王の宝~元亜光速宇宙移民船の疑似人格電脳は人として生きる夢を見るか~

広海智

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第二十三章 繋がりが生み出すもの 一

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     一

 臨時大臣会議が予想以上に長引き、アッズーロは不機嫌だった。しかも、山林担当大臣ヴォルペの突然の提案は、未だ議論中で結論を見ずに午後へ持ち越しとなっている。
(ヴォルペめ、反乱民どもを王城へ呼ぶなぞ、何を血迷うておるのだ)
 信頼していた子飼いの大臣の、裏切りにも似た発言に、怒りが弥増す。
(モッルスコまで、あのような提案を支持しおって)
 意外にも、最年長で重鎮たる財務担当大臣までが賛成の意を示しているので厄介だ。ただ、モッルスコの意図は、ヴォルペとは全く別のところにあるだろう。恐らくは、二段構えの策だ。こちらの招きに反乱民が応じなければ、怖じ気づいたと、その弱腰振りを宣伝し、招きに反乱民が応じれば、襲い掛かってきたなどと、幾らでもでっち上げて捕らえてしまう。どちらになろうと反乱民の弱体化を図れるが、公明正大さに欠ける。
(そのような策略なぞ、ナーヴェが絶対に承服せんというに)
 ナーヴェに黙って事を進めることも不可能ではないが――。
――「きみも、何か重大なことを決める時は、必ずぼくに相談してほしい。ぼくの知識と情報と経験を生かせることがたくさんあると思うから」
 そう言われて、自分は了承した。王に二言はない。
(とにかく、混線の修正と昼食の間に、あやつと、ヴォルペの提案の落としどころについて、相談せねばな)
 通信端末越しに全てを聞いていたはずのナーヴェは、どんな顔をしているだろう。通信端末で何も言ってこないということは、議論の行方を静観する構えなのだろうか。
(否、あやつに限って、それはない。あやつも、この後、われに直接話す気であろう)
 アッズーロは、肩を借りているレーニョを急かして、寝室へ戻った。
 ところが、寝室でアッズーロを迎えたのは、話したげに待っているナーヴェではなく、憂い顔をしたフィオーレだった。妃のほうは、寝台に横たわったまま、すうすうと寝息を立てている。
「まさか、こやつまた、何かしておるのか?」
 苦々しく問うたアッズーロに、フィオーレは申し訳なさそうに頷いた。
「陛下のために、特別な極小機械を作る、と仰って……。羊の病に効く薬を作るのと同じくらいの手間で、また三歳児のようになる、とも……」
(われが、「それは、そなたの努力義務だ。その明晰なる思考回路で考え、さまざまに手を打つがよい」と言うたからか)
 ナーヴェは、アッズーロを死なせないため、律儀に努力しているのだ。「今まで以上に、ぼくの全力を尽くすよ」と述べた通りに。
「全く、いつもいつもそなたは……!」
 腹立たしく切なく呟いて、アッズーロは妃の寝台に腰掛けた。夏用の、裾の短い上着の隠しから通信端末を取り出し、呼び掛ける。
「ナーヴェ、さっさと肉体を起こすがよい。忙しい王を待たせるな」
 厳しい言葉で優しく促すと、すぐに応答があった。
〈ごめん、アッズーロ。後少しでこっちの作業が終わるから、一分待ってほしい〉
 通信の切られた端末から、あどけない寝顔へ、アッズーロは視線を転じる。青い髪を弄りながら待っていると、白い頬に陰を落としていた青い睫毛が揺れ、両の瞼が開いて、澄んだ瑠璃色の双眸がアッズーロを見上げた。
「忙しいのに、時間を割いてくれてありがとう」
 微笑んで感謝を述べた妃は、未だ固定具を付けている右肩を庇った動きで、ゆっくりと身を起こす。
「きみに二度足を踏ませないように、とても急いで、きみ用の特別な極小機械を作ったんだよ。混線の修正のついでに、飲んでほしい」
 切実な表情で頼まれて、アッズーロは溜め息をついた。白い頬へ触れて撫で、真っ直ぐに妃の目を見つめて言い聞かせる。
「努力はしたらよいが、無理は致すな。この体は、われのものだ。しかも、今はわが子セーメを身篭もっておる。大事に致せ」
「うん、分かっている。大丈夫、無理というほどのことはしていないよ」
 嬉しげに目を細め、アッズーロの手に頬をすり寄せるようにして、妃は頷いた。十中八九、少しも分かっていない反応だ。
「……とりあえず、話は後だ」
 アッズーロは妃の額に軽く口付けてから、入り口に控えているレーニョを振り向いた。
「ナーヴェの本体へ行く。フィオーレとともについて参れ」
「「仰せのままに」」
 一礼するレーニョとフィオーレの声が見事に被って響いた。煮え切らない二人は、恥じらったように一瞬、視線を交錯させる。本体の後部扉の前まで、アッズーロはレーニョの肩を借り、ナーヴェにはフィオーレを付き添わせて行った。いつまでも微妙な態度を取っている二人への、ささやかな腹癒せだ。
「中へはわれらのみで入る。おまえ達はそこで待っていよ」
 アッズーロの命令に、レーニョとフィオーレは、二人揃って当惑した表情になり、一礼した。
「「畏まりました」」
 また声が被っている。船体へ入り、扉が閉まった直後、ナーヴェが吹き出した。
「アッズーロ、きみは策士としても一流だね。待っている間、二人がどんなふうに過ごすのか、とても興味があるよ。後でフィオーレに聞くのが凄く楽しみだ」
「人のことを心配しておる場合か」
 アッズーロは憮然として言い、後部と前部を分ける仕切り戸のほうへ足を向けた。
「あ、待って」
 ナーヴェは慌てて引き留めてくる。
「きみのために特別に作った極小機械を飲んで貰うほうが先だよ」
「何だ、それは『ついで』ではないのか?」
 素っ気なく返すと、ナーヴェは頬を膨らませた。
「何を怒っているのか知らないけれど、きみが言った『努力義務』を果たすために、全力を尽くしたんだよ? 飲んで貰わないと困る」
 アッズーロは無言で、ナーヴェへ向き直った。混線の修正をした後でと思っていたが、さっさと言い聞かせたほうがよさそうだ。歩む足元がややふらつくと、ナーヴェは素早く寄ってきて、抱き止めるように支えてきた。
「……どうしたんだい?」
 真摯に尋ねてくるナーヴェは、アッズーロの懊悩を図りかねている様子だ。
「ぼくはまた、きみを傷つけたかい……?」
 アッズーロは答えないまま、ナーヴェの背中に両腕を回して抱き寄せ、傍らの施術台へ座った。もろともに施術台へ座らせたナーヴェは、困惑した表情で見つめてくる。
「話してくれないと、ぼくには分からないこともあるんだよ。疑似人格電脳として、人の感情については学習してきたつもりだけれど、まだまだ新しく知ることが多い。特に、肉体を持ってからは、以前よりもずっと、感情というものが深く分かり始めたんだ。だから、きみの気持ちを教えてほしい」
 自分の気持ちというなら、何から教えればいいだろう。
「――口移しがよい」
 低い声で、アッズーロは最愛に囁いた。大真面目な返事だというのに、ナーヴェは目を瞬く。予測外だったらしい。
「……え……?」
 聞き返してきたナーヴェに、アッズーロは真剣な声音で再度告げた。
「その極小機械は、そなたの口移しで飲むと言うたのだ」
「……え……。小さな繭に入れてあるから、自分で呑んで貰おうと思っていたんだけれど……?」
「そなたの口移しでなければ飲まぬ」
 幼子のように、アッズーロは駄々を捏ねた。誰に対してであろうと、こんな程度の低い我が儘を口にしたのは初めてだった。
「本当に、どうしたんだい……?」
 ナーヴェも真剣に案ずる口調で問うてくる。アッズーロは、華奢な体の固定具と腹に注意を払いつつも、最愛を更に強く抱き締めて、掠れる声で吐露した。
「われは、そなたを失いたくない。そなたがそなた自身を使い潰して、壊れて動かなくなってしまうことが怖い。既存の枠組みを超え、成長する壊れ方ならよいが、そなた自身が傷つく壊れ方は容認できぬ。そなたの努力は尊い。われはそれを強いてもきた。だが、そなたはもっと、そなた自身を大切にすることを学ばねばならぬ。そなたが傷つけば、われもまた傷つくのだということを――われとそなたの間にある心が傷つくのだということを、そなたはもっと深く知らねばならぬ。われらは比翼の鳥で、連理の枝なのだ。そなたがおらねば、われは飛べぬ。生きていくことすら難しい。ゆえに、そなたの『大丈夫』を、もっと信頼できる言葉に致せ。今は全く信じられぬわ」
「……ありがとう……」
 ナーヴェは湿った声で礼を述べ、アッズーロの背に左腕を回し、胸に顔を押し付けてくる。
「きみは、ぼくを人として扱ってくれる。それが、堪らなく嬉しい。だから、ぼくも、きみにだけは、人として接したいと思っている。でも、どこまで行っても、ぼくはやっぱり船で、疑似人格電脳に過ぎないんだ。きみの愛の言葉をたくさん貰っても、『身に余る光栄』というのは、こういうことを言うのかな、と思ってしまうよ」
 やはり、まだ成長が足りない。
「そなた、少しもわれの言葉を理解しておらんだろう……!」
 咎めたアッズーロを、両腕の中にすっぽりと収まったナーヴェは、潤んだ双眸で見上げてきた。
「理解はしているよ。でも」
 最愛は悲しい口調で説明する。
「きみの求めに完全に応じることは、少なくとも今のぼくにはできないよ。何度も言ってきたけれど、ぼくは、そういうふうには造られていない。きみが言うように、枠組みを超える壊れ方――成長をできたらいいんだけれど、できるかどうかはまだ不明だ。だから、ぼくは、今ぼくができる全力を尽くすんだ。それしかできないから」
 アッズーロが、レーニョにつれなくなってしまう原因は、ナーヴェのこの在りようだ。
(あやつとフィオーレは、人と人で、ともに暮らすに何の障害もなかろうに、何を愚図愚図しておるのだ)
 自分とナーヴェの間には、人と船という、越え難い溝が、未だにある。それでも、ナーヴェはアッズーロの最愛だ。失うことなど、考えられない。
「――何があろうと今後、絶対に、機能停止してはならん……! それは、二度と許さぬからな……!」
 アッズーロの渾身の訴えに、ナーヴェはいつものように、すまなそうに呟いた。
「努力するよ……」
「だから、『努力する』ではなく――」
 どう言えば、伝わるのだろう。否、ナーヴェを成長させるには、言葉だけでは足りないのだ。
「――こういう時は、誓いの口付けをするものだ」
 アッズーロは厳かに教えた。
「……そうなのかい……?」
 ナーヴェはアッズーロの腕の中で小首を傾げる。微かに眉を寄せて、半信半疑といった表情だ。
「うむ」
 アッズーロは大きく頷き、促した。
「それこそ、『ついで』に、われに口移しで特別の極小機械を飲ませるがよい」
「ああ、うん、そうするよ」
 最愛は、最早「口移し」には抗議せず、アッズーロに抱き締められたまま、後ろを振り向いた。そこへ、壁から伸びた作業腕が伸びてきて、ナーヴェが開けた口の中へ、小指の先ほどもない小さな白い粒を一つ入れる。それが、特別の極小機械入りの繭らしかった。
「アッズーロ」
 口に繭を含んだナーヴェは、細い体を伸び上がらせて、すぐさま口付けてこようとする。目的を達しようと躍起のようだ。アッズーロは命じた。
「誓いを思考回路に刻みながら口付けよ。『何があろうと今後、絶対に、機能停止はしない』とな。『努力する』ではなく、そうしようと思いながら口付けるのだ」
 こくりと素直に頷いて、ナーヴェは半ば目を閉じ、アッズーロに口付けてきた。小さく柔らかな舌が、そっとアッズーロの口の中へ入ってきて、先のほうに乗せていた繭を前歯の内側へ置いていく。その粒のような繭を飲み込んですぐに、アッズーロは自らの舌を、引っ込もうとする最愛の舌に絡めた。ナーヴェの後頭部と肩を左右の手で支え、大きく仰向かせて、口付けを深くする。ナーヴェは抵抗しない。「誓いの口付け」を理解しようと努力中なのだろう。その理性を溶かし壊して、更に人として成長させようと、アッズーロは可愛い舌も歯茎も、頬の内側も優しく舐め回し、愛撫する。
「ぁ……は」
 甘い吐息を漏らすナーヴェの肉体から力が抜けていき、やがてくったりとして、アッズーロの腕に支えられるばかりとなった。口の端から涎を零し、とろんとした目になった最愛の口を解放し、アッズーロは改めて愛おしい体を抱き締める。自分自身も乱れた息を深呼吸して整えてから、アッズーロは腕の中の最愛に語り聞かせた。
「――そなたとわれは婚姻関係にある。これは契約だ。その中身は、そなたはわれのものであり、同時に、われはそなたのものであるということだ。分かるか?」
 ナーヴェは身じろぎしてから、ゆっくりと答えた。
「……ぼくがきみのものであることは確かだけれど、きみがぼくのものになってはいけないよ……。きみは、ぼくを使う立場だ」
 まだ、壊し方――成長のさせ方が足りないらしい。アッズーロを特別に愛するようになって尚、ナーヴェの自覚は、そこ止まりなのだ。
――【ぼくはたった今から、きみの従僕だ】
 出会った時にそう宣言してから、基本的に変わっていない。
「違う。そなたとわれは、最早対等なのだ。われは、そう在りたいと思うておる。われは時折そなたに命令するが、そなたもまた、われに命令してよいのだ」
 重ねて言い聞かせると、ナーヴェはアッズーロの胸に頭を預けたまま反論した。
「……それは駄目だよ。きみがぼくを愛して、ぼくの気持ちまで尊重してくれていることは、とても、とても嬉しい。ぼくも、全力を尽くして、きみの信頼と愛情に応えたいと思う。ぼく自身で考えて行動もする。……でも、ぼくの力はきみが使うべきもので、きみの制御下になければ駄目なんだ。そこには、絶対に上下関係が要るんだよ。……ぼくはきみのものだ。きみを頂点とする人々のものだ。でも、きみは、ぼくのものではなく、きみ個人のもので……、もっと言うなら、王たるきみもまた、人々のものなんだ」
「何と、われら二人とも民のものか」
 アッズーロは、やるせなく、乾いた笑い声を立てた。
「そうだよ」
 ナーヴェは、アッズーロの胸に頭をこすり付けるようにして頷く。
「きみは、人々のために、急いで王になったはずだ。違うかい?」
「われは国のためと思うて王になった」
 アッズーロは、最愛の形のいい頭を見下ろして明かす。
「わが母は、オリッゾンテ・ブル王室のために、望まぬ婚姻を強いられ、国の犠牲となった。わが父は、わが母を失った後、ただ悲嘆に暮れて、その犠牲の意味を考えず、王たる己の職務を充分には果たさんようになった。ゆえに、われは毒を用い、父上の退位を早め、王となったのだ。われは母上が強いられた犠牲を意味あるものにするため、この国を存続させるために王となった」
「『国のため』は、つまり『人々のため』だよ」
 ナーヴェは僅かに顔を上げ、慰めるように指摘してきた。確かにそういう考え方もできるだろう。だが、アッズーロの心情は異なっていた。
「違うな。われはあくまで、この国のため、この国という制度のために王となったのだ」
「……それは、とても、寂しい考え方だよ」
 ナーヴェは沈んだ声で評した。
「よい。この件については混線の修正の後で、また話すとしよう」
 アッズーロは最愛の背をぽんぽんと軽く叩いて、次の行動へと誘う。
「そなたと話すは何事であれ、わが喜びだ」
「うん」
 ナーヴェは微笑んで、アッズーロの言に従った。
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