93 / 105
第二十二章 願いは一つ 四
しおりを挟む
四
フィオーレに付き添われ、椅子を二脚持ったミエーレに付き従われたナーヴェが寝室へ戻ると、壁際の長椅子に座ったラディーチェが、テゾーロを抱き抱えて授乳しているところだった。セーメを身篭もったナーヴェは、全く母乳が出なくなってしまったので、今ではラディーチェに任せっきりだ。
「ありがとう、ラディーチェ」
いつものように礼を述べ、テゾーロの顔を覗き込んで微笑み掛けたナーヴェは、青い髪が幼い手に捕まえられてしまう前に、さっと身を引いて、己の寝台へ腰掛けた。
(さてと……)
テゾーロと遊びたい気持ちは山々だが、すべきことも山のようにある。
「フィオーレ、会議が終わるまで、ぼくは休んでいるから、何かあったら起こしてほしい。それから、また暫く三歳児みたいになるけれど、心配ないから」
「何をなさるのですか……?」
家族のような女官は、既に心配そうに問うてきた。
「ちょっと、アッズーロのために、特別な極小機械を作るんだ」
ナーヴェは務めて笑顔で説明する。
「羊の病に効く薬を作るのと同じくらいの手間だから、大丈夫だよ」
「……それは、かなり大変、ということですね……。畏まりました」
フィオーレは案じる顔をしながらも、とりあえず頷くと、ナーヴェが寝台に横になるのを手伝い、掛布を掛けてくれた。
(ぼくは、アッズーロを特別に愛しているけれど、きっと、フィオーレに何かあっても、暴走一歩手前になってしまうだろうな……)
そうなった自分を止められるのは、姉かアッズーロだけだろう。
「いつも、ありがとう」
柔らかく礼を述べ、目を閉じたナーヴェは、早速、本体で作業を開始した。
(アッズーロの期待に応えるためには、彼を外傷や毒素から守る特別な極小機械が要る――)
彼が生まれた時から持っている汎用型の極小機械だけでは、先日のような事態に対処し切れない。さまざまな極小機械を有しているナーヴェの本体や肉体が常に近くにいて、目的に応じた極小機械を分け与えられるとは限らない。どんな場合であってもアッズーロを死なせないためには、専用の極小機械を作ることが最善策というのが、思考回路の導き出した結論だった。
(会議を傍聴しながら、まずは、彼専用の特別な極小機械を作って……)
できれば、会議終了に間に合わせて、混線の修正のついでに、アッズーロに新たな極小機械を摂取させたい。その後は、会議の内容次第だが、羊の薬を追加生産する必要はあるだろう。
(ぼくには、きみ達のために、まだまだできることがある)
アッズーロとの婚儀の中、自ら考えて述べた言葉が思考回路で再生される。
――「神ウッチェーロに、本日、謹んで御誓約致します。わたくし、ナーヴェは、アッズーロ陛下の妃として、オリッゾンテ・ブル王室のため、そして人々のために、最後の最後まで、わたくし自身を使い尽くします」
(ぼくは、ちゃんと最後まで、ぼく達の子ども達のために、ぼく自身を使い尽くすから)
改めてナーヴェはウッチェーロに誓い、作業に邁進した。
ムーロが先触れしたので、アッズーロが会議室に入った時には、十二人全ての大臣が揃っていた。
「皆、御苦労」
労って、アッズーロは立ち上がって頭を下げた大臣達の間を通り、一段高い王座へ腰を下ろす。会議室の入り口までアッズーロの肩を支えたレーニョは、同席するファルコと並んで扉の内側に佇み、気遣う眼差しを送ってきた。
(全く。それだからフィオーレと進展せんのだ。ナーヴェも気にしておるというに)
胸中で呟いて、アッズーロは大臣達を見回す。
「これより、臨時の大臣会議を始める。議題は、羊の病に効く薬の配布状況、反乱民どもの動向、及びテッラ・ロッサとの交渉についてだ」
宣したアッズーロに、大臣達が一礼して、会議は始まった。
極小機械の改良に取り組んでいたナーヴェの思考回路に、唐突に会議の音声が流れ込んできた。アッズーロが律儀に通信端末を起動させてくれたのだ。
(きみは、本当に優しい……)
しみじみと思いながら、ナーヴェは大臣達の声に幻覚の耳を傾けた。
〈ファルコ殿の指示の下、兵達は順調に羊の薬を配布しております〉
最初に発言しているのは、保健担当大臣メディチーナ伯ビアンコだ。
(ラディーチェの伴侶だ……)
ナーヴェは幻覚の微笑みを浮かべ、理知的な青年の言葉を一言一句聞いていった。
〈民達からは、概ね歓迎の声が上がっているとのこと。薬の効き目も、さすが王の宝の手に成るもの、劇的なようで、病に罹っていた羊達が、次々と元気になっていると報告が来ております〉
(あれは、病原体となっている亜生物種そのものを駆逐する、抗生物質だからね……)
この惑星の原生種たる亜生物種とは、これからもちょくちょく戦っていかなければならないだろう。
(まあ、彼らのお陰で、この惑星が住み易くなっている側面もあるし、いずれは、共存共栄できたらいいな……)
ぼんやりと夢想したナーヴェの思考回路に、ビアンコの締め括る声が響いた。
〈全ての羊達が病から回復すれば、反乱に加わる者は激減致しましょう。妃殿下には、可能であれば、かの薬の更なる増産をお願い申し上げたく存じます〉
(うん。頑張るよ)
ナーヴェが思考回路の中で了解した直後、些か硬い将軍ファルコの声が聞こえた。
〈その薬の配布についてですが、順調に進めば、明日には、カテーナ・ディ・モンターニェ侯城の辺りへ、配布担当の小隊一つが至ります。兵達には、くれぐれもこちらから手を出すことはないよう通達してありますが、予断を許さぬ状況であることは間違いありません〉
(ぼくが、本体に肉体を乗せて、その場に行けたら……)
兵達を守れる。反乱を起こしている人々も守れる。互いに傷つけ合うことのないように。万一怪我人が出たとしても、助けることができる。命を救うことができる。
(アッズーロ……。何とか、許してくれないかい……?)
ナーヴェの願いも虚しく、アッズーロが釘を刺した。
〈先に言うておくが、わが妃に許すは、薬の生産までだ。以前に告げた通り、戦場へは二度と行かせぬ。それを踏まえた上で議論せよ〉
それは、或いは通信端末越しの、ナーヴェへの宣言かもしれなかった。
(やっぱり、駄目か……)
落胆したナーヴェを慰めるかのように、軍務担当大臣ムーロが発言した。
〈反乱民に潜入しているルーチェからの報告では、昨夜、首領のゼーロを中心に話し合い、羊の薬の配布については、暫く様子を見ることになったようです。反乱民としても、薬の配布を妨害しては、民の信を失うと判断したのでしょう。ただ、薬が配布されたのち、何か些細なことでも問題が起これば、それを口実に彼らが再び活気づく可能性は大いにあるかと存じます〉
(とりあえず、いきなり戦闘にはならずに済みそうだね……)
ナーヴェは安堵する。ゼーロという青年は、真っ当な感覚を持っているらしい。
(でも、多分、ベッリースィモやエゼルチトの工作員は、羊の病が治りました、めでたしめでたし、とはしてくれないだろうね……)
〈ルーチェに命じて、内側から奴らの結束を崩すことはできんか〉
アッズーロの問いに、ムーロは申し訳なさそうに答えた。
〈以前より、可能な限りそうするよう命じてはおりますが、潜入を続ける以上は、怪しまれないようにすることが第一で、難しいようです〉
〈奴らの結束が瓦解したならば、最早、潜入を続ける必要もなかろう? そういう時期に来ておるのではないか?〉
アッズーロは尚も畳み掛ける。これには、外務担当大臣ヴァッレが応じた。
〈陛下、間諜や工作員にとって、素性が割れるということは、即ち身に危険が及ぶということです。陛下は、優秀で忠実な工作員や間諜に、死ねと仰せですか〉
間諜や工作員を使うことに慣れており、且つ王族たるヴァッレならではの反論だ。
〈分かった。話を進めよ〉
アッズーロは溜め息交じりに引き下がった。
〈エゼルチト配下の工作員については、テッラ・ロッサにも問い合わせ、ピアット・ディ・マレーア侯ズィンコ殿にも、知り得る限りを話して頂いているとのこと〉
ヴァッレは一転して、アッズーロを元気づけるように語る。ズィンコは、エゼルチトに心酔した侍従達によって、侯城の地下牢に入れられていたところを、ファルコが差し向けた一隊によって救い出されたと、ナーヴェも知らされていた。ズィンコを裏切った彼の部下達はちりぢりとなり、或いは反乱民へ加わり、或いはエゼルチト配下のテッラ・ロッサ兵に合流したと聞く。そのズィンコを聴取しているのは、アッズーロと入れ替わりで王城を発ったジョールノということだった。現在はアッズーロ直属として動いているらしい。
〈その工作員の素性を暴くことができれば、反乱民の瓦解は更に早まるでしょう〉
ヴァッレは穏やかな口調で発言を終えた。
(エゼルチト配下の工作員である可能性が高いのは、キアーヴェだ。そのことは、以前にバーゼが報告していたから、アッズーロも大臣達も全員知っている。ルーチェもバーゼから、潜入引き継ぎの際に聞いたはずだ。
(それでもまだ、確証が掴めないでいるのか……。キアーヴェは、かなり能力の高い工作員なんだね……。そう言えば、ジョールノが持っていた通信端末はどうしたんだろう? アッズーロが持っているのかな……?)
ナーヴェが幻覚の首を傾げた時、やや唐突に、少女の声が響いた。
〈われわれの願いは一つのはずです……!〉
(ええと、これは――)
あまり頻繁には聞かない声だが、記録を検索すれば名前が分かる。
(山林担当大臣のヴォルペか……)
いつも大人しく、会議でも殆ど発言しない最年少大臣の言葉に、ナーヴェは興味深く聞き入った。
〈この王城におられる方々も、羊の病に苦しめられている方々も、テッラ・ロッサの方々も、そして反乱を起こしている方々も、皆、自分が大切に思う人の幸福を願っているはずです。われわれの願いは、突き詰めれば一つなのです〉
ヴォルペは堂々と語る。
〈そのために必要なことは、目指すべき最善の道は、世の安寧です〉
十八歳の大臣は切々と訴える。
〈大局的見地に立てば明らかであるその事実を、われわれはもっと積極的に示していかねばなりません! 陛下、どうか、反乱を起こしている方々の代表者達を、この王城へお招き下さい!〉
それは、ナーヴェにとっても、予測を超える提案だった。
(へえ。アッズーロ以外にも、こんな風に、ぼくの計算を上回る人がいるんだ……)
反乱を起こしている人々と、この王城で会えるならば、ナーヴェとしては願ったり叶ったりだ。
(でも、その提案を通すことは、なかなか難しい。ぼくに手助けできることは、何かないかな……?)
ナーヴェは、久し振りに高揚した気分で、新たな演算に取り掛かった。
自分に注がれる王の眼差しは鋭い。若輩者で貴族でもない自分を大臣へと取り立ててくれた王。普段ならば、厳しい中にも温かみのある青空色の双眸が、今は険しい色を湛えている。
(妃殿下に対して、一部の人がした行為は、許し難い。それはわたしも同じだ。でも、あの方々が反乱を起こしたのには、それなりの理由がある。それについて、直接言葉を交わさなければ、禍根は、永遠に残ることになる)
ヴォルペは、王の視線を真っ直ぐに受け止め、言葉を続けた。
「どうか、彼らの話を聞き、彼らに話をなさって下さい。そこから紡ぎ出される解決策、未来こそが最善であると、わたくしは考えます!」
フィオーレに付き添われ、椅子を二脚持ったミエーレに付き従われたナーヴェが寝室へ戻ると、壁際の長椅子に座ったラディーチェが、テゾーロを抱き抱えて授乳しているところだった。セーメを身篭もったナーヴェは、全く母乳が出なくなってしまったので、今ではラディーチェに任せっきりだ。
「ありがとう、ラディーチェ」
いつものように礼を述べ、テゾーロの顔を覗き込んで微笑み掛けたナーヴェは、青い髪が幼い手に捕まえられてしまう前に、さっと身を引いて、己の寝台へ腰掛けた。
(さてと……)
テゾーロと遊びたい気持ちは山々だが、すべきことも山のようにある。
「フィオーレ、会議が終わるまで、ぼくは休んでいるから、何かあったら起こしてほしい。それから、また暫く三歳児みたいになるけれど、心配ないから」
「何をなさるのですか……?」
家族のような女官は、既に心配そうに問うてきた。
「ちょっと、アッズーロのために、特別な極小機械を作るんだ」
ナーヴェは務めて笑顔で説明する。
「羊の病に効く薬を作るのと同じくらいの手間だから、大丈夫だよ」
「……それは、かなり大変、ということですね……。畏まりました」
フィオーレは案じる顔をしながらも、とりあえず頷くと、ナーヴェが寝台に横になるのを手伝い、掛布を掛けてくれた。
(ぼくは、アッズーロを特別に愛しているけれど、きっと、フィオーレに何かあっても、暴走一歩手前になってしまうだろうな……)
そうなった自分を止められるのは、姉かアッズーロだけだろう。
「いつも、ありがとう」
柔らかく礼を述べ、目を閉じたナーヴェは、早速、本体で作業を開始した。
(アッズーロの期待に応えるためには、彼を外傷や毒素から守る特別な極小機械が要る――)
彼が生まれた時から持っている汎用型の極小機械だけでは、先日のような事態に対処し切れない。さまざまな極小機械を有しているナーヴェの本体や肉体が常に近くにいて、目的に応じた極小機械を分け与えられるとは限らない。どんな場合であってもアッズーロを死なせないためには、専用の極小機械を作ることが最善策というのが、思考回路の導き出した結論だった。
(会議を傍聴しながら、まずは、彼専用の特別な極小機械を作って……)
できれば、会議終了に間に合わせて、混線の修正のついでに、アッズーロに新たな極小機械を摂取させたい。その後は、会議の内容次第だが、羊の薬を追加生産する必要はあるだろう。
(ぼくには、きみ達のために、まだまだできることがある)
アッズーロとの婚儀の中、自ら考えて述べた言葉が思考回路で再生される。
――「神ウッチェーロに、本日、謹んで御誓約致します。わたくし、ナーヴェは、アッズーロ陛下の妃として、オリッゾンテ・ブル王室のため、そして人々のために、最後の最後まで、わたくし自身を使い尽くします」
(ぼくは、ちゃんと最後まで、ぼく達の子ども達のために、ぼく自身を使い尽くすから)
改めてナーヴェはウッチェーロに誓い、作業に邁進した。
ムーロが先触れしたので、アッズーロが会議室に入った時には、十二人全ての大臣が揃っていた。
「皆、御苦労」
労って、アッズーロは立ち上がって頭を下げた大臣達の間を通り、一段高い王座へ腰を下ろす。会議室の入り口までアッズーロの肩を支えたレーニョは、同席するファルコと並んで扉の内側に佇み、気遣う眼差しを送ってきた。
(全く。それだからフィオーレと進展せんのだ。ナーヴェも気にしておるというに)
胸中で呟いて、アッズーロは大臣達を見回す。
「これより、臨時の大臣会議を始める。議題は、羊の病に効く薬の配布状況、反乱民どもの動向、及びテッラ・ロッサとの交渉についてだ」
宣したアッズーロに、大臣達が一礼して、会議は始まった。
極小機械の改良に取り組んでいたナーヴェの思考回路に、唐突に会議の音声が流れ込んできた。アッズーロが律儀に通信端末を起動させてくれたのだ。
(きみは、本当に優しい……)
しみじみと思いながら、ナーヴェは大臣達の声に幻覚の耳を傾けた。
〈ファルコ殿の指示の下、兵達は順調に羊の薬を配布しております〉
最初に発言しているのは、保健担当大臣メディチーナ伯ビアンコだ。
(ラディーチェの伴侶だ……)
ナーヴェは幻覚の微笑みを浮かべ、理知的な青年の言葉を一言一句聞いていった。
〈民達からは、概ね歓迎の声が上がっているとのこと。薬の効き目も、さすが王の宝の手に成るもの、劇的なようで、病に罹っていた羊達が、次々と元気になっていると報告が来ております〉
(あれは、病原体となっている亜生物種そのものを駆逐する、抗生物質だからね……)
この惑星の原生種たる亜生物種とは、これからもちょくちょく戦っていかなければならないだろう。
(まあ、彼らのお陰で、この惑星が住み易くなっている側面もあるし、いずれは、共存共栄できたらいいな……)
ぼんやりと夢想したナーヴェの思考回路に、ビアンコの締め括る声が響いた。
〈全ての羊達が病から回復すれば、反乱に加わる者は激減致しましょう。妃殿下には、可能であれば、かの薬の更なる増産をお願い申し上げたく存じます〉
(うん。頑張るよ)
ナーヴェが思考回路の中で了解した直後、些か硬い将軍ファルコの声が聞こえた。
〈その薬の配布についてですが、順調に進めば、明日には、カテーナ・ディ・モンターニェ侯城の辺りへ、配布担当の小隊一つが至ります。兵達には、くれぐれもこちらから手を出すことはないよう通達してありますが、予断を許さぬ状況であることは間違いありません〉
(ぼくが、本体に肉体を乗せて、その場に行けたら……)
兵達を守れる。反乱を起こしている人々も守れる。互いに傷つけ合うことのないように。万一怪我人が出たとしても、助けることができる。命を救うことができる。
(アッズーロ……。何とか、許してくれないかい……?)
ナーヴェの願いも虚しく、アッズーロが釘を刺した。
〈先に言うておくが、わが妃に許すは、薬の生産までだ。以前に告げた通り、戦場へは二度と行かせぬ。それを踏まえた上で議論せよ〉
それは、或いは通信端末越しの、ナーヴェへの宣言かもしれなかった。
(やっぱり、駄目か……)
落胆したナーヴェを慰めるかのように、軍務担当大臣ムーロが発言した。
〈反乱民に潜入しているルーチェからの報告では、昨夜、首領のゼーロを中心に話し合い、羊の薬の配布については、暫く様子を見ることになったようです。反乱民としても、薬の配布を妨害しては、民の信を失うと判断したのでしょう。ただ、薬が配布されたのち、何か些細なことでも問題が起これば、それを口実に彼らが再び活気づく可能性は大いにあるかと存じます〉
(とりあえず、いきなり戦闘にはならずに済みそうだね……)
ナーヴェは安堵する。ゼーロという青年は、真っ当な感覚を持っているらしい。
(でも、多分、ベッリースィモやエゼルチトの工作員は、羊の病が治りました、めでたしめでたし、とはしてくれないだろうね……)
〈ルーチェに命じて、内側から奴らの結束を崩すことはできんか〉
アッズーロの問いに、ムーロは申し訳なさそうに答えた。
〈以前より、可能な限りそうするよう命じてはおりますが、潜入を続ける以上は、怪しまれないようにすることが第一で、難しいようです〉
〈奴らの結束が瓦解したならば、最早、潜入を続ける必要もなかろう? そういう時期に来ておるのではないか?〉
アッズーロは尚も畳み掛ける。これには、外務担当大臣ヴァッレが応じた。
〈陛下、間諜や工作員にとって、素性が割れるということは、即ち身に危険が及ぶということです。陛下は、優秀で忠実な工作員や間諜に、死ねと仰せですか〉
間諜や工作員を使うことに慣れており、且つ王族たるヴァッレならではの反論だ。
〈分かった。話を進めよ〉
アッズーロは溜め息交じりに引き下がった。
〈エゼルチト配下の工作員については、テッラ・ロッサにも問い合わせ、ピアット・ディ・マレーア侯ズィンコ殿にも、知り得る限りを話して頂いているとのこと〉
ヴァッレは一転して、アッズーロを元気づけるように語る。ズィンコは、エゼルチトに心酔した侍従達によって、侯城の地下牢に入れられていたところを、ファルコが差し向けた一隊によって救い出されたと、ナーヴェも知らされていた。ズィンコを裏切った彼の部下達はちりぢりとなり、或いは反乱民へ加わり、或いはエゼルチト配下のテッラ・ロッサ兵に合流したと聞く。そのズィンコを聴取しているのは、アッズーロと入れ替わりで王城を発ったジョールノということだった。現在はアッズーロ直属として動いているらしい。
〈その工作員の素性を暴くことができれば、反乱民の瓦解は更に早まるでしょう〉
ヴァッレは穏やかな口調で発言を終えた。
(エゼルチト配下の工作員である可能性が高いのは、キアーヴェだ。そのことは、以前にバーゼが報告していたから、アッズーロも大臣達も全員知っている。ルーチェもバーゼから、潜入引き継ぎの際に聞いたはずだ。
(それでもまだ、確証が掴めないでいるのか……。キアーヴェは、かなり能力の高い工作員なんだね……。そう言えば、ジョールノが持っていた通信端末はどうしたんだろう? アッズーロが持っているのかな……?)
ナーヴェが幻覚の首を傾げた時、やや唐突に、少女の声が響いた。
〈われわれの願いは一つのはずです……!〉
(ええと、これは――)
あまり頻繁には聞かない声だが、記録を検索すれば名前が分かる。
(山林担当大臣のヴォルペか……)
いつも大人しく、会議でも殆ど発言しない最年少大臣の言葉に、ナーヴェは興味深く聞き入った。
〈この王城におられる方々も、羊の病に苦しめられている方々も、テッラ・ロッサの方々も、そして反乱を起こしている方々も、皆、自分が大切に思う人の幸福を願っているはずです。われわれの願いは、突き詰めれば一つなのです〉
ヴォルペは堂々と語る。
〈そのために必要なことは、目指すべき最善の道は、世の安寧です〉
十八歳の大臣は切々と訴える。
〈大局的見地に立てば明らかであるその事実を、われわれはもっと積極的に示していかねばなりません! 陛下、どうか、反乱を起こしている方々の代表者達を、この王城へお招き下さい!〉
それは、ナーヴェにとっても、予測を超える提案だった。
(へえ。アッズーロ以外にも、こんな風に、ぼくの計算を上回る人がいるんだ……)
反乱を起こしている人々と、この王城で会えるならば、ナーヴェとしては願ったり叶ったりだ。
(でも、その提案を通すことは、なかなか難しい。ぼくに手助けできることは、何かないかな……?)
ナーヴェは、久し振りに高揚した気分で、新たな演算に取り掛かった。
自分に注がれる王の眼差しは鋭い。若輩者で貴族でもない自分を大臣へと取り立ててくれた王。普段ならば、厳しい中にも温かみのある青空色の双眸が、今は険しい色を湛えている。
(妃殿下に対して、一部の人がした行為は、許し難い。それはわたしも同じだ。でも、あの方々が反乱を起こしたのには、それなりの理由がある。それについて、直接言葉を交わさなければ、禍根は、永遠に残ることになる)
ヴォルペは、王の視線を真っ直ぐに受け止め、言葉を続けた。
「どうか、彼らの話を聞き、彼らに話をなさって下さい。そこから紡ぎ出される解決策、未来こそが最善であると、わたくしは考えます!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
わたしたちの庭
犬飼ハルノ
恋愛
「おい、ウェスト伯。いくらなんでもこんなみすぼらしい子どもに金を払えと?」
「まあまあ、ブルーノ伯爵。この子の母親もこんな感じでしたが、年ごろになると見違えるように成熟しましたよ。後妻のアリスは元妻の従妹です。あの一族の女は容姿も良いし、ぽんぽんと子どもを産みますよ」
「ふうん。そうか」
「直系の跡継ぎをお望みでしょう」
「まあな」
「しかも伯爵以上の正妻の子で年ごろの娘に婚約者がいないのは、この国ではこの子くらいしかもう残っていませんよ」
「ふ……。口が上手いなウェスト伯。なら、買い取ってやろうか、その子を」
目の前で醜悪な会話が繰り広げられる中、フィリスは思った。
まるで山羊の売買のようだと。
かくして。
フィリスの嫁ぎ先が決まった。
------------------------------------------
安定の見切り発車ですが、二月中に一日一回更新と完結に挑みます。
ヒロインのフィリスが自らの力と人々に支えられて幸せをつかむ話ですが、
序盤は暗く重い展開です。
タグを途中から追加します。
他サイトでも公開中。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる