婚約者に嫌われた伯爵令嬢は努力を怠らなかった

有川カナデ

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嫌われてましたわ

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「次期公爵夫人ですもの、この程度のこと、出来て当然ですわ!」

 胸を張り、至極得意げに、自慢気に。
 オリヴィア・ブレイジャー伯爵令嬢はきっぱりと言い切った。
 ぐりんぐりんに巻かれた金色のドリルヘアに垂れた目元が特徴的な彼女には現在、愛しの婚約者がいる。
 親同士が親しいゆえに強制的に決められた結婚相手であったが、オリヴィアは初めて出会ったときから恋に落ち、以来その相手に夢中であった。いわゆる一目惚れである。
 婚約者――アンディ・ジェンキンズ公爵子息に相応しい存在になるべく日々努力を重ね、勉学はもちろん貴族らしい所作やマナー、ダンスレッスンやお茶会での作法など、とにかく「完璧な公爵令嬢」になろうと常に必死になっていた。
 もちろんその必死さを、表に出すことはない。「完璧な」公爵令嬢であるのなら、努力をする姿を見せたりなどしないと思っているからだ。家で、または人のいない場所でコツコツと地道な努力を続け、公の場で結果を出す。それこそが「完璧な」公爵令嬢の姿。
 そして冒頭のセリフに至ることが常であり、そんな彼女を周囲の人々――主に共に学園生活を送っている生徒たちは――「高慢で偉そうな」令嬢なのだと思っている。努力をしている姿も見せず、謙遜もしないため当然の結果であった。
 彼女の通う学園は平民も貴族も平等に学ぶことの出来る場所であり、在学中は身分の差はないものとされている。それでも貴族はそれらしく振る舞って、平民は平民らしくあるのが常であり、諍いが起こることもしばしばあった。だから余計に彼女の存在は、平民からも貴族からも幾分か浮いたものとなっており、貴族側は「伯爵令嬢風情が」と漏らし、平民側は「これだから貴族は」とぼやく。
 そんな人の目が多少は気になるものの、愛しの婚約者様のためなら耐えられますわと胸を張って生活をしていた頃。
 彼女はいつものようにアンディと校門まで共に帰ろうと彼のいる教室へと向かっていた。帰り際に教師から頼まれごとをしていたため、時間は少しばかり遅くなり、もしかしたらもう帰っているかもしれないと慌てて教室の前まで走る。
「――実際、どうなんだよ。アンディの婚約者は」
 聞こえた婚約者の名前に、オリヴィアはぴたりと足を止める。アンディの婚約者、すなわち自分のことが話題に上がっているのだと気づき、思わず気分が高揚した。声の主は、アンディとよく一緒にいる男爵子息のものだろう。
(アンディ様……)
 優しい婚約者が自分のことをどう思っているのか。自分の口からは中々聞くことの出来ない彼の本心を知る機会だと、オリヴィアはどきどきしながら耳を澄ませた。
「どうって?」
「たかが伯爵令嬢がお高く止まってるって評判だ。親しい友だちもいないみたいだし」
「こう言ってはなんだけど、彼女浮いてるよな。空気が読めてないっていうか」
 男爵令息と共に、もうひとり別の声がする。彼もまたアンディと行動を共にしている、商家の跡取り息子だ。
(なんて失礼なことを! わたくしは公爵令嬢らしい振る舞いをしているだけですわ!)
 そう言いたいのをぐっと堪え。きっと愛しの婚約者が何かフォローをしてくれるだろうと、オリヴィアは彼の言葉を待った。
 ふっ、と笑うような声が聞こえ、それからアンディははっきりと言った。とても、冷たい声で。
「勘弁してほしいよ、本当。彼女が婚約者だなんて」
 ドッ、と。
 鼓動が一際強く鳴るのと同時に、冷や汗が滲んだ。
 聞き間違いではないだろうかと、口元には曖昧な笑みが浮かぶ。
(アンディ様……?)
 アンディはさらに言葉を続ける。
「両親が仲良いからって勝手に決められたんだ。そうじゃなきゃあんな子と婚約するなんて思う?」
「言えてる。まぁ、俺だったら絶対選ばないな。一緒にいたら嫌われそうだし」
「自分も無理。親に言われたって拒否するよ。アンディも嫌だって言えば良いのに」
 次から次へと聞こえてくる言葉に、オリヴィアは指先が冷たくなっていくのを感じた。耳を塞ぎたくても体が動かず、ただ立ち尽くしている。小刻みに体が震え出し、口の中が急激に乾く。
「僕だって言ったよ、婚約解消したいって。でも親の都合がどうのって言われてさ。嫌になるよね、もう。だからいいように使ってやることにしたんだ。僕の言うことなら何でも聞くしね。奴隷みたいなものだよ」
「やるなぁ、アンディ! さすが公爵家の息子!」
 愛しい婚約者。優しいアンディ様。
 いつも微笑んで手を差し伸べてくれて、お菓子を差し入れれば嬉しそうに受け取ってくれて。
 あなたに相応しいひとになりますわと告げれば、楽しみだと頷いてくれた。
 お茶会を断られたことはない。小規模のパーティーにだって、共に参加している。腕を組んで、ダンスも踊って……。
(そんな、……そんな……!)
 顔から血の気が引いてしまったオリヴィアに追い打ちをかけるように、商家の跡取り息子が言った。
「いっそのことさ、浮気とかしたらいいんじゃないか?」
「本命の相手がいるって言えばいいんだよ。アンディこの前、同じクラスのマクシミリアン男爵令嬢のことかわいいって言ってたよな。ちょっとドジだけど愛嬌あっていいよな」
「爵位は落ちるけど、可愛さで言ったら断然マクシミリアン嬢だろ。彼女と本当に付き合ってみるのは? アンディは公爵令息なんだし、断られないだろ」
 笑い声が聞こえてくる。
 ウソでも冗談でも、婚約者がいるにも関わらず浮気を唆すなんて。
(お願い、そんなことしないと言って。アンディ様、……お願い!)
 両手を組んで、必死に願う。
 アンディなら断るはず。断ってくれるはず。オリヴィアの知るアンディなら、優しい婚約者様なら……。
「あぁ、それもいいかもね。今度ちょっと、声かけてみようかな」
 両手で口元を押さえ、上がりそうになった悲鳴を堪える。がくがくと膝が震えて、そのまま崩れ落ちそうだった。ひゅぅ、と喉を鳴らして息を吸うと、アンディたちが話しながら扉の方へ近づいてくる気配を感じる。表情を歪ませたオリヴィアは、夢中で走り出していた。

 淑女たるもの、歪んだ表情を殿方に見せてはならない。
 そんなふうに思って、走り続けた。

 オリヴィアがたどり着いたのは、人気のない校舎の裏だった。正面から出れば誰かに見つかってしまう可能性があったためだ。
 はぁ、はぁ、と呼吸を繰り返し、息を飲んではまた深く呼吸をして。目元が熱くなり、ぼろぼろと大粒の涙が溢れた。
 アンディの言葉ではないと思いたかった。アンディではない別の人が、自分ではないひとのことを話しているのだと。
 けれどあの声は、オリヴィアの耳に残ってしまっている声は、紛れもない愛しい婚約者の声で。
 勘弁してほしい、婚約解消したい、嫌になる。
 どれも間違いなく、アンディの声で紡がれた言葉であって。
「うぅ、っ……うぎ……ひっ、ひっ、ううう~~っ」
 みっともなく泣いてはならないと思いつつも、嗚咽は止まらず、表情もめいっぱいに歪んで。何度も繰り返ししゃくりあげては、音を立てて鼻をすすり。冷たくなった指先を擦り、その場にしゃがみ込んでうめき声を上げた。
「うぐ、うっ、ふぅう、うっ、うっ、」
(わたくしは、わたくしはただあなたのために、)
 彼の、アンディのためにと思ってやってきたことだった。
 完璧な公爵令嬢を目指したのも、他ならぬアンディの隣に立つに相応しい人間になるべくしてきたこと。背筋を伸ばして胸を張り、マナーも仕草も、頭のてっぺんから爪先まで気を遣って――彼が笑われてしまうようなことがないように、淑女らしい美しい所作を保とうとした。
 でもそれはすべて、無駄なことだった。
 オリヴィアの努力は、それこそがアンディが笑われる理由となってしまった。
 高慢で浮いた存在の婚約者。身分不相応な振る舞いを、彼は望んでいなかった。
「うぅ~~っ、えぅっ、えっ」
 止まらない涙を何度も拭い、両手で顔を覆った矢先。顔を俯かせる直前、オリヴィアの視界に影が映った。
「……え、」
 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をぱっと上げて、オリヴィアはその影の正体を確認する。――涙に濡れた彼女の瞳に映っていたのは、きょとんとした表情を浮かべた、一人の青年。
 長い赤髪を後ろで一つにまとめ、眼鏡の向こうに穏やかな表情を携えている彼は同じクラスにいる平民の、ルーカスであった。
「なっ……ななななな、なっ」
「……ええと」
「何ですのなんですの!! どうしてあなたがここにいますの!?」
「え、その。本を読んでいて……あれ、そういえばもう夕方になりますね」
 ルーカスはオリヴィアの向こうにある空を見やり、小さく笑いながら言った。
「そ、そうではなくて! な、泣き顔を見られるなんて、わたくしとしたことが……!」
「すみません、見るつもりはなかったんですが……急に走って来られるものだから、呆気にとられてしまって」
 そう言うとルーカスは手にしていた本を閉じ、オリヴィアに近づく。オリヴィアは慌てて顔を隠し、背を向けた。
「なんですの、じっくり見ないでくださいまし!」
「あぁいえ、そういうつもりでは。ただハンカチをお貸ししようと……平民のハンカチなどは使いたくありませんか?」
 問いかけに、オリヴィアはぴくりと肩を震わせる。それからちらりと横目にルーカスを見やり、その手元にあるハンカチに視線を向けた。
「……いいえ。どんな身分であれ、好意や優しさを無下にするのは淑女ではありませんもの。ありがたくお借りしますわ」
 オリヴィアの言葉にルーカスは瞳を細めて笑い、さぁ、とハンカチを差し出す。それを受け取ったオリヴィアは目元を拭い、それから眉を下げてふふっ、と笑った。
「こんな、……淑女の振る舞いなんて、無駄ですのに……」
「おや。それはどうして」
「わたくしのしていたことは全て無駄だったということです。あなたもそう思わなくて?」
 ルーカスはぱちりと瞬きをして、首をかしげる。
「問いかけの意味がわかりかねます。次期公爵夫人である方が、そうあるために振る舞うことが無駄であったと?」
 今度はオリヴィアは大きく瞬きをした。
 先程の彼らの「噂話」とは全く異なる答えに戸惑い、オリヴィアはハンカチをぎゅっと握りしめて視線を泳がせた。
「わ、わたくし、クラスで浮いていると思われてますわ」
「知っています。まぁ確かに、馴染んでいるかそうでないかと言われたら、後者でしょう」
「伯爵令嬢が調子に乗っていると、皆様はそう思っているのでしょう?」
「はぁ。そう思う人もいるのでしょうね」
「あなたは思っていないの?」
「特には」
 淡々と言葉を返すルーカスに、オリヴィアは面食らうばかりである。普段オリヴィアが平民から向けられる眼差しは、ひどくぎこちなく、それでいて様子を伺うようなものばかりで。声をかければ曖昧な返事しか返って来ず、それは自分との接触を拒んでいるように思えた。
 今考えれば、実際そうだったのだ。クラスから浮いた存在の高慢な女と、誰が親しくなりたいと思うのか。
 だがルーカスは、普段から少しばかり他の平民とは様子が違っていた。やけに落ち着いているのである。どれほど高位の貴族と言葉を交わしても緊張することはなく、かと言って平民たちとの交流もよくしていて。
 オリヴィアとは違う意味で、特殊な存在だった。
「……なぜですの? 公爵夫人になる未来があるとは言え、今はあまり力のない伯爵家の身分でしかないわたくしが偉そうに胸を張って高笑いをして……髪だって毎日念入りに巻いて……わたくしの知る公爵令嬢は……淑女はそうでしたもの……っ、そう、そんな、不相応な振る舞いなんて、誰も望んでなんかいなかった! あなただってそうなんでしょう? わたくしが公爵夫人になることを誰も、……アンディ様でさえも、望んでいなかった!」
 止まりかけていた涙は、また溢れ出し。それをハンカチで何度も拭うものだから、ルーカスから借りたハンカチはすぐにびっしょりと濡れてしまって。だけれどオリヴィアは繰り返し繰り返し、濡れたハンカチで涙を拭った。
 あまり言葉を交わしたことのないクラスメイト、さらには平民であるルーカスに何を言っているのだろうと思う気持ちはあった。だが感情を吐き出さなければ、心が壊れてしまいそうで、おかしくなりそうで。
 オリヴィアは嗚咽を、止められなかった。
「――その。よく、わからないのですが……あなたの公爵夫人たる振る舞い、淑女としての姿勢は決して無駄ではないと、僕は思っていますよ。あくまで僕個人の意見ですけど」
 ひくっ、と大きくしゃくりあげてルーカスを見上げると、彼はやはりいつものように穏やかに笑っていた。
「少々大袈裟な部分もありますが、マナーも所作も充分通じるでしょう。それだけのものを会得するのに、随分な努力を重ねたのではないですか? 普通に生活しているだけの令嬢では、それほどの振る舞いは身につきません」
 ぎくりと体が強張った。「完璧な公爵令嬢」になるべく行った努力は、他人に知られるべきではない。出来て当然、そうすることが当たり前であることこそ、真なる淑女。
……だけれど。
 オリヴィアは胸の奥が熱くなるのを感じていた。
 誰にも言うことのなかった努力を、ルーカスはわかってくれていた。認めてくれていた。
 まるで本当の自分を理解して貰えたような感覚に、絶望しかなかったオリヴィアの心に僅かばかりの希望が生まれた。しかしそれと同時に、疑問も芽生える。
「……お待ち下さいまし。あなた、平民なのになぜ貴族の所作やマナーを……まるでよく知っているかのように話していますの?
 オリヴィアも伯爵令嬢であるため、平民の生活というものに馴染みがあるわけではない。だが平民である何人かのクラスメイトを見れば、貴族としての教養は基本的に平民には備わっていないのだとわかった。
「あぁ、えっと。僕の弟が、公爵家の令嬢と友達でして。その関係でそっち方面のことは多少、詳しいんです」
 なんとなく誤魔化されている気配を感じたが、詰め寄る気力は今のオリヴィアにはない。うつむいてハンカチを握りしめ、浅く息を吐いて呟いた。
「そう……そうでしたの。……あの、ルーカスさん」
 名を呼ぶとルーカスは、驚いたような表情を見せた。それからまた瞬きを繰り返し、いつもの穏やかな笑顔になる。
「名前、ご存知だったんですね」
「当然ですわ、同じクラスですもの。クラスだけでなく、同じ学年の方々のお名前は全て記憶していてよ」
「……やっぱりすごいですね、あなたは」
「慰めなんて結構ですわ。結局これだって、無駄な努力でしたもの。アンディ様のためにと思って……公爵夫人となったら、たくさんのひととお会いするでしょうから、お名前とお顔をしっかり覚えておく癖をつけようと思いましたの」
「素晴らしい試みです。決して無駄ではありませんよ」
「無駄ですわ! わたくしはこのままアンディ様に捨てられて、傷物になりますのよ!」
 先程のアンディの言葉を思い出してしまったオリヴィアの目には、またもりもりと涙が滲み出した。
 遅かれ早かれ、きっと自分は婚約破棄される。解消で済めばまだ良いが、あのアンディを見る限り間違いなくオリヴィアに非があるとして婚約破棄を申し出るだろう。そうなればもう、誰もオリヴィアを必要としない。今までの努力が、すべて意味のないものになる。
 うまくいっていると思っていた。アンディも自分を好いていてくれると思っていた。
 とんだ勘違いだった。好かれているどころか、むしろ嫌われていたと言うのに。
「では、もうあの振る舞いはやめてしまうと?」
「だって、そうする必要がありませんもの」
「うーん……それは勿体ないですね」
 え、と、オリヴィアは顔を上げる。
「それはあなたの努力で身につけたものでしょう? ジェンキンズ令息に嫌われたからと言って、全てなかったことにしてしまうのだとしたら、それは勿体ないと思うんです」
 オリヴィアはぐっと唇を噛んだ。
 そんなことを言われても。今までそのためだけに生きてきたのに。彼の隣に立つために努力を重ねてきたのに、その彼に必要とされないのなら意味がない。
 オリヴィアの心を知ってか知らずか、ルーカスはにこりと笑みを深めて人差し指を立てた。
「ひとつ、提案があります」
「な、なんですの?」
「あなたの振る舞いがジェンキンズ令息の心が離れてしまう理由なのだとしたら、あなたの振る舞いを今一度、変えてみるのはいかがです?」
「変えてみる?」
「はい。まずは高慢な態度を改めて、謙虚にしてみましょう。それから貴族の方とも、平民の方とも、別け隔てなく接してみてください。つまり、友人を作ることですね」
「ゆ、友人を、」
「今までのあなたは公爵夫人の地位に囚われ、ジェンキンズ令息のことだけしか考えていなかった。その結果周りから冷ややかな目で見られてしまうことになり、結局のところそれが彼の心が離れるきっかけになったのではないでしょうか。まぁ、推測ですが」
 推測とは言うが、ずばりその通りだ。アンディだけがわかってくれれば良いと、周りの反応から目を背けて気にしないふりをした。今思えば嫌われる理由などいくつもあった。アンディに夢中なあまり、周りが見えていなかったのだ。
「……確かに、ルーカスさんの言う通りですわ。周りと馴染む努力を怠って、何が公爵夫人なのかしら……ただ見ているだけ、知るだけでは駄目ですのね。実際に関わっていかなければ、どれだけ顔と名前を覚えても意味がなくてよ」
 ルーカスはこくりと、笑顔で頷く。いつの間にかオリヴィアの涙は止まっていた。その代わり目は腫れて、鼻は真っ赤になってしまっていたが。
「わたくし、やってみますわ。アンディ様の御心を取り戻せるかはわからないけど……変わる努力をしてみますわ」
「きっと、あなたなら出来ると思います。――それではまず、僕と友達になりませんか」
「え、」
「ここで出会ったのも何かの縁でしょう。あなたの泣き顔も見てしまったことですし。お手伝い出来ることがありましたら、何なりと」
 人当たりの良い、悪く言えば何を考えているのかわからない、そんな笑顔を浮かべながら手を差し出すルーカスに、オリヴィアははっとして肩をいからせた。
「そ、そうですわ、あなた! わたくしの泣きっ、泣き顔を! 淑女の素顔を見るなんて、許されることではありませんわ!」
「えぇ。ですから、まず僕があなたの友達に。お役に立ちますよ」
 恨みがましい眼差しで、睨みつけること暫し。
 ルーカスの本音はわからないが、今は誰かの優しさに縋りたかった。
 何せ、失恋してしまったばかりなのだ。ずっと慕っていた相手に、傷つけられたばかりなのだ。
「……わたくしと友達になることに、メリットがありまして?」
 それでもやはり、疑心は芽生える。彼も心のなかでは、自分を笑っているかもしれない。勘弁してくれと思っているかもしれない。
 ルーカスは一度目を丸くして、すぐにまた笑って。
「疑心を抱くのは正しいことです。誰しも腹の奥に、何か抱えているものと思って接するのがいいでしょう」
 思ってもみない答えに、オリヴィアは微かに眉を潜めた。
「手を取るのはそのときがいいですね。僕が信頼に値する人間だと思えたら、そのときに」
「……ねぇ、ルーカスさん?」
「呼び捨てで構いませんよ。友人ですから」
「――ルーカス。あなた、本当に平民ですの?」
 口角を上げた笑顔はそのままに、ルーカスは言う。
「まぁ、一応は」
 本心が読めない。もっともオリヴィアは今までだって、人の本心を探ったことなどなかった。だからアンディの本心を知るよしもなかったのであるが。
 興味、好奇心。彼が抱く想いは、そんなものだろうか。
 ただ悪意がないことだけは、なんとなく感じることが出来た。
「ではルーカス。わたくしのこともオリヴィアと、そうお呼びになって。友人、ですもの」
「はい、オリヴィア」
 笑顔で頷くその裏に、悪意を感じたくないというのが本音かもしれない。
 ただ今は寄りかかる場所が必要だと、本能が求めている。
 その日からオリヴィアとルーカスの、奇妙な友人関係が始まった。
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