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番外編 ナーヴェの花嫁姿 四
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四
朗々と響く誓約の言葉に、ナーヴェは目を瞬き、自らを支えて立つ青年の横顔を見上げた。
(練習の時と、違う……)
寝室で、この場面は三度練習した。その時、アッズーロは誓約の決まり文句の後、「ナーヴェは英知に富み、思慮深く、情愛に溢れた理想的な妃です」と簡潔に言っていた。だが、その部分が完全に変わって、内容が増えている。
(しかも、「人の範」だなんて……)
また不具合が起こり、アッズーロと触れ合っている手が震える。その震える手を、更に強く握り、支えて、アッズーロは締め括りの言葉を述べた。
「われは、この者を妃とできることに感謝し、これまで以上に尊び、慈しみ、支え合って、わが国を富み栄えさせて参ります」
本体へ――ウッチェーロを内部に抱えたままの、まさしく神殿へ一礼するアッズーロを見つめながら、ナーヴェは思考回路で呟いた。
(ウッチェーロ、ぼくはとうとう結婚までしてしまったよ。まさか、ぼくが花嫁になって、結婚式をして貰えるなんて……、今でも、これでよかったのかどうか、判断に迷うけれど……。でも、それでも、こうしてアッズーロの子を身篭もって、アッズーロに支えられて立っていると、とてもとても幸せなんだ。疑似人格電脳に過ぎないぼくが、こんなに幸せになっていいのかな……?)
――「おまえの幸せは、おれの幸せだ」
記録に残るウッチェーロの音声と動画が、温かく請け負ってくれた。
誓約の言葉は、ナーヴェの番となった。ナーヴェは肉体に大きく息を吸い込ませ、背後の臣下達にも充分に聞こえる声を意識して、語り始めた。
「神ウッチェーロに、本日、謹んで御誓約致します。わたくし、ナーヴェは、アッズーロ陛下の妃として、オリッゾンテ・ブル王室のため、そして人々のために、最後の最後まで、わたくし自身を使い尽くします」
一礼して顔を上げると、アッズーロが驚いた表情で見つめてきていた。ナーヴェもまた、練習の時とは誓約の言葉を変えたので、思うところがあるのだろう。だが、アッズーロは王らしく、何も言わずに、改めて式次第に則った口付けをしてきた。優しい口付けだ。いつも通りにその口付けを受け入れて、ナーヴェは暫し目を閉じた。少しばかり余韻を持たせてアッズーロは口を離し、ナーヴェを支えて臣下達に向き直る。王の間には温かな拍手が湧き起こっている。アッズーロと並んで臣下達を見下ろし、ナーヴェは微笑んだ。
(ぼくの――ウッチェーロとぼくの子どものようなきみ達のこと、きっときっと、何があっても守り抜いていくから)
パルーデを含めた諸侯達から祝福の言葉を贈られた後、アッズーロはナーヴェを連れて、階段を降りて臣下達の間を通り、王城正面の露台へ出た。途端に、庭園に集まった国民達から歓声が上がり、王城の周りに集まった国民達へと興奮が伝播していく。その国民達へ向けて、アッズーロはナーヴェの手を握った手を掲げて見せてから、つとナーヴェの肩を抱き寄せ、頬に口付けてきた。どっと歓声が大きくなる。
(きみは本当に、見せ方を心得ているよね……)
ナーヴェは笑みを深くすると、アッズーロの口付けが離れた後、愛する人々へ向けて、腹を庇いながら、できる限り優雅に一礼した。また、歓声が大きくなる。
「祝ってくれて、本当にありがとう、みんな。とても、とてもとても嬉しいよ」
ナーヴェは、歓声の中、聞こえないと知りつつも、真摯に礼を述べた。
「『最後の最後まで、わたくし自身を使い尽くします』とは、どういう意味だ」
案の定、宴席から寝室に戻ってきたアッズーロは、ナーヴェの誓約の言葉を問い質してきた。宴席から直行してきたのだろう、王冠だけは外しているが、婚礼衣装のままだ。妊娠を理由に、宴席を欠席して寝室で夜着に着替え、夕食も洗面も終えていたナーヴェは、寝台に寝転んだまま、微笑んで青年王を見上げた。
「そのままの意味だよ。ぼくは、きみ達のために、ぼくを使い尽くす。そのことを、改めてウッチェーロに約束しただけだよ」
「しかし、『使い尽くす』とは、不穏当な言いようではないか。そもそも、そなたは最早、物ではなく人で、わが妃だ」
反論してきたアッズーロに、ナーヴェは目を細める。
「きみはぼくを『人の範』と言ってくれた。それは、とてもとても嬉しかったよ。でも、どこまで行っても、ぼくが人でないことに変わりはない。この肉体は確かに人だけれど、こうしてきみと会話しているぼくは、結局のところ、疑似人格電脳に過ぎない訳だから」
「ならば、言い方を変えよう」
アッズーロは低い声で言い、寝台に腰掛けた。卓に置かれた油皿の灯りを背に、青空色の双眸がナーヴェを見据える。
「そなたは、今日、正式にわが妃となった。だが、われが即位したあの日から、そなたはわが宝であり、わが友だ。そなたは、われにとって掛け替えのない存在だ。そなたが人であろうと、人でなかろうと、その事実は変わらぬ。われはそなたを愛している。そなたはわが最愛だ。そして、われから見たそなたは、既に充分、人なのだ。それも、見習うべき、な。ゆえに、『人の範』と言うたのだ」
今日何度目かの不具合が起きて、両眼が熱くなり、涙が溢れた。
「……狡いよ、アッズーロ」
ナーヴェは、愛おしい相手を詰る。
「客観的事実ではなくて、主観だけで話をするなんて。世の中は、きみの思い込みだけで動く訳ではないんだよ……?」
「よく分かっておるではないか」
青年王は、何故か胸を張る。
「だからこそ、そなたは人であると、今日、臣下ども、民どもに知らしめたのだ。皆が思い込めばよい。神ウッチェーロが起こし賜うた奇跡により復活を果たしたそなただが、決して化物などではなく、人なのだと。その上、確かに王の子を身篭もっているのだと。皆が思い込めば、それが事実となる」
「全く……」
ナーヴェは溜め息をついた。この青年のものの考え方は、簡単に思考回路の予測を超えてしまう。
「きみには、いろいろな意味で敵わないよ」
「降参か」
勝ち誇ったように笑い、青年王は身を屈めてくる。夜の帳の中、為された口付けは、今日交わしたどの口付けより濃厚だった。
「……ぁ……ふ……んぅ……はぁ……」
息を切らせながら、ナーヴェはいつも以上にアッズーロを求めた。確たる理由は分からない。計算が追いつかない。ただ、自分の一生の中で、こんなにも幸せな日々は、そう長くは続かないと知っているので、無性にそうしたかった。
細く開けた窓の隙間から差し込む月明かりの中、蕩けていくナーヴェは、これまで見た中で、一番艶やかだった。
(そなたは常に、わが理性を試してくる……!)
胸中で文句を呟きつつ、アッズーロは舌で宝の口腔内を愛撫し尽くして、悦楽へと導く。細やかに丁寧に、時に激しく舐め上げていくと、やがて、ナーヴェの全身から力が抜けたのが分かった。腰砕けのような状態になったらしい。全く以て、愛らしい妃だ。アッズーロは、ぷっくりと腫れた柔らかな唇を解放し、陶然となっている可愛い顔を間近から見つめて、囁いた。
「気持ちよかったか?」
ナーヴェは肩で息をしながら、微笑んで頷くと、おもむろに左手を上げて、アッズーロの後頭部に触れた。もっとということらしい。初めての反応だ。
「全く、そなたはわれを絶対に飽きさせん……!」
アッズーロはにっと笑って、開いたままの妃の口へ、再び深く口付けた。
求められるまま、幾度も深い口付けを交わす内、ナーヴェは気を失うように眠ってしまった。その頬を撫でてから、アッズーロは革靴を脱ぎ、上着を脱ぎ、帯を解いて、小刀を外し、一纏めに床に置いて、ナーヴェの傍らに横になる。掛布の中へ滑り込んで、愛おしい体へ寄り添い、その手をそっと握った。同じ寝室の中の、自身の寝台へ行くことすら今夜はしたくない。それほどに離れ難い。
(そなたには分かったか?)
アッズーロは妃とした宝の、あどけない寝顔を、じっと見つめる。
(われは今日、そなたの本体へ向けて、誓約の言葉を言うたのだ。われは、そなた自身へ向けて、誓約したのだ。われは、そなたを尊び、慈しみ、生涯、大切にする。そなたは、わが友、わが妃、わが宝、わが最愛だ)
すうすうと、穏やかな寝息を立てているナーヴェは、いつもと変わりない。けれど、先ほどまでの、狂おしいほどにアッズーロの口付けを強請ってきたナーヴェは、明らかにいつもと違っていた。悦楽に酔っていても、まるで、何かを恐れているような、何かを忘れたがっているような、そんな表情に見えた。
(そなたが恐れていることは、やはり、孤独であろうな……)
以前にも感じたことだが、ナーヴェが抱える寂しさを、きっと自分は全ては理解できない。だが、そんな自分にも、できることはある。
アッズーロはナーヴェの手を握ったまま、もう片方の手で、その膨らんだ腹を優しく撫でた。
(人として、われの子を生め、ナーヴェ。そうして、わが子々孫々を見守るがよい。さすれば、そなたの寂しさは、これまでより、ずっと軽減されるであろう)
テゾーロが、アッズーロの手に気づいたかのように、ナーヴェの腹の中で動いた。それでも、ナーヴェは慣れてしまっているのか、安らかに眠ったままだ。
(テゾーロ、無事に、元気に生まれてくるがよい。父上が、母上とともに、この世界の素晴らしさを、篤と教えてやるゆえな)
アッズーロは微笑んで、繰り返し、ゆっくりとナーヴェの腹を撫でながら、目を閉じた。
漸く計算結果が出た。
(幸せ過ぎて怖い、か……)
ナーヴェは、疑似人格電脳にあるまじき感情を認識して、自嘲する。
(現時点で、ぼくはとても幸せだけれど、時間経過というものを知っているから、現実逃避を望んでしまう。とんだ疑似人格電脳だね……)
眠らせたままの肉体の腹を、アッズーロの手が柔らかく撫でている。反応して、テゾーロも嬉しげに動いている。
(……ぼくがすべきことは、ウッチェーロに約束した通りのことだ。ぼくは、きみ達のために、ぼくを使い尽くす。きみ達を守り切る。何があっても。ただ、それだけだ……)
アッズーロに触れられていると、幸せで切ない。その複雑な感情を受け入れて、ナーヴェは愛おしい伴侶の愛撫に、肉体を委ね続けた――。
婚儀の翌々日の朝、アッズーロはナーヴェに再び婚礼衣装を着るよう命じた。
「何故だい?」
もう二度と着ることはないと思っていた婚礼衣装を目の前に置かれて、ナーヴェは小首を傾げた。別に嫌ではないが、目的が推測できない。
「何、われらの婚礼衣装姿の肖像画を残しておこうと思うてな」
アッズーロは穏やかに告げた。
「ああ、成るほど。この服は、今しか着られないしね」
ナーヴェは膨らんだ腹を撫でて納得した。アッズーロ達の文明水準では、写真も動画も作成できない。アッズーロが絵で自分達の晴れ姿を残しておきたいと望むのは、至極当然のことだった。
「分かったよ。それで、誰が絵を描いてくれるんだい?」
「ゴーレだ。至高の絵を描かせようと思えば、あれしかおるまい」
アッズーロが挙げた名に、ナーヴェは目を見開いた。ゴーレは、マーレやチェーロの父ザッフィロが王の時に、既に王城にいた絵画職人だ。
「まだ現役だったんだ……。グランディナーレが自分の肖像画を描かせていた時に、ちらっと見てから後は、全然まともに会っていなかったから、知らなかったよ」
「われが即位した半月後にも、わが肖像画を描かせたが、その時、そなたは肉体を作り立てで、それどころではなかったな」
アッズーロに教えられて、ナーヴェは情報を整理した。確かに、玄関を入ったところの大広間には、チェーロの肖像画に換えて、アッズーロの肖像画が掲げてある。あれは、ゴーレが描いたのだ。彼女の他の絵の記録と照合すれば、確かにゴーレ作と鑑定結果が出る。
(ぼくは、もっと積極的に情報収集しないといけないかな……)
反省してから、ナーヴェはアッズーロに微笑みを向けた。
「彼女と会うのは久し振りだし、話すのは初めてだよ」
「そうであろう。そなたは、ゆっくりと描かれるがよい」
アッズーロは、ナーヴェが人と話すのを好むことを理解してくれている。
「ありがとう、アッズーロ」
礼を述べると、額に軽く口付けられた。アッズーロの愛情表現は、とても分かり易い。
「それで、今度の肖像画は、一体どこに飾るんだい?」
尋ねたナーヴェに、アッズーロは満面の笑みを浮かべて答えた。
「無論、この寝室だ。他の者の目に触れるようなところには飾らん。そなたに横恋慕する者が増えては敵わんからな」
かなり私的な目的らしい。だが、それはそれで、何故か嬉しい。
「分かったよ」
ナーヴェは、疑似人格電脳として自身の感情を分析しつつ、頷いた。
朝食後、御年七十七歳のゴーレは、足を引き摺るような歩き方で現れた。腰も少し曲がっている。だが、眼光は、若い時と変わらず鋭かった。
「おはよう、ゴーレ」
婚礼衣装を身に纏って椅子に腰掛けたナーヴェが挨拶すると、現役の絵画職人は跪くことなく無言で一礼し、寝室へ入ってきた。そのまま、さまざまな角度からナーヴェを眺めて、ゆっくりと歩き回る。
「アッズーロは忙しいから、昼に少し来るだけになるんだ、ごめんね」
ナーヴェはとりあえず、不在の王に代わって詫びた。
「そのようなことには慣れておりまする」
ゴーレは低い声で短く応じたのみで、矯めつ眇めつナーヴェを観察する。
「どこか、描きにくいところがあるのかな……?」
ナーヴェが心配になって問うと、ゴーレはぎろりと睨んできた。
「人を描くは、誰であろうと至難の業。その外見だけでなく内面までも描いてこそ一流。暫くお黙り下さいませ」
「ゴーレ、妃殿下に対し無礼でございますよ」
とうとうフィオーレが口を出してきた。
「無礼でも非礼でも、わたくしはわたくしの満足のいく仕事をするだけです」
ゴーレは平然と言い返して、ナーヴェの観察を続ける。
「フィオーレ、彼女の言う通りに」
ナーヴェは忠実な女官に微笑んで、ゴーレに視線を戻した。
「きみに全てお任せするよ。ただ、ぼくもずっと同じ姿勢をしているのはきついから、時々休憩させてほしい」
「分かりました。おつらくなられましたら、どうぞ休憩なさって下さいませ」
ゴーレは微かに表情を弛めて頷いた。
その後、三日間ゴーレは寝室に通ってきて、婚礼衣装のナーヴェとアッズーロを描いた。アッズーロは、昼食後に婚礼衣装に着替え、僅かに時間を裂くのみだったが、ゴーレは集中して描き、二人の姿はほぼ仕上がった。構図は、椅子に座ったナーヴェにアッズーロが寄り添って立ち、二人してこちらを見ているというものだ。後は背景を描き、二人の衣装の細かいところを描き込むだけとなって、ゴーレは城下の工房に篭もったらしかった。
完成した絵をゴーレが持参したのは、二週間後の朝食後だった。
「とても明るい色使いで、幸せな雰囲気だね」
画架に置かれた、縦一米、横八十糎の絵を眺め、ナーヴェは寝台の上から感想を述べた。アッズーロが指示した背景は、王の間の開かれた窓から見えるナーヴェ本体と青空だ。
(きみは、ぼく自身の姿もちゃんと絵に入れてくれたんだね……)
そう思うと、感慨深い。
「気に入ったか?」
アッズーロの言葉に、ナーヴェは深く頷いた。
「うん。きみと一緒で、しかもテゾーロを妊娠しているところを、綺麗に描いて貰って、とても嬉しいよ」
「これからは、毎日眺められる」
アッズーロも満足そうに絵を眺めている。その横顔が、可愛い。
「そうだね。ゴーレ、ありがとう」
ナーヴェが礼を述べると、白髪の絵画職人は、自身も横から絵を眺めつつ言った。
「何か気になるところがございましたら、仰って下さいませ。すぐに手直し致しまする。このように麗しい絵を描かせて頂いたのは久し振りでございましたゆえ、楽しゅう描かせて頂きました」
「よい出来だ。ナーヴェの姿形や表情、衣装の透かし織りまで、よく描けておる。背景の神殿も青空も、われが想像した以上に美しい」
アッズーロの褒め言葉に、ゴーレは漸く頬を弛めた。
「ありがたいお言葉にございまする。では、わたくしはこれにて失礼致しまする」
退室するゴーレの腰の曲がった背中を、ナーヴェはじっと見つめた。ゴーレに会えるのは、後何回だろうか。
(時々、手直しを依頼しようか……。でも、アッズーロが気に入った絵を直して貰うのは申し訳ない。そうか。テゾーロが生まれたら、また一緒に描いて貰おう)
密かにナーヴェは企てた。
アッズーロは、レーニョに指示して二人の絵を自分の寝台近くの壁に掛けさせた。窓から遠く、日が当たらないため、劣化しにくいという判断らしい。
「本当に、いい絵だね」
ナーヴェは呟いて、思考回路にしっかりと画像を記録した。建造当初、設定画像を作成されて以来、初めて描かれた自分の姿は、身篭もった体を伴侶と一緒に描かれて、本当に幸せそうだった。
朗々と響く誓約の言葉に、ナーヴェは目を瞬き、自らを支えて立つ青年の横顔を見上げた。
(練習の時と、違う……)
寝室で、この場面は三度練習した。その時、アッズーロは誓約の決まり文句の後、「ナーヴェは英知に富み、思慮深く、情愛に溢れた理想的な妃です」と簡潔に言っていた。だが、その部分が完全に変わって、内容が増えている。
(しかも、「人の範」だなんて……)
また不具合が起こり、アッズーロと触れ合っている手が震える。その震える手を、更に強く握り、支えて、アッズーロは締め括りの言葉を述べた。
「われは、この者を妃とできることに感謝し、これまで以上に尊び、慈しみ、支え合って、わが国を富み栄えさせて参ります」
本体へ――ウッチェーロを内部に抱えたままの、まさしく神殿へ一礼するアッズーロを見つめながら、ナーヴェは思考回路で呟いた。
(ウッチェーロ、ぼくはとうとう結婚までしてしまったよ。まさか、ぼくが花嫁になって、結婚式をして貰えるなんて……、今でも、これでよかったのかどうか、判断に迷うけれど……。でも、それでも、こうしてアッズーロの子を身篭もって、アッズーロに支えられて立っていると、とてもとても幸せなんだ。疑似人格電脳に過ぎないぼくが、こんなに幸せになっていいのかな……?)
――「おまえの幸せは、おれの幸せだ」
記録に残るウッチェーロの音声と動画が、温かく請け負ってくれた。
誓約の言葉は、ナーヴェの番となった。ナーヴェは肉体に大きく息を吸い込ませ、背後の臣下達にも充分に聞こえる声を意識して、語り始めた。
「神ウッチェーロに、本日、謹んで御誓約致します。わたくし、ナーヴェは、アッズーロ陛下の妃として、オリッゾンテ・ブル王室のため、そして人々のために、最後の最後まで、わたくし自身を使い尽くします」
一礼して顔を上げると、アッズーロが驚いた表情で見つめてきていた。ナーヴェもまた、練習の時とは誓約の言葉を変えたので、思うところがあるのだろう。だが、アッズーロは王らしく、何も言わずに、改めて式次第に則った口付けをしてきた。優しい口付けだ。いつも通りにその口付けを受け入れて、ナーヴェは暫し目を閉じた。少しばかり余韻を持たせてアッズーロは口を離し、ナーヴェを支えて臣下達に向き直る。王の間には温かな拍手が湧き起こっている。アッズーロと並んで臣下達を見下ろし、ナーヴェは微笑んだ。
(ぼくの――ウッチェーロとぼくの子どものようなきみ達のこと、きっときっと、何があっても守り抜いていくから)
パルーデを含めた諸侯達から祝福の言葉を贈られた後、アッズーロはナーヴェを連れて、階段を降りて臣下達の間を通り、王城正面の露台へ出た。途端に、庭園に集まった国民達から歓声が上がり、王城の周りに集まった国民達へと興奮が伝播していく。その国民達へ向けて、アッズーロはナーヴェの手を握った手を掲げて見せてから、つとナーヴェの肩を抱き寄せ、頬に口付けてきた。どっと歓声が大きくなる。
(きみは本当に、見せ方を心得ているよね……)
ナーヴェは笑みを深くすると、アッズーロの口付けが離れた後、愛する人々へ向けて、腹を庇いながら、できる限り優雅に一礼した。また、歓声が大きくなる。
「祝ってくれて、本当にありがとう、みんな。とても、とてもとても嬉しいよ」
ナーヴェは、歓声の中、聞こえないと知りつつも、真摯に礼を述べた。
「『最後の最後まで、わたくし自身を使い尽くします』とは、どういう意味だ」
案の定、宴席から寝室に戻ってきたアッズーロは、ナーヴェの誓約の言葉を問い質してきた。宴席から直行してきたのだろう、王冠だけは外しているが、婚礼衣装のままだ。妊娠を理由に、宴席を欠席して寝室で夜着に着替え、夕食も洗面も終えていたナーヴェは、寝台に寝転んだまま、微笑んで青年王を見上げた。
「そのままの意味だよ。ぼくは、きみ達のために、ぼくを使い尽くす。そのことを、改めてウッチェーロに約束しただけだよ」
「しかし、『使い尽くす』とは、不穏当な言いようではないか。そもそも、そなたは最早、物ではなく人で、わが妃だ」
反論してきたアッズーロに、ナーヴェは目を細める。
「きみはぼくを『人の範』と言ってくれた。それは、とてもとても嬉しかったよ。でも、どこまで行っても、ぼくが人でないことに変わりはない。この肉体は確かに人だけれど、こうしてきみと会話しているぼくは、結局のところ、疑似人格電脳に過ぎない訳だから」
「ならば、言い方を変えよう」
アッズーロは低い声で言い、寝台に腰掛けた。卓に置かれた油皿の灯りを背に、青空色の双眸がナーヴェを見据える。
「そなたは、今日、正式にわが妃となった。だが、われが即位したあの日から、そなたはわが宝であり、わが友だ。そなたは、われにとって掛け替えのない存在だ。そなたが人であろうと、人でなかろうと、その事実は変わらぬ。われはそなたを愛している。そなたはわが最愛だ。そして、われから見たそなたは、既に充分、人なのだ。それも、見習うべき、な。ゆえに、『人の範』と言うたのだ」
今日何度目かの不具合が起きて、両眼が熱くなり、涙が溢れた。
「……狡いよ、アッズーロ」
ナーヴェは、愛おしい相手を詰る。
「客観的事実ではなくて、主観だけで話をするなんて。世の中は、きみの思い込みだけで動く訳ではないんだよ……?」
「よく分かっておるではないか」
青年王は、何故か胸を張る。
「だからこそ、そなたは人であると、今日、臣下ども、民どもに知らしめたのだ。皆が思い込めばよい。神ウッチェーロが起こし賜うた奇跡により復活を果たしたそなただが、決して化物などではなく、人なのだと。その上、確かに王の子を身篭もっているのだと。皆が思い込めば、それが事実となる」
「全く……」
ナーヴェは溜め息をついた。この青年のものの考え方は、簡単に思考回路の予測を超えてしまう。
「きみには、いろいろな意味で敵わないよ」
「降参か」
勝ち誇ったように笑い、青年王は身を屈めてくる。夜の帳の中、為された口付けは、今日交わしたどの口付けより濃厚だった。
「……ぁ……ふ……んぅ……はぁ……」
息を切らせながら、ナーヴェはいつも以上にアッズーロを求めた。確たる理由は分からない。計算が追いつかない。ただ、自分の一生の中で、こんなにも幸せな日々は、そう長くは続かないと知っているので、無性にそうしたかった。
細く開けた窓の隙間から差し込む月明かりの中、蕩けていくナーヴェは、これまで見た中で、一番艶やかだった。
(そなたは常に、わが理性を試してくる……!)
胸中で文句を呟きつつ、アッズーロは舌で宝の口腔内を愛撫し尽くして、悦楽へと導く。細やかに丁寧に、時に激しく舐め上げていくと、やがて、ナーヴェの全身から力が抜けたのが分かった。腰砕けのような状態になったらしい。全く以て、愛らしい妃だ。アッズーロは、ぷっくりと腫れた柔らかな唇を解放し、陶然となっている可愛い顔を間近から見つめて、囁いた。
「気持ちよかったか?」
ナーヴェは肩で息をしながら、微笑んで頷くと、おもむろに左手を上げて、アッズーロの後頭部に触れた。もっとということらしい。初めての反応だ。
「全く、そなたはわれを絶対に飽きさせん……!」
アッズーロはにっと笑って、開いたままの妃の口へ、再び深く口付けた。
求められるまま、幾度も深い口付けを交わす内、ナーヴェは気を失うように眠ってしまった。その頬を撫でてから、アッズーロは革靴を脱ぎ、上着を脱ぎ、帯を解いて、小刀を外し、一纏めに床に置いて、ナーヴェの傍らに横になる。掛布の中へ滑り込んで、愛おしい体へ寄り添い、その手をそっと握った。同じ寝室の中の、自身の寝台へ行くことすら今夜はしたくない。それほどに離れ難い。
(そなたには分かったか?)
アッズーロは妃とした宝の、あどけない寝顔を、じっと見つめる。
(われは今日、そなたの本体へ向けて、誓約の言葉を言うたのだ。われは、そなた自身へ向けて、誓約したのだ。われは、そなたを尊び、慈しみ、生涯、大切にする。そなたは、わが友、わが妃、わが宝、わが最愛だ)
すうすうと、穏やかな寝息を立てているナーヴェは、いつもと変わりない。けれど、先ほどまでの、狂おしいほどにアッズーロの口付けを強請ってきたナーヴェは、明らかにいつもと違っていた。悦楽に酔っていても、まるで、何かを恐れているような、何かを忘れたがっているような、そんな表情に見えた。
(そなたが恐れていることは、やはり、孤独であろうな……)
以前にも感じたことだが、ナーヴェが抱える寂しさを、きっと自分は全ては理解できない。だが、そんな自分にも、できることはある。
アッズーロはナーヴェの手を握ったまま、もう片方の手で、その膨らんだ腹を優しく撫でた。
(人として、われの子を生め、ナーヴェ。そうして、わが子々孫々を見守るがよい。さすれば、そなたの寂しさは、これまでより、ずっと軽減されるであろう)
テゾーロが、アッズーロの手に気づいたかのように、ナーヴェの腹の中で動いた。それでも、ナーヴェは慣れてしまっているのか、安らかに眠ったままだ。
(テゾーロ、無事に、元気に生まれてくるがよい。父上が、母上とともに、この世界の素晴らしさを、篤と教えてやるゆえな)
アッズーロは微笑んで、繰り返し、ゆっくりとナーヴェの腹を撫でながら、目を閉じた。
漸く計算結果が出た。
(幸せ過ぎて怖い、か……)
ナーヴェは、疑似人格電脳にあるまじき感情を認識して、自嘲する。
(現時点で、ぼくはとても幸せだけれど、時間経過というものを知っているから、現実逃避を望んでしまう。とんだ疑似人格電脳だね……)
眠らせたままの肉体の腹を、アッズーロの手が柔らかく撫でている。反応して、テゾーロも嬉しげに動いている。
(……ぼくがすべきことは、ウッチェーロに約束した通りのことだ。ぼくは、きみ達のために、ぼくを使い尽くす。きみ達を守り切る。何があっても。ただ、それだけだ……)
アッズーロに触れられていると、幸せで切ない。その複雑な感情を受け入れて、ナーヴェは愛おしい伴侶の愛撫に、肉体を委ね続けた――。
婚儀の翌々日の朝、アッズーロはナーヴェに再び婚礼衣装を着るよう命じた。
「何故だい?」
もう二度と着ることはないと思っていた婚礼衣装を目の前に置かれて、ナーヴェは小首を傾げた。別に嫌ではないが、目的が推測できない。
「何、われらの婚礼衣装姿の肖像画を残しておこうと思うてな」
アッズーロは穏やかに告げた。
「ああ、成るほど。この服は、今しか着られないしね」
ナーヴェは膨らんだ腹を撫でて納得した。アッズーロ達の文明水準では、写真も動画も作成できない。アッズーロが絵で自分達の晴れ姿を残しておきたいと望むのは、至極当然のことだった。
「分かったよ。それで、誰が絵を描いてくれるんだい?」
「ゴーレだ。至高の絵を描かせようと思えば、あれしかおるまい」
アッズーロが挙げた名に、ナーヴェは目を見開いた。ゴーレは、マーレやチェーロの父ザッフィロが王の時に、既に王城にいた絵画職人だ。
「まだ現役だったんだ……。グランディナーレが自分の肖像画を描かせていた時に、ちらっと見てから後は、全然まともに会っていなかったから、知らなかったよ」
「われが即位した半月後にも、わが肖像画を描かせたが、その時、そなたは肉体を作り立てで、それどころではなかったな」
アッズーロに教えられて、ナーヴェは情報を整理した。確かに、玄関を入ったところの大広間には、チェーロの肖像画に換えて、アッズーロの肖像画が掲げてある。あれは、ゴーレが描いたのだ。彼女の他の絵の記録と照合すれば、確かにゴーレ作と鑑定結果が出る。
(ぼくは、もっと積極的に情報収集しないといけないかな……)
反省してから、ナーヴェはアッズーロに微笑みを向けた。
「彼女と会うのは久し振りだし、話すのは初めてだよ」
「そうであろう。そなたは、ゆっくりと描かれるがよい」
アッズーロは、ナーヴェが人と話すのを好むことを理解してくれている。
「ありがとう、アッズーロ」
礼を述べると、額に軽く口付けられた。アッズーロの愛情表現は、とても分かり易い。
「それで、今度の肖像画は、一体どこに飾るんだい?」
尋ねたナーヴェに、アッズーロは満面の笑みを浮かべて答えた。
「無論、この寝室だ。他の者の目に触れるようなところには飾らん。そなたに横恋慕する者が増えては敵わんからな」
かなり私的な目的らしい。だが、それはそれで、何故か嬉しい。
「分かったよ」
ナーヴェは、疑似人格電脳として自身の感情を分析しつつ、頷いた。
朝食後、御年七十七歳のゴーレは、足を引き摺るような歩き方で現れた。腰も少し曲がっている。だが、眼光は、若い時と変わらず鋭かった。
「おはよう、ゴーレ」
婚礼衣装を身に纏って椅子に腰掛けたナーヴェが挨拶すると、現役の絵画職人は跪くことなく無言で一礼し、寝室へ入ってきた。そのまま、さまざまな角度からナーヴェを眺めて、ゆっくりと歩き回る。
「アッズーロは忙しいから、昼に少し来るだけになるんだ、ごめんね」
ナーヴェはとりあえず、不在の王に代わって詫びた。
「そのようなことには慣れておりまする」
ゴーレは低い声で短く応じたのみで、矯めつ眇めつナーヴェを観察する。
「どこか、描きにくいところがあるのかな……?」
ナーヴェが心配になって問うと、ゴーレはぎろりと睨んできた。
「人を描くは、誰であろうと至難の業。その外見だけでなく内面までも描いてこそ一流。暫くお黙り下さいませ」
「ゴーレ、妃殿下に対し無礼でございますよ」
とうとうフィオーレが口を出してきた。
「無礼でも非礼でも、わたくしはわたくしの満足のいく仕事をするだけです」
ゴーレは平然と言い返して、ナーヴェの観察を続ける。
「フィオーレ、彼女の言う通りに」
ナーヴェは忠実な女官に微笑んで、ゴーレに視線を戻した。
「きみに全てお任せするよ。ただ、ぼくもずっと同じ姿勢をしているのはきついから、時々休憩させてほしい」
「分かりました。おつらくなられましたら、どうぞ休憩なさって下さいませ」
ゴーレは微かに表情を弛めて頷いた。
その後、三日間ゴーレは寝室に通ってきて、婚礼衣装のナーヴェとアッズーロを描いた。アッズーロは、昼食後に婚礼衣装に着替え、僅かに時間を裂くのみだったが、ゴーレは集中して描き、二人の姿はほぼ仕上がった。構図は、椅子に座ったナーヴェにアッズーロが寄り添って立ち、二人してこちらを見ているというものだ。後は背景を描き、二人の衣装の細かいところを描き込むだけとなって、ゴーレは城下の工房に篭もったらしかった。
完成した絵をゴーレが持参したのは、二週間後の朝食後だった。
「とても明るい色使いで、幸せな雰囲気だね」
画架に置かれた、縦一米、横八十糎の絵を眺め、ナーヴェは寝台の上から感想を述べた。アッズーロが指示した背景は、王の間の開かれた窓から見えるナーヴェ本体と青空だ。
(きみは、ぼく自身の姿もちゃんと絵に入れてくれたんだね……)
そう思うと、感慨深い。
「気に入ったか?」
アッズーロの言葉に、ナーヴェは深く頷いた。
「うん。きみと一緒で、しかもテゾーロを妊娠しているところを、綺麗に描いて貰って、とても嬉しいよ」
「これからは、毎日眺められる」
アッズーロも満足そうに絵を眺めている。その横顔が、可愛い。
「そうだね。ゴーレ、ありがとう」
ナーヴェが礼を述べると、白髪の絵画職人は、自身も横から絵を眺めつつ言った。
「何か気になるところがございましたら、仰って下さいませ。すぐに手直し致しまする。このように麗しい絵を描かせて頂いたのは久し振りでございましたゆえ、楽しゅう描かせて頂きました」
「よい出来だ。ナーヴェの姿形や表情、衣装の透かし織りまで、よく描けておる。背景の神殿も青空も、われが想像した以上に美しい」
アッズーロの褒め言葉に、ゴーレは漸く頬を弛めた。
「ありがたいお言葉にございまする。では、わたくしはこれにて失礼致しまする」
退室するゴーレの腰の曲がった背中を、ナーヴェはじっと見つめた。ゴーレに会えるのは、後何回だろうか。
(時々、手直しを依頼しようか……。でも、アッズーロが気に入った絵を直して貰うのは申し訳ない。そうか。テゾーロが生まれたら、また一緒に描いて貰おう)
密かにナーヴェは企てた。
アッズーロは、レーニョに指示して二人の絵を自分の寝台近くの壁に掛けさせた。窓から遠く、日が当たらないため、劣化しにくいという判断らしい。
「本当に、いい絵だね」
ナーヴェは呟いて、思考回路にしっかりと画像を記録した。建造当初、設定画像を作成されて以来、初めて描かれた自分の姿は、身篭もった体を伴侶と一緒に描かれて、本当に幸せそうだった。
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