76 / 105
番外編 ナーヴェの花嫁姿 三
しおりを挟む
三
二週間後の朝食後、ピューメは約束通り、形になった婚礼衣装を持ってきた。色は婚礼衣装らしく純白だ。着替えの代わりにナーヴェに試着させて、アッズーロは目を細めた。
「ほう」
細かな金剛石や白金の飾りを散りばめ、透かし織りを多用してある。だが、決して、ごてごてした印象は与えず、寧ろ上半身はすっきりとした意匠で、腹の膨らんだ体型でも、背中や腕の美しさを効果的に見せ、ナーヴェの細さを引き立てる形だ。そして、胸のすぐ下から、やんわりと腹を覆って足元へと広がった裾の部分が、透かし織りを重ねた可憐な意匠になっており、ナーヴェの愛らしさを際立たせる。前裾は、重なり合った透かし織りが少し割れて細い足首が見えるようになっており、後ろ裾は、逆に少し引き摺るようになっている造形も秀逸だ。履き物としては、品のよい藤弦の草鞋が用意されていた。ナーヴェの白い素足をより艶めかしく見せて、素晴らしい。
「結った御髪には、これを」
ピューメが抱えてきた篭から、同じく透かし織りに細かな金剛石と白金の飾りをあしらった面紗を取り出した。結い上げた髪を束ねた根元辺りに、白金の櫛で挿して付ける意匠だ。
「なら、結って付けてみようか」
ナーヴェが、垂らしたままの髪を揺らして、アッズーロを振り向いた。宝は乗り気なようだ。何より、ピューメと触れ合えているのが嬉しいのだろう。
「うむ。フィオーレ、簡単に結ってやるがよい」
アッズーロは最も器用な女官に命じて、立たせていたナーヴェを寝台に腰掛けさせた。
「はい、ただ今」
フィオーレは櫛と結い紐を持ってナーヴェに近づき、先ほど梳いたばかりの長く青い髪を、丁寧に結い上げて括る。アッズーロが二週間前に示した通りの高さで結われた髪に、ピューメがそっと面紗の櫛を挿し入れた。ふわりとした面紗が、ピューメの手によって整えられ、ナーヴェの髪を飾り付け、顔を品良く隠す。
「如何でございましょう……?」
ピューメが緊張した面持ちで窺ってきた。ナーヴェも、面紗の陰から問う眼差しを向けてくる。アッズーロは、顔をしかめて言った。
「これは、ならん」
「何故だい……? 凄くいい出来なのに……」
ナーヴェが訝しげに訊いてきた。ピューメは凍り付いたようになり、フィオーレはおろおろとしている。アッズーロは深く息を吐いて告げた。
「愛くるし過ぎる。このような姿、他の男どもに見せられぬわ。皆、そなたに横恋慕してしまうではないか」
髪を上げたことで、細い首が強調され、その上の形のいい頭も常以上に可愛らしく、更に面紗によって飾り付けられたことで、何ともはや――だ。
「……つまり、ピューメはいい仕事をしたってことかい?」
ナーヴェが考える顔で確かめてきた。
「そうとも言えるが、これでは婚儀で使えん」
アッズーロは認めつつ、不満を零した。
「大丈夫だよ」
ナーヴェが微笑んで反論してくる。
「こんな青い髪をした、人ではない姿を愛する人は、きみが思っているより少数派だから」
「そのようなことはあるまい? そなたは誰が見ようと愛らしい」
「まあ、できるだけそうあるように造形されたから、そうではあるんだけれど……」
ナーヴェは言葉を探すようにして語る。
「ただ、きみみたいに、ぼくを人として愛する人は稀で、『人ではない者』に慣れていないきみの臣下達、国民達の中に、『横恋慕』する人は、殆どいないと思うよ」
「それは、単にそなたの憶測ではないか。そなたは、男というものを分かっておらん」
言い切ってから、アッズーロはパルーデの存在を思い出し、付け加えた。
「――女の中にも、そなたの魅力の虜になる者はおろうしな」
ナーヴェもパルーデを思い浮かべたのだろう、苦笑して言った。
「まあ、もしぼくに『横恋慕』する奇特な人がいたとしても、ぼくがきみの従僕で、きみのものであることに変わりはないんだから、心配する必要はないよ。王の宝として、ぼくがきみを選んだことは、周知の事実だしね」
「それは、そうだが」
「見栄えがいいのなら、それに越したことはないよ。ぼくが国民から好感を持って貰えれば、政治的に大きな意味がある」
「分かっておる」
「なら、この衣装にすべきだよ」
宝に朗らかに押し切られて、アッズーロは渋々頷いた。
「よかろう。だが、少なくとも、婚儀の中で面紗は上げさせんぞ」
「……それは、何だか、盛り上がりに欠けないかい? この婚儀は国家のもので、私的なものではないんだから、儀式の細かいところは、ちゃんと大臣達に諮って決めるべきだよ」
ナーヴェの言うことは正しい。アッズーロは肩を落とし、溜め息をついた。
「そなたは、やはりよい妃になろう。ヴァッレや伯母上が認めただけのことはある。婚儀については、そなたの言う通りに進めさせよう。他には、何かないか?」
一応尋ねたアッズーロに、ナーヴェは目を輝かせて進言してきた。
「きみの婚礼衣装も、ピューメに作って貰うべきだよ」
ナーヴェの試着の日に採寸をしたアッズーロの婚礼衣装は、それから一週間で出来上がった。元々、どのような意匠にするかは大体決まっていたので時間を取らなかったのだ。
「早く着てみて」
朝食を完食したナーヴェは、自分の試着の日よりも数段わくわくした表情で、ピューメの篭にある衣装とアッズーロとを見比べる。アッズーロは胸を張って言った。
「そなた、わが容貌の魅力にも気づいておったか」
「気づく、というか」
ナーヴェは不思議な笑みを浮かべて答える。
「人は、みんなとても綺麗だよ」
アッズーロは眉をひそめて聞き返した。
「『人は、みんな』?」
「うん。生まれたての赤子も、子どもも、若者も、生きる力に満ちていて眩しいし、大人になった人も、お年寄りも、年を重ねた生き様の美しさを持っている。人は、本当にみんな、とても綺麗だよ」
「では、そなたにとって、人は皆、同じか?」
アッズーロは憮然として尋ねた。
「ううん、同じという訳ではなくて……」
ナーヴェは真摯な眼差しでアッズーロを見つめる。
「例えば、きみがいろいろな格好をするのを見るのは好きだよ。きみは何でも似合う――何でも自分のものにして着熟してしまえるから」
「ならば、よい」
アッズーロは機嫌を直した。
「わが晴れ姿を篤と眺めるがよい」
「うん!」
愛らしい宝は嬉しげに頷いた。
アッズーロの婚礼衣装は、歴代の王の礼装に倣い、金の飾りの付いた純白の長衣に同じく金の飾りの付いた純白の筒袴、そして金飾りの付いた青い裾長の上着となっている。長衣には青い腰帯を巻き、金の象嵌を施した鉄の小刀を差すのだ。頭には、普段は外している金の王冠を被り、足には、金をあしらった白い革靴を履く。
「凄く、凄く似合う。とても、とても綺麗だよ……!」
ナーヴェは、アッズーロを眩しげに見つめ、手を叩いて喜んでくれた。
仲秋の月十五の日は、ナーヴェが思考回路の知識を元に計算した予測通り、晴天となった。
「人工衛星達に接続できなくて、地表からの観測だけで予測したから不安だったけれど、当たってよかったよ」
嬉しげに話すナーヴェに、フィオーレとポンテとピューメが、三人掛かりで完成した婚礼衣装を着せていく。一ヶ月前より膨らんだ腹を、純白の婚礼衣装が優しく愛らしく包んでいく。肩も背も首筋も腕も、文句なく美しい。そして、幾筋か編まれ、結い上げて束ねられた青い髪は、面紗の透かし織りを掛けられて、華やか且つ神秘的だった。
「完璧だな」
一言アッズーロが真顔で感想を言うと、透ける面紗の陰で、ナーヴェが頬を赤らめる。堪らない可愛さだ。腕の中に閉じ込めて、誰にも見せたくないという気持ちがどうしても強くなる。
「やはり、面紗を上げるのはやめぬか?」
アッズーロは、ヴァッレ達が決定した式次第の変更を提案した。だが、完璧な妃は、結い上げた髪をゆったりと揺らして首を横に振った。
「駄目だよ。急な変更はみんなを困らせてしまう。それに、ぼくを、より多くの人に知って貰うには、ちゃんと顔を晒しておいたほうがいい。きみも、そんなことは充分に分かっているだろう?」
当然、理解している。そもそも婚儀を行なうのは、王の宝ナーヴェが実体ある存在で、且つ王妃に相応しいことを、国内外に知らしめるためなのだ。
「全く、そなたのそういうところは相変わらずよな。頑固で、いつも正しい」
「そういうふうに造られたからね」
ナーヴェはアッズーロの愚痴をさらりと流し、嬉々とした目を向けてくる。
「それより、きみも早く着替えて。ぼくなんかより、きみのほうが、ずっとずっと綺麗なんだから」
「そなたにとっては、誰であろうと人は『綺麗』なのであろう?」
アッズーロは既に確認した事実を述べて、少々拗ねて見せた。
「勿論そうなんだけれど」
宝はあっさり認めてから、付け加える。
「でも、きみは……、きみのことをよく知っている所為もあると思うけれど、特別に、綺麗だと思うから」
また、ナーヴェの顔が赤らんでいる。
「……これも、不具合だよ……」
「歓迎すべき不具合だ」
アッズーロは、にっと笑った。拗ねて見せた甲斐があるというものだ。
「婚礼の朝に、そなたから『綺麗』と言われるは、無上の喜びだ」
「ぼくも……、ぼくも、きみから『完璧』と言って貰えて、とても嬉しいよ」
純真な返事に、アッズーロは有無を言わさず面紗を上げて、宝の柔らかな唇に口付けた。
王の間は華やかに飾り付けられ、いつもと雰囲気を異にしていた。金や白金をあしらった純白と群青の布をふんだんに使い、神秘的且つ豪奢な設えとなっている。
「ペルソーネが、随分頑張ってくれたんだね……」
ナーヴェが、アッズーロの腕を借りてゆっくりと歩きながら、婚儀の装飾面を支えた学芸担当大臣の努力を称えた。
王の間に集まった諸侯達、大臣達、将軍達は、割れんばかりの拍手でアッズーロとナーヴェを迎え、祝意を表している。
「パルーデも、ちゃんと来てくれているね」
ナーヴェが、面紗の陰から視線を走らせて呟いた。
「来ねば、謀反を疑ったがな」
アッズーロが薄く笑うと、ナーヴェが軽く頬を膨らませる。アッズーロの言いようが不満らしい。
「祝いの席で膨れっ面はよすがよい。如何に面紗で隠していようと、多少は透けて見えておるのだぞ?」
からかうと、ナーヴェは少しばかり悲しげに言い返してきた。
「祝いの席なんだから、そういう言い方はしないでほしいよ。ぼくの長い長い一生でも、こんなふうにお祝いして貰えることは、きっとこの一度きりだから」
胸を衝かれて、アッズーロは王座と妃座へ向かう足を止め、ナーヴェの肩を抱き寄せた。
「アッズーロ……?」
ナーヴェが怪訝そうに見上げてきて、臣下達もざわついている。だが、構いはしない。アッズーロは面紗をそっと上げて、小さく開いた宝の口へ口付けた。
「っん……」
ナーヴェが驚いたように身を竦ませる。その華奢な体を、腹を労りながら更に抱き寄せて、アッズーロは口付けを深くした。
「陛下、式次第より少々早うございますぞ」
司会役の財務担当大臣モッルスコの呆れた声が聞こえ、他の大臣達のぼやく声、苦笑する声が続く。それでもアッズーロはゆっくりとナーヴェと舌を絡め、蕩かしてから、力の抜け掛けたその体を優しく抱き上げた。純白の花嫁衣装の後ろ裾はやや長いが、抱き上げて引き摺るほどではない。そのまま大切に運んで妃座に座らせてやると、ナーヴェは潤んだ双眸で見上げてきた。臣下達からは、どよめきに続いて拍手喝采が起きている。式次第を取り仕切る外務担当大臣ヴァッレの小言が聞こえてきそうだ。けれど、今日の第一優先は誰が何と言おうとナーヴェだ。
「許せ。ここからは、祝いの席に相応しい振る舞いをすると誓おう」
アッズーロは宝へ囁いて、その隣の王座へ腰を下ろした。ただ、右手だけは伸ばして、妃座の肘掛けの上で、ナーヴェの左手を捕まえる。ナーヴェは困惑したようにアッズーロを見たが、手を引っ込めようとはせず、おずおずと指を絡めてきた。
(随分と自制心の試されることだ)
アッズーロは微笑んで、階段下の臣下達を見下ろす。王と臣下とを隔てる階段。この階段の上にナーヴェを伴って来たのは、今日が初めてだ。これまでは、王の宝ナーヴェといえど、階段の下までしか来させなかった。だが、今日から正式に、ナーヴェは王と並んで立つ存在となるのだ。
司会役モッルスコが儀式を進めていき、やがて神ウッチェーロに婚姻の誓約をする場面となった。王座の背後にある、普段は閉ざされている大窓が、それぞれ礼装を纏ったレーニョとフィオーレによって開かれる。さあっと吹き込んでくる風は爽やかだ。秋空の下、色づいた草木に彩られて、ナーヴェの本体――神殿が、神々しく眼前に聳え立っている。アッズーロは王座を立ってナーヴェを支えて立ち上がらせ、妃座を回って神殿に相対した。臣下達の視線を背に感じつつ、アッズーロはナーヴェを連れて大窓に歩み寄る。白く美しいナーヴェ本体を見据え、覚えた誓約の言葉を幾らか変更することを心に決めて、アッズーロは大きく息を吸い、口を開いた。
「神ウッチェーロに、本日、謹んで御誓約申し上げます。われ、オリッゾンテ・ブル国王アッズーロは、これなる王の宝ナーヴェを妃とし、生涯、大切に致します。ナーヴェは、あらゆる人を『綺麗』と言い、一人一人、全ての人を愛しています。また、多くのことを知っており、その知識を惜しみなくわれらに分け与え、われらの生活を潤します。ナーヴェは、王の宝というだけでなく、われら全ての人の宝であり、且つ、人の範となる者です」
二週間後の朝食後、ピューメは約束通り、形になった婚礼衣装を持ってきた。色は婚礼衣装らしく純白だ。着替えの代わりにナーヴェに試着させて、アッズーロは目を細めた。
「ほう」
細かな金剛石や白金の飾りを散りばめ、透かし織りを多用してある。だが、決して、ごてごてした印象は与えず、寧ろ上半身はすっきりとした意匠で、腹の膨らんだ体型でも、背中や腕の美しさを効果的に見せ、ナーヴェの細さを引き立てる形だ。そして、胸のすぐ下から、やんわりと腹を覆って足元へと広がった裾の部分が、透かし織りを重ねた可憐な意匠になっており、ナーヴェの愛らしさを際立たせる。前裾は、重なり合った透かし織りが少し割れて細い足首が見えるようになっており、後ろ裾は、逆に少し引き摺るようになっている造形も秀逸だ。履き物としては、品のよい藤弦の草鞋が用意されていた。ナーヴェの白い素足をより艶めかしく見せて、素晴らしい。
「結った御髪には、これを」
ピューメが抱えてきた篭から、同じく透かし織りに細かな金剛石と白金の飾りをあしらった面紗を取り出した。結い上げた髪を束ねた根元辺りに、白金の櫛で挿して付ける意匠だ。
「なら、結って付けてみようか」
ナーヴェが、垂らしたままの髪を揺らして、アッズーロを振り向いた。宝は乗り気なようだ。何より、ピューメと触れ合えているのが嬉しいのだろう。
「うむ。フィオーレ、簡単に結ってやるがよい」
アッズーロは最も器用な女官に命じて、立たせていたナーヴェを寝台に腰掛けさせた。
「はい、ただ今」
フィオーレは櫛と結い紐を持ってナーヴェに近づき、先ほど梳いたばかりの長く青い髪を、丁寧に結い上げて括る。アッズーロが二週間前に示した通りの高さで結われた髪に、ピューメがそっと面紗の櫛を挿し入れた。ふわりとした面紗が、ピューメの手によって整えられ、ナーヴェの髪を飾り付け、顔を品良く隠す。
「如何でございましょう……?」
ピューメが緊張した面持ちで窺ってきた。ナーヴェも、面紗の陰から問う眼差しを向けてくる。アッズーロは、顔をしかめて言った。
「これは、ならん」
「何故だい……? 凄くいい出来なのに……」
ナーヴェが訝しげに訊いてきた。ピューメは凍り付いたようになり、フィオーレはおろおろとしている。アッズーロは深く息を吐いて告げた。
「愛くるし過ぎる。このような姿、他の男どもに見せられぬわ。皆、そなたに横恋慕してしまうではないか」
髪を上げたことで、細い首が強調され、その上の形のいい頭も常以上に可愛らしく、更に面紗によって飾り付けられたことで、何ともはや――だ。
「……つまり、ピューメはいい仕事をしたってことかい?」
ナーヴェが考える顔で確かめてきた。
「そうとも言えるが、これでは婚儀で使えん」
アッズーロは認めつつ、不満を零した。
「大丈夫だよ」
ナーヴェが微笑んで反論してくる。
「こんな青い髪をした、人ではない姿を愛する人は、きみが思っているより少数派だから」
「そのようなことはあるまい? そなたは誰が見ようと愛らしい」
「まあ、できるだけそうあるように造形されたから、そうではあるんだけれど……」
ナーヴェは言葉を探すようにして語る。
「ただ、きみみたいに、ぼくを人として愛する人は稀で、『人ではない者』に慣れていないきみの臣下達、国民達の中に、『横恋慕』する人は、殆どいないと思うよ」
「それは、単にそなたの憶測ではないか。そなたは、男というものを分かっておらん」
言い切ってから、アッズーロはパルーデの存在を思い出し、付け加えた。
「――女の中にも、そなたの魅力の虜になる者はおろうしな」
ナーヴェもパルーデを思い浮かべたのだろう、苦笑して言った。
「まあ、もしぼくに『横恋慕』する奇特な人がいたとしても、ぼくがきみの従僕で、きみのものであることに変わりはないんだから、心配する必要はないよ。王の宝として、ぼくがきみを選んだことは、周知の事実だしね」
「それは、そうだが」
「見栄えがいいのなら、それに越したことはないよ。ぼくが国民から好感を持って貰えれば、政治的に大きな意味がある」
「分かっておる」
「なら、この衣装にすべきだよ」
宝に朗らかに押し切られて、アッズーロは渋々頷いた。
「よかろう。だが、少なくとも、婚儀の中で面紗は上げさせんぞ」
「……それは、何だか、盛り上がりに欠けないかい? この婚儀は国家のもので、私的なものではないんだから、儀式の細かいところは、ちゃんと大臣達に諮って決めるべきだよ」
ナーヴェの言うことは正しい。アッズーロは肩を落とし、溜め息をついた。
「そなたは、やはりよい妃になろう。ヴァッレや伯母上が認めただけのことはある。婚儀については、そなたの言う通りに進めさせよう。他には、何かないか?」
一応尋ねたアッズーロに、ナーヴェは目を輝かせて進言してきた。
「きみの婚礼衣装も、ピューメに作って貰うべきだよ」
ナーヴェの試着の日に採寸をしたアッズーロの婚礼衣装は、それから一週間で出来上がった。元々、どのような意匠にするかは大体決まっていたので時間を取らなかったのだ。
「早く着てみて」
朝食を完食したナーヴェは、自分の試着の日よりも数段わくわくした表情で、ピューメの篭にある衣装とアッズーロとを見比べる。アッズーロは胸を張って言った。
「そなた、わが容貌の魅力にも気づいておったか」
「気づく、というか」
ナーヴェは不思議な笑みを浮かべて答える。
「人は、みんなとても綺麗だよ」
アッズーロは眉をひそめて聞き返した。
「『人は、みんな』?」
「うん。生まれたての赤子も、子どもも、若者も、生きる力に満ちていて眩しいし、大人になった人も、お年寄りも、年を重ねた生き様の美しさを持っている。人は、本当にみんな、とても綺麗だよ」
「では、そなたにとって、人は皆、同じか?」
アッズーロは憮然として尋ねた。
「ううん、同じという訳ではなくて……」
ナーヴェは真摯な眼差しでアッズーロを見つめる。
「例えば、きみがいろいろな格好をするのを見るのは好きだよ。きみは何でも似合う――何でも自分のものにして着熟してしまえるから」
「ならば、よい」
アッズーロは機嫌を直した。
「わが晴れ姿を篤と眺めるがよい」
「うん!」
愛らしい宝は嬉しげに頷いた。
アッズーロの婚礼衣装は、歴代の王の礼装に倣い、金の飾りの付いた純白の長衣に同じく金の飾りの付いた純白の筒袴、そして金飾りの付いた青い裾長の上着となっている。長衣には青い腰帯を巻き、金の象嵌を施した鉄の小刀を差すのだ。頭には、普段は外している金の王冠を被り、足には、金をあしらった白い革靴を履く。
「凄く、凄く似合う。とても、とても綺麗だよ……!」
ナーヴェは、アッズーロを眩しげに見つめ、手を叩いて喜んでくれた。
仲秋の月十五の日は、ナーヴェが思考回路の知識を元に計算した予測通り、晴天となった。
「人工衛星達に接続できなくて、地表からの観測だけで予測したから不安だったけれど、当たってよかったよ」
嬉しげに話すナーヴェに、フィオーレとポンテとピューメが、三人掛かりで完成した婚礼衣装を着せていく。一ヶ月前より膨らんだ腹を、純白の婚礼衣装が優しく愛らしく包んでいく。肩も背も首筋も腕も、文句なく美しい。そして、幾筋か編まれ、結い上げて束ねられた青い髪は、面紗の透かし織りを掛けられて、華やか且つ神秘的だった。
「完璧だな」
一言アッズーロが真顔で感想を言うと、透ける面紗の陰で、ナーヴェが頬を赤らめる。堪らない可愛さだ。腕の中に閉じ込めて、誰にも見せたくないという気持ちがどうしても強くなる。
「やはり、面紗を上げるのはやめぬか?」
アッズーロは、ヴァッレ達が決定した式次第の変更を提案した。だが、完璧な妃は、結い上げた髪をゆったりと揺らして首を横に振った。
「駄目だよ。急な変更はみんなを困らせてしまう。それに、ぼくを、より多くの人に知って貰うには、ちゃんと顔を晒しておいたほうがいい。きみも、そんなことは充分に分かっているだろう?」
当然、理解している。そもそも婚儀を行なうのは、王の宝ナーヴェが実体ある存在で、且つ王妃に相応しいことを、国内外に知らしめるためなのだ。
「全く、そなたのそういうところは相変わらずよな。頑固で、いつも正しい」
「そういうふうに造られたからね」
ナーヴェはアッズーロの愚痴をさらりと流し、嬉々とした目を向けてくる。
「それより、きみも早く着替えて。ぼくなんかより、きみのほうが、ずっとずっと綺麗なんだから」
「そなたにとっては、誰であろうと人は『綺麗』なのであろう?」
アッズーロは既に確認した事実を述べて、少々拗ねて見せた。
「勿論そうなんだけれど」
宝はあっさり認めてから、付け加える。
「でも、きみは……、きみのことをよく知っている所為もあると思うけれど、特別に、綺麗だと思うから」
また、ナーヴェの顔が赤らんでいる。
「……これも、不具合だよ……」
「歓迎すべき不具合だ」
アッズーロは、にっと笑った。拗ねて見せた甲斐があるというものだ。
「婚礼の朝に、そなたから『綺麗』と言われるは、無上の喜びだ」
「ぼくも……、ぼくも、きみから『完璧』と言って貰えて、とても嬉しいよ」
純真な返事に、アッズーロは有無を言わさず面紗を上げて、宝の柔らかな唇に口付けた。
王の間は華やかに飾り付けられ、いつもと雰囲気を異にしていた。金や白金をあしらった純白と群青の布をふんだんに使い、神秘的且つ豪奢な設えとなっている。
「ペルソーネが、随分頑張ってくれたんだね……」
ナーヴェが、アッズーロの腕を借りてゆっくりと歩きながら、婚儀の装飾面を支えた学芸担当大臣の努力を称えた。
王の間に集まった諸侯達、大臣達、将軍達は、割れんばかりの拍手でアッズーロとナーヴェを迎え、祝意を表している。
「パルーデも、ちゃんと来てくれているね」
ナーヴェが、面紗の陰から視線を走らせて呟いた。
「来ねば、謀反を疑ったがな」
アッズーロが薄く笑うと、ナーヴェが軽く頬を膨らませる。アッズーロの言いようが不満らしい。
「祝いの席で膨れっ面はよすがよい。如何に面紗で隠していようと、多少は透けて見えておるのだぞ?」
からかうと、ナーヴェは少しばかり悲しげに言い返してきた。
「祝いの席なんだから、そういう言い方はしないでほしいよ。ぼくの長い長い一生でも、こんなふうにお祝いして貰えることは、きっとこの一度きりだから」
胸を衝かれて、アッズーロは王座と妃座へ向かう足を止め、ナーヴェの肩を抱き寄せた。
「アッズーロ……?」
ナーヴェが怪訝そうに見上げてきて、臣下達もざわついている。だが、構いはしない。アッズーロは面紗をそっと上げて、小さく開いた宝の口へ口付けた。
「っん……」
ナーヴェが驚いたように身を竦ませる。その華奢な体を、腹を労りながら更に抱き寄せて、アッズーロは口付けを深くした。
「陛下、式次第より少々早うございますぞ」
司会役の財務担当大臣モッルスコの呆れた声が聞こえ、他の大臣達のぼやく声、苦笑する声が続く。それでもアッズーロはゆっくりとナーヴェと舌を絡め、蕩かしてから、力の抜け掛けたその体を優しく抱き上げた。純白の花嫁衣装の後ろ裾はやや長いが、抱き上げて引き摺るほどではない。そのまま大切に運んで妃座に座らせてやると、ナーヴェは潤んだ双眸で見上げてきた。臣下達からは、どよめきに続いて拍手喝采が起きている。式次第を取り仕切る外務担当大臣ヴァッレの小言が聞こえてきそうだ。けれど、今日の第一優先は誰が何と言おうとナーヴェだ。
「許せ。ここからは、祝いの席に相応しい振る舞いをすると誓おう」
アッズーロは宝へ囁いて、その隣の王座へ腰を下ろした。ただ、右手だけは伸ばして、妃座の肘掛けの上で、ナーヴェの左手を捕まえる。ナーヴェは困惑したようにアッズーロを見たが、手を引っ込めようとはせず、おずおずと指を絡めてきた。
(随分と自制心の試されることだ)
アッズーロは微笑んで、階段下の臣下達を見下ろす。王と臣下とを隔てる階段。この階段の上にナーヴェを伴って来たのは、今日が初めてだ。これまでは、王の宝ナーヴェといえど、階段の下までしか来させなかった。だが、今日から正式に、ナーヴェは王と並んで立つ存在となるのだ。
司会役モッルスコが儀式を進めていき、やがて神ウッチェーロに婚姻の誓約をする場面となった。王座の背後にある、普段は閉ざされている大窓が、それぞれ礼装を纏ったレーニョとフィオーレによって開かれる。さあっと吹き込んでくる風は爽やかだ。秋空の下、色づいた草木に彩られて、ナーヴェの本体――神殿が、神々しく眼前に聳え立っている。アッズーロは王座を立ってナーヴェを支えて立ち上がらせ、妃座を回って神殿に相対した。臣下達の視線を背に感じつつ、アッズーロはナーヴェを連れて大窓に歩み寄る。白く美しいナーヴェ本体を見据え、覚えた誓約の言葉を幾らか変更することを心に決めて、アッズーロは大きく息を吸い、口を開いた。
「神ウッチェーロに、本日、謹んで御誓約申し上げます。われ、オリッゾンテ・ブル国王アッズーロは、これなる王の宝ナーヴェを妃とし、生涯、大切に致します。ナーヴェは、あらゆる人を『綺麗』と言い、一人一人、全ての人を愛しています。また、多くのことを知っており、その知識を惜しみなくわれらに分け与え、われらの生活を潤します。ナーヴェは、王の宝というだけでなく、われら全ての人の宝であり、且つ、人の範となる者です」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
わたしたちの庭
犬飼ハルノ
恋愛
「おい、ウェスト伯。いくらなんでもこんなみすぼらしい子どもに金を払えと?」
「まあまあ、ブルーノ伯爵。この子の母親もこんな感じでしたが、年ごろになると見違えるように成熟しましたよ。後妻のアリスは元妻の従妹です。あの一族の女は容姿も良いし、ぽんぽんと子どもを産みますよ」
「ふうん。そうか」
「直系の跡継ぎをお望みでしょう」
「まあな」
「しかも伯爵以上の正妻の子で年ごろの娘に婚約者がいないのは、この国ではこの子くらいしかもう残っていませんよ」
「ふ……。口が上手いなウェスト伯。なら、買い取ってやろうか、その子を」
目の前で醜悪な会話が繰り広げられる中、フィリスは思った。
まるで山羊の売買のようだと。
かくして。
フィリスの嫁ぎ先が決まった。
------------------------------------------
安定の見切り発車ですが、二月中に一日一回更新と完結に挑みます。
ヒロインのフィリスが自らの力と人々に支えられて幸せをつかむ話ですが、
序盤は暗く重い展開です。
タグを途中から追加します。
他サイトでも公開中。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月15日付で、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。
ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる