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 その夜。

「うーん、困ったなぁ……」

 仕事を終えたアルメリアは、静かな夜道をひとりトボトボ歩いて帰っていた。

 ほっつき歩くようにしながらウンウンと眉根を寄せ、頭を悩ませていたのは――。いまちょっと困ったことになっているからである。

 もともと悩んでいたのは、まったく別のことだった。
 ギルダやスーランと談笑していたのは昼下がりのことだが、実は直後にちょっと……いや、そこそこの大騒ぎがあって。

『ところで……なんでしょうか。さっきから、ずいぶん外が騒がしいようですが』
『あれ、ほんとだね。何かあったのかな?』
『おい! ここにアルメリア……アルメリア・リーフレットという調合師はいるか!?』

 外の様子が気になり始めたところ、ひどく慌てた様子で飛び込んできたのが衛兵の1人だった。

『……はい、アルメリアは私ですが』
『ちょ、ちょっと……何事ですの!? いきなり……!』
『済まない、だが緊急事態なんだ! すぐに来てもらえないか!? 怪我人が多数出ている!』
『……っ、分かりました! 案内してください!』

 ただ事ではないと気取り、現場へと急行した。
 するとそこには負傷し、痛みに呻(うめ)くたくさんの冒険者たちがいて。

『これは……!』

 聞けば、何らかの敵襲を受けたと思われるらしい。
 負傷者たちの容態からして、相手はかなり強力な毒を持っている魔獣だろうとも。

 実を言うと、似たような騒動は以前にもあった。
 そのときは、アルメリアが持ち込んだ解毒ポーションでなんとか事なきを得たが。

 しかし今回は同じものを使っても症状が改善しない。

『まさか……アルメリアさんのポーションでも効かないなんて……!』
『ダメか……!』



 ――とまぁ、そんなことがあったのだ。
 幸い症状の緩和(かんわ)はできて、今すぐ命の危険という状態は脱したけれど。

 油断は禁物だ。
 あれではまだ到底、安心できるとは言えないだろう。
 だからまず、アルメリアはそのことで頭を悩ませていた。

 というのも――。

『ほ、他に薬は……!?』
『すみません、これ以上のポーションとなると、うちには……』

 とっさにウソを付いてしまったからだ。
 正直に言えば、まだ打てる手はいくらでもあった。

「でもなぁ……」

 あの場では、ちょっと……。
 だってそんなことをしたら、きっとまた……。

 そんな不安が頭をよぎって、踏みとどまってしまう。
 つい躊躇(ためら)ってしまったのだ。
 だからいまそんな自分に後ろめたさというか、良心の呵責(かしゃく)みたいなものがあって。

 ちなみにその冒険者たちは、それからすぐにギルドの療養所に運ばれ、今はベッドで寝かされているわけだが。

「こうなったら今夜にも、そこに忍び込んで……」

 ブツブツとそんな埋め合わせを思索していた最中のことだ。

「――うん?」

 それとは全くべつの困りごとが発覚したのは。

 背後に何か、引っかかるような気配を覚えたもので。
 ふいに足を止め、振り返ってみる。
 すると――。

 シュバッ……!
 何かが……いや、誰かが、物陰へ滑り込むように身を潜(ひそ)めたではないか。
 アルメリアが振り返った、その瞬間に。

 とはいえ、お世辞にも素早いとは言えなかった。
 いや、はっきり言って遅い。
 だからバッチリ、その姿も捉えられてしまう。

「はぁもう……」

 ため息が零れた。

「またあのお婆さんかぁ……」

 あのお婆さん――そんな呼び方になってしまうのは、申し訳ないけれど名前までは存じていないからだ。

 でも何処のどなたかはよく知っている。
 彼女もまた調合師であり、ポーション屋なのだが。
 嫌がらせ……みたいなことは、この半月余りでいっぱいされたから。

 たぶん気に入らなかったのだろう。
 あとからできたこちらの店が評判になったせいで、元々あった自分の店の客足が遠のいてしまったことが。

 だからあの手この手で、どうにか引きずり下ろそうとしている。

「いろいろされたなぁ……」

 振り返り、サメザメする。

 「これアンタんとこのポーションだろ!?」と大声でイチャモンを付けられたり、ある朝自分のところの薬草畑が踏み荒らされていたこともあった。最近では秘蔵のポーション蔵が荒らされ、盗み出されていたことも。

 いずれもギルダやスーランが助けてくれたから何とかなったけれど。
 これは、つまり……。

「実力行使に出てきちゃった、ってことかな……?」

 痺れを切らし、ついに直接(ダイレクト)アタックを仕掛けに来ちゃったと。

「ちょっと怖がらせてやろうとしてる、とかだけならいいんだけど」

 そーっと背後の様子を窺うと、何かがキランと光ったような気がする。
 はてさて、その出所はただならぬ怨念を孕(はら)んだ鋭い眼光か。
 あるいは隠し持った、もっと物理的な凶器の反射によるものか。
 いずれにせよ。

(ひぃぃぃぃぃっ!?)

 気づいていることに気づかれないよう平静を装(よそお)いつつ、内心で絶叫しきりのアルメリアだった。

 そんなわけで今、とても困っている。
 はてさて、このピンチをどう切り抜けたものかと。

「そっちがその気ならこっちも! ってわけにはいかないしなぁ……」

 かと言って、周囲に助けを求められそうな誰かもいない。
 いっそのこと「きゃー! ストーカー!」みたいな感じでバタバタ走り去る……?

「いやぁ。それはそれで、なんかちょっと恥ずかしいし……」

 思いあぐね、ああでもないこうでもないと考えを巡らせる。
 でもオチオチはしてられないので、結局。

「あっ、そうだ! いっけな~い! すっかり忘れてた~!」

 こうなった。
 あたかもそのとき、丁度何かを思い出したようにグーをパーにポムんと落とし、声のボリュームもギリギリ不自然にならない程度に目一杯、引きあげて。

「はやく帰らなくちゃ~!」

 そのままパタパタと、何気ない風を装(よそお)って走り出す。
 その場凌ぎにしかならないが、まぁ後のことは追々考えればいいだろう。
 あとは「逃がすか!」みたく追いかけてこないことを願うばかりだが……。

「大丈夫そう、かな……?」

 後方の様子を探りつつ、ホッと安堵の息をつきかけた――その矢先のことだった。


 パタパタパタ……パタ……タ……。


 テンポの良かったアルメリアの足取りが、徐々にペースを落としていく。
 かと思えば、次の瞬間にはくるりと踵を返し、進路を一転のUターン。
 打って変わっての猛ダッシュで、来た道を駆け戻り始めて。

「んな……っ!?」

 そんないきなりアクションで不意を突かれたのは当然、老婆の方だ。
 やっぱり通り魔的な犯行に及ぶつもりだったのだろう。
 ワタワタと見るからに慌て、逃げようとしている。

 だがアルメリアがそうした行動に出たのは、何も気が変わって捕物劇に打って出るためではなかった。もっと別の差し迫るような危機、敵意を察知したからで。

「ダメ……! そっちに逃げないでっ!」

 だから反射的に手を伸ばし、そう必死に声を張った。

 そして次の瞬間、遠方の空にブブブと留まっていた異形の影。
 曲げた節足を6本、集めるように放たれた光の砲撃。

 眩(まばゆ)いまでのエネルギー波が、ズイと地上に押し寄せ――。
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