王の宝~元亜光速宇宙移民船の疑似人格電脳は人として生きる夢を見るか~

広海智

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第二十三章 繋がりが生み出すもの 四

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     四

「ヴォルペが姿を現しません」
 従姉のヴァッレから、会議室へ入るなり告げられて、アッズーロは眉をひそめた。
「近衛兵、ただちに待機中の者を動員してヴォルペを捜せ」
 扉のところにいるグーストとブイオに命じてから、集まっている他の大臣達の顔を見回す。
「何か心当たりのある者はおらんのか」
「一度、自宅へ戻るとは申しておりましたな」
 モッルスコが、細長くした口髭を引っ張りながら眉間に皺を寄せて答えた。
「近衛兵、ヴォルペの自宅も捜索せよ」
 アッズーロが重ねて命じたところへ、走り去っていたグーストが戻ってきた。
「陛下、ヴォルペ様、いらっしゃいました!」
 次いで、当のヴォルペが入り口に姿を現す。意欲に満ちていた昼前の表情とは裏腹の、やつれた顔をしていた。
「遅れまして、申し訳もございません」
 深々と頭を下げた最年少大臣に、アッズーロは厳しく問うた。
「何があった?」
「……家で昼食を食べた後、居眠りをしてしまい……。本当に、申し訳ありません……!」
「疲れが出たのでしょう」
 ペルソーネが労るように言い、自分より小柄なヴォルペの両肩に手を置く。その水色の双眸が、鋭くアッズーロを見た。これ以上責めるなという目付きだ。
(全く、こやつは、すぐ感情的になるから困る)
 アッズーロは鼻を鳴らして、踵を返し、王座へと上がった。それを合図に、大臣達もそれぞれの席へ着く。大臣会議は、何事もなかったかのように再開された。


 姉に肉体を任せたナーヴェは、オリッゾンテ・ブル王国上空の静止軌道に設置している人工衛星に急いで接続し、光学測定器を使って地表を見下ろしていた。
(反乱を起こしている人達は、まだ、カテーナ・ディ・モンターニェ侯城の城下町辺りにいるね……。隣町には、羊の薬を配るオリッゾンテ・ブル軍の小隊が、既に到達している……。でも、小競り合いなどは起きていない……。ルーチェからの報告の通りだね。よかった……)
 安堵したナーヴェは、一糎掛ける一糎の分解能を誇る光学測定器で、反乱を起こしている人々の中心人物達を捜査、観測していった。
(ゼーロは……、いた。仲間達を率いて、焼けてしまった建物の再建を手伝っているんだ……)
 抜けるように白い肌をして、銀髪を短く刈った痩身の青年は、大勢の中で土埃に塗れて働いていた。その傍らでは、黒髪を短く刈った青年も、小麦色の肌に汗を流しつつ作業している。
(チーニョも一緒だね)
 少し離れた広場で大鍋を囲んで調理をしている女達の中には、一度だけ肉眼で見た少女の姿もあった。茶褐色の髪をきちっと結い、腕まくりして、鍋の中身を大きな柄杓で掻き回している。
(ドゥーエは炊き出し担当か……。地元の人達と協力して、仲良くしているんだね……。でも、ニードが珍しくゼーロと一緒にいないね……。ああ、いた。ヌーヴォローゾと、カテーナ・ディ・モンターニェ侯城跡で、何を話しているんだろう……)
 赤毛を短く刈った青年は、日焼けした顔に笑みを浮かべて、大柄な男相手に、何かを言っている。伸びた灰色の髪を後ろで束ねたヌーヴォローゾは、同じく日焼けした、彫りの深い顔に冷ややかな表情を湛えて、それに応じていた。あまり友好的な状況には見えない。
(唇の動きが、何とか読めるかな……)
 角度的に難しいが、不可能ではなさそうだ。ナーヴェは二人の口に集中して、会話内容を解析していった。
(……「従僕の身分を利用して城に火を点けた」……「内側から手引き」……随分と不穏な話をしているね……。「ペルソーネ様」……「王の宝」……。そう、ヌーヴォローゾが、反乱を起こさせた黒幕のもう一人なんだ……。ぼくが存在を演算していた「ティンブロの配下」は、彼の従僕だったというヌーヴォローゾか……)
 そのヌーヴォローゾに、ニードは多くの言葉を投げ掛けて、真相を聞き出している。
(彼は、ペルソーネを敬愛していたから、アッズーロがぼくと結婚したことに怒っているんだね……。「何でそれで城を燃やすんだ?」、尤もな問いだね、ニード。ヌーヴォローゾの答えは……「王の宝と偽った小娘を妃としたアッズーロ」……「王都が地震に見舞われて神殿が消え、半月後に大量の星が流れたのは紛れもなく神ウッチェーロの警告」……「羊の病は神ウッチェーロが下された罰」……「アッズーロを見限ったレ・ゾーネ・ウーミデ侯領では羊の病が終息」……「無能なティンブロ」……「一週間に一度はカテーナ・ディ・モンターニェ侯領の民と語らっておられたペルソーネ様」……「近頃はこの侯領に戻ることすらなく」……、ああ、それは、ペルソーネの心がカテーナ・ディ・モンターニェ侯領の人々から離れた訳ではなくて、彼女を忙しくさせたぼくとアッズーロの所為なんだよ……)
 ヌーヴォローゾは、ペルソーネを敬愛する余り、羊の病が蔓延し始めた故郷に帰省しなくなった彼女に、逆に憎悪を覚え、カテーナ・ディ・モンターニェ侯ティンブロへの批判も相まって、従僕たる己の職掌を用い、カテーナ・ディ・モンターニェ侯城の随所に火を点け、反乱の狼煙を文字通り上げたのだと語っていた。最早、隠す気もないようだ。義憤に駆られて行動したのだと、自身の正当性を信じて疑わないのだろう。
(それにしても、状況証拠や推測を並べ立てて、これだけの事実をさらさらと聞き出してしまえるニードって、一体どういう人なんだろう……?)
 ナーヴェと同様の疑問を持ったらしく、ヌーヴォローゾが怪訝そうに尋ねた。
(「そういうおまえは、一体何者だ」……「それほどの観察眼、単に憤りを持って反乱に参加した若者ではないだろう」……。うん、ぼくもそう思う)
 ニードの返答は簡潔だった。
(「おれはテッラ・ロッサの工作員だからな」。ああ、そういうことか……)
 納得したナーヴェと、驚愕したらしいヌーヴォローゾの視線の先で、ニードは更に告げる。
(「ついでに言えば、ベッリースィモとキアーヴェもそうだぜ?」……ああ、これでキアーヴェについて確信が持てたね。でも今、ヌーヴォローゾ相手に、自分達の正体を明かす意味は何だろう。「但し、おれ達の雇い主は違う。おれはロッソ三世陛下に雇われてて、ベッリースィモとキアーヴェはエゼルチト将軍に雇われてる。そして、エゼルチト将軍は、このオリッゾンテ・ブル王国を瓦解させてロッソ三世陛下に統治させたがってるが、ロッソ三世陛下御自身は、それをお望みじゃない。つまり、ベッリースィモとキアーヴェは、おれとは相反する目的を持って動いてるのさ」……随分はっきりと教えてくれるんだ……。ベッリースィモについては、少し違うと思うけれど、意図的に真実を歪めて伝えているみたいだね……。「因みに、あんたが嫌ってるアッズーロ陛下は、ロッソ三世陛下と協力してる」……「故郷を愛するあんたとしては、これからどう動く?」……成るほど、彼はロッソのために、反乱を起こしている中心人物達の結束を崩す作戦に出た訳だね……)
 ヌーヴォローゾについては、これで抑えてしまえそうだ。羊の病に効く薬の配布が終わり、ペルソーネが帰省して人々と語らえば、彼も自身の考えを改めるだろう。
(ニードの存在は有り難いね……。問題は、ベッリースィモとキアーヴェだ……)
 ベッリースィモの姿は捜しても見当たらない。どこか建物の中にいるのだろう。
(あ、ルーチェがいた)
 亜麻色の髪の間諜は、小神殿の鳩小屋の外にいた。中にいる鳩を数えているふうに見える。眉を寄せて、不審がっているようだ。
(鳩に何かあったのかな……?)
 鳩は重要な通信手段だ。それだけに、ルーチェは十羽の鳩を連れていったはずである。
(十羽ともいなくなったようには見えないから、何かあったとしても一羽、二羽の話だろうね……)
 重大なことであれば、それこそ鳩で知らせてくれるだろう。ナーヴェは更に視線を走らせた。
(タッソは、あんなところで昼寝している……。再建を積極的に手伝う気はなさそうだね……)
 幻覚の溜め息をついて、ナーヴェは重要人物を捜した。だが、なかなか見つからない。
(キアーヴェも、建物の中なのかな……?)
 捜索を諦め掛けた時、ナーヴェは漸く灰褐色の髪の少女を発見した。隣町の外れ、羊の囲い付近の木立の陰にいる。
(あの辺りの羊には、丁度今日の午前中に薬が配られたはず……。薬が効いているかどうか、様子を見ているのかな……?)
 事実、羊達の傍には、飼い主らしい男二人がいて、一匹一匹の具合を診ているようだ。
(抗生物質だから、結構すぐ効くはずなんだけれど……)
 ナーヴェも見守る中、不意に一匹の羊が泡を吹き始めた。
(え……)
 慌てる男達の周りで、他の羊達も次々と泡を吹き、苦しみ悶え始める。
(そんなはず、ない……!)
 幻覚の目を瞠ったナーヴェは、キアーヴェがそっとその場を離れるのに気づいた。
(彼女の仕業か……!)
 王の宝の名の下に配られている薬。それが羊に害を為すとなれば、キアーヴェの――エゼルチトの思惑通りに事が進んでしまう。
(早くアッズーロに知らせて、対策を練らないと……!)
 ナーヴェは、即座に人工衛星への接続を切り、姉に通信した。
【姉さん、ありがとう】
【随分と短かったわね。よかったの?】
 姉は機嫌良く応答してくれた。
【ちょっと緊急事態が生じてね。ゆっくりしていられなくなった】
【そう。暴走だけは回避しなさいね。では交代します】
 姉は釘を刺して、ナーヴェが肉体に接続を戻すと同時に去った。
(次は通信端末だ)
 ナーヴェは、肉体の状態を確かめながら、本体からアッズーロが持つ通信端末へと回線を開く。途端に、会議の模様が聞こえてきた。
〈陛下がいつも妃殿下のために御用意なさっているような、心温まる食事を用意することです〉
 モッルスコの声だ。
(一体、何の話をしているんだろう……?)
 出鼻を挫かれたナーヴェの思考回路に、更に熱弁するモッルスコの言葉が流れ込んでくる。
〈贅沢であっては逆に彼らの反感を買ってしまいましょうが、心尽くしの品であることが大切です。彼らに、陛下の為人を知らしめるのです〉
〈その後、どう致すのだ。騙し討ちか?〉
 アッズーロが、皮肉な口調で応じた。
〈いえ〉
 モッルスコは平然と答える。
〈食事を供しながら、陛下の政治に関する考えを、彼らにお聞かせ下さい。彼らも意見を言い、問答となれば、こちらの思惑通りです。彼らが、まことに憂国の士であれば、必ず陛下と分かり合えるでしょう。意見の一致を見るかどうかは分かりませんが〉
〈おまえの意見とも思えん、何とも楽観的な提案だな。本当にそのようなお伽噺が実現すると考えておるのか?〉
 アッズーロの声には苛立ちが滲んでいる。モッルスコから、そのような意見が出るとは予想していなかったのだろう。
(ぼくも予測外だった……。でも、とても嬉しい。その案も使えるように、演算していこう)
 決意して、ナーヴェは通信端末へ呼び掛けた。
〈アッズーロ。緊急事態だよ〉


 臨時の大臣会議を終え、夕方、寝室へ戻ってきたアッズーロは、寝台の上に起き上がったナーヴェに近づいてくると、そのまま無言で抱き締めてきた。
「……そんなに心配しなくても、ぼくは大丈夫だよ……」
「そなたの『大丈夫』は、まだ当てにならん。下手をすれば、そなたの『子どものような』人と人とが戦うことになる」
 アッズーロの声音は沈痛だ。自分の責任を痛感するとともに、ナーヴェの気持ちを汲んでくれているのだろう。ナーヴェは顔を上げ、敢えて微笑んだ。
「まだ、そうなると決まった訳ではないよ。確かに、毒で羊を殺された人達は、今はぼくに対して怒っているだろうけれど、ね……。ルーチェからの報せはとても心強いし、大臣達もそれぞれ動いてくれる」
 ルーチェからは、会議終了直前に鳩に因る報せがあり、町の人達に対してニードが、テッラ・ロッサの工作員の関与を説明していると記してあった。ニードは、キアーヴェの名までは出していないようだが、テッラ・ロッサの工作員が、薬を呑んだ羊に毒を盛っていると明言しているらしい。そしてそれを、ヌーヴォローゾも支持しているということだった。ニードはキアーヴェに一手先んじて、ヌーヴォローゾの取り込みに成功したのだ。
「ニードの手腕はさすがだよ。彼を早くから潜入させておいてくれたロッソに感謝しないとね」
 バーゼの報告に拠れば、ニードはカテーナ・ディ・モンターニェ侯城襲撃直前に反乱に加わったとのことなので、ロッソはシーワン・チー・チュアンの許から帰ってきて、反乱が起っていることをナーヴェ達が認識したあの朝に、ニードを派遣してくれたのかもしれない。
「そのロッソと、今夜中には直接話ができるぞ」
 アッズーロが得意げに言った。
「……どういうことだい……?」
 きょとんとして尋ねたナーヴェに、アッズーロは溜め息をついた。
「そなた、やはり気にしておらなんだか。そなたに諮らず、ボルドにあれを持って行かせたわれにも非はあるが、自身の端っこと言う割に、否、それゆえか、迂闊に過ぎよう」
「あ、ぼくがジョールノに渡していた通信端末――」
 気づいて、ナーヴェは苦笑した。確かに、行方不明であることを殆ど気にしていなかった。しかし、直接話ができるとなれば、相当便利である。
「きみは、ぼく以上にぼくの使い方をよく分かっているのかもしれないね」
 賞賛したナーヴェに、アッズーロは複雑そうに応じた。
「そう褒められるは素直に嬉しいが、『使い方』とは言うでない。そなたは、わが宝、わが最愛、わが妃、わが友だ。道具のように表現してはならん」
 優しい言葉だ。そして、勿体ない言葉だ。
「……ありがとう。とても、嬉しいよ」
 控えめに感謝を述べたナーヴェを、アッズーロが睨み付けてくる。
「また、『身に余る光栄』なぞと思うておるのではあるまいな?」
 図星を指されて、ナーヴェは伴侶の腕の中で肩を竦めた。
「努力はしているんだけれど……、船の疑似人格電脳で、船長の従僕として造られた身としては、なかなか、きみが求める境地には至れないね……。ごめん」
「よい」
 アッズーロは、からりと笑う。
「そなたの伸びしろはまだまだあるということだ。われも、ともに努力するゆえ、気負うでない」
 「伸びしろ」とは、また懐かしい言葉だ。最初の船長にも同じようなことを言われた。アッズーロにもそのことは教えたので、意識して口にしてくれたのだろう。
「うん」
 万感を込めて頷いたナーヴェの頭を撫でてから、アッズーロは背後を振り向いた。卓では、フィオーレとミエーレが夕食の仕度を調えてくれている。並べられつつあるのは、蜂蜜掛け乾酪と、鮭の燻製の薄切り、瓜の輪切りが浮いた涼しげな汁物だ。ナーヴェの好物ばかりである。
「とりあえず、食べながらロッソからの通信を待つとしよう」
 楽しげに卓へ誘うアッズーロを、ナーヴェは痛ましく見つめた。
(きみは王。こんな状況では、強がるしかないのかもしれないけれど……)
「アッズーロ」
 ナーヴェは、自分に寄り添って歩く青年王に、そっと告げる。
「きみはぼくのためではなく、自分自身の悩み苦しみのために泣いてもいいんだよ? 少なくとも、ぼくの前では、素直に泣いてほしい」
 アッズーロは驚いたように見つめ返してきたが、その青空色の双眸が、見る見る内に潤んでいった。
(ああ――)
 ナーヴェは、自分より頭一つ分以上背の高くなった青年を、左腕でしっかりと抱き締める。
(きみとの間にある心が、とても痛い――)
 肉体の呼吸が苦しくなるほどだ。
「……馬鹿者め」
 アッズーロが耳元へ囁いてきた。湿った声だ。
「われの悩み苦しみは、そなたの悩み苦しみだ。われとそなたは、比翼の鳥で、連理の枝ゆえな。民どもに対して、誰より献身的なそなたが、『毒婦』だの『殺戮王妃』だのと呼ばれているなぞと……、許せん……。だが、全ては、われの失政の所為だ」
 ルーチェからの報せには、ニードの説明に耳を貸さない人々が王の宝ナーヴェを弾劾する言葉も記されていた。アッズーロは、その言葉に、ナーヴェ以上に傷ついてしまったのだ。
 ナーヴェは首を伸ばし、王の重圧を背負う青年の耳へ囁き返した。
「――そんな誤解は、こっちが対処していけば、すぐに解ける。大丈夫だよ。きみには、王の宝――希望の船という、オリッゾンテ・ブル史上最強の妃がいるんだから」
 青年は、くすりと微笑むと、両腕でナーヴェを抱き寄せて、首筋の青い髪へ顔を押し付けてきた。微かな微かな嗚咽が直接響いてくる。その嗚咽がやみ、青空色の双眸が完全に乾くまで、ナーヴェは青年の背を左手でそっと撫で続けた。
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