魔王と噂されていますが、ただ好きなものに囲まれて生活しているだけです。

ソラリアル

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97話 命の終わりと、涙のあとに生まれたもの

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「ヨシヒロ、前回の件と今回の件で、お主には随分と助けられておる。
褒美を授けたいのだが…爵位なんかどうだ?」

「え?貴族様にはなりたくないです!」

「ははは、まぁそうだろうな。」


教会での話がすべて終わったあと、ギルドの別館でアーロンさんは俺に褒美を授けたいと言ってくれた。
ありがたい話だけど、爵位なんてもらったら今後の俺の生活に絶対支障が出る。
ここは素直に断ろうと思い、首を横に振った。


「アーロン、こいつは肩書より平和に暮らしたいばっかりだよな?」

「そうです!」

「そういう男だったな。よし、分かった。
ヨシヒロへの褒美の件は、また考えておくとする。
しばらく、ゆっくりしておれ。」

「そうします…!何だかドッと疲れが出ましたので…」


俺の気持ちを汲んでくれたガーノスさんは、"肩書より平和だろう"と言ってくれて、
アーロンさんも"そうだったな"と笑った。
そして「しばらくはゆっくりしておれ」と、事実上しばらくは依頼をしないという言葉をもらい、ホッとしていた。


「それでは、この辺で失礼します。」

「ああ、ありがとな。」

「色々と助かった。ゆっくり休め。」

「はい!では、失礼します。」


長居をしたくなかった俺は、二人との会話を早々に切り上げ、ゲートをくぐって家に帰った。
やっぱり一番安心する空間。
出迎えてくれた皆に、今回の件がどうなったのかを伝えた。
そして、「俺たちは命を大切にしていこうな」とも伝えた。
少しでも長く、皆と一緒にいたいから。
すると、「大丈夫だよー」と声を揃えて言ってくれて、とても幸せな気持ちになった。
このまま誰も欠けることなく、一緒にいたい。そう改めて思っていた。
その時だった。

家の入口の扉が開き、そこからルーナが顔を出した。
そして俺の前にやってくると、少し悲しそうな表情をして、俺に言った。


「ヨシヒロ様。大変申し上げにくいのですが…
魔物管理室の卵の命の炎が、消えましたわ。」

「…え?」

「少し前のことですわ。静かに、ゆっくりと…鼓動が止まりましたの。」

「そんなっ…!」


ルーナから告げられたのは、魔物管理室で温めていた卵の中の子の鼓動が止まったという、信じられない内容だった。
嘘だ!と思いながら、俺は皆と一緒に地下の魔物管理室へと向かった。
部屋に入り、奥の扉を開けると、静かに佇む卵があり、恐る恐る触れてみると、これまで感じていた鼓動も、温もりも、もうなかった。
ついこの間まで、頑張って生きようとしてくれていたのに…。
そう思うと悲しくて、自然と涙があふれ出た。


「もう100年以上前の卵だ。こうなる可能性があることも分かっていただろう…仕方がない。
この子は、天に還ったのだ。」

「ロウキ…」


ロウキから「こうなる可能性は分かっていただろう」と言われ、確かに、孵らないかもしれないという不安はあった。
だけど、心のどこかで、無事に生まれてきてくれると信じていた。
やっぱり、この世の中は残酷だ。


「ごめんな…ちゃんと孵してやれなくて…。
空の上で、たくさん遊べよ…卵ちゃん。」


冷たくなった卵をさすりながら、俺は「ごめんな」と呟いた。
そして、もし生まれ変われるなら、幸せになってほしいと心の中で祈った。
俺が勝手に復活させてしまったせいで、今日まで苦しんだかもしれないからな…。
生まれ変われるチャンスがあるなら、今度こそ幸せな人生を送ってほしい。

そう思っていた時、ルーナが空を見上げながら、叫んだ。


「ヨシヒロ様!何者かの魂が、こちらに向かってきています!」

「え?魂?」


突然ルーナが「魂がやってきている」と叫んだもんだから、驚いて天井を見上げた。
すると、どこからともなく、オレンジ色と黄色が混ざったような浮遊物が、ふらふらとこちらへ向かってきていた。


「ななっ、なにっ?!え?!怖いっ!!」

「大丈夫です、ヨシヒロ様。害をなすものではありませんから。」

「でもっ!火の玉!!おばけっ!!」


浮遊物は俺たちの周囲にやってくると、何度かぐるぐると辺りを回り始めた。
まるで火の玉のように感じた俺は、思わず側にいたルーナを抱きしめた。
ルーナはふふっと笑いながら、「害をなす者ではないから大丈夫」と言ってくれたけど。
いや、怖すぎるんですが!
そう思いながら魂を目で追っていると、次の瞬間、魂は卵の真上でピタッと止まり、そのまま勢いよく卵の中に入ってしまった。


「えええええっ!ちょ、出なさい!なんでその中に入るんだよ!!コラッ!」


あっという間の出来事だった。
俺は慌てて、卵の中に入った浮遊物に向かって「出てきなさい!」と叫んだ。
この中にはまだあの子が残ってるんだ!この野郎!そう思いながら何度か叫ぶと、
ピキッ、ピキッと卵にヒビが入り始めて、思わずその手を離した。


「ルーナ!卵!」

「ええ。割れますわね。待ちましょう、ヨシヒロ様。」

「待ちましょうって…ねぇロウキ!」

「やかましい!黙って見守らんか!」

「うう…なんで怒られなきゃいけないんだよー…」


卵の中に魂が入ったうえにヒビが入り、焦っている俺に、ルーナは「割れるのを待ちましょう」と冷静に言った。
なぜそんなに冷静なの?!そう思ってロウキに訴えたけど、「黙って見守れ」と怒られた。
理不尽すぎる!そう心の中で叫びながら、仕方なく卵が割れていく様子を見守っていた。

一つ、二つとヒビ割れが増えていき、パリンッとひとかけらの殻が落ちた。
そのままゆっくりと卵は割れ続け、ヒビ割れの網目がガラスが砕けるように全体へと急速に広がっていった。

そして次の瞬間―
大きな亀裂が鈍い音を立てて走り、大きな破片が弾け飛んだ。


「えっ…」

「わぁ…!」

「可愛いーーっ!」


割れた卵から顔を出したのは、丸みを帯びたぬいぐるみのようなピンク色の体。
猫のような耳、くるんとした尻尾、犬猫みたいな手足には肉球があり、背中にはとても小さな翼を生やした生き物だった。
その大きさはクロと同じくらい。大きな卵からしたら、とても小さな命。
そして、大きな金色の瞳は、まるで宝石のようにキラキラと輝いていて、さらに可愛さを増していた。


「ななっ…なんということでしょう…」

「ピィッ!」

「ひゃあっ!指!指掴んだ!!」


あまりの可愛さに、ゆっくりと手を伸ばすと、その小さな手は迷うことなく俺の指をギュッと握りしめてきた。
命の温かさが伝わり、思わずウルッとする。
そして、その大きな金色の瞳が、突然鮮やかなピンク色に変化して驚いた。
だけど、瞳の色はすぐに元の金色に戻った。
咄嗟に「感情による変化?」なんて思ったけど、生まれたばかりの生き物にそんな反応があるのか、俺にはまだよく分からなかった。


「ね、この子なに?!」

「これは…キメラだな…」

「え…キメラって…あのキメラ?」


俺にはこの子が何なのか分からず、思わずロウキに訊ねると、彼は眉間にシワを寄せて「キメラ」だと答えた。
その言葉は、目の前の愛らしい光景とはあまりにもかけ離れた、危険な響きを持っていて、俺は固まってしまった。


「うむ。あのキメラだ。あっくんとワイバーン…と同じようなやつだ。
この子の場合は自然に生まれたものだが…。鑑定してみろ。」

「…卵の元の魔獣って…エッグビーストって書いてあるんだけど…何?」


キメラだと言われて固まっていると、ロウキに促されて鑑定スキルを使用した。
すると、表示された種族名には「エッグビースト(キメラ)」と書かれていた。
その名前に聞き覚えがなかった俺は、ロウキに問いかけた。


「エッグビーストとは、契約者の心に応じて姿も力も変化する、極めて危険な魔獣だ。
その存在が長らく隠されていた理由は、まさにこの特異性にある。
一度見つかれば、国家の兵器として利用されかねない。
しかも、エッグビーストの卵は、稀にドラゴンの卵に紛れて現れるという。
そう簡単に手に入るものではない…それゆえに、価値は計り知れない。」

「そうなんだ…でも、この子は孵らなかった。そこに魂が入り、生まれた…
だからこの子はキメラ…ってこと?」

「そうだな…。本来とは異なる、何らかの異質な魂が宿り、その結果、形が崩れたキメラとして誕生した、ということだ。」


ロウキから教えられた"エッグビースト"という魔獣。
契約者によって見た目や力が変わって生まれてくるなんて、俺は初めて聞いた。
俺の知らないその魔獣に、先ほどの魂が混ざり合ったことで"キメラ"という位置づけになったらしい。
よく分からないけど、こんなにも可愛い魔獣が存在するのかと思い、ロウキに「可愛いよね」と伝えた。
するとロウキは、目をギュッと細めて、いつもの呆れた表情になりながら俺に言った。


「ヨシヒロ。言っておくが、可愛いのは今だけかもしれんぞ。
こやつの運命は、お前の心次第だ。今の契約者はお前だからな。
お前の心に応じて姿を変えるエッグビーストの特性と、不安定なキメラの特性を併せ持つのだ。
お前がもし邪な心を持てば、こやつは世界を滅ぼす魔獣に変わりかねない。
くれぐれも、愛と優しさをもって育てるんだな。」

「ひえっ…こ、怖いこと言うなよな!俺は愛情いっぱいに育てますからー!」


どうやら、この子の見た目がこんなふうに可愛らしいのは“今だけ”かもしれないらしい。
俺の心ひとつで、天使にも悪魔にもなりうる。つまり、そういうことだよな。
まぁ、俺が悪に染まるはずがないと自信を持って言えるけど、この世界では何が起こるか分からない。
万が一、俺がおかしくなってしまったその時は、この子も同じような運命をたどってしまうということだ。


突然現れた命に戸惑いはしたものの、こうなったらもう俺の家族だ。
この子が恐ろしい魔獣にならないためにも、今から皆で愛情いっぱいに育てていこう。

そう、新たな誓いをまた一つ、心に刻んだ―…。
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