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第四巻・反乱VR
ソースは魅惑の香り
しおりを挟むさてと。またもや振り出しに戻って、駅前広場である。
「さぁ。タコヤキ行こうデ。生まれて初めてのタコヤキや。いっつもアキラが美味そうに食ってんのを横から見てるだけやったけど、今日は実感できるデ」
正直、タコヤキに大きな期待を寄せてしまうのは、先ほどいただいたアイスコーヒーの甘みと苦みのハーモニー、鼻腔を刺激する薫りと混ざり合った香味の余韻が、未だに消えていないからだ。
これがリョウコくん(ハーレムクラスオブジェクト)のシミュレート結果であるとしたら、ヒューマノイドは物を食べる時に、とてつもない快感を得ていることになる。
「あのソースの香りは人をダメにするほどに魅惑的な物だからな」
「ホンマ。ソースが命や。大阪人はソースにはうるさいで。粉モノの町大阪や。知ってまっか? タコヤキだけやないんやデ」
たたたと我輩の前に駆けだし、ギアは指を折りだした。
「お好み焼きやろ、焼きそばに焼きうどん、イカ焼き、ネギ焼き。みてみい。全部ソースが命のモンばっかりや」
宇宙人からそれほど熱く語られるとは思ってもみなかったが、我輩もその意見に賛同させてもらう。
「イカ焼きとは、どのような物なのだ? イカが入ったタコヤキなのか?」
「そこや!」
「どこだ?」
「アホ、何をキョロキョロしとんねん。ちゃうがな。ここが大阪人のすごいとこやっちゅうねん」
「そうなのか?」
「あんな。イカ焼きと聞いたら、だいたいはオマはんみたいなモンを想像するワな。でもな大阪人は人のまねをせえへん。オリジナリティを大事にする民族や。せやからタコヤキとは全く違う物を作ったんやがな。ひとことで言って、そうやな。イカを挟んだ圧縮お好み焼きや。阪神デパートの地下が有名やで。タコヤキに引けをとらん美味しさなんや」
「おお。食べたことないクセにそこまで言い切れるとは。聞くだけですごいものを想像したぞ」
「せやろ。大阪舐めとったらアカンで!」
「誰も舐めたりしたくない。それよりギア。信号は赤だ、クルマに引かれるぞ」
「おおっと、興奮しすぎたワ」
その抑えられない気持ちはよく解る。それほどにまで物を食する行為に期待するのだ。たった一杯のアイスコーヒーを飲んだだけでこれである。それが次はいよいよタコヤキを口に入れる……ああ。考えただけで、全身がうずいてくる。
「おおげさなやっちゃ」
「さぁ。青だ渡るぞ」
動き出した歩行者の波に押されるようにして我輩たちは道路を渡り、金魚屋さんの隣を目指す。
「おー。金魚や。ぎょうさんおるデ。な? これって塩焼きにしたら美味(うま)いんかな?」
「それにするには細かすぎるな。甘辛く炊いたほうが食べやすいのではないか?」
通りすがりのお嬢さんが怪訝な顔をして足早に立ち去ったのを我輩が目撃。
「ギア。どうも金魚はヒトが口に入れる物ではなさそうだぞ。キヨコんっ家(ち)でも飼ってたが、食べたのはミケだけだ」
「なるほど。ペットの餌なんや。ほれ。イヌやネコの絵のある商品が並んどるワ」
「ほんとだな。納得、納得」
ん? なんかおかしいか?
文句言われても知らぬぞ。我々は電磁生命体なのである。
そして待望のタコヤキ屋さんの前。
「うーん。ソースのエエ匂いや」
「すばらしい。何とも言えないエキゾチックな香りだな」
ギアは眉根を寄せて言う。
「意味わかって言うてるんか?」
「なにが?」
「エキゾチックっちゅうのは外国の情景に対して使うんや。異国情緒のことやで。このソースの匂いは、まあ言えば大阪の匂いや」
「大阪は焼肉の匂いだと言う人もいるぞ」
「それも否定できひんな。とにかく食べモンの匂いであふれとるのが大阪や。食い倒れの町、大阪やで」
「力説もいいのだが、さてどうするのだ。見てみろ、8個で500円と書いてあるぞ。オマエの所持金は100円で、我輩が280円だ」
ギアはにたりと笑って、我輩の肩を抱き寄せた。
「まあ。ここはワテに任せとけ。ほれ銭出してみ」
ポケットから小銭を出して渡す。ギアはチラッと見て、
「全部で380円か……ちょっと足りへんな……」
でも不敵な笑みをまたもや口の端に灯らせると、小銭を握りしめタコヤキ屋さんのガラス戸を開けた。
「おっちゃんおるかー?」
返事はすぐにあり、
「へ~へ。おこしやす。なんぼやらせてもらいまひょ」
出てきたのは、腰の低い、少々髪の毛の薄くなったジイさんであった。
ギアはちらりと中を覗いて小声で我輩に告げる。
「見てみい。発泡スチロールの船が当たり前の時代に、木の船をタコヤキの入れ物にしとる。さすが本物以上に本物にシミュレートするリョウコはんや」
なるほど。まさに素晴らしき世界であるな。
「へ。おこしやす。今なら16個までアツアツでっせ。それ以上でしたら、ちょこっと待っててくれはったら、すぐに焼けまっからな」
「あんな。おっちゃん。ワシら腹は減ってないねん」
「ペコペコだぞ……」と後ろからつぶやく我輩を「黙ってろ」と手で追い払い、
「減ってへんねんけど。さてどうや。このソースの匂い。高級なソース使ってるやんか、おっちゃんとこ」
オヤジさんは嬉しげに目尻りを下げて頭をぺこり、
「分かりまっか。さすがお目が高いお客はんや。へえ。他所(よそ)より値段の張るソース使わせてもろてます」
「せやろー。ワシも数々タコヤキ食うて来たけどこの匂いは別格や」
「おおきに。で、なんぼ包みまひょ?」
「それやがな。腹はいっぱいや、ゆうてるやろ。せやけどここのタコヤキには素通りできひん(できない)魅力を持っとんや……で、モノは相談や」
「へ~。なんでっか?」
「8個、500円やろ?」
「へぇ」
と、これは肯定の返事で。
「1個ならなんぼや?」
「へぇ?」
と疑問に変化し、
「といいますと?」
「ばら売りしてくれへんか?」
「へぇぇー?」
チャリリィーン。
オヤジさんの返事は驚きに変化し、ポケットの中では異物感が。
「そんなアホな。8個からでっせ」
「そこやがな、おやっさん。ワシら腹いっぱいなんや。8個も食われへん。2個が精いっぱいや」
と言っておいてから、
「ホナなにか? 6個捨てろちゅうの? このご時世にそんなお大尽(だいじん)みたいなことできひんやろ」
大富豪はタコヤキなんぞ食べないし、捨てたりもしないと思うが。
「いや。そんなことされたら、家(うち)のタコヤキが可哀そうでおます」
「せやろ。大切に焼きあげたタコヤキを捨てられる。そんな殺生なことワシもでけへん。せやけどこのソースの匂いは罪や。それに誘われてやって来たワシに無理やり食わしといて、残りは捨てろと、あんたはワシに罪を犯せと言うんか? ほならあんたも同罪や。犯罪を助長させたんやからな。そうなったらワシと一緒に刑務所へ入ることになるデ。なんなら駅前の交番に飛びこもか?」
「め、め、め、滅相もない。わかりました。ばら売りさせてもらいまんがな」
オヤジさんはちょっと考えて。
「せやな。1個70円でどないでっか?」
ギアは小銭が入ったハッピのポケットに手を突っ込んでゴソゴソしながら、
「ハチヒチ560円か。割高になっとるやんか」
「へ?」
目を丸めてオヤジさんは言う。
「ばら売りやったらそういうもんでっせ」
「1個、60円にし……」
言うが早いか、オヤジさんの手の平に120円を握らせて、
「それともこのまま交番にしょっ引(ぴ)いたろか?」
おいおい。しょっ引かれるのはオマエのほうだぞ。
ところがオヤジさんは青い顔をした。
「スンマヘン。それだけは堪忍しておくんなはれ。ほな120円でよろしおます」
素早くアツアツのタコヤキ2個を木の船に並べて、ソースを塗りだした。
「青のりとソースたっぷりな」
店の中に顔を突っ込んで平然と言うその根性。恐れ入ったのである。
「うははははは。来い来い。店から離れるで。気が付いて出てくるまでに遠くへ行っといたほうがエエ」
ギアは足早に商店街を進んだ。
「どないや。ばら売りにさせたうえに20円も値切ったったデ」
我輩は恐ろしい物を見るようにしてギアの顔を窺ったのであった。
「はふはふ。はひぃぃ」
たった1個ではあるが。それは至高の美味さで。
「うん。ホンマにええソース使っとるがな、あの店」
「これは本当に美味い食べ物であるな。ハフハフ」
口を尖らして呼吸と共に熱を逃がし、ソースの香りを楽しみつつ、紅しょうがの辛味に舌鼓を打つ。
「あー。美味かった。一個ではちと物足りんな」と言ってふと前を見る。
「この滑り台は変わった形をしておるな」
「ホンマやな、頭がタコで滑り台の部分がタコの足になっとんや」
「その横のベンチでタコヤキを頬張る。これもオツなものだな」
「オマはんな。感慨にふけとる場合ちゃうで……」
「どういう意味だ?」
「白衣がはだけとるワ」
「わぉぉぉー」
辺りをキョロキョロ。
よい子のみんなは学校なので幸い公園は誰もいない。
「なぜだ! 我輩の白タイツはどこへいった?」
「知らんがな。リョウコちゃんの気分次第。胸三寸ちゅうことやろ。知らんけどな」
「そらまあ、知らないだろう」
「まぁ、己の下半身は己で管理せい、ちゅうことや。なんもおかしな理屈とちゃうやろ?」
ふーむ。何だか言いくるめられたような気がするが、そのとおりだ。
「さてとどうするギア? ぜんぜん満腹にならんぞ。むしろ今の旨味成分が刺激して、余計に腹が減ってきた」
「ほんまやな……」
ギアはハッピのポケットに手を突っ込んで全財産を確認。
260円……。
「オマはん何食べてみたい?」
「我輩はぜひキツネうどんを食べてみたい。大阪と言えばキツネうどんだ。本場ではケツネうどんと言うのであろう?」
ギアは驚いた顔を見せ、
「贅沢なやっちゃな」
「キツネうどんのどこが贅沢なんだ!」
「揚(あ)げさんが入っとるがな。そんなん入れたらあかんで」
「どこまでケチなんだ。そうなったらキツネうどんではないではないか」
「アホっ!!」
こんな人が行き交う大通りで、デカい声を出しやがって。
「間違ったことは言ってないぞ」
ギアは我輩の顔を睨みつけた。
「あんな。キツネうどんも素(す)うどんも、うどんに違いは無いやろ!」
あまりの押しの強さにちょっと腰が引けて、
「ま、まあそらそうだ」
「なら、素うどん食べても、心ではキツネやと思(おも)たらエエねん」
さらに、
「気持ちの問題や!」
と締めくくりやがった。
言葉を失くしてギアを見据える。同じ電磁生命体なのに、こいつだけはやっぱ理解不能なのだ。
ギアは全財産を握りしめて付け足した。
「どっちゃにしても、もうひと稼ぎしな、まともなもんは食われへんな。きょうび最低でも2000円はいるやろ」
「お金を得るというのは大変なことなのだな」
キヨコのパパさんはほんとエライよな。
「よし。行こか」
「どこかでバイトでもするのか?」
「ア――ホ!」
えらく伸ばしやがったな。
「なんで地球にまで来て汗水垂らして働かなあかねん。アホちゃうか」
今、全国数千万の労働者を敵に回したぞ。
「アホか」
「今日はアホの大安売りか?」
「ちゃうわ。ワテらはワテらの仕事をしたらええんや」
「と言うと?」
「ホンマ。頭の回転の悪いやっちゃな。見本を見せたる、黙ってついて来い」
ギアは我輩の白衣の袖を引っ張って、商店街を歩き出した。
「ちょ、ちょっと待つのだ。白衣をそう強く引くな。前がはだけてしまうだろう」
商店街の中は買い物客やら、通行人がわんさかいるのである。あまり派手に動き回ると前がピラピラするのだ。
ギアはお肉屋さんの前で立ち止まり、揚げたてのコロッケをしばらく見ていたが、また歩き出し、和菓子屋さんの前でアンコロ餅を睨み。ようやく何かを見つけたみたいで、歩を止めた。
「天津甘栗やがな」
「なんだそれ?」
「中国で採れる甘味の強い栗でな、天津ちゅう港から出荷されるので『天津甘栗』や」
「大阪だけでなく中国にまで……オマエは何人(なにじん)なのだ?」
「ワテは天の川銀河高密度星域でお馴染みの『Sgr A*』出身の電磁生命体や。日本語名で『いて座A*』や」
「おーお。大きく出やがったな。距離にして中国から2万5千光年もあるぞ」
「それからな。『*』は伏せ文字ちゃいまっせ。『スター』と発音すんのやで」
「くだらん星の話はどうでもいい。今は天津甘栗なのだ」
話の内容にものすごいギャップを感じるが、食べ物に湧かす興味は2万5千光年の隔たりを越えてしまうのである。
ギアは店の横に立つと、小声で伝える。
「よう見てみ。ここもジイさんが一人で店番や。ひと働きするには好都合や」
「でもさすがにバラ売りはしてくれないだろ?」
「せや。ここではそんなセコイことはせん。でも銭を稼ごうっちゅう算段や」
「何を思いついたのか知らぬが、警察沙汰になるようなことはするなよ」
「分かっとる。電磁生命体が二人そろってムショ暮らしって。どんな絵を描いたらエエねん。それこそシャレならんがな」
その後、ギアは我輩に耳打ちをした。
オマエは後ろで見ていて展開を把握しておけと、それから合図を出したら舞台に上がるんだ、と演出家みたいなことを言い残して、ギアは店先で客の流れをぼんやりと見ているジイさんと対面し、天津甘栗の香ばしい匂いが漂う窯の中を指差した。
「おやっさん。コレ何や? 砂利売ってんのんか?」
「へ? 砂利なんか売ってまへんで」
「何でや。この窯(かま)の中、黒い砂利だらけやんか」
「ちゃいまんがな。砂利に混ざって黒みのかかった香ばしいもんが混ざってますやろ。それを売って商(あきな)いしてまんねん」
「商いって大きく出やがったな……ほんでこの黒いの何や?」
「へ? 甘栗知りまへんの?」
「知らんから訊いとんのやないか」
「あ、こりゃすんまへん。へ。山から採って来た栗を小石と一緒にこんがり甘く焼かさせてもろってます」
「ほぉかぁ。エエとこに目つけたな。タダで山から盗って来て、その辺に落ちてる砂利で焼きマンの? へぇ~。元手の掛からん商売あんねやな?」
「あ、アホなこと言いなはんな。盗って来たんとちゃいまっせ。ちゃんと問屋から仕入れてます。それとこれは砂利とちゃう。特別な専用の小石なんでっせ。せやから甘くて美味しい栗が焼けまんねん」
「ほーかぁ。こりゃすまんなぁ。ワシら素人やからな。お詫びついでに一袋もらうワ」
と言い出したので、
「無銭飲食をしたら、またあの交番行きだぞ」
小声で咎める我輩に、ギアは「黙ってろ」という素振りをして語り続ける。
「ほんで、なんぼなん?」
「へっ。いっちゃん小さい袋で450円だす。中サイズで650円、大で……」
「皆まで言わんでエエ。いっちゃんでっかい袋でエエ」
と言った後、ギアは言葉を濁した。
「ときにおやっさん、モノは相談やけどな」
「へぇ。なんでっか?」
「ワシなぁ。甘いもんがアカンねん。塩っぱい物が好っきゃねん。でショッパイ甘栗作ってくれへんか?」
「えっ? ショッパイ甘栗なんかおまへんで……」
「おやっさん、この店やって何年や?」
「へぇ。そうでんな。かれこれ35年になりますワ」
「ほぉかー。ほなプロやがな。プロの甘栗屋や。そのプロがでけへん(できない)って、簡単に口に出すもんとちゃうやろ」
「んぐっ……」
店主は息を飲んでギアの目をじっとみつめ、ギアはすかさず畳みかける。
「トコロテン屋は知ってるな?」
「へ? ……へえ」
「あそこ行って、ワシ甘いのは苦手やねん。塩気のあるもんないか、ちゅうたら、店の人が言うで『ほな、黒蜜やめて酢醤油で出させてもらいます』ちゅうてな」
少しの間が空き。
「あー。わかりました。そこまで言われたら黙っておられへん。ワタイも甘栗屋のプロや。なんでもやらせてもらいまひょ」
「ほんまー? 嬉しいがな。さすが35年のプロや。せやけどな、ワシも変わりモンや」
「へぇ。重々承知してまっせ」
「ほぉ。さすがプロや。人を見抜く目をしとるがな、たいしたもんやデ」
散々感心しておいて、
「でな。ショッパイ甘栗は想像つくやろ。それよりも驚くようなもんが食いたいねん」
「わかりました。しよっぱいもんでも辛いもんでも、何なら酸っぱいもんでも。栗なら何でも焼かせてもらいます」
「ほぉぉかー。言い切ったな、おやっさん。さすがプロや。栗なら何でも焼いてくれるの? その言葉、二言は無いな?」
「はいな。おまへん」
「嬉しいなぁ。ほなワシには……うぷぷぷぷぷ」
「なに笑ろてまんねん?」
「いや何でもない。こっちの話や。ほなな。『吃逆(しゃっ栗)』でも焼いてくれるか?」
ギアが我輩の袖を引いて合図するので、
「えっと、ならこっちは『徳利(とっ栗)』を頼む」
「え――そんな栗、焼けまっかいな!」
「なんなら『ぎっくり』でもかまへんで」
「ムチャ言いなはんな」
「なんでやねん。店主からそんなん言われたら…………ワシも、びっ栗(くり)やデ」
チャリーン、チャリチャリチャリチャリーン。
「うははははは。はよ店出て来いゴア。大成功や」
ギアに引き摺られて店の外へ。
奴は我輩のポケットを覗き込んで訊く。
「今のでなんぼ溜まった?」
「1800円だ」
「うひゃひゃひゃ。楽勝やんけ」
うーむ。ここは素直に喜んでもいいのだろうか……。
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