異星人が見た異世界転生記(我輩はゴアである・改)

雲黒斎草菜

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第二巻・ワテがギアでんがな

 恋をしたギア

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「あんな可愛い子はおらんよな、実際……はぁ」
 よい子のアニメショーのバイト(照明の電源係)から帰って来たギアの溜め息だ。このところずっとこの調子である。

 聞くところによると、そのショーを企画しておるのもカミタニプロデューサーで、きっちりクララの息が掛かっているらしい。なのでリモコンバギーに載ったポケラジが照明器具の発電を担っていても、だれも首を捻らないのである。つまり仕事さえきちんとやればギャラも出すし、それがたとえ宇宙でも稀有な電磁生命体であってもオーケーと言う、おおらかな職場なのである。

「ふぅぅ~。あの目……何とかしてやりたけどなぁ……ワテら地球の居候にはどうにもならんやろし。医者ちゅうても特殊宇宙生物科の先生しか知らんしな」

「おい、ギア?」

 帰るなり愛車(バギー)のフロントバンパーを壁に当てたまま身動きもしない。ポケラジのカメラは天井付近で固定されたままである。
「さっきから意味の分からないことばかりをほざいておるが、そこは壁だぞ」

「何やゴアか……はぁ。この際壁でもエエ。誰かに支えてほしいねん。ほんでないとワテのハートはブロークンしそうや」
「こりゃ重症だな。さっぱり意味をなさないぞ。何を思案しておるのだ?」

「決まってるやんか、スミレちゃんのことや」

「お前は移動ができるのだから、会いに行けばよかろう」
「それができたら悩まへんワ。どの面(つら)下げて行きまんねん」
「そうだな。面など無いからな」
「アホ……。それより何でおまはんスマホに入ったままやねん。不便ちゃうの?」

 我輩も下宿代を払っておるのだから、北野家のどこに居ようと文句は言われないのだが、やはりスマホというのは、この惑星での最先端デバイスなので、とても居心地がいい。何しろ、電話だけでなく、ネット環境、テレビチューナー、音声マイク、CCDカメラ、各種センサー、時計機能、ありとあらゆるものが完備された便利極まりない居住地なのだ。

「その代わり、狭い、動かれへん、男の手に触れられる、の三悪環境やんか」
 思い出したかのようにギアはバギーをバックさせて、我輩が置かれたテーブルの真下に移動して来た。

「何を言うか、バイブを最強にすれば振動で少しは動けるし、狭いのは慣れる。男の手に触れらるのは別に気にならんぞ」
「おまはんそっち系かいな。ワテはあかん。1秒でも男に触れられたら蕁麻疹が出る」

「蕁麻疹が出る肌を持ち合わせておらんだろう。我々は電磁生命体なのだぞ」

「ワテは進化してまんねん。おまはんとは違う。ニュータイプや」
「そうであろうな。電磁生命体は決してワテとは言わんもんな」

 ギアは我輩のセリフを無視すると、バギーを所定の充電装置へバックで突っ込んで停車させた。言っとくが一応リチウムイオン電池も搭載しているのだ。

「はぁ~あ。今日もお勤めごくろうはん……か」

「自分で言っておれば世話ないな」
「ワテかて無職のヤツに言われたないデ」
「左様(さよう)ですか」

「はぁぁあ」
 わざとらしく溜め息を吐き、
「この胸の締めつけられる辛さ……。恋愛経験の無いヤツには分からへんやろな」

「ば、バカにするな。我輩だってカリンちゃんと言ういいなずけが……」

「ウソ吐くなやジブン。その子はただのツアーメイトやろ」
「知っておるのか」
 ちょっと赤面する──電子温度がわずかに上がったからな。これを我々は赤面すると言うのである。嘘ではないぞ。嘘だと思うのなら誰か知り合いの電磁生命体に訊いてみろ。
 何? 知り合いに電磁生命体など居ないと?
 そんなこと知るか……。

「でもな」とギアは漏らしてから、
「ある意味おまはんのほうが幸せかもな。カリンちゃんも同種族やろ。なんも問題無いがな」
 ブツクサ言いながら、ギアはポケラジのコントロール回路を通り、バギーのリチウムイオン電池から充電器をも通過すると、床のコンセントへ移動した。

 この構造、つまり屋内配線と充電器が直結になっているおかげで、ギアは電灯線を通って電線がある限りどこへでも移動できるだけでなく、バギーを使って物理的に電線の無い場所へも移動ができる自立した環境なのだ。いやはやこれを作ってくれたメカ女子の恭子ちゃんはたいしたものである。

 コンセントからどこへ行く気なのかと様子を窺っておると、そのまま迷うことなく天井の照明器具にたどり着き、再び情けないセリフを落としてきた。

「スミレちゃーん……」

 なんか辛気臭いな。

 しばらく照明器具の中でゴソゴソしていたが、いきなり「やったるっ!」と叫び、ギアはブハッと強い電磁波を蛍光灯から放出した。
「壁が高いほどワテは恋の炎を燃やすデ……種族間の壁がナンボのモンやっ! 逆境になんか負けてられへんワ!」
 大声で喚いて幾分すっきりしたのであろう、ギアは隣の部屋へ行こうとした。
 そこは北野博士の研究室である。

「こっそりタダ飯でも頂いて来まっさ」
 タフで打たれ強くてケチ。まさに大阪人の鑑(かがみ)と言ってもいい電磁生命体である。

「また、研究室の電力をちょろまかすのか? 気を付けたほうがいいぞ。夕方、博士が留守なのをいいことに、キヨ子どのとNAOMIさんがマシンをいじっておったからな」
 屋内配線を通って天井裏へ移動する行為を中断してギアが振り返る。
「あぁ。あれな。おっぱい型の量子コンピュータやろ。さすがエロ工学博士やな、なかなかエエ感性してまっせ」
「本気でそう思えたのなら、お前も同じ感性の持ち主だからだ」

「そない褒めんなや、ゴア」
 褒めてない、褒めてない。

「そやけどあそこの電源だけは良質で美味いんや。ま、せいぜい気ぃ付けまっさ」
 そう言い残して、ヤツは隣の研究室へと侵入して行った。



 陽が暮れて少時が過ぎた平日。北野家ではそろそろ夕餉(ゆうげ)の時刻である。ダイニングのある方角から賑やかな声が聞こえてくるのは、日常と変わらぬ、ホンワカとまったりする時間帯でもあり、我輩の気分もゆったり落ち着くひと時でもある。

「あ、アキラ?」
 ぱたぱたと部屋に入って来ると、アキラはテーブルに置き忘れていた我輩をひったくるように掴むと、

「今日のことは絶対に口にしたらだめだよ」
 とスマホ、つまり我輩に向かって釘を刺した。

 そう、本日は無駄な一日を過ごしたのだ。同級生の塚本くんと図書館で勉強をすると母上には説明していたくせに、実際は書籍でなく女の子の物色に時間を費やしておった。
 ま、色々な地球人を観察できるし、宇宙人からしたら無駄でもないのだが、高校生がこんな無意味な青春を送っていていいのか。夏休みだって無限には無いのだ。

 アキラは我輩の小言には耳を貸さず、ダイニングルームに入るや否や、テーブルの上へスマホを乱雑に置くと、キッチンのほうへ視線を滑らせ文句を垂れる。

「えー。今日は甘口カレーなの? 物足りないなぁ」

 でっかい声のアキラに続いて。
「キヨコねー。あんまりカライのはだめなのよー」

「なぜにキヨコちゃんが晩御飯まで御呼ばれしておるのだ?」

「緑川のおばさんの実家で法事があるからって、家(うち)で預かってんだ」
 と我輩に説明するアキラ。この家ではスマホであろうとポケラジであろうと、はたまたロボット犬であろうと語り合うのである。

「ハンバーグにしてくれたらよかったのに。なんで甘口カレーなのさ」
「今日はお祝いなのよ、アキラさん」
 キッチンの奥から渡る甘い声音はNAOMIさんである。
 声だけ聴いていたらどんな美人なのだろうと思うな。でも実態はロボットのビーグル犬なので、思わず仰天して、ひっくり返っても恥でもなんでもないぞ。

「何のお祝いさ?」
「ずっと研究を重ねて来ていた新しいシステムがね、まだ完全ではないけどさ、無事起動したのよ」

 NAOMIさんがそう言った次の刹那、ぶふぁっと強い電磁波の照射波動が空間を伝わって来った。
 それに続いてキヨコのサラサラおかっぱヘアーが瞬間舞い上がり、ふんわりと元に戻る頃、緩やかに下がっていた眉毛がギンっと鋭角になる。

「ラブジェットシステムですわ。あ、私には福神漬けは不要です。意味が解りません。カレーにはラッキョウでしょう?」
 さすがスーパーキヨ子どのである。オカズもシブいのだ。

「なにそれ?」
「カレーライスに無くてはならない添え物です」
「ちがうよ。ジェットシステムだよ」
「量子デバイスと従来ディスクリートの融合です」
「一つも意味の解かる単語が無い……」
 であろうな。我輩も、ちーとも解らないのである。

「ディスクリートとは単機能半導体のこと。学校で習うでしょ?」
 アキラは首をかしげた。高校のどの教科で習うのかさえも分からないようだ。まさか今の小学校では習うのであろうか?
 だとしたら末恐ろしいな。

「で、それとなんとかジェットと何が関係するのさ?」
 そう。それが何だと言うのだ。

「壱号機のバーチャルワールドを実空間に投影させるものです」
「いま話題のVR(バーチャル・リアリティ)と呼ばれるものであるか? キヨ子どの」

「そんなオモチャではありません。ホロデッキシステムと呼ぶものです」

「そうなの? でもVRはネットに繋がっていてすごいって塚本が言ってたよ」
 キヨ子どのはその話を聞いて鼻で笑いあげると、視線はカレーライスへ。
「しょせんVRなど偽物です。ぶっさいくなゴーグルの中に映された空想的映像。いいですか、そんなものは子供だましと呼ぶのです。子供が覗き込んで夢物語を広げているにすぎません」

 今夜も毒が強いな。
 アンタがその子供なんだが……。

「キャザーンの宇宙船にもそれと似たものが装備されておったが?」
「そうです。あのシステムからヒントを得てはいますが、さらなる進化を目指すものなのです」

「ただでは起きないというヤツであるな」
 さすがキヨ子どのとNAOMIさんなのだ。感心するよな。

「いま私たちが開発してるのは、キャザーンのシステムをハンディタイプにした物です……この意味が理解できますか?」
 スプーンをカチャンと皿の上に置いて、キヨ子どのの切れ長の鋭い目がこちらに振られた。

「ど……どうなるのだ?」

「場所を問わず現実の世界で自由に投影できる3D映像です。成功すれば疑似世界と実世界との区別が無くなります」
「な……なんというものを……」
 言っとくがこれは子供が夢を語っているのではないから怖いのである。我輩、先行きが不安になって来たぞ。

「へぇ。すごいねぇ。へぇ~。はむぐぅ。もぐもぐもぐもぐ」
 こっちの坊ちゃんは相変わらずである。
 甘口は嫌だと言っておきながら、スプーンまで喰らいそうな勢いでカレーライスを頬張っているアキラは上の空だ。視線はテレビのアニメに釘付けになっておった。

 おっと……時間であるな。
 中途半端な位置だが、続きは24時間後なのだ。
 わるいな、青年。
  
  
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