うらめしや

うらめしや

　毎度、馬鹿馬鹿しい噺を一席。

　時は元禄、季節は中秋。江戸市中を流れる川の畔を、仕事帰りの町人が、提灯片手に家路を急いでおりましたが、ふと、夕飯の材料を買うのを忘れていたことに気づきました。

　握り飯で済ませるのも、ぱっとしない話。なにより、こう冷えると、熱燗の一杯も引っ掛けたい気分だったので、アテがほしいというもの。

　しかし、今の世と違い、夜に開いている魚屋だのはございません。

　やむなく、そのまま家路をたどっていると、これは僥倖。向こうに、屋台と赤ちょうちんが見えます。

　やや、これはついている。おでんにでもありつければ、幸いだと、いそいそと向かっていきますと、「うらめしや……」と、実に陰気な女の声が、耳元で囁かれるではありませんか。

　男は、風のいたずらだろうと無視して、再び歩こうとしましたが、またしても、「うらめしや……」と聞こえます。

　さすがにこれはと思い、振り返りますと、三角巾と長髪、死に装束、そして、なにより足がない、幽霊以外の何者でもない、青白い女が目に入ります！

　男は、悲鳴とともに、屋台も何も無視して、一目散に逃げ、事なきを得ました。

　しかしこの幽霊、別に怨霊でもなんでもありませんで、夭折した妻が、家業が気になり成仏できず、夫の営む飯屋が裏にあると、彼に伝えたかっただけなのでございます。

　おあとがよろしいようで。