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踊るバカ親父(まとめて4話)
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しおりを挟む結局。一駅向こうで独り暮らしをするジイちゃんは、どこかへ呑みに行っちまって行方不明だったため、我が家の親戚にブラジルへ移住した人がいるかどうかという問題は棚上げとなり、ひとまず小ノ葉と一緒に胸を撫で下ろした。
自分のテリトリーとするカウンター式のキッチンに入ったお袋は、ピンクのエプロンをはためかせながら晩飯の準備を始めた。買って来た食材をキッチン内に広げて披露。満足そうな息を一つ落とす。
「時間が無いから、オカズは出来合いのモノにしたわ。あとカレーも作るからね」
そして親父は、酒類の準備に余念が無い。結局、小ノ葉をダシに一杯飲もうという魂胆が丸見えだった。
居酒屋で出会って意気投合したカップルのことはある。さすがだ。
やがて――。
「さぁ、お腹すいただろう? 小ノ葉ちゃん。たくさん食べてね」
と出されたご馳走の数々。俺には見慣れた光景だ。居酒屋コンビだけに、並べられた食事は居酒屋メニューまんまだ。
カラ揚げ、刺身から始まり、焼き鳥、トンカツ、お好み焼き、焼肉、枝豆、冷奴、サラダだってある。早い話がすぐ出せる物ばかり。
「よし。ひとまず乾杯だ。かあさんもカレー作りながら飲め」
自分でお袋のコップにビールを注ぐと、カウンターの中で二人してグラスを合わせ、一気飲み。
息の合った夫婦ではあるが、俺たちのことなんか二の次なのがあからさまだ。
「まぁ。小ノ葉。気にせず俺たちはこれを食べようぜ」
ずらずらと並べられた食材を小ノ葉に指し示し、小ノ葉も楽しげに手の平を合わせる。
「おー。すごいご馳走だわ。あたしお腹ペコペコなの」
ウソだろ……昼過ぎにドンブリ12杯喰らったんだぞ、お前は……。
「そうかい。じゃあ好きなものを好きなだけたべな。こらカズト目を点にしてんじゃねえ。箸を出してやれ……あ、訂正だ。フォークがいいな」
親父が性急に命じたのは、小ノ葉が手掴みで食べようとしたからだ。しかも両手で。
「すげえな……」
見る間に食材が無くなっていく光景を目の当たりにして、目を点にしつつビールを煽る親父だったが、内心は喜んでいるはずだ。こんな可愛い子でありながら、胸のすく食いっぷりなのだ。
トンカツが無くなるのに数十秒。そのキャベツを頬張り、空皿に戻すのに一分かからず。続いてカラ揚げが端から消えていく。まるで手際よく片付けていく引っ越しのプロの技を見るようだ。どんどん食材が無くなっていく光景を恐々と眺めていたところへ、大鍋いっぱい、なみなみのカレーが出た。小学校の時に見た給食室のカレー鍋みたいなヤツな。
お袋特製のカレーライスは不味(まず)くはない。いや美味いさ。抜群。でもいつも量が多い。しかし小ノ葉は平然と、
「すごい。これおばさんが作ったの? 美味しそう」
ここまではお袋を労(ねぎら)う言葉として受け止められるが、
「あたし、お腹すいてきちゃった」
ウソこけ!
ずっこけたさ。ああ。ずっこけた。悪魔と天使とそろってこけたね。
でもその言葉をマジで受け取ったお袋は、
「そうかい。それならたくさん入れてあげるよ……さあおたべ」
俺と親父はホッとすると共に再び仰天する。でん、と出された山盛りのカレーを見るだけで嗚咽が込み上げてくる。二人そろってさっとテレビに視線を逃がした。見てはいけない物を見た。そんな感じだった。
カレーが次々と小ノ葉の口の中に消えていく。
《どうなってんだよ》
「どうなってんだ?」
悪魔と親父のユニゾンだ。さすがは親子だ。息ぴったりだ。
「あやあ。見事な食べっぷりだよ。作った甲斐があるわ。どんどんお食べ、小の葉ちゃん」
「これ美味しいねー。ね。この中の植物は何?」
尋ね方が少々おかしいが、外国人だと踏んでいるお袋は平然と答える。
「赤いのはニンジン。白いのはタマネギだよ」
「ニンジンとタマネギかー」
ぱくりとスプーンごと頬張り――スプーンは食うなよ。
「あたしタマネギ大好き。ぎゅううどんにも入ってたものね」
「なんだ、ぎゅううどんって?」と親父。
「『う』が一つ多いんだ」答える俺。
親父は腑に落ちなそうな顔を俺にくれて言い直す。
「ギュッうどん?」
「なんで麺類から離れないんだよ」
「オレは面食いだ」
「うどんじゃねえよ。牛丼だ」
「なーんだ。つまらん」
面白くする気はねえよ。
「でもすげえな」と親父はしきりに感心し、
「さすがラテン系の美人さんだな。食欲がそれだけすごいと、体のほうもすごいんだろうな」
何を言っても不埒に聞こえるその物の言い方が情けない。
「……勘違いするなよ、カズト。オレが言いたいのは発育がすごいってことだ。イロイロこう……あの。ボンッキュッだろ」
お袋が、その頭をパシッと叩(はた)き、まだ何か言いたげな口の動きを止めてから、優しい視線を小ノ葉に向けた。
「そんなにタマネギが好きなら……」
カウンターキッチンの上に積まれていた三つのタマネギから一つを持ち上げ。
「明日はタマネギの味噌汁でも作ろうかね」
「それがタマネギなの?」
「そうだよ。ビタミンB類も豊富で体にいいんだ」
「おー。これがタマネギか……」
タマネギを見て小の葉がやたら感心していた。意味は解らんがな。
カレーが底をつきそうになった頃。
「そろそろお風呂入っちゃいなさい。日本のお風呂は気持ちいいわよ」
「お風呂って?」
だろうな……。これまでの経緯からいけば、そういう返答は不思議でも何でもない。
お袋は面倒臭かったんだろう。
「あんたが説明してあげなさい」
と命じながら、お客さん用の風呂セット一式を俺に渡した。
それを受け取った小ノ葉は、まだ首をかしげていた。
「この植物繊維を編んだ物はなぁに?」
タオルとバスタオルを摘まみ上げて俺に見せるのだが、いくら秘境の村だからって、タオルやバスタオルぐらい知っているだろ?
どんだけ山奥なんだ? それにどこの原住民なんだよ。
「小さいほうは体を洗うヤツで、大きいほうで濡れた体を拭くんだ」
「濡れるって?」
疲れるぜ……。
「ちょっとこっち来い」
無理やり風呂場に連れて行き、洗面所の前に立たせて水をジャージャー。その中に小ノ葉の綺麗な手を突っ込ませる。
「ほらこれが濡れるだ」
「気持ちいい~」
俺は居間のほうへ視線を飛ばし、
「誤解されるような、気色いい言葉を吐くんじゃねえ」
バスタオルで手を拭いてやって、「これが拭き取るだ。わかった?」
ヤツはまだ不可思議な顔をするが、いくらなんでも風呂場に入って手取り足取り、洗いっこ、てなことにはいかないだろう。やってくれと頼まれりゃ、丁重に説明させていただくが……。
己の名が示すとおり、そうなることを願って、一途(いちず)に神に祈る俺の前で、脱衣所へと続く擦りガラスの扉がピシャリと閉められた。
「んだよー。ぶしつけに……人が親切に教えてやろうと……」
すぐに布の擦れる音が――。
曇ったガラスの向こうで肌色の影がユラユラ。
「うおぉぉぉ。大胆なヤツだ。もう真っパだぜ……」
息を飲む、俺。
とまぁ。それはこちらの憶測で、そう見えるだけ。肌色の物体がユラユラして、確かに黄色っぽいものが脱ぎ捨てられた……ような動きが見える。あくまで全て想像だ。いや妄想に近い。
Tシャツだ!
と、色めき立つが、目前にある曇りガラスの向こうは――見えるような、見えないような。
「くそぉ。このガラス作った会社はどこだ……。もう少し透明度を上げてくれてもいいだろう。擦り過ぎだぜ」
よしこうなったら。
全身に点在するチャクラから謎のパワーを放出して、薄っすら透き通ってくるぼんやりした影をフルスキャン。必死こいて脳内で鮮明画像に変換する。
「うぉぉぉ。すげぇーー」
ウソ――見えん。だめ。
あきらめて親父たちがいる居間へ戻る。
ノゾキから、いや、風呂場から戻って来た息子に、バカ親父はバカな質問をする。
「どうだったカズ?」
「何が?」
「何って、覗いたんだろ」
息子ならお見通しだ、とでも言いたげな面構えで訊いてきた。
「擦りガラスで見えんかった」
「ばっかやろ。擦りガラスを左右に動かしてみろ、わずかに隙間ができるんだ。頭を使え頭を」
「そうやってお袋のを覗いてんだろ?」
「そうさ。お前も覗いたっていいぜ」
「バッカみたい。お袋なんか見たくもねえわ」
ま。息子としてはそんなもんだ。
それよりも早急に何とかしないと小ノ葉が覗かれる、という俺の懸念は、次のお袋の言葉で簡単に解消した。
「とっくに接着剤で固めてあるよ」
男同士で語られていた怪しげな会議に顔を出したお袋が、俺たちの前に強力接着剤のチューブをことりと置いて奥へ去った。それは確かに半分ほど搾り出されていた。
渋そうな目を俺にくれる親父へ、エールを送る。
「残念だったな。また次の手を考えろな」
半時ほどしてホコホコと湯気を上げた小ノ葉が戻って来た。どうやらバスタオルの意味は理解してくれたようで、濡れた栗色の髪の毛を拭きながら部屋に現れた。
首をかしげて一心に湿気を拭き取る姿は、やけに色っぽくて目を細めて見てしまう。
「可愛いねぇ」
スケベをあからさまに露呈し続ける親父ほどではないが、同じ意見ではある。
俺のケツをパシッと叩いて、次はお前が入って来いというお袋の申し立てに、ちょっと口を尖らせつつ、風呂場へと向かう。
世紀の美少女が浸ったのと同じ水を浴びるのだ――おぉ。なんかすげぇ。
神がかり的な御神水を賜(たまわ)るみたいな緊張感を持って、風呂のフタを開けた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――!」
リバーブをフルボリュームにした俺の雄たけびが響き渡る。
「ねえぇぇぇぇ。風呂の水が無(ね)え」
相手が普通の女子なら洗髪する時に使い過ぎたとか、外国式に水を抜いたんだとか、いろいろ理由を考えるものだが、ヤツが起こした今日一日の不可解な行動を顧みる限り、
「ま、ま、まさか……飲んだんじゃねえだろうな」
完全に空ではなく。くるぶしの上辺りまで湯が残るのが生々しいのだ。
「マジかよ……」
薄ら寒くなる背筋を温めるべく、俺は水を注ぎ足しガスを捻った。
風呂から上がって部屋に戻ると、小ノ葉はピンク色の可愛いらしいパジャマを着ていた。
コットンの柔らかな布地で作られたそれは、チャイナドレス風の襟の無いデザインだったが、胸の部分がかなりきつそうだ。でもそれが余計に体の線を浮き彫りにして、ひどくそそられる。
――ってぇぇぇ。そんなこと言っている場合じゃねえ。腹だ、腹。腹はどうなってんだ? えらいことになってないか?
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