異星人が見た異世界転生記(我輩はゴアである・改)

雲黒斎草菜

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第二巻・ワテがギアでんがな

 海水浴へ行こう 

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 続きであ~る。


「ほんでアキラ? 恭子ちゃんに何か用事があったんちゃいまんの?」
 水羊羮をスプーンで小分けにして、小さな口へ運んでいた恭子ちゃんにポカンと愛らしい表情を向けられ、アキラは慌てて視線を逸らした。

「なんのことさ?」
 ひと口で食べてしまった羊羹に付いていた爪楊枝を口で咥え、ラジオの前でピコピコさせていたが、肝を据えたように小さく吐息して、
「……何でギアが知ってんの?」
「何でって、たったいま門扉の裏で待ち伏せしとったんやろ?」
「ちょ、ちょっと。待ち伏せって、人聞きの悪い」
 床に落ちたラジオをさっと引っ掴むとアキラは電源ボタンを押した。

「何してまんねん? 電源を切ることはできまへんで。コントロールはワテの思うがままや。それよりなんや今の行為。まさか口封じでっか?」
「ち、ち、違うよ」
 アキラは生菓子よりも瑞々(みずみず)しく柔らな恭子ちゃんの唇の動きを観察しながら、覚悟を決めたバンジージャンパーみたいな顔つきになった。 

「仕方が無い……」と切り出してから、
「あんまり暑いし、今度みんなで海にでも行かないかな、って思って……さ」

 じっと恭子ちゃんの朱唇の動きを見つめる。
「海? いいわね」
 ほのかにほころぶのを確認すると、それからはまるで機関銃であった。

「そう。高楼園(こうろうえん)浜さ。海さ。海水浴だよ。キヨ子も行きたがっていたし。恭子ちゃんはこの子の家庭教師なんだから、課外活動と言う意味で行くべきだよ。だって夏休みだろ。思い出さ。思い出は大事だよ。特に幼児期にはね」

 お前の思い出だろう……と言ってやりたかったが、黙っておくことに。
「おまはんの思い出にしたいだけやろ」
 こいつは、よくよく土足で登るヤツだな。

 当のキヨ子どのは──。

「私は紫外線を浴びるよりも、電子線を浴びるほうがどちらかと言えば好きです」
「だめだよ。小学一年生なんだからもっと子供じみた遊びしなきゃ。キヨ子の絵日記帳を見たけど、回路図ばっかり書かれていたじゃないか。あんなの先生が見たら困るだろ?」

「あぁ。これって絵日記帳でしたの? 白紙部分と文字欄が付いていたのでアイデアノートにちょうどいいと思って利用していましたわ。説明欄が縦書きになるのが少し気になっていましたが」

 テーブルの上にぱさりと置いて無造作に開くキヨ子どのの日記帳。確かに数字と記号、加えて縦線やら横線やらが入り乱れており、説明欄には細かな文字がびっしりと書き綴られていた。

「小一のくせして、開発ドキュメントを夏休みの宿題に提出する子なんかいまへんで。呆れたな」
「まずいですわね。次世代を担う量子デバイスのアイデアノートなのに。世間にバレてしまいますわ」
「いや、その点は先生も理解できないから大丈夫だと思うよ」
 とアキラが言い、すかさずギアも同調する。
「ちゅうより、逆に落書きやと思われて叱られまっせ。これはどう見ても幾何学模様でんがな」

「失礼な。模様じゃありません。ちゃんと論理的かつ数学的な記序を行っています」
「つまりやな。天才工学博士の書くアイデアノ-トと、幼児の書く絵とでは、素人目に区別が付かんちゅうことでんがな」
「あたしには解るわ。これってウエアラブルコンピューティングの繊維圧力センサーの増幅回路ね」
「さすがNAOMIさんです。ご名答」

「ぅぁぁ……」
 ロボット犬とスーパーキヨ子には、とっても付いて行けないのである。

「ちょっとまた話が逸れて来てるよ。キヨ子の絵日記が奇怪(きっかい)だから、海にでも連れてってあげようじゃないか、っていう僕のアイデアの話だよ」

 アキラはノートを素早く閉じて、恭子ちゃんへちらりと視線を振る。
「どう? 家庭教師としては?」

「別にわたしは問題ないけど、キヨ子先生の研究の手を止めるのはどうかと……」
 ところが意外にもキヨ子どのは乗り気で、
「参りましょう。新婚旅行にと思っていたNASA行きが、くだらない遊園地だったと言うショックからようやく立ち直りつつある時です。近場であっても旅行は旅行です」

 すぅっと息を吸い。
「いいですわね。蒼い海。白い砂浜。波しぶき……ああぁ。これが青春ですわ」
 まだ青春の入り口にも立っていないと思うのだが。

「ちょい待ちなはれ。波しぶきって……海ってゆうたら、この惑星の大半を占めてる、あの水溜りのことでっしゃろ?」
「そうだよ。高楼園浜ってここらでは有名な海水浴場なのさ。砂が細かくて綺麗だよ」
「砂はかまへん。でも水気は厳禁や。大地に直接つながってまんがな」
「海とはそういうものです」
 何を問題にしておるのだ、てな顔のキヨ子どの。
「もしそんなとこに落とされたら、ワテら一巻の終わりでっせ」
「そうである。危険なところは我輩も行きたくないぞ。金魚鉢でさえあの騒ぎである。塩水(しおみず)などもってのほかだ」
 キヨ子どのは長い間を空け、怪訝に眉をひそめて言う。
「何か勘違いしてませんこと?」

「へ?」

「は?」

「なぜわざわざ電磁生命体を海などに連れて行くのです。ばからしい」
「ばからしい……って」
 けんもホロホロなのである。
「けんもほろろや!」

「地球語など知らん……話の腰を折るな、ギア」 

「どっちゃにしても、ワテらは行かんで」
「どうぞご自由に」
 冷たいな……。

「じゃあ。恭子ちゃん行こうよ」
「え? ええ……」
 まだ逡巡している。何を思い迷うことがあるのであろうか、恭子ちゃん?

「アキラさん」
「なにさ?」
「近場とはいっても新婚旅行です。他人は遠慮するに決まっていますでしょ」
 キヨ子どのは腰を変なふうにくねらせ、ワンピースの裾をチラりと。
「ば、ばば、ば、ば、ばば、ば、ば、バカなこと言わないでよ」

「ぎょうさん『ババ』が出ましたな」

 アキラは素早くサッとNAOMIさんへと視線を滑らせる。
「マイボ。ややこしいからインターフェース切って!」
 柔和な微笑と共に尻尾が降られ、キヨ子さんの吊り上っていた目が、地球の中心方向へと緩んだ。

「ねぇ~。うみいくの? おにいちゃん?」

「そうだよ。家庭教師のオネエーさんもいっしょなら、ママも許しが出ると思うよ」
 そのセリフはキヨ子ではなく、恭子ちゃんへ向かって言っておるな。
「どう? 恭子ちゃん? このまま放っておくと、この子の絵日記は悲惨なことになるよ」
「それはそうだけど。そういうのはお父さんかお母さんが決めることで……」

 突然、素に戻った幼児は少し悲しげに言う。
「キヨコねー。なんどもうみいきたいって、パパにいってるの。でもおしごとがいそがしくてぜんぜんつれてってくれないの」

「ほらね。その鬱積(うっせき)が溜まって、あの模様だらけの絵日記なんだ」
 だからあれは模様ではなく論理回路を図案化してあるだけの……と説明してやりたいが、アキラには模様以外の何モノでもないのだろう。

「悪い話じゃないわよ」
 すくっと立ち上がったNAOMIさんは、テーブルの食器を器用に前肢で掻き集め、
「幼児期の夏休みの思い出は大切してあげないとダメよ」
 マリア様みたいな慈愛がこもる目を向けた。ロボットのくせに。しかも犬のな。

「そうですね。じゃぁ。わたしもキヨ子先生のお供をさせていただきます」
 やたら豊かな胸の前で腕をクロスさせ、アキラではなく──NAOMIさんに恭子ちゃんは一礼した。

「わっは、これで決まりぃぃ」
「キヨコ、うみいけるの?」
「そうだよ」
「うぁぁい。うみだぁ~~」
「海だねぇ~」
 二人は手を繋いでバカみたいに部屋を踊り回り──実際バカである。

「ほんま、なんで地球人は水に浸かりたがるねん?」
「夏だからさ。暑いから入るんだよ」

「ようワカランな。夏でも毎晩風呂に浸かっとるやろ。暑いのに湯やで。矛盾してまへんか?」

「行けば解るよ。焼けた砂浜。飛び散る冷たい波しぶき。海だよ」
「キヨコねー。うみいくのはじめてなのー」
 二人はまだ踊り続け、ギアは呆れる。

「アホちゃうか。気が知れんワ」
 ギアの言うとおり、塩分の多い海水は伝導率が高い。危険極まりないのである。

「我輩も遠慮させていただく。砂浜の高温にスマホを晒すのもよくない」
「ほんまや、そんな危険を冒してまで誰が行きまんねん。ようーやるで」

 ギアは呆れ口調だが、NAOMIさんはラジオの前でソワソワ。
「そうと決まれば。あたしも水着を準備しなきゃ」

「へ?」
 キヨ子と踊っていたアキラの動きが、ぱたっと止まった。

「何でマイボが行くのさ?」
「何言ってるの。高楼園浜よ。ヤングが集中するわよ」

 ヤングって……死語である。

「それも半裸で集合するのよ。きっといい男がワンサカよ。あー今日寝れるかしら」

 ワンサカも死語である。
 それよりあんたは夜寝ているのか?

「番犬が夜寝てたらあかんやろ」
 ギアも同じ意見である。

「番犬って、失礼なこと言わないでよ。あたしは、うら若きオンナなのよ。乙女なの。海って聞くだけ心踊るわ」
 遠い目になっておるが、
「ちょっと訊きまっけどな。若い男子が来るということは……」
「モチよ~」
 NAOMIさんは黒い鼻先をラジオに向け、
「高楼園浜行きのバスは連日ギャルで超満員だってさー」

 ラジオのスピーカーが「ガガッ」と鳴った。

「しゃあないな……。ワテも行きますワ」

「なんでさ。いいよ来なくても」
 迷惑げなアキラの声。
「なに言うてまんねん。海と言えば砂浜。砂浜と言えばビーチパラソル。ほんでそこにぶら下げたラジオからトロピカルな音楽を流すのが定番や」

 お前なら落語か漫才が流れていそうな気がするぞ。

「海に落ちたらラジオは即死だよ? それでもいいの?」とアキラが尋ねるが、
「かまへん。危険を冒さなギャルと知り合えるチャンスはおまへん」
 きっぱりと言い切りやがったな、こいつ。

「なら。我輩も行く。ギアには負けてられん」
「そうと決まったらさ。計画立てようよ」
 ハイテク犬はキャンと鳴かずに、「きゃっほ~」と叫び、ラジオは鼻息を荒げる。
「ほんで何時のバスが一番ようけギャルが集中しまんのや? せやゴア。ネット検索してみい。高楼園浜行きのバスや。最寄りの駅はどこやねん。ルートは?」

 こいつの頭の中では海とギャルがイコールになっておるようだが。

「そうだ。せっかくだから、お弁当も作って行きましょうよ」とイヌがぬかし、
「NAOMIさん。わたしもお手伝いしたいです。キヨ子先生にはいつもハードウエアの面でお世話になっていますので。こういうときは張り切らせてもらいたいの」
「いいわよ。じゃあさ買い物から始めましょうよ。楽しそうね」

 あんたの場合、タダの散歩ではないのか?
「NAOMIはん、店に入れまんの?」
「失礼ね。天下の源ちゃんが作ったシステムよ。町中の人が知ってるわ」

 ダッチワイフ時代もな。

 大人的な会話とは裏腹に、こちらの頭の中では虹が掛かったようである。
「うみよー。キヨコうみにいけるの~」
 歓喜の声を天井に捧げ、意味不明な歌を唄いだす。

「うみはひろいなデっコイぃなぁぁ。つきはおちるし、ひはしぼむ~。……とんでユキたぁ~い。よそのくにぃぃぃ。ランララーン」

 あぁぁ、何と世紀末的な歌なのだ。悲しい……。悲惨すぎるぞ。
 太陽系に侵攻してきたエイリアンが仕掛けた囮(デコイ)に、まんまと嵌まった地球防衛軍の歌なのだ。
 衛星である月は撃ち落とされ、太陽の核融合反応まで止められた地球。砂漠化した大地に雪が降り出し、生き残った人類が空を拝みながら救助を求める唄なのだ……。あああ。虚しい……。

 何だか悲しい気分の我輩と、手を繋いで踊り狂うアキラとキヨ子。NAOMIさんは全くサイズの合いようもない女性用の水着を引っ張り出してきて鼻先で吟味。ラジオはトロピカルな音楽を探してチューニングを始め、恭子ちゃんはスマホでお弁当特集を検索。

「ちょっと待て、みんな! 浮かれておる場合ではない。えらいことだぁ。バスは1時間に1本しか無いぞ!」
 我輩もルート検索に必死であった。
 ギャルが最も乗ってくる時間は……と。
 ふむふむ。電車の時間から言って……。

「あか――ん! 日本にはトロピカル専門の放送局が無いがな。NAOMIはん。有線放送のチャンネルが流れるように、このラジオを改造してくれへんか?」

 そんなことをしたら犯罪になるのである。
  
  
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