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118話 それは、とても悲しい経緯がありました
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クロに連れられて歩くこと約1時間。
何だか、とても大きくて荒い息遣いが聞こえ始めた。
それは間違いなくケルベロスだろう。だってチビクロたちが警戒しまくってグルグル回っているんだ。
遠くにいるはずなのに、こんなにも息遣いが聞こえるものなの?
それに、さっきからやたら血生臭い…。
辺りには肉片と思われる物体や、瀕死の状態の魔物が転がっている。
これで「ケルベロスが居ない」なんて嘘だろう、としか思えなかった。
【警告します。近くにケルベロスが潜伏しています。濃い霧を纏っているため余計に暗がりで見えにくくなっています。注意してください。】
「エマ…そんなことも出来るんだね…怖い情報ありがとう…」
【ご武運を…】
「怖い!そういうの怖い!!」
恐怖におびえる俺に対し、エマが皆へ警告を発した。
そして「ご武運を」なんて日本らしい言葉をかけてくれたんだけど、それが余計に恐怖を煽って困った。
気配感知をしようにも怖くて集中できないし、見つけたくない気持ちが強すぎてパニック状態だった。
ロウキたちはエマの警告を受け、さらに辺りを警戒しながらケルベロスを追っていた。
その時―
「ガルルル…」
「ひっ!!」
耳を突き破るような低いうなり声が霧の中から響いた瞬間、それは起こった。
俺の情けない声が喉に張り付いた直後、目の前の濃霧が暴力的に引き裂かれた。
そして、霧の向こうから巨大な黒い影が凄まじい速度で突進してくるのが感じ取れた。
「ででで、でたーーー!!」
白い牙を剥き出しにした3つの巨大な頭部。
瞳は血のように赤く光り、間違いなく…ケルベロスだ!
「主!伏せてて!」
「ちゃんと護られておれ!!」
「ひゃいっ!!」
ロウキとクロが俺に叫ぶと、すかさずミルが俺の前に立ち塞がった。
俺はパニックのあまり動けなかったけど、皆がすぐに俺を囲ってくれた。
「グルルアアアア!」
皆が俺を囲んだ瞬間、ケルベロスの咆哮が体の隅々まで響き渡り、震えが止まらなくなった。
今まで魔獣をここまで怖いと思ったことはなかったけど、さすがに今回は無理だ、これ…。
そう思い縮こまっていると、ケルベロスの鋭い爪がこちらへ振り下ろされた。
だけど、すぐさまロウキが攻撃を仕掛け、俺に爪を届かせなかった。
その瞬間、ケルベロスの標的は完全にロウキへと移った。
ケルベロスの血走った赤い瞳が、俺からロウキへと完全に向けられる。
「グアアアアァァッ!」
獰猛な咆哮と共に、ケルベロスは3つの頭部を同時に展開し、ロウキの巨大な胴体へ噛みつこうと襲いかかった。
だけどロウキは素早く避け、まるでケルベロスをあざ笑うかのように舞っているように見えた。
そんなロウキを見ていた俺は、確信した。
ロウキのやつ、この戦いをめちゃくちゃ楽しんでるんですけど?!
「ふははははっ!我に歯向かうとは良い度胸だ。
ケルベロスかベルベロスか何だか知らんが、我に貴様の攻撃など効かぬわ!」
「グギャアアアアアアッ!!」
「我に牙を向けたことを後悔させてやるわ!」
さっきまでの恐怖はどこへやら。
俺たちはロウキが楽しそうに全力で戦う姿を呆然と見つめていた。
「あーあ。ロウキ、スイッチ入っちゃったね主。
ストレス溜まってんのかな?」
「はは、そうかもしれないね。今、力を解放してるから全力で戦えるのが楽しいんじゃないの?」
「それはあると思います。父上、とても楽しそうです。」
クロたちは、ロウキが完全に面白がっていると笑い、シンゴたちはロウキの強さを初めて知ったようで、えらく興奮している。
ミルも「ボス強いね!」と言いながらわくわくしていて、まるで闘技場で観戦する客のようだった。
そんな様子を見ていると、ケルベロスの頭のうちの1つが、何だか苦しそうな表情をしていることに気が付いた。
さすがにロウキにやられて痛いのだろうか?まぁ、痛いだろうけど…。
それとは違う何かを感じる。
そう思っていると、ケルベロスをじっと見ていたクロがポツリと呟いた。
「なぁ、なぁ、主。あのケルベロス、呪われてるぜ?」
「え?呪われてるって…分かるのか?クロ。」
「うん、なんか体の周りに悪魔文字で呪詛の輪を作ってる。誰かがやったのかな。
それか、自分で自分を呪うこともできるから、もしかしたらこいつらが自分でやったのかも?」
「ええ…?自分で自分を呪うこともあるの?何故に…」
「自分に呪いをかけることで、限界突破した力を得られるから。」
「あー…そういうやつ…」
クロが教えてくれたのは、ケルベロスが呪いにかけられているという事実だった。
しかも、自分で呪いをかけて能力を上げることもあると言われて、ゾッとした。
これがこの世界では当たり前なのだろうか…。まぁ、俺がとやかく言えることじゃないんだけど。
だけど、あの苦しそうな顔をしていたケルベロスの1つは、今、何を思っているんだろう?
そう考えずにはいられなかった。
「あ!主、今助けたいとか思っただろー?!」
「え?!」
「ヨシヒロ様らしいですわね?」
「ちがっ…」
「違うのですか?ヨシヒロ様。」
「あるじさまなら助けたいと思うのは当然ですね。」
「…まぁ、まぁね。」
不意に考えたことをクロに言い当てられると、ルーナたちは「ヨシヒロ様らしい」と笑っていた。
違うんだ、いや、違わないけどさ…。さすがにどうすれば助けられるのかなんて分からない。
そう思っていると、クロはケルベロスを見ながら、少し可哀想そうな表情を浮かべて言った。
「でも主、もし自分自身でかけた呪いだったら、呪いを解きたいって思わないと誰も解けないよ。」
「え?そうなんだ…じゃあ、もしあのケルベロスが自分の意思でかけた呪いだったら、難しいかもしれないってことだよな…」
「自分でかけるってのは相当な覚悟があってのことだからなぁ…」
「そうかぁ…」
自分自身の意思でかけた呪いは、他人には解けない。そんな世界の理があるなんて。
だって明らかにあの1つは苦しそうだったのに。だけど、他の2つの頭が「解きたい」と思わない限りダメなんだろう。
本当に自分でかけた呪いなのかどうか…どうすれば分かるんだ?
そう考えていた時、エマが「ステータスを確認できるヨシヒロさんの役目とは?」と呟き、ハッとした。
そうか!そういうことにも使えるのか!
そう思い、早速ケルベロスに向けて心の中で「ステータスオープン!」と唱えた。
「これ、は……」
ケルベロスのステータスを確認すると、状態の項目に「誓いの呪い」と記されていた。
つまり、誰かにかけられたものではなく、自分自身でかけた呪いだった。
そして一番驚いたのは、生息地の欄に【他惑星】と書かれていたこと。
それってつまり、この世界のケルベロスじゃないってことじゃん…え?どういうことだ…?
そう思っていると、ロウキにボコボコにされて苦しむケルベロスの悲しい唸り声が響いた。
「ロウキ!このケルベロス、他の惑星からやってきたケルベロスっぽい!」
「はぁ?この地のケルベロスではないのか?」
「うん!なんかそうらしい!
それに『誓いの呪い』っていう呪いを自分にかけてるみたいだから、解呪したいんだけど!説得してくれない?」
「説得て…お前なぁ…」
これ以上やればケルベロスが死んでしまいそうだったので、ロウキに声をかけた。
「説得して」と頼むと、ロウキはあからさまに「アホか?」という表情を浮かべた。
じゃあ俺がやるしかないのか…。
そう思いながら「動かないように押さえてて」とロウキに頼み、恐る恐るケルベロスへ近づいた。
改めて見ると、やっぱり獰猛な悪魔獣って感じがする。
だけど、さっきまで感じていた恐怖は、不思議となかった。
「ね、ちょっと動かないでね。」
「ガルルルル…」
「はいはい。大丈夫だよ。ねぇ、本当はもう解放されたいんじゃない?
君はきっと覚悟でうえでこの呪いをかけたんだよね?その理由はなんだろう?
教えてくれない?助けになれるかもしれないからさ。」
「ガルルル…」
「君のためにこの手を捧げるから。…Angelic Hand!」
唸り散らすケルベロスに語りかけながら、効果があるか分からないまま「Angelic Hand」と唱えた。
掌がじんわりと温かくなり、次第に熱を帯びていく。
しばらくすると、頭の中にケルベロスの記憶が少しだけ流れ込んできた。
別の世界、魔界らしき場所で番犬として主を護っていたけど、役に立たない犬は不要だと従魔契約を強制的に解除され、術によってこの世界へ飛ばされ、この森に落とされたらしい。
ケルベロスは「自分が役に立てなかった」と責め続け、主に認めてもらいたい一心で自ら契約の呪いをかけ、力の限界を突破しようとした。
その結果、魔力暴走を起こし、なりふり構わず暴れ回るようになったのだ。
そして暴走が解け意識が戻ると、自分の置かれた状況に耐えられず泣きはらしていたようだ。
この森から出れば良かったのかもしれないけど、見知らぬ世界を歩く勇気はなく、必死でこの森に留まり生きてきた。そんな記憶だった。
本当に、忠誠心と絶望と自己否定に満ちた、悲しい記憶だった。
「ガルルル……」
記憶を覗かれたことに気づいたのか、ケルベロスはさらに低い唸り声を上げた。
だが、その瞳には怒りよりも悲しみが滲んでいた。
一度目の「Angelic Hand」が少し効いたのか、真っ赤に血走っていた瞳が、透き通った青色へと変わっていた。
俺はその大きな手にそっと手を重ね、語りかけた。
「ケルベロス。もう、全部わかったから。もう、いいんだ。
お前は十分頑張ったよ。辛かったな…主に背を向けられて知らない別の星に飛ばされて…
しかもこんな暗くて寂しい森に一人きりで…よく頑張ったな。」
「ガル……」
「お前が悪い訳じゃない…もう自分を許してやりな。もっと自分を大事にするんだ。
誓いの呪いを一緒に解こうよ。それから、これからのことを一緒に話さない?ね?」
「ガルル…」
こんな俺の薄っぺらい言葉でケルベロスの心が動くのかは分からない。
だけど、1年もの間、独りで耐えてきたその姿は強い子だなと思った。
でも…もう元の世界に帰ることは出来ないだろう。
だからこそ「これ以上自分を傷つけなくていい」「もう頑張らなくていい」と伝えたかった。
その想いを込めて、俺はもう一度「Angelic Hand」と唱えた。
途方もない量の魔力が持っていかれるのを感じながらも、ケルベロスから手を離さず集中した。
すると、次第に3つの頭の顔の表情が柔らかくなっていくのを感じたかから、クロに悪魔文字で作られた呪詛の輪が消えているか確認した。
「主、消えたよ!呪い、解けた!このケルベロスに主の言葉が届いたみたい!」
「さすが、ヨシヒロ様ですわ。」
「そっか…はぁ…良かった。ちゃんと出来たんだな…」
クロが満面の笑みで「呪詛が消えた」と告げ、俺はホッとしてその場に座り込んだ。
すると、呪詛が解けた反動なのか、ケルベロスは瞳を閉じて動かなくなった。
一瞬焦ったけど、大きな鼻から息が漏れているのを見て、眠っているだけだと分かり安堵した。
「ロウキ、お疲れ様。
ロウキがケルベロスの相手をしてくれたおかげで、呪いを解くことが出来たよ。」
「そうだろう?我も久々にまぁまぁの力が出せて楽しかったぞ。」
「ええ?あれでまぁまぁなの?恐ろしい魔獣だな?」
「我はフェンリルだからな。」
「はは、そうだな。フェンリル様だもんな?」
眠るケルベロスの隣で、満足そうにしているロウキ。
こんなのが俺の従魔だと思うと、そりゃ恐れられるのも無理はないなぁと納得できる瞬間だった。
皆、ケルベロスが目を覚ましたら優しく話しかけてあげて欲しいな。
威嚇するかもしれないけど…呪詛の輪も解けたし、少しは落ち着いてくれているはずだ。
そう思いながら、俺は大きな安堵のため息を吐き出した―…。
何だか、とても大きくて荒い息遣いが聞こえ始めた。
それは間違いなくケルベロスだろう。だってチビクロたちが警戒しまくってグルグル回っているんだ。
遠くにいるはずなのに、こんなにも息遣いが聞こえるものなの?
それに、さっきからやたら血生臭い…。
辺りには肉片と思われる物体や、瀕死の状態の魔物が転がっている。
これで「ケルベロスが居ない」なんて嘘だろう、としか思えなかった。
【警告します。近くにケルベロスが潜伏しています。濃い霧を纏っているため余計に暗がりで見えにくくなっています。注意してください。】
「エマ…そんなことも出来るんだね…怖い情報ありがとう…」
【ご武運を…】
「怖い!そういうの怖い!!」
恐怖におびえる俺に対し、エマが皆へ警告を発した。
そして「ご武運を」なんて日本らしい言葉をかけてくれたんだけど、それが余計に恐怖を煽って困った。
気配感知をしようにも怖くて集中できないし、見つけたくない気持ちが強すぎてパニック状態だった。
ロウキたちはエマの警告を受け、さらに辺りを警戒しながらケルベロスを追っていた。
その時―
「ガルルル…」
「ひっ!!」
耳を突き破るような低いうなり声が霧の中から響いた瞬間、それは起こった。
俺の情けない声が喉に張り付いた直後、目の前の濃霧が暴力的に引き裂かれた。
そして、霧の向こうから巨大な黒い影が凄まじい速度で突進してくるのが感じ取れた。
「ででで、でたーーー!!」
白い牙を剥き出しにした3つの巨大な頭部。
瞳は血のように赤く光り、間違いなく…ケルベロスだ!
「主!伏せてて!」
「ちゃんと護られておれ!!」
「ひゃいっ!!」
ロウキとクロが俺に叫ぶと、すかさずミルが俺の前に立ち塞がった。
俺はパニックのあまり動けなかったけど、皆がすぐに俺を囲ってくれた。
「グルルアアアア!」
皆が俺を囲んだ瞬間、ケルベロスの咆哮が体の隅々まで響き渡り、震えが止まらなくなった。
今まで魔獣をここまで怖いと思ったことはなかったけど、さすがに今回は無理だ、これ…。
そう思い縮こまっていると、ケルベロスの鋭い爪がこちらへ振り下ろされた。
だけど、すぐさまロウキが攻撃を仕掛け、俺に爪を届かせなかった。
その瞬間、ケルベロスの標的は完全にロウキへと移った。
ケルベロスの血走った赤い瞳が、俺からロウキへと完全に向けられる。
「グアアアアァァッ!」
獰猛な咆哮と共に、ケルベロスは3つの頭部を同時に展開し、ロウキの巨大な胴体へ噛みつこうと襲いかかった。
だけどロウキは素早く避け、まるでケルベロスをあざ笑うかのように舞っているように見えた。
そんなロウキを見ていた俺は、確信した。
ロウキのやつ、この戦いをめちゃくちゃ楽しんでるんですけど?!
「ふははははっ!我に歯向かうとは良い度胸だ。
ケルベロスかベルベロスか何だか知らんが、我に貴様の攻撃など効かぬわ!」
「グギャアアアアアアッ!!」
「我に牙を向けたことを後悔させてやるわ!」
さっきまでの恐怖はどこへやら。
俺たちはロウキが楽しそうに全力で戦う姿を呆然と見つめていた。
「あーあ。ロウキ、スイッチ入っちゃったね主。
ストレス溜まってんのかな?」
「はは、そうかもしれないね。今、力を解放してるから全力で戦えるのが楽しいんじゃないの?」
「それはあると思います。父上、とても楽しそうです。」
クロたちは、ロウキが完全に面白がっていると笑い、シンゴたちはロウキの強さを初めて知ったようで、えらく興奮している。
ミルも「ボス強いね!」と言いながらわくわくしていて、まるで闘技場で観戦する客のようだった。
そんな様子を見ていると、ケルベロスの頭のうちの1つが、何だか苦しそうな表情をしていることに気が付いた。
さすがにロウキにやられて痛いのだろうか?まぁ、痛いだろうけど…。
それとは違う何かを感じる。
そう思っていると、ケルベロスをじっと見ていたクロがポツリと呟いた。
「なぁ、なぁ、主。あのケルベロス、呪われてるぜ?」
「え?呪われてるって…分かるのか?クロ。」
「うん、なんか体の周りに悪魔文字で呪詛の輪を作ってる。誰かがやったのかな。
それか、自分で自分を呪うこともできるから、もしかしたらこいつらが自分でやったのかも?」
「ええ…?自分で自分を呪うこともあるの?何故に…」
「自分に呪いをかけることで、限界突破した力を得られるから。」
「あー…そういうやつ…」
クロが教えてくれたのは、ケルベロスが呪いにかけられているという事実だった。
しかも、自分で呪いをかけて能力を上げることもあると言われて、ゾッとした。
これがこの世界では当たり前なのだろうか…。まぁ、俺がとやかく言えることじゃないんだけど。
だけど、あの苦しそうな顔をしていたケルベロスの1つは、今、何を思っているんだろう?
そう考えずにはいられなかった。
「あ!主、今助けたいとか思っただろー?!」
「え?!」
「ヨシヒロ様らしいですわね?」
「ちがっ…」
「違うのですか?ヨシヒロ様。」
「あるじさまなら助けたいと思うのは当然ですね。」
「…まぁ、まぁね。」
不意に考えたことをクロに言い当てられると、ルーナたちは「ヨシヒロ様らしい」と笑っていた。
違うんだ、いや、違わないけどさ…。さすがにどうすれば助けられるのかなんて分からない。
そう思っていると、クロはケルベロスを見ながら、少し可哀想そうな表情を浮かべて言った。
「でも主、もし自分自身でかけた呪いだったら、呪いを解きたいって思わないと誰も解けないよ。」
「え?そうなんだ…じゃあ、もしあのケルベロスが自分の意思でかけた呪いだったら、難しいかもしれないってことだよな…」
「自分でかけるってのは相当な覚悟があってのことだからなぁ…」
「そうかぁ…」
自分自身の意思でかけた呪いは、他人には解けない。そんな世界の理があるなんて。
だって明らかにあの1つは苦しそうだったのに。だけど、他の2つの頭が「解きたい」と思わない限りダメなんだろう。
本当に自分でかけた呪いなのかどうか…どうすれば分かるんだ?
そう考えていた時、エマが「ステータスを確認できるヨシヒロさんの役目とは?」と呟き、ハッとした。
そうか!そういうことにも使えるのか!
そう思い、早速ケルベロスに向けて心の中で「ステータスオープン!」と唱えた。
「これ、は……」
ケルベロスのステータスを確認すると、状態の項目に「誓いの呪い」と記されていた。
つまり、誰かにかけられたものではなく、自分自身でかけた呪いだった。
そして一番驚いたのは、生息地の欄に【他惑星】と書かれていたこと。
それってつまり、この世界のケルベロスじゃないってことじゃん…え?どういうことだ…?
そう思っていると、ロウキにボコボコにされて苦しむケルベロスの悲しい唸り声が響いた。
「ロウキ!このケルベロス、他の惑星からやってきたケルベロスっぽい!」
「はぁ?この地のケルベロスではないのか?」
「うん!なんかそうらしい!
それに『誓いの呪い』っていう呪いを自分にかけてるみたいだから、解呪したいんだけど!説得してくれない?」
「説得て…お前なぁ…」
これ以上やればケルベロスが死んでしまいそうだったので、ロウキに声をかけた。
「説得して」と頼むと、ロウキはあからさまに「アホか?」という表情を浮かべた。
じゃあ俺がやるしかないのか…。
そう思いながら「動かないように押さえてて」とロウキに頼み、恐る恐るケルベロスへ近づいた。
改めて見ると、やっぱり獰猛な悪魔獣って感じがする。
だけど、さっきまで感じていた恐怖は、不思議となかった。
「ね、ちょっと動かないでね。」
「ガルルルル…」
「はいはい。大丈夫だよ。ねぇ、本当はもう解放されたいんじゃない?
君はきっと覚悟でうえでこの呪いをかけたんだよね?その理由はなんだろう?
教えてくれない?助けになれるかもしれないからさ。」
「ガルルル…」
「君のためにこの手を捧げるから。…Angelic Hand!」
唸り散らすケルベロスに語りかけながら、効果があるか分からないまま「Angelic Hand」と唱えた。
掌がじんわりと温かくなり、次第に熱を帯びていく。
しばらくすると、頭の中にケルベロスの記憶が少しだけ流れ込んできた。
別の世界、魔界らしき場所で番犬として主を護っていたけど、役に立たない犬は不要だと従魔契約を強制的に解除され、術によってこの世界へ飛ばされ、この森に落とされたらしい。
ケルベロスは「自分が役に立てなかった」と責め続け、主に認めてもらいたい一心で自ら契約の呪いをかけ、力の限界を突破しようとした。
その結果、魔力暴走を起こし、なりふり構わず暴れ回るようになったのだ。
そして暴走が解け意識が戻ると、自分の置かれた状況に耐えられず泣きはらしていたようだ。
この森から出れば良かったのかもしれないけど、見知らぬ世界を歩く勇気はなく、必死でこの森に留まり生きてきた。そんな記憶だった。
本当に、忠誠心と絶望と自己否定に満ちた、悲しい記憶だった。
「ガルルル……」
記憶を覗かれたことに気づいたのか、ケルベロスはさらに低い唸り声を上げた。
だが、その瞳には怒りよりも悲しみが滲んでいた。
一度目の「Angelic Hand」が少し効いたのか、真っ赤に血走っていた瞳が、透き通った青色へと変わっていた。
俺はその大きな手にそっと手を重ね、語りかけた。
「ケルベロス。もう、全部わかったから。もう、いいんだ。
お前は十分頑張ったよ。辛かったな…主に背を向けられて知らない別の星に飛ばされて…
しかもこんな暗くて寂しい森に一人きりで…よく頑張ったな。」
「ガル……」
「お前が悪い訳じゃない…もう自分を許してやりな。もっと自分を大事にするんだ。
誓いの呪いを一緒に解こうよ。それから、これからのことを一緒に話さない?ね?」
「ガルル…」
こんな俺の薄っぺらい言葉でケルベロスの心が動くのかは分からない。
だけど、1年もの間、独りで耐えてきたその姿は強い子だなと思った。
でも…もう元の世界に帰ることは出来ないだろう。
だからこそ「これ以上自分を傷つけなくていい」「もう頑張らなくていい」と伝えたかった。
その想いを込めて、俺はもう一度「Angelic Hand」と唱えた。
途方もない量の魔力が持っていかれるのを感じながらも、ケルベロスから手を離さず集中した。
すると、次第に3つの頭の顔の表情が柔らかくなっていくのを感じたかから、クロに悪魔文字で作られた呪詛の輪が消えているか確認した。
「主、消えたよ!呪い、解けた!このケルベロスに主の言葉が届いたみたい!」
「さすが、ヨシヒロ様ですわ。」
「そっか…はぁ…良かった。ちゃんと出来たんだな…」
クロが満面の笑みで「呪詛が消えた」と告げ、俺はホッとしてその場に座り込んだ。
すると、呪詛が解けた反動なのか、ケルベロスは瞳を閉じて動かなくなった。
一瞬焦ったけど、大きな鼻から息が漏れているのを見て、眠っているだけだと分かり安堵した。
「ロウキ、お疲れ様。
ロウキがケルベロスの相手をしてくれたおかげで、呪いを解くことが出来たよ。」
「そうだろう?我も久々にまぁまぁの力が出せて楽しかったぞ。」
「ええ?あれでまぁまぁなの?恐ろしい魔獣だな?」
「我はフェンリルだからな。」
「はは、そうだな。フェンリル様だもんな?」
眠るケルベロスの隣で、満足そうにしているロウキ。
こんなのが俺の従魔だと思うと、そりゃ恐れられるのも無理はないなぁと納得できる瞬間だった。
皆、ケルベロスが目を覚ましたら優しく話しかけてあげて欲しいな。
威嚇するかもしれないけど…呪詛の輪も解けたし、少しは落ち着いてくれているはずだ。
そう思いながら、俺は大きな安堵のため息を吐き出した―…。
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彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
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