滅びた国の姫は元婚約者の幸せを願う

咲宮

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56. 対峙する恐怖

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 空高く浮遊する最中、揺らいだ気持ちを何とか切り替えて奮い立たせた。一度決めた覚悟を取り戻しながらリズベットの元へ向かった。

 リズベットの放つ禍々しいオーラは段々と彼女の体に吸収されていく。彼女の赤く華々しかった髪の毛は、どんどんと濁っていく。黒みがかる様子は、不吉の訪れそのものを現しているようであった。

 どうやら最悪なことに魔神の召喚は成功してしまったようだ。その証拠に、小さくとも感じれていたリズベット自身の魔力を一切感知することができない。

「……っ」

 リズベットの意識を探ろうと探知魔と法をかけようとするものの、いとも簡単に跳ね返されてしまう。

「………結界」

 中にいる者が目覚めてしまう前に、私とリズベットだけを囲う結界を展開させた。被害をできることならば最小にしたい。

 辺りを見回してリズベット自身に視線を戻した時だった。

 意識を失っていた筈のリズベットの口角が上がり、不穏な空気を醸し出す。

《……久しぶりだなぁ、こちらの世界に来るのも。もう二度と来ることはないと思っていたからね》

 彼女の者ではない、異質な声。
 寒気と恐怖を誘う嫌な音が響き渡った。

「…………」
 
 思わず顔を歪めてしまう。

「おぉ!!魔神様!お出でくださいましたか!!!」

 当然響き渡った声はラベーヌ公爵に伝わった。それを魔神召喚成功と捉えた公爵は歓喜し、空まで届くよう叫ぶ。
 
《ふぅん、あれが召喚主か》

「……目の前にいるのは私ですが」

 探りながらも問いかけてみるが、返ってきたのは魔神らしい答えだった。

《あはははっ!!面白いこと言うねぇ君。俺さ、これでも魔神なんだよ?どの人間が欲深いかくらいは見分けがつく。あの下にいる男は深すぎる欲のせいでどす黒く見えるけど……》

「…………」

 挑発的な、からかうような瞳でこちらを見る。

《君からはなぁんにも感じないし、見えない。余程欲がないのかな?つまらない人間だ》

「……お褒めいただきありがとうございます」

《……ぷっ、はははっ!君面白いね?その上魔法使いか。なるほどね、君の命は見逃すよ、食べても美味しく無さそうだしね》

 命を食べるという言葉に不穏な予感を感じる。

「魔神様!召喚した私の願いを聞き届けてください!!」

《せっかちで自分の都合しか考えてない。うん、実に良い。人間らしい人間だな》

「あれを基準にしないでいただきたい」

《そうかい?人間なんて皆あんなもんだろう》

 馬鹿にした瞳を向けられるが、そこに何の気持ちが籠っていないことを察する。さすが魔神。感情は簡単には出さないようだ。

「魔神様!!!」

《うるさいなぁ。焦らなくてもルールは守るよ。だから少し黙っててくれないかな?》

 そう魔神が威圧すると、公爵は体の芯から震え上がり萎縮してしまう。

《それで聞きたいんだけどさ、君は俺に何の用?全く欲が見えないけれど、まさか願いを叶える権利を横取りしに来たのかなぁ》

「今すぐご自分の世界へお帰りください」

 強い眼差しで魔神を見る。

《…………それは面白くない提案だな》

「至って真剣で真面目な提案をしています」

《久しぶりに人間どもの世界に来れたのに、何もしないで帰る?そんな愚かな要求を魔神が大人しく呑むと本気で思ってるのか、小娘》

 ラベーヌ公爵に放った威圧を受けるものの、そんなことでは動じない。

「体を持ち主に返してください」

《……そうだった。人間はいつでも自分の事しか考えずに、人の話を聞かないゴミのような存在だったね》

「……………提案を受け入れてください」

 譲らない気持ちを示し、確固たる意思を動じない姿で表す。

《うるさいねぇ。何もできないくせにしゃしゃり出てくる人間に興味はない。その上俺の楽しみを邪魔しようって言うんだろう?》

「貴方が体を返さぬというのならば」

《なら目障りだ、消えろ》

 その瞬間に容赦なく攻撃魔法を放った。
 爆風のように煙に包まれる。

《はぁ、無駄な労力だよ。全く》

 何の感情も灯さない瞳で煙の中にいる私を見下す。

「…………」

《あぁー……そう言えば魔法使いだったか。仕方ないな、見逃そうと思ったけど目障りなら消そう》

 魔法を防いだ私に対して、ただ怠そうに再び手を向ける。

「……説得は失敗」

 煙を払いながら呟く。

《死んでくれる?つまらない魔法使い───っ?!》

「警告はしたぞ、魔神」

 強い殺気の籠った視線を魔神に突き刺す。

「大人しく戻らないのならば、封印するまで」

 その言葉と同時に、私は両手を魔神に向けた。

《普通の魔法使いは滅んだ筈だろう。ちっ、面倒なことになった》

 悪態をつきながら、魔神も一度引っ込めた手を再びこちらに向けた。

「────っ!!」

 目があったその瞬間、自身の持つ全ての魔力を封印魔法として発動させた。銀色の光が魔神の元へと向かう。

《黙ってやられるわけ、ないだろう!》

 負けじと魔神も対抗で魔法を放ち、封印魔法を書き消そうとした。

「……っ!!」

《封印だなんて愚かなことを!たかが魔法使い1人でそんなことできるわけがない!!》

 狂気を宿した瞳は封印魔法を捉える。

《あはははっ!!愚かな魔法使いだ、消え失せろっ!!!》

 強すぎる相手の魔法に耐えるのが精一杯で。

 魔神の言葉通り、封印をするのは不可能に近いことに間違いはない。それでもやり遂げなきゃいけない強い理由が私にはある。

「……守るって、約束、したの……」

《早く失せろ!ゴミのような存在よ!!》

「…………彼女を、守りたいの」

《しぶといなぁ……まぁ、いたぶっているみたいでいいけどな!》

「…………お願い、この瞬間だけでいいから」

 瞳を強く瞑りながら想いを魔法に乗せる。

「………………お願い!!!」

 必死の想いは涙となり、届くことを信じて、魔力が底を尽きるその瞬間まで願い続けた。

《愚かだ、実に愚かだ!!》

 嘲笑う魔神に、もうなす術がないと絶望を感じたその時。


 気まぐれな花々は、光だしたのだった。
 

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