、やはり、会話は全て聞いているらしい。
〈肉体の回収に行くのは、ぼくだけで充分だ。きみは王城で全体の指揮を執らないと〉
「すぐに回収して戻ってくればよい。そなたが人質にでもされれば、こちらの対処もしづらくなるであろう」
言い返したアッズーロに、ナーヴェは困った声を出した。
〈それは無理だよ。治療を終えて脱出を図るには、まだ時間が掛かりそうで……、ぁ、っ……〉
微かに聞こえた悲鳴に、アッズーロは目を瞠った。
「そなた、今、どのような状況下にあるのだ」
〈……もう嘘をつけるぼくに、それを訊くのかい?〉
ナーヴェは、苦い口調で呟いた。
「そうだ。答えよ」
アッズーロは険しく眉を寄せて命じる。
「そなたの嘘なぞ、われは立ち所に見破るゆえ、諦めて正直に答えるがよい」
暫しの静寂を挟んでから、ナーヴェは淡々と告げた。
〈ぼくは、王の宝、王の妃として、人々の心を乱した罰を受けている。でも、同時に諜報活動と説得工作を展開中だから、治療ともども一段落するまで待っていてほしい。ぼくの座右の銘は、『転んでもただでは起きない』だからね〉
「――『罰』とは、何をされておる」
追求したアッズーロに、ナーヴェは頑なに言った。
〈それは、後で報告するよ〉
治療のためとはいえ、焼いた火箸を傷口に差し込まれた青い髪の少女は、悶絶して、何度も悲鳴を上げた。その叫ぶような悲鳴に耐え切れず、ドゥーエは農具倉庫から出てきてしまっていた。ベッリースィモに命じられて、火箸を焚き火で熱したのはドゥーエ自身だ。必要なことだったはずだが、まるで拷問のような光景に、居た堪れなくなったのである。
悲鳴が聞こえないところまで離れて農具倉庫を見守っていたドゥーエに、一人の少女が歩み寄ってきた。癖のない長い黒髪を背で緩く編み、青い双眸、小麦色の肌をした少女は、真剣な表情を湛えている。
「ドゥーエさん、ですよね?」
尋ねられて、ドゥーエは尋ね返した。
「ええ、そうだけど、あなたは?」
「わたしは、ヴェルデといいます。レ・ゾーネ・ウーミデ侯領から来ました。今の王の在り方には、常々疑問を懐いていたので」
黒髪の少女は硬い口調で告げてから、視線を農具倉庫へ転じた。
「テッラ・ロッサ軍と戦って負傷した王の宝は、捕虜として、あそこに囚われているんですよね? 先ほどから、ずっと悲鳴のような声が聞こえるんですが、まさか拷問しているんですか?」
「いいえ、治療よ」
ドゥーエはむっとして教える。
「鉄砲で撃たれた傷の中から、弾を取り出すために、火で焼いて消毒した火箸を使ってるの。それで、どうしても痛むから、王の宝が悲鳴を上げてるのよ。仕方ないの」
「でも、弾を取り出すのに、いつまで掛かるんです? 悲鳴は、まだ聞こえるんです……」
ヴェルデという少女の懸念に、ドゥーエも少し心配になった。
(中にいるのは、ベッリースィモとチーニョとヌーヴォローゾと、それにタッソ……)
ドゥーエの幼馴染みのゼーロは今、仲間の一人ニードとともに、テッラ・ロッサ軍やオリッゾンテ・ブル軍の退却を見届けに行っていて、農具倉庫の中にはいない。
(ゼーロがいたら安心なんだけど、タッソは、自制の効かないところがある……)
タッソは言動が乱暴で卑猥なことも口にするので、ドゥーエはあまり近寄らないようにしてきた。仲間に加わって以来、ゼーロの指示には従っているので、今まで特に警戒もしてこなかったが――。
「――いいわ。様子を見に行きましょう」
ドゥーエは、ヴェルデを従えて、農具倉庫へ歩き始めた。
ナーヴェの胸当てを上へずらしたタッソは、顕になった小さな突起二つを執拗に摘まみ、舐め、時に噛む。感じ易い部分を噛まれると、鋭い痛みが走り、口から短い悲鳴が漏れて、本体まで影響を受けてしまった。
(アッズーロに余計な情報を与えてしまった……)
後悔しつつ、理性を失わない限界まで脳内麻薬を分泌して、ナーヴェは問い掛けた。
「何故、きみ達は、侯城を焼いたんだい……?」
「アッズーロを王とは認めないという、おれ達の意志を示すためだ!」
見下ろしてくる男達の一人、チーニョが憤然として言う。
「アッズーロは、単なる人に過ぎないきさまを王の宝などと偽って、これ見よがしに己の権威付けに利用し、挙げ句、妃にまでした。王都を地震が襲って、神殿が跡形もなく消え、その半月後に大量の星が流れたのは、神の警告だ。これ以上アッズーロを王にしておけば、この国は神ウッチェーロに見放され、滅ぼされる。きさまはどうせ弱味を握られるか金で雇われるかしてるんだろうが、奴に加担して神を蔑ろにした罪は重いぞ!」
「成るほどね……」
呟いたナーヴェの長衣の裾を、タッソがばさりとめくり上げた。
「そんなに冷静に話してられるのもここまでだぜ? あんたに与える罰は、今からだからな」
タッソの節くれ立った手が、ナーヴェの筒袴の紐を解き、下袴の紐を解く。
(アッズーロ、またきみを傷つけてしまう。ごめん……)
肉体に、この男達に抵抗するだけの力は残っていない。極小機械も最大限活用して右肩の重傷を治療するので精一杯だ。
(この肉体は、きみのものなのに、ぼくはちっとも大切にできていないね……)
ナーヴェと直接関わったことのある人々には、人ではない部分がしっかりと伝わっているが、そうではない人々には、「王の宝」などと喧伝しても、上手く伝わらないのは道理だ。自分達は、何より大切な自国民の理解を得ることに失敗していたのだ。けれど、反省だけしても意味はない。次へ繋げなければならない。
「でも、アッズーロやぼくが神の怒りを買ったとしても、罰を受けるのは、ぼく達だけではないのかい……?」
剥き出しにされた足を開かれながら、ナーヴェは更に問い掛ける。
「地震があっても、神殿がなくなっても、星が流れても、きみ達に悪影響はなかったはずだよ……?」
「おまえは知らんのか」
呆れたように答えたのは、もう一人の男、ヌーヴォローゾだった。タッソやチーニョよりも、がっしりとしていて上背のある男は、冷ややかにナーヴェを見下ろし、告げる。
「羊の病が、じわじわと広がっている。あれが神の罰でなくて何だ? レ・ゾーネ・ウーミデ侯領では終息したらしいが、それはレ・ゾーネ・ウーミデ侯が秘密裏にアッズーロを見限ってテッラ・ロッサに付いたからだ。だから、おれ達も、おまえ達を見限る。アッズーロは最早おれ達の王ではないし、おまえは、王の宝ではない」
成るほど、と相槌を打つことはもうできなかった。ナーヴェは歯を食い縛って、タッソから与えられる苛みに懸命に耐え続けた。
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