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84話 目的地に到着したので偵察班を派遣しました
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ガーノスさんと皆との5日間の旅路は、驚くほど穏やかだった。
俺の馬車を見て、盗賊とか山賊とか、いろいろと襲われると思っていたけど、
そんなことは一度もなく、平穏無事に走ってくれていた。
途中で小さな村に立ち寄って、俺とガーノスさんで出店を見て回ったり、
野営地で星空を眺めながら最近の話をしてみたり。
クロたちは途中で飽きちゃって退屈そうにしていたけれど、どこか楽しげでもあった。
これがただの小旅行だったら、どれだけ良かったんだろう。
けれど、目的地が近づくにつれて、外の空気が変わっていくのが分かった。
途中までの道のりでは活気があり、人々や野生の生き物の姿も度々見かけていたけど、
今は何だか、とても重たい空気のような気がする。
その様子はまるで、この地域そのものが息をひそめているみたいだった。
「…ガーノスさん。ここ、なんか変ですね。」
「ああ。俺もそう思う。
あれだ、あれが研究施設だ。だからこの辺一帯が変な空気なんじゃないのか?」
「あれですか…いかにも廃墟って感じですけど…」
外の様子がおかしいと伝えると、ガーノスさんが窓の外を指さし、その瞬間に馬車が止まった。
森を抜けたすぐ先に現れたのは、レンガ調の古びた施設。
ところどころ崩れていて、聞いていた通り廃墟そのものだった。
本当にここで研究が行われているんだろうか?
そう思わせるほどの廃墟だけど、この辺りの空気がおかしいこと自体が異常で、
きっと何かがあるのは間違いない。そんな気がしていた。
「これからどうするつもりだ?ガーノス。」
「そうだな…。まずは中の様子を見られたらいいんだが…」
「誰が行ってもバレちゃいそうですよね…」
ロウキが「これからどうするのか」と問うと、
ガーノスさんは「まずは中の様子を見たい」と答えた。
しかし偵察機もなければ、偵察隊もいない。これはもう詰んでる…。
なんて思っていた時、クロが「ハイッ!」と手を挙げた。
「俺に任せてよ。えっとー…なんだっけ。尻尾の炎に血液を垂らして…
……はいっ!出来た!」
「キュイッ!」
突然、自分の尻尾を手前に持ってきて、そこに指先から血液をポタリと一滴垂らして祈るクロ。
すると、炎の中から手のひらサイズのディアボロス・リザードが誕生し、可愛らしい声を上げた。
「ええ?!何それ可愛いっ!!ちっちゃい!!ちびクロスケ!!」
「俺の分身だよ。どう見てもただのトカゲだから、この子に見に行ってもらおう?」
「さすがって感じだな、クロ。得意分野だな。」
「そう!俺、こういうの得意なんだ!」
小さくて可愛すぎるクロの分身。
この子に偵察に行ってもらおうと提案された時は、すごく心配になった。
「えー!こんな可愛い子に偵察させて大丈夫か?!襲われない?」
「大丈夫だよー!こいつが見た景色は、リアルタイムで俺の頭の中に届くよー。」
「頭の中か…それを映像にできればいいんだけど…」
クロの話では、この子が見たものがリアルタイムでクロの頭に流れてくるらしい。
その情報が皆にも共有できたら、一番楽なんだけどな。
そう思っていると、エマ大先生がそのやり方を教えてくれた。
【クロに触れて感覚共有しましょう。それぞれの頭の中に映像が流れるように。】
「え?そんなことできるの?」
【ミラー・リンクという魔法で可能です。唱えると、その場にいる皆に感覚共有が可能です。】
エマはなんとも便利な魔法を教えてくれた。
これができれば、全員が一緒に同じものを共有できるから話がしやすい。
そう思い、すぐさまガーノスさんに伝えた。
「分かった!あ、ガーノスさん。これからこの子に偵察に行ってもらって、
その子が見た映像がクロの頭に流れてくるので、皆で感覚共有しましょう。」
「…また高位魔法か?」
「知らないですけど、出来るみたいだからやりましょう。」
「はぁ…任せる。」
「ありがとうございます!じゃあ、クロ頼む。」
「オッケー!じゃあ、気をつけて行くんだぞー!」
「あああっ!飛んだらトカゲじゃなくなっちゃうー!!」
「大丈夫だよ、小さくて見えないってー。主は本当に心配症だな!」
「だってクロの分身だよ?!何かあったらどうするの!!」
「大丈夫だよー!」
ガーノスさんに感覚共有ができることを伝えると、
一度は目を細めて呆れたような表情をしたけど、すぐに怒るのを諦めて「任せる」と言ってくれた。
そして「クロ、頼むよ」と言うと、ちびクロスケに「気をつけて行くんだよ」と送り出した。
その瞬間、バサッと小さな翼を広げて飛び始めたちびクロスケ。
もうそれはトカゲじゃないのよ!そう思い叫ぶと、心配性だなぁとクロに笑われた。
当たり前じゃないか…。もしちびクロスケに何かあったら、俺はもう…
そんな俺を見て、クロたちは「やれやれ」といった感じで、首を小さく横に振っていた。
「あ、来たぞー。」
「よし…!皆、いくよ。ミラー・リンク!」
俺が一人心配している中、ちびクロスケは早速現地に到着した。
クロから「映像が来た」と言われてすぐに、俺は「ミラー・リンク」と唱えた。
すると、頭の中にあの建物の映像が流れ始め、目をつむっていると、まるでVR体験をしているようだった。
ちびクロスケがたどり着いた場所の窓ガラスを覗くと、そこは薄汚れた食堂のような空間。
明らかに最近誰かが出入りしていた形跡があり、食事のあとが残されていた。
少し場所を移すと、先ほどの部屋とは打って変わって、やけに綺麗に整えられた書斎が現れた。
誰かがこの場所で取引でもしていたのか、それとも書類仕事でもしていたのか?そんな雰囲気だった。
他にも見て回ってもらったけれど、それらしい足跡は見当たらず、どういうことだろうと疑問に思っていた。
すると、ガーノスさんがちびクロスケに「建物の裏に回ってくれ」と指示。
ちびクロスケが移動して地面に視線を移すと、そこには鉄の扉が作られていて、右半分が開けられたままになっていた。
「ガーノスさん、これ…」
「…地下か。多分ここで何かやってんな…」
「ヨシヒロ、意識を集中しろ。気配感知を使え。我も使う。」
「あ、そうだ。ガーノスさん、少し待ってくださいね。」
「ああ、頼むぞ二人とも。」
地下への扉が開いていることから、誰かがいるのは明白だった。
だけど、ちびクロスケを中へ行かせるかどうか、俺は迷っていた。
するとロウキが「気配感知を使え」と言い、俺はハッとして目を閉じ、意識を集中させた。
「人間の気配…男が…一人…もう一人は…え…女性の獣人?
それに…魔物、魔獣の気配もたくさん感じる…
叫んでる…やめてくれって…」
「男一人に獣人の女二人か…。やっぱり噂は本当っぽいな。
扉が開いてるってことは、もうすぐ出てくるかもしれねぇから、様子をみるか…。」
「そう…ですね。」
意識を集中させた先に感じ取ったのは、男一人まさかの獣人の女性、そして数匹の魔物・魔獣の気配。
そんな不思議な組み合わせの気配と同時に、その魔獣たちの悲痛な叫び声も感じ取れて、胸がギュッと痛んだ。
この叫び、かなりキツい。早く、早く助けてあげないと!
そんな焦りの中、俺に何かができるわけでもなく、ガーノスさんの指示に従って待つことしかできなかった。
こういう時、俺の力って何の役にも立てなくて、歯がゆいな…。
そう思いながら、ただただ黙って相手が動くのを待っていた―…。
◇
あれから待つこと約1時間。
動きがなく、ちびクロスケに中へ入ってもらおうかと話し合っていたその時だった。
コツコツッと階段を上がる音が聞こえ、鉄の扉から一人の男が出てくるのを確認した。
「マルセル・ヴェルミスだ…やっぱりアイツが関わっていたのか…」
「もう一人の気配も上がってきてます。」
「・・・・・あれはっ…」
「ガーノスさん?」
階段を上がってきた男は、ガーノスさんから聞いていた貴族だったようだ。
そして、そのあとを追うように現れたのが、先ほど気配感知で知った女性の獣人。
扉から顔が見えると、ガーノスさんはハッとしたように口元を押さえた。
「ノエル…。魔物、魔獣を専門で研究してる有名な研究者だ。
突然、消息不明だと聞いていたが…まさかここにいたとはな…」
「空狐か…」
「え?空狐?」
「ただの狐に強い魂が宿り、実体を持つようになる存在だ。
強い意志と霊的な共鳴が起きた時、そうした現象が生まれる。我らには分からぬがな…
そして空狐は、狐の獣人の中でも高位に位置する存在だ。」
ガーノスさんが口元を押さえた後で教えてくれたのは、彼女がただの獣人ではなく、魔獣たちを専門に研究していた学者だということ。
そしてロウキからは「空狐」と呼ばれ、その意味を教えられた。
獣人の中でも高貴な存在。そんな彼女がなぜ研究者になったのか。
その理由が知りたかった俺に、ガーノスさんが答えてくれた。
「ノエルは探求心の強い研究者だった。だから高位な立場でのほほんとしているより、
自分で道を切り開くことを選んだそうだ。
けどな…あいつの研究は、手放しで褒められるほど良いものじゃなかった。」
「どんな研究だったんですか?」
ただ存在しているだけではなく、自分で道を切り開きたいからと地位を捨てて歩き出したノエルさんの話を聞いて、
俺には到底真似できないなと感じた。
未知なる世界、気になる世界はたくさんあるけど、そこに自ら足を踏み入れる勇気は、そう簡単に持てるものじゃない。
なんて感心していた俺は、どんな研究だったのか気になり、ガーノスさんに訊ねた。
「まぁ、あれだ…。ヨシヒロからすりゃ嫌な研究だ。
強い遺伝子同士を掛け合わせれば、より強靭な魔獣が生まれるのではないかという発想のもと、
魔物同士の交配・融合・遺伝子を研究していたんだ。」
「え…」
「まぁ、実際にはただの一度も交配させたことはなかったがな。
あくまでも純粋な探究心で、魔物を苦しめるつもりはないと言っていた。
ただ、当然理解者は少なく、学院でも異端視されていたが…。」
ノエルさんの研究内容を聞いた瞬間、興味本位で訊ねたことを後悔した。
まさか異種配合の研究だったなんて…
思わず拳をギュッと握りしめた。
「そう…だったんですね…異種交配や無理やり融合させるなんて…
決して故意にやってはいけないと、俺は思います。」
「ああ。何が起こるか分からねぇし、それこそ苦しめるだけの結果にもなりかねない。
自然に惹かれ合って交配しちまった場合はしょうがねぇけどな…。」
絶対に故意にやってはいけないことの一つだと、俺は思っていた。
それについてはガーノスさんも頷いてくれて、少しホッとした。
自然に異種配合しない限りは、絶対にやるべきではない。
そう思って頷くと、ロウキが眉間にシワを寄せて俺たちに言った。
「まさかとは思うが、あやつはその研究を実際にやってみるために、あのクソ貴族と手を組んだのか?」
「分からねぇ…そうじゃねぇことを祈るよ。ノエルとは一緒に冒険もしたことがある仲間だからよ。」
「冒険者でもあったんですか…」
ロウキの問いに、ガーノスさんは力なく「そうじゃないことを祈る」と答えた。
過去に一緒に冒険をしたこともあるようで、知り合いだと分かり、何だかとても複雑な気持ちになっていた。
その時だった。
「えっ」
「あ?なんかこっち見てねぇか?」
「見てるな、あの人…」
「あるじさま。目が合いましたよね?」
「みてた。あの獣人、こっちみてた。」
「ヨシヒロ様怖いです!目が合いました!」
突然、ちびクロスケの方に視線だけを動かしたノエルさん。
明らかにこちらに気づいている。そう思い警戒していると、ノエルさんは声には出さず、ゆっくりとその口を動かした。
た す け て
「えっ…今、“助けて”って言いませんでした?!」
「ああ…確かに言ったよな?あ、また言った!絶対に“助けて”って言ってやがる!」
「ガーノス、どういうことだ?
あのノエルとかいう獣人、クソ貴族に無理に何かさせられてるのか?」
「その可能性が高いな…罠とも思えねぇし、思いたくもねぇ…」
彼女の唇は確かに二度、「助けて」と動いた。
その瞬間、誰もがギョッとしたけど、明らかに助けを求めていると感じた。
ガーノスさんも「罠だと思いたくない」と言い、
これはもう突入するしかないと、皆の心は決まった。
まさかとは思うけど、真正面から飛び込むとかじゃないよね?
もっと知的に行くよね?
そう思っていたけど、どうやら俺の願いは叶わないらしい…。
「このまま行くか。隠れてもしょうがねぇんだから。」
「ああ。とっとと片付けて、我は帰る。」
「アイツを懲らしめればいいんだよな!」
「あるじさまと一緒なら頑張れます!」
「あるじ、おれがまもるから!」
「ヨシヒロ様!僕も頑張りますよー!」
「心強いですー…」
皆、真正面から飛び出す気満々のようで、まさかのガーノスさんまでも、そういうつもりらしくて。
戦闘能力のない俺にとっては、恐怖でしかない方法だった。
だけど、迷っている時間はなさそうだから…
俺は無理矢理、覚悟を決めて、皆と一緒に、森を飛び出し、現場へと向かった―…。
俺の馬車を見て、盗賊とか山賊とか、いろいろと襲われると思っていたけど、
そんなことは一度もなく、平穏無事に走ってくれていた。
途中で小さな村に立ち寄って、俺とガーノスさんで出店を見て回ったり、
野営地で星空を眺めながら最近の話をしてみたり。
クロたちは途中で飽きちゃって退屈そうにしていたけれど、どこか楽しげでもあった。
これがただの小旅行だったら、どれだけ良かったんだろう。
けれど、目的地が近づくにつれて、外の空気が変わっていくのが分かった。
途中までの道のりでは活気があり、人々や野生の生き物の姿も度々見かけていたけど、
今は何だか、とても重たい空気のような気がする。
その様子はまるで、この地域そのものが息をひそめているみたいだった。
「…ガーノスさん。ここ、なんか変ですね。」
「ああ。俺もそう思う。
あれだ、あれが研究施設だ。だからこの辺一帯が変な空気なんじゃないのか?」
「あれですか…いかにも廃墟って感じですけど…」
外の様子がおかしいと伝えると、ガーノスさんが窓の外を指さし、その瞬間に馬車が止まった。
森を抜けたすぐ先に現れたのは、レンガ調の古びた施設。
ところどころ崩れていて、聞いていた通り廃墟そのものだった。
本当にここで研究が行われているんだろうか?
そう思わせるほどの廃墟だけど、この辺りの空気がおかしいこと自体が異常で、
きっと何かがあるのは間違いない。そんな気がしていた。
「これからどうするつもりだ?ガーノス。」
「そうだな…。まずは中の様子を見られたらいいんだが…」
「誰が行ってもバレちゃいそうですよね…」
ロウキが「これからどうするのか」と問うと、
ガーノスさんは「まずは中の様子を見たい」と答えた。
しかし偵察機もなければ、偵察隊もいない。これはもう詰んでる…。
なんて思っていた時、クロが「ハイッ!」と手を挙げた。
「俺に任せてよ。えっとー…なんだっけ。尻尾の炎に血液を垂らして…
……はいっ!出来た!」
「キュイッ!」
突然、自分の尻尾を手前に持ってきて、そこに指先から血液をポタリと一滴垂らして祈るクロ。
すると、炎の中から手のひらサイズのディアボロス・リザードが誕生し、可愛らしい声を上げた。
「ええ?!何それ可愛いっ!!ちっちゃい!!ちびクロスケ!!」
「俺の分身だよ。どう見てもただのトカゲだから、この子に見に行ってもらおう?」
「さすがって感じだな、クロ。得意分野だな。」
「そう!俺、こういうの得意なんだ!」
小さくて可愛すぎるクロの分身。
この子に偵察に行ってもらおうと提案された時は、すごく心配になった。
「えー!こんな可愛い子に偵察させて大丈夫か?!襲われない?」
「大丈夫だよー!こいつが見た景色は、リアルタイムで俺の頭の中に届くよー。」
「頭の中か…それを映像にできればいいんだけど…」
クロの話では、この子が見たものがリアルタイムでクロの頭に流れてくるらしい。
その情報が皆にも共有できたら、一番楽なんだけどな。
そう思っていると、エマ大先生がそのやり方を教えてくれた。
【クロに触れて感覚共有しましょう。それぞれの頭の中に映像が流れるように。】
「え?そんなことできるの?」
【ミラー・リンクという魔法で可能です。唱えると、その場にいる皆に感覚共有が可能です。】
エマはなんとも便利な魔法を教えてくれた。
これができれば、全員が一緒に同じものを共有できるから話がしやすい。
そう思い、すぐさまガーノスさんに伝えた。
「分かった!あ、ガーノスさん。これからこの子に偵察に行ってもらって、
その子が見た映像がクロの頭に流れてくるので、皆で感覚共有しましょう。」
「…また高位魔法か?」
「知らないですけど、出来るみたいだからやりましょう。」
「はぁ…任せる。」
「ありがとうございます!じゃあ、クロ頼む。」
「オッケー!じゃあ、気をつけて行くんだぞー!」
「あああっ!飛んだらトカゲじゃなくなっちゃうー!!」
「大丈夫だよ、小さくて見えないってー。主は本当に心配症だな!」
「だってクロの分身だよ?!何かあったらどうするの!!」
「大丈夫だよー!」
ガーノスさんに感覚共有ができることを伝えると、
一度は目を細めて呆れたような表情をしたけど、すぐに怒るのを諦めて「任せる」と言ってくれた。
そして「クロ、頼むよ」と言うと、ちびクロスケに「気をつけて行くんだよ」と送り出した。
その瞬間、バサッと小さな翼を広げて飛び始めたちびクロスケ。
もうそれはトカゲじゃないのよ!そう思い叫ぶと、心配性だなぁとクロに笑われた。
当たり前じゃないか…。もしちびクロスケに何かあったら、俺はもう…
そんな俺を見て、クロたちは「やれやれ」といった感じで、首を小さく横に振っていた。
「あ、来たぞー。」
「よし…!皆、いくよ。ミラー・リンク!」
俺が一人心配している中、ちびクロスケは早速現地に到着した。
クロから「映像が来た」と言われてすぐに、俺は「ミラー・リンク」と唱えた。
すると、頭の中にあの建物の映像が流れ始め、目をつむっていると、まるでVR体験をしているようだった。
ちびクロスケがたどり着いた場所の窓ガラスを覗くと、そこは薄汚れた食堂のような空間。
明らかに最近誰かが出入りしていた形跡があり、食事のあとが残されていた。
少し場所を移すと、先ほどの部屋とは打って変わって、やけに綺麗に整えられた書斎が現れた。
誰かがこの場所で取引でもしていたのか、それとも書類仕事でもしていたのか?そんな雰囲気だった。
他にも見て回ってもらったけれど、それらしい足跡は見当たらず、どういうことだろうと疑問に思っていた。
すると、ガーノスさんがちびクロスケに「建物の裏に回ってくれ」と指示。
ちびクロスケが移動して地面に視線を移すと、そこには鉄の扉が作られていて、右半分が開けられたままになっていた。
「ガーノスさん、これ…」
「…地下か。多分ここで何かやってんな…」
「ヨシヒロ、意識を集中しろ。気配感知を使え。我も使う。」
「あ、そうだ。ガーノスさん、少し待ってくださいね。」
「ああ、頼むぞ二人とも。」
地下への扉が開いていることから、誰かがいるのは明白だった。
だけど、ちびクロスケを中へ行かせるかどうか、俺は迷っていた。
するとロウキが「気配感知を使え」と言い、俺はハッとして目を閉じ、意識を集中させた。
「人間の気配…男が…一人…もう一人は…え…女性の獣人?
それに…魔物、魔獣の気配もたくさん感じる…
叫んでる…やめてくれって…」
「男一人に獣人の女二人か…。やっぱり噂は本当っぽいな。
扉が開いてるってことは、もうすぐ出てくるかもしれねぇから、様子をみるか…。」
「そう…ですね。」
意識を集中させた先に感じ取ったのは、男一人まさかの獣人の女性、そして数匹の魔物・魔獣の気配。
そんな不思議な組み合わせの気配と同時に、その魔獣たちの悲痛な叫び声も感じ取れて、胸がギュッと痛んだ。
この叫び、かなりキツい。早く、早く助けてあげないと!
そんな焦りの中、俺に何かができるわけでもなく、ガーノスさんの指示に従って待つことしかできなかった。
こういう時、俺の力って何の役にも立てなくて、歯がゆいな…。
そう思いながら、ただただ黙って相手が動くのを待っていた―…。
◇
あれから待つこと約1時間。
動きがなく、ちびクロスケに中へ入ってもらおうかと話し合っていたその時だった。
コツコツッと階段を上がる音が聞こえ、鉄の扉から一人の男が出てくるのを確認した。
「マルセル・ヴェルミスだ…やっぱりアイツが関わっていたのか…」
「もう一人の気配も上がってきてます。」
「・・・・・あれはっ…」
「ガーノスさん?」
階段を上がってきた男は、ガーノスさんから聞いていた貴族だったようだ。
そして、そのあとを追うように現れたのが、先ほど気配感知で知った女性の獣人。
扉から顔が見えると、ガーノスさんはハッとしたように口元を押さえた。
「ノエル…。魔物、魔獣を専門で研究してる有名な研究者だ。
突然、消息不明だと聞いていたが…まさかここにいたとはな…」
「空狐か…」
「え?空狐?」
「ただの狐に強い魂が宿り、実体を持つようになる存在だ。
強い意志と霊的な共鳴が起きた時、そうした現象が生まれる。我らには分からぬがな…
そして空狐は、狐の獣人の中でも高位に位置する存在だ。」
ガーノスさんが口元を押さえた後で教えてくれたのは、彼女がただの獣人ではなく、魔獣たちを専門に研究していた学者だということ。
そしてロウキからは「空狐」と呼ばれ、その意味を教えられた。
獣人の中でも高貴な存在。そんな彼女がなぜ研究者になったのか。
その理由が知りたかった俺に、ガーノスさんが答えてくれた。
「ノエルは探求心の強い研究者だった。だから高位な立場でのほほんとしているより、
自分で道を切り開くことを選んだそうだ。
けどな…あいつの研究は、手放しで褒められるほど良いものじゃなかった。」
「どんな研究だったんですか?」
ただ存在しているだけではなく、自分で道を切り開きたいからと地位を捨てて歩き出したノエルさんの話を聞いて、
俺には到底真似できないなと感じた。
未知なる世界、気になる世界はたくさんあるけど、そこに自ら足を踏み入れる勇気は、そう簡単に持てるものじゃない。
なんて感心していた俺は、どんな研究だったのか気になり、ガーノスさんに訊ねた。
「まぁ、あれだ…。ヨシヒロからすりゃ嫌な研究だ。
強い遺伝子同士を掛け合わせれば、より強靭な魔獣が生まれるのではないかという発想のもと、
魔物同士の交配・融合・遺伝子を研究していたんだ。」
「え…」
「まぁ、実際にはただの一度も交配させたことはなかったがな。
あくまでも純粋な探究心で、魔物を苦しめるつもりはないと言っていた。
ただ、当然理解者は少なく、学院でも異端視されていたが…。」
ノエルさんの研究内容を聞いた瞬間、興味本位で訊ねたことを後悔した。
まさか異種配合の研究だったなんて…
思わず拳をギュッと握りしめた。
「そう…だったんですね…異種交配や無理やり融合させるなんて…
決して故意にやってはいけないと、俺は思います。」
「ああ。何が起こるか分からねぇし、それこそ苦しめるだけの結果にもなりかねない。
自然に惹かれ合って交配しちまった場合はしょうがねぇけどな…。」
絶対に故意にやってはいけないことの一つだと、俺は思っていた。
それについてはガーノスさんも頷いてくれて、少しホッとした。
自然に異種配合しない限りは、絶対にやるべきではない。
そう思って頷くと、ロウキが眉間にシワを寄せて俺たちに言った。
「まさかとは思うが、あやつはその研究を実際にやってみるために、あのクソ貴族と手を組んだのか?」
「分からねぇ…そうじゃねぇことを祈るよ。ノエルとは一緒に冒険もしたことがある仲間だからよ。」
「冒険者でもあったんですか…」
ロウキの問いに、ガーノスさんは力なく「そうじゃないことを祈る」と答えた。
過去に一緒に冒険をしたこともあるようで、知り合いだと分かり、何だかとても複雑な気持ちになっていた。
その時だった。
「えっ」
「あ?なんかこっち見てねぇか?」
「見てるな、あの人…」
「あるじさま。目が合いましたよね?」
「みてた。あの獣人、こっちみてた。」
「ヨシヒロ様怖いです!目が合いました!」
突然、ちびクロスケの方に視線だけを動かしたノエルさん。
明らかにこちらに気づいている。そう思い警戒していると、ノエルさんは声には出さず、ゆっくりとその口を動かした。
た す け て
「えっ…今、“助けて”って言いませんでした?!」
「ああ…確かに言ったよな?あ、また言った!絶対に“助けて”って言ってやがる!」
「ガーノス、どういうことだ?
あのノエルとかいう獣人、クソ貴族に無理に何かさせられてるのか?」
「その可能性が高いな…罠とも思えねぇし、思いたくもねぇ…」
彼女の唇は確かに二度、「助けて」と動いた。
その瞬間、誰もがギョッとしたけど、明らかに助けを求めていると感じた。
ガーノスさんも「罠だと思いたくない」と言い、
これはもう突入するしかないと、皆の心は決まった。
まさかとは思うけど、真正面から飛び込むとかじゃないよね?
もっと知的に行くよね?
そう思っていたけど、どうやら俺の願いは叶わないらしい…。
「このまま行くか。隠れてもしょうがねぇんだから。」
「ああ。とっとと片付けて、我は帰る。」
「アイツを懲らしめればいいんだよな!」
「あるじさまと一緒なら頑張れます!」
「あるじ、おれがまもるから!」
「ヨシヒロ様!僕も頑張りますよー!」
「心強いですー…」
皆、真正面から飛び出す気満々のようで、まさかのガーノスさんまでも、そういうつもりらしくて。
戦闘能力のない俺にとっては、恐怖でしかない方法だった。
だけど、迷っている時間はなさそうだから…
俺は無理矢理、覚悟を決めて、皆と一緒に、森を飛び出し、現場へと向かった―…。
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※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
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『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』
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-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
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