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第一巻・我輩がゴアである
ネコ族とのファーストコンタクト
しおりを挟む「…………………………」
誰が天使さまだって?
あのクソガキ。
ロケット打ち上げのにゅうすは録画されたものではないか。何で朝っぱからそんな古い映像を見ておるのだ。向こうは閑古鳥が鳴いていたぞ。
「くそ。また骨折り損のくたびれもうけだった。ふんとによ~。キヨ子のばぁぁぁか」
土産物屋も全部閉まっておった。せめてロケットの横に『根性』と書いた札が付いた土産でも買って帰りたかったのに。
どうやって持って帰るんだ、という馬鹿な質問は無視するからな。
ハァ~、疲れた。
録画だったと気づくまでの時間を入れて、往復1時間ちょっとの鹿児島旅行であった。
鹿児島ではオロオロしておったからな。ま。西郷どんの銅像を見ることができたからよしとするか。
「んなわけねえだろ!」
がっかりと肩を落として桜園田町へ戻ってきた我輩は覚えていた街区表示板の番号を頼りに緑川家を探した。
そうあのクソガキの家を出るときに、これも何かの縁だと思って表札を見ておいてよかった。
というより、別にこの町に戻る必要もないのだが、袖触れ合うのも多生の縁と言うだろ。我輩はそういうのを大切にする性質(たち)だからな。
「桜園田8丁目……ここか」
電柱の送電線から玄関に取り付けられたブレーカーを通過。そのままダイニングキッチンの照明器具に入り込んで、聞こえることは無いだろうが、いちおう居候たる者の礼儀として声をかける。
「ママさん、ただいまぁ……」
「あらっ、おかえり~」
ぬぉぉ。やはりママさんは我輩が見えるのか?
しおれて帰ってきた我輩がママさんには見えるのか?
「にゃぁ~」
にゃぁ──んだと?
「たくさん遊んできた? ミケ?」
なんだクソ猫か。
このお宅では猫を飼っているらしく。それが散歩から帰ってきたのと我輩が戻ったのが重なっただけであった。
それにしても、三毛猫に『ミケ』とはベタであるな。
小皿にミルクを入れるママさんの振る舞いを丸い目で眺めるミケは、ちょこんとお座りをして待っておった。穏やかな光を帯びたちっこい二つの瞳が器(うつわ)の動きに合わせて揺れ動いておる。
「はい。どうぞ」
ママさんが前肢の先に小皿を置き、膝を抱えてしゃがみ込み、ミケは待ちかねたように飛びつく。
それを眺めて思う。
「猫はいいな、自由で……」
ママさんに見守られながらミルクをしゃぶしゃぶする三毛猫の背中を恨めしそうに眺めながら溜め息を吐く。電磁生命体のくせに、物憂いげな気分になってくるのは湿度の高い地球の空気が原因なのだろうか。それとも慈愛に満ちたママさんの瞳に魅入られてしまったからであろうか?
ところで疑問に思うことがある。
見るところ、猫は放し飼いなのに、なぜイヌはクサリで縛って自由を奪うのであろう?
あれでは相当な憤懣(ふんまん)が鬱積(うっせき)するだろうにな。きっと心は病んでおるぞ。だから飼い主にはシモベ然としていい子ちゃん顔を向けておるが、違う人間には牙を向くのだ。賢しい腹黒い生き物である。それに比べて猫はいい。誰様が現れようと貫く凛然とした態度。獣界の頂点に立つライオンを親族に持つという威厳が満ちあふれておる。
「どうだ、ミケ。朝食は美味いか?」
白と茶、そして黒の混ざる優雅な毛並みがフサフサしている背中から立ち上る摩擦帯電、静電気というのだが、それがさっきから我輩と静電誘導を起こし、無性にムラムラとしてくる。ちょっと触れてみたい衝動に駆られそっと近づいた。
その途端。
「シャァァァァー!」
「なんと!」
まだ触れもしていないのに、ミケは背中を逆立て、飲みかけのミルクをひっくり返す勢いで宙を跳んで我輩と対峙した。そして鋭い眼光を飛ばして激しく睨んで威嚇してきた。
「どうしたのミケ?」
ママさんは背中をせり上げるミケを驚愕の視線で凝視していた。
「まずいな……」
こんなカタチで猫族とファーストコンタクトをするとは思ってもいなかっただけに、我輩も少し焦った。
言い訳するようにミケと接する。
「どうした? 我輩が見えるのか? 我輩は何もせんぞ」
近づこうとする気配を敏感に感じ取ったのだろう。攻撃的な甲高い声を吐いてミケは空気を引き裂く勢いで部屋から飛び出した。
恐るべし野生の感である。目に見えない電磁生命体をあの種族は見極めることができるのだ。
「猫族か……侮れんな……」
人類の代表者であるママさんは、我輩をまったく感じ取れなかったらしく、
きょとんとした表情で逃げて行くミケの後ろ姿に視線を据えていた。
猫族とのファーストコンタクトは失敗に終わったが、電磁生命体の代表が我輩である以上、今後は注意が必要である。これからミケと接する時は、敬意を持って近づかなくてはならない。
ひとしきり自己反省をしていたら、あらためて家の中が静寂に沈んでいることに気付いた。誰もいない。我輩一人が蛍光灯のグロー球の隙間でぽつんとしていた。
「猫族とは再度コンタクトの場を設ければよい。で? あの子はどこ行ったんだ?」
おかっぱ頭のキヨ子を探したが家にはいなかった。向こうで洗濯を始めたママさんに気付き、すかさず我輩は洗濯機に侵入。その中で幼女のことをしばし考える。
ふむ……。
そうかキヨ子ちゃんは学校へ行ったのか。朝まで食卓にランドセルがあったからな――って。ママさん色っぽい下着を使用しておるなぁ。
我輩の口の中にピンク色の上下が放り込まれた。
「むふ……」
恥ずかしくなったのはこちらのほうである。急いで乾燥機へと移動する。
電磁波専用の鏡があれば自分の姿を見てみたいものだ。たぶん赤面していたはずだ。
ピンクの下着……いや、洗濯はママさんに任せて、我輩はお宅拝見と参ろう。
ふむ。なかなか清潔で掃除も行き届いておるな。グリーゼ581dの連中などは掃除と言う概念を持っておらん不潔な生き物であったからな。地球人はまだまともである。
二階に上がり、部屋をひと通り覗いて回ったが、どこも綺麗に掃除されていた。
「ママさんは綺麗好きなのだな。カリンちゃんもそうであって欲しいものだ」
「む?」
北向きの部屋に入った時だった。
天井付近の壁に張り付いた白っぽい装置。バイオフィルターのような金属フィンが見える。
それほどまでに地球の空気は細菌汚染が深刻なのだろうか?
その割に窓は開けっ放しだ(後で知ったのだがエアコンというらしいな)
「うぉ、ぬぁんだ?」
それよりも目を引いたモノは――。
6畳間の隅に見知らぬ生き物がうずくまって沈黙していた。丸っこいボディからくねくねと長く伸びた鼻が不気味であった。
旅行前の勉強会で話題になったことがある。たしかこれは、
「象だ……。これがアフリカ象なのだ」
また土産話がひとつ増えた。我が星系で本物のアフリカ象を見た者はおそらく我輩だけであろう。これがインド象でも同じことである。
勉強家の我輩は辞典を開いてまたもや驚嘆する。
象なる生き物は通常の生態系では生まれることが無い、というほど希少な動物だと書いてある……が、ほんとか?
駅馬車もそうだし、なんだかこの地球辞典は胡散臭い。そんな稀有な動物を部屋の中で飼うだろうか?
いくらネコ好きだといっても、この家では象まで飼うのか?
だけど猫とは友達にはなれそうもなかったが、象ならなれるかも……。
しかし冷静に観察するほどに、疑念が色濃くなっていく。
「……アフリカ象って、電力を要するのだろうか?」
象のケツから長く伸びた尻尾の先にあるプラグが屋内配線に差し込まれていた。
――でたらめ書きやがって!
すぐに察したぞ。これは象の形を模(かたど)った機械、マシンなのだ。
「どこまで信じていいんだ、この地球辞典……」
力の抜けた溜め息を吐いた我輩はもう一度、注意深く観察する。
ボディはプラスチック製で車輪がついており、鼻ではなく蛇腹のホースだった。その先にT字のコンジットが差し込まれている。
さっきの壁に張り付いた装置といい。この象モドキのマシンといい。地球には得体の知れないものが多い。
しかしとても不可思議な形である。何の機械だか想像すらできない。そうなるとますます我輩の好奇心が刺激された。
「何かのスキャン装置だろうか。それにしては蛇腹のホースは邪魔であろう?」
はじめて見る地球製の装置を前にして、異様に興奮した我輩は屋内配線から電源コードを伝わって内部に侵入してみた。
「なんだ。バキューム用の電動機とホースではないか」
マシンの構造など我輩にかかれは一目瞭然なのだ。回路を通ってすべての部品にアクセスできるからな。
しかし一気に力が抜けたな。
電動機で内部の空気を吐き出して真空状態を作り、発生した吸引力を利用してゴミを吸い上げるクリーナーだったとはな。
「なぜこれを象だと思ったんだろ?」
よく考えると勘違いしたのは我輩のほうで、『クリーナー』という単語で辞典を開くと、ちゃんと説明が出てきた。そうか『象』で検索したのでおかしな解釈になったのか……。
辞典には、自ら部屋を徘徊して埃などをかき集め、ゴミが無くなると自動的に自分の生息地へ戻ると書いてある。
「ほう。やはり人工知能付きのクリーナーか……。面白そうだな」
この人工知能がどのような活躍をするものなのか、お手並みを拝見するために、我輩は天井の蛍光灯へ移動して動き出すのを待った。
地球人の科学技術もまんざら低いわけでは無さそうである。衣服を洗濯するマシンに高度なバイオフィルター、人工知能クリーナー。二次元だが映像装置も薄型で美しい画像を表示しておったし……。
ところで――。
この人工知能クリーナーはいつ動き出すのだ?
「吸引パッドと本体を繋ぐ蛇腹のバキュームホースに力が入っておらんぞ」
我輩は部屋の隅で力尽きて、くたっと横たわるホースを睨みながら思案する。
「今日は休みか? それとも病気であろうか」
地球ではどうだか知らないが、人工知能も進化するとバイオパック(有機回路)が多数使用され、風邪をひくとこともあるのだ。
「おいこら、どうした?」
もう一度、クリーナーの中に侵入して操作モジュールの回路内を一巡する。
「ふ~む。風邪をひきそうなバイオパックは使用されていないな」
風邪ではないのか……もっと重症なのだろうか。電撃ショックを与えてみるか。
我輩はクリーナーに向かって、パルス性の電気ショックを与えてやった。心臓マッサージだと思ってもらえばよかろう。
クリーナーは跳ねるように一瞬動いたが、どこからか薄煙が上がり、それっきり二度と動くことはなかった。
「ま……まずいことをしたかも」
薄煙りが上がったバキュームホースの操作パネルに侵入。回路の一部が黒焦げになっていたのを発見。
「ふ~む。地球製の電化製品はデリケートなんだな。あんな弱いショックで気を失うとは」
ま、そのうち目を覚ますだろう。ほんとに軟弱な野郎である。
そこへママさんがトントンと軽快な足音で上がって来たので、我輩は慌てて蛍光灯の中へ逃げ込んだ。
別に逃げることは無いのだが、大切な人工知能を気絶させてしまったという罪の意識が自然とそのような行動を取らせていた。
主人が近寄ってきたのにピクリともしないマシンに、ママさんは不審な素振りも見せずに歩み寄ると、横たわっていたバキュームホースを抱きかかえた。
何か言い訳をしたほうがいいかも……である。
「あのですね……それが動かないのは……」
申し訳なくてそれ以上何も言えない。
言葉を探る我輩の前で、ママさんは鼻歌混じりに白い指を伸ばして、操作パネルのスライドレバーを押し上げるが、掃除機は気絶しているので黙秘を続ける。
「あれ?」
ママさんは可愛い仕草で首を捻ると掃除機のケツをペシペシと数回叩くが、そいつは目を覚ますこともなくじっとしていた。
「壊れたかな?」
「いや、すまぬことをした。そいつは我輩の電撃ショックで気を失ってしまったのである」
我輩の念が通じたのかママさんはガタガタとそいつを押し入れに片付けると、代わりに中から丸い円盤状のものを取り出してきて床に置いた。
そいつは我輩が見る前で元気に動き出すと、部屋の中を駆け回った。
「ふむ。さっきの子供がいたのか。なるほどまだバキュームホースが成長していないが、たいしたものであるな」
機敏な動きで部屋の掃除を始めた象型クリーナーの子供に目を細めて見る。どんなものでも子供は可愛いものであるな。
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