昆虫採集セットの正しい使い方

かみゅG

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034.あおい思い出

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 動物全般に言えることだが、猫の成長は人間の成長よりも早い。
 四人の子供が育てた子猫は、あっという間に大きくなった。
 餌を自分で捕ることもできる。
 たまに狩りをさぼって餌をおねだりに来ることもあるが、来ないことも多くなった。
 少し寂しい気持ちにもなるが、子猫が無事に成長したことに、子供達は安堵する。
 すると、心と時間に余裕ができる。
 それまでは子猫の世話で必死だったが、その必要がなくなる。
 余った時間を、猫を世話する前と同じように使ってもよいのだが、なんとなく勿体ない気がする。
 猫の世話をする前は、ただ遊ぶだけだったのだが、有効な時間の使い方ではない気がする。
 だから、子供達は考える。
 他に何かしたいことはないかと考える。
 新しいことに興味を持った子供もいた。
 そうでない子供もいた。
 四人の子供は変わらず友人関係だったが、時間の使い方に差が出てきた。
 一緒に遊ぶ時間とは別に、それぞれのことにも時間を使うようになっていった。

「ひさしぶりに、せんせーのところに行ってみようかな」

 アオイがそう考えたのは、ただの気まぐれだった。
 身体を使って遊ぶのが好きなアオイは、時間を使うとしたら遊びだった。
 けれど、他の三人が別のことに時間を使っている間に、ひとりで遊ぶのはつまらない。
 だから、余った時間では遊ばないのだが、それはそれで退屈だ。
 暇を持て余したアオイは、自分に興味が湧くことはないかと探し始める。
 そんなときに、ふと頭に浮かんだのは、診療所の女医のことだった。
 診療所へは、すっかり足が遠のいていた。
 子猫の世話が忙しかったのもあるが、あの夜の光景が足を遠のかせている原因だった。
 本人さえ自覚していたかどうかわからないアオイの初恋は実らなかった。
 しかし、初恋が破れたわけではなかった。
 なにせ自覚していたかどうかわからないのだから、告白さえしていないのだ。
 それが淡く昏く心に残り続けていた。
 告白して断られていたら。
 女医が誰かと結婚していたら。
 アオイはそんなことを考えなかっただろう。
 けれど、中途半端に実らなかったせいで、初恋は微かにくすぶり続けていた。
 もしかしたら、あの夜の光景は幻だったのかも知れない。
 もしかしたら、今も変わらず自分を受け入れてくれるかも知れない。
 そんなことを考えてしまう。

「夕方だけど大丈夫だよな」

 学校帰りに一緒に遊んで、早めに切り上げる。
 そして、夕食までの時間を、それぞれの時間に使う。
 それが、その頃の四人の子供達の時間の使い方だった。
 診療所に辿り着いたアオイは、入口の扉を開いた。

「いらっしゃい」

 出迎えてくれたのは女医だった。
 少し痩せたように見えたが、夏バテなのかも知れないと、アオイは考えた。
 以前に嗅いだタバコの匂いはしなかった。
 そのことが、時間が戻ったような錯覚を起こさせる。

「せんせー、ひさしぶり」
「ええ、ひさしぶりね」

 女医は以前と変わらないように見えた。
 アオイは子猫を育てるのが忙しくて、少し前に近所で流れた噂を知らなかった。
 その噂が原因で、診療所を訪れる人が減っていることを知らなかった。
 だから、そのことが女医を痩せさせていることにも気づかなかった。

「お茶を淹れるわね。ゆっくりしていって」
「ありがとう、せんせー」

 女医はアオイを歓迎して、もてなしてくれた。
 それが人寂しさから来ることに気付かないアオイは、そのことを喜んだ。
 その日は、帰らなければいけないギリギリの時間までお喋りをした。
 何気ない日常の出来事についてだが、女医はアオイの話を喜んで聞いた。
 診療所を閉める時間は過ぎていたが、女医は嫌な顔ひとつしなかった。

「また、来てね」
「うん!」

 その日以降も、アオイはたびたび診療所を訪れるようになった。
 訪れるときは一人だった。
 他の三人はいなかった。
 訪れる間隔はしだいに短くなり、滞在時間はしだいに長くなっていった。
 アオイは女医を独り占めしているようで気分がよかった。

「そろそろ帰らなきゃ」
「もう、そんな時間なのね」

 だから、帰り際に女医が寂しそうな顔をすると、胸が締め付けられるような気分になった。
 一度は破れたと思った初恋。
 それが、手の届きそうなところにある。
 けれど、手から零れ落ちそうになっている。
 だから、胸が締め付けられるような気分になった。

「今度、泊まりに来てもいい?」

 それは、反射的に口から零れた言葉だった。
 子供達は様々な行事のときに、互いの家に泊まりに行くことがあった。
 アオイとアンズの家に、サクラとカエデが。
 サクラやカエデの家に、アオイとアンズが。
 泊まりに行って、眠りつく直前までお喋りして楽しむことがあった。
 そんな経験から零れた言葉だった。

「いいわよ。いらっしゃい」

 女医は、その零れた言葉を笑顔ですくいあげた。
 そのことを、アオイは喜んだ。
 ただ純粋に、女医と会う時間が増えることを喜んだ。
 女医の身体の奥深くにある疼きには気づかなかった。
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