〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ

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第二十二話 理由

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 朝。キッチン兼ダイニングの空気が、どうにも気まずい。

 ハルちゃんも、ミドリさんも、シェフさんも、メイドさんも、黙々と食べている。無論、私も。

 せっかくの、おいしいまかないが、これじゃ台無しだ。

 もしかしたら、これが葵家流なのかもしれないけど、やっぱりなんかおかしい。その原因はといえば……。


 ◆ ◆ ◆


「ハルちゃん、ちょっとこっち来て」

 適度な離れた場に、彼女を連れて行く。

「ハルちゃん、やっぱ昨日のはよくなかったよ。空気、おかしいもん。ちゃんと、謝ろ?」

 料理勝負とか言い出したお前が言うな、という感じですが。

「はい。一晩経って頭も冷えたので、謝ります。でも、今ではなく、料理勝負のときにさせてください。説得力が生まれると思うので」

 説得力? この子は、何を……。

「とにかく、論より証拠ということわざ通りのお話を、お見せできると思いますので」

 なんとも、要領を得ない話だ。

 ともかく、葵家シェフ謹製弁当を手に、職場に向かうのでした。


 ◆ ◆ ◆


 仕事場で、妙に豪華なお弁当にツッコミを入れる同僚でしたが、葵家に越したことを告げると、絶句してしまう。上司は、書類の関係で把握済みだったけどね。

 「富」の世界から「貧」の世界へ。今日も、利用者さんのお悩み相談の回答や、事務仕事をこなしていく。「住む世界が違う」という言葉があるけれど、驕らないように気をつけなきゃ。

 そして、帰宅。やはり、遅い時間になってしまった。通勤時間も伸びたしなあ。

 さすがに、送迎はどうかと思うし。

「ただいま戻りました」

 メイドさんに出迎えられ、自室に案内される。まだ、邸内把握しきってないからね。

「お嬢様とシェフが、紅様をお待ちです」

「すみません、着替えたら向かいますね」

 シャワーを浴びたいところだけど、とりあえず着替えだけで済ませる。

 ベルを鳴らすと狛さんが応対したので、キッチンに連れて行ってもらう。

 で、中を開けると……。ひい! 殺気立っているぅ!

 若井さんとミドリさんが、それぞれ何かを作っている。

「すみません、あれは何を……?」

 手近にいたシェフさんにひそひそ問うと、「ポークチョップです」とのこと。若井さんが、ミドリさんの得意フィールドである大衆料理に合わせたそうで。

 私が応援するのは、もちろんミドリさんだけど……。若井さんが、素人目には何をやっているんだかわからない手技を仕込んでいるようだ。

 そして、ほぼ同時にフライパンに乗せ……。う~ん、いい匂い!

 そして、付け合せも含めて、出来上がったようです。

「では、ご実食を」

 シェフ長が宣言する。

「いただきます」

 皿A、スゥ……っとナイフが入る。ハルちゃん、真剣な表情でもぐもぐ。いつもの、ハムスターのような愛嬌ある食べっぷりと違い、やっぱりお嬢様なんだなと。

 皿B、皿Aほどスムーズなナイフ通りではなく。こちらも、真剣に食べるが、最後に微笑む。

 若井さんも、ミドリさんも、緊張の面持ち。

「お嬢様。美味しかったのは、どちらですか?」

「こちらです」

 皿Aを掲げる。

「でも、好きなのはこちらです」

 今度は、皿Bを掲げる。それに、シェフ一同ざわめく。

「その、お嬢様! 皿A、私の皿は何がいけなかったんですか!?」

 若井さんが、戸惑いつつ訊く。

「若井さんのポークチョップは、ある一点を除くすべてにおいて、上回ってましたよ」

「では、なぜ……。そしてその一点とは」

 釈然としない、若井さん。

「まずは、昨夜皆さんに無礼を働いたこと、謝罪させてください。申し訳ありませんでした。その上で、譲れないものがあったのです」

 しっかりした口調で、語り始めるハルちゃん。

「ミドリさんの手料理は、わたしにとって母の味なんです。わたしは、実の母の手料理を食べたことがありません。そんなある日、偶然から、初めてミドリさんの焼いたサンマを食べました。これが、お母さんの味なんだ! と、幼い私は、雷に打たれた思いでした」

 ひと息はさみ、「それ以降、時折わざとご飯を残し、ミドリさんの手料理を食べるようになりました。今思えば、シェフの皆さんには、失礼なことをしたと反省していますが、以上が、昨日の癇癪の、理由です」と締める。

 シェフ長が脱帽し、「たしかに、休日は自分の料理よりも、妻のアテで一杯引っ掛けるほうが、楽しみです。そうおっしゃられると、わかります」と述べる。

 当の若井さんも、「母の味、ですか。それは、勝てませんね」と脱帽する。

「すみません、わがままお嬢様で」

 今や理由を知った一同が、恐縮するハルちゃんを責めることはない。

「それでですね。キッチンの一角をわたしとミドリさんに貸してもらうわけにはいかないでしょうか。母娘・・で料理、作りたいんです」

「そういうことでしたら、広い厨房ですから、問題ありませんよ」

「ハルちゃん、一人忘れてなあい?」

 ちょんちょんと、自分をつつく。

「私も、混ぜてほしいな」

「ありがとうございます、おねーさん」

 ペコリとお辞儀する。

「すみません、お嬢様。わたくしのために……」

「だって、私はミドリさんの料理ファン一号だもの!」

 にっこりと微笑むお嬢様。これにて、一件落着かな?

「ささ、私はもう食べちゃったけど、みなさんまだでしょ? ごはんをどーぞどーぞ」

 ハルちゃんが場を仕切ると、シェフさんたちが動き始める。

「おねーさん、ミドリさん」

「ん?」「はい」

 料理待ちの間、ハルちゃんが話しかけてきたので、それぞれ顔を向ける。

「決めたよ。音楽と大学、どっちの道に進むか。この一件で、覚悟が決まった」

「どっちに決めたの?」

「わたしは――」

 ハルちゃんの決意が、口から発せられた。
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